DRY AGE


乱夢子 らむこ )




 彼の唇が私の乳首をふくみ舌先でちろちろとつつく。快感は電流のように胸から背すじをぬけて下腹のおき火に油をそそぐ。彼の指がそこをまさぐりながら強引に肉体を割っていく。湿ったような室内の空気が全裸になった二人の肌に沈み込む。

 私は自分の性感帯をとぎすまして「感じる」ことに専心する。彼のやり方はいつも即物的で性急。ロマンティックなムードのかけらもない。それでも内部に侵入した指は明確な目的を要求して肉体を急きたてる。始めてしまったというただそれだけの理由で私たちは抱き合う。悪ふざけの延長のキス。ほんのちょっとした欲望。

 私の喉は甘い吐息をはいて彼を刺激する。彼は慣れた相手が腰をのたくらせるのを見ている。眼を閉ざした女。薄闇に顔立ちが隠れ、見ようによっては美しくないこともない。私は軟弱な彼の痩せた身体に腕をまわす。たしかな温もりをあてにして唇をかさねては舌で相手の歯並びをなぞり、快楽のイメージを喚びおこす。本能的な仕草のあいだに洩れる日常的な物足りなさ。息苦しいキスを途中で切り上げて彼が中に入ってくる。私は半意識的に声を立てる。彼は白々しい気分を追い散らしながら、この忌々しい生殖行為を惰性で片づけてしまおうと懸命に腰を振る。

 私は脚を彼の腰のまわりに絡ませる。とぼしい筋肉に爪をたて声をあげる。彼の腕に唇をつけてヒルのようにきつく吸いつきながら瞼の裏に妄想を呼ぶ。――コレはペニスではなくバイブレーターだ、見知らぬ男が私を陵辱しようとしている――以前見たポルノビデオのシーン、縛られて身動きのとれない女、グロテスクな張型、執拗に秘部を舐める男の舌、記憶の中の声が私の声に重なる……。

 私の脱け殻を抱く彼。混沌とした快楽の中から眼を開いて彼を見ると、風車に戦いを挑むドン・キホーテのようなとぼけた顔が私を見下ろしている。味気なさを追い払うために目を細めて腕を伸ばしキスを求めると、彼はふてくされて動作を止め、私を放り出す。
「一服しよう」
 犯されかけた少女のような痛々しい顔で彼が言う。私は歳老いた娼婦のような顔でサイドテーブルの煙草と灰皿を無造作につかみとる。

 欲望とは切り離された穏やかな記憶――快いリズムに満ちた車の中で弛緩した笑みを浮かべフロントグラスに映る前方の闇を見つめる二人。揃いのマフラーを首にまきつけまぬけた顔でカメラに目を向ける……ひとつの傘を奪い合うようにふざけてどしゃ降りの雨の中を歩いた夜。服が濡れるのもかまわずくちづけあった深夜の歩道橋の上。エレベータの明るい白光の中でかわしたキス。500mlの缶ビールを両手にもって足の踏み場もなくちらかった部屋の玄関を乗り越え笑いながら彼の唇にたどり着く。缶の口からあふれ出る泡とおどけた彼の悲鳴。
 そのやわらかな声が何よりも好きだった。

 彼が隣に横たわっている。全裸のまま、動きたくない快楽の後の倦怠がふたりを包み込む。突如、黙って煙草をくゆらしていた彼が、おならしたいと言い出す。すれば? と私は答え、おならに火をつけて燃やしたという友達の馬鹿話を思い出してしゃべると、彼は燃え上がったら怖いな等とふざけてみせるので、私も乗って、燃えたら切り取って食べてしまおうと応じる。フランスの日本人留学生が切り取った女の乳房に粟立つ脂肪。阿部定俳優のでかい男根、温泉地の土産物店でみかけたペニス飴。
 コリコリしてるのかな、と彼が口をはさむ。でもカイメンタイの丸焼きって旨くなさそう、と私が言うと、毛布の下でシュッと肛門から腸内のガスが噴出。あ、音がしなかったと彼は無感動につぶやく。

 大きなガラス窓から暗い深夜のビル群を眺めながらとても醒めた心地。もうしたくないなあと思っている私が唇の中でそれを言葉にのせると、いつでもこれが最後と思っている彼がいつものようにうめく。古いかわし方で、二十年後にもう一回やろうなという約束をしゃべりだす彼に、私は冷めた素肌にべとついた精液を感じるみたいなうんざりした気持ちで二十年後のふたりを想像する。

 どんなセックスをするようになるんだろうと私が考え込みながらつぶやくと、彼は自分の人生なんてたかが知れていると思ったらしく、ホントウの中年男のセックス、今と変わらないな。感慨深げにうなずいて、女は貪欲になるんだよねと同意を要求する。
 私はもうあなたとする気にはなれないと思う。他人事みたいにそう言うと、彼は驚いたようすで私もそのことに少し驚く。

 傷ついた彼の独りぼっちの背中。痩せて傷だらけの草木。荒れた木肌にヨロヨロと這いあがる羽虫。ひからびたパンくずがぽろぽろとこぼれ落ちる灰色のテーブルの上。
 ふいに私は彼の部屋で飲んだおいしいインスタントコーヒーの味を思い出す。無邪気に笑いながら小犬のように転げてじゃれあった古い陽射しの中。彼の姿は急速にブラウン管の内部に閉じ込められる。
 私は彼を追放する。

 ああ、おいしいインスタントコーヒーが飲みたい。





















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