官能小説『貴方の想い出を追いかけて』



竜馬


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第二章十九


「ちょ、ちょっと! 龍太郎!!! 止めなさいよ!! み、皆も龍太郎を止めて頂戴!!」

 お姉さんとダンサーの皆さんが慌てて龍太郎さんを押し止めようとしますが制止を振り切る龍太郎さんは、大きな手を必死に振りほどこうと拒む私を引きずるように連れて行こうとします。

 …ぃ…… ぃゃ…… 

 拓ちゃんと綾子。二人は肩身の狭い思いをしながらも、今頃は狭いアパートに落ち着き、幸せを温め始めている頃でしょう。そこへ私が顔を出せるわけがありませんよね。

 もお、傷つきたくありません…

   拓ちゃんの困った顔、辛い表情、悲しい瞳を見たくありません…

  「だ、だめ… ……だめだもん……」
「何がダメなんだ?! 逢いたいんだろ?! 逢えると思ってこんな危険なマネ事をしたんだろ?! 知らない男らについて行ったりして、そんな卑怯なことまでして拓郎くんに逢いたいなら俺が逢わせに連れて行ってやると言っているんだよ!! さあ! 来い!!」

 逢えない… それを受け入れる勇気がなくて私は今まで誤魔化し続けてきました。そして、一人で生きていく自信がないがために拓ちゃんの面影をいつまでも追い求め、出口の見えない闇をさ迷い歩く私の手を引く龍太郎さんの掌からひしひしと伝わる強くて何とも言えない温かいぬくもり。そのぬくもりが私の血液に流れ込むと、目の前の暗闇が一気に晴れていきます。

 走り去る車の雑音、遠くで賑わう商店街の人々の声、歩道に並ぶ街頭の灯り、見上げると綺麗な星… そして、大きな龍太郎さんの背中。 これが現実…

 哀しいけど、拓ちゃんと逢うことは出来ない、拓ちゃんの彼女としてもう一度歩む事は出来ない… 哀しいけど、私は拓ちゃんのお嫁さんにはなれない…私はそう確信しました。わかっていたことだけど、拓ちゃんを求める事は無駄な事なのだと…

 そう理解したら、目の前の龍太郎さんの背中が滲んできます。今まで閉じ込めていた感情が溢れ出てきます。

「だめ… だめ… だめ… だめっ、だめっ!! だめえええ!!!!」

 歩道を行き交う人通りの中にも構わず私は叫んでしまいました。叫びながら私を引っ張る龍太郎さんの手を両手で掴み、そして、この先には一歩も踏み込めない、拓ちゃんが住む街へは行けないと両脚で踏ん張る私を振り返る龍太郎さんは、瞳を潤ませている私の小さな手に大きな手を添えて優しく包んでくれたのでした。  


第二章二十


 私の小さな手を包む龍太郎さんの掌は、まるで拓ちゃんのような心温まる安心感を与えてくれています。

   泣き虫な私を、拓ちゃんはいつもこんな風に両手で温めてくれていたことを思い出しました。

「逢いたいよ拓ちゃんに… 逢いたい… でも、でも… うぅぅ…ぅぅ」

 逢えない… そう自分に言い聞かせたら自然と涙が溢れ出てきました。

  「うぅぅ… でも、逢えないよぉ… ……逢えない…… ぅぅぅわあぁぁん!」

 どうしようもない切ない感情、私は龍太郎さんの胸にしがみつき片意地のような荷物を心の中から解放すると、次から次と頬を流れていく涙に気付きました。思えば、拓ちゃんと離れ離れになってから初めて流す涙だったからです。

 その涙に、辛かった想いの全てを包んで流してしまえばいい… と、言ってくれているかのように龍太郎さんは私の肩を抱きしめてくれます。

「……あ… 逢いたい…… 逢いたいよぉ…… 拓ちゃん……に… 拓ちゃんに… 拓ちゃんに… 拓ちゃんに! 拓ちゃんに逢いたい!! 逢いたい!!逢いたいよ!!! うわあああぁぁ! ああぁぁん、あぁぁぁ…」

 現実と向かい合った私の瞳からは涙が自然と零れていきます。  

 泣く事を忘れていた勇気ない私に、感情の源から再び溢れていく大粒の涙は、人として再び歩み出す勇気を与えてくれました。それは、拓ちゃんとの本当のお別れを意味し、その別れを私自身で確信したことになります。

  「舞ちゃん、辛いと思うが今は前を向いて歩こう。前向きに一歩でも前に…」

   拓ちゃんとの別れ… 辛くないといえば嘘になります。  

 でも、龍太郎さんの励ましの言葉に私は前向きに歩む勇気が湧いてきました。そして、私を取り囲み温かい言葉で勇気付けてくださるダンサーの皆さんの存在もまた、私を前向きに歩ませる決断をさせてくれた大きな存在でした。

 傷が癒えるまではまだまだ長い時間が必要かもしれません。でも「仲間」の皆さんとなら大丈夫です。

 私は一人じゃない。 存在が薄い女性でもなければ必要とされない人間でもなかったのです。それに気付かせてくれたのは、拓ちゃん… 貴方でした。  


第二章二十一


「舞が、失礼な事を言ってしまたようで申し訳ありませんでした…」

 そう言って拓ちゃんが龍太郎さんの前に現れたのは半年前の話し。

 私が、初めて会った龍太郎さんを怒らせてしまったあのことで、拓ちゃんは私の代わりに謝りに行ってくれていました。そして、次に拓ちゃんが龍太郎さん達の前に姿を見せたのは数週間前のことだったそうです。

「無理を言って申し訳ありません… あいつが… 舞が、この公園に立ち寄った時は優しく見守ってもらえないでしょうか…」

 私が、稽古を眺めていることが好きと知っていた拓ちゃんは、無理を承知で龍太郎さん達に私を見守って欲しいとお願いに来てくれていました。

 そして龍太郎さんらは、自分の力ではどうしようもできなくなった拓ちゃんの事情を察すると、快くその願いを受け入れてくださったのです。

 こんな見知らぬ私を…

 と、思いましたが、実は龍太郎さんらは私が木陰の隙間から稽古を覗いていたことをずっと前から知っていたらしく、だから私のことをお客さんでもあり、仲間でもあると言ってくれたのです。

 そう言うこともあって、私も龍太郎さんの腕の中で思い切り泣けたのかもしれません。

「拓郎くんの為にも舞ちゃんは頑張らなければいけなんだぞ。失くしたものは大きいかもしれない… だが舞ちゃんは生きている。生きていたら失くしたものより大きな喜びも得ることができるんだ」

 生きていれば… 奥様を失くした龍太郎さんのその言葉に深みを感じた私は何度も感謝の想いで頷きました。傷つき涙しても笑える日が来るんだわ、と思う私は、生きていたら、いつか、きっと、拓ちゃんに笑顔で挨拶できる日が来るような勇気が湧いてきました。

 そして、離れ離れになってからも私のことを心配し続けてくれた拓ちゃんに私は感謝しなければなりません。最後の最後まで拓ちゃんには心配と迷惑を掛けてしまったけど、でも、もう大丈夫です。龍太郎さんに叩かれた頬の痛みに私は現実に両足を踏みしめなおす事ができたからです。

 拓ちゃんありがとう… これでお別れができそうです。  


第二章二十二


 龍太郎さんに頬を叩かれたその夜、私はダンサーの皆さんの食事会に誘われました。賑わう輪の中には、今まで感じた事の無い新鮮さと温もりが多く感じられ、私がその中に存在していることが不思議でなりませんでした。

   しかも、お開き前になると誰が言い出したのか分りませんが、私を舞台の小道具係りとして毎日稽古に参加させようという話しまで持ち上がり、迷惑でなければ… と、控えめな私を皆さんは喜んで受け入れてくれました。

 こうして長くて慌しい一日は終わりをとげようとしています。

  ──静かなアパート

 一人の部屋に帰って来た私ですが、拓ちゃんの残り香が消えていく恐怖を感じながら過ごした今までとは違い、落ち着いた心境で部屋を見渡し、拓ちゃんの想い出を一つ一つ整理するほどの余裕が生まれていました。

   目を閉じ、龍太郎さんに思い切り叩かれた頬を擦ると、ジンっ… と、小さく響く頬の痛みは拓ちゃんに叩かれたような痛みに感じ取れます。

  「舞…… 頬が痛かっただろ? ごめんな、痛い思いをさせて…」

   きっと拓ちゃんが側にいたら、そう言って私の頬を優しく撫でてくれているはず。

  「拓ちゃん? ……うぅん、大丈夫だよ。この痛みで私は私を取り戻すことができたんだもの…」

   そう感謝する私に、拓ちゃんは二度と危ない真似をするんじゃないぞ… と、知らない男性らにのこのこと着いて行ったことを叱りながら私の唇に優しく口づけをしてきます。

  「温かいな… 拓ちゃんの唇」
「温かい? 舞だって温かいぞ。ほら… あそこの中が…」

   唇を重ねながらいつの間にか拓ちゃんの腕が私のスカートの中に…

「あんっ… ゃぁ… そんなこと言わないでよ… はぁぁ… だめぇ…」

   私の指は拓ちゃんの指と重なり、横になった私は捲れたスカートの上からショーツをゆっくりと押さえ、蕾の周りを拓ちゃんに撫でられるような気持ちよさに浸りながらショーツの中に腕を差し込んでいました。

   懐かしい拓ちゃんの温もりを久し振りに感じた私は、いつものように拓ちゃんの愛を深く求めていくと、それに答えるように拓ちゃんは私の身体の中に愛情を流し込んでくれました。

   拓ちゃんの愛情が今でも私の身体に宿っているのがわかります。辛い時も哀しい時も、そして私が悩んでいる時もこの愛情に何度救われたことか分りません。そして今回も、意気消沈している私を闇の中からトンネルの出口へと導いてくれたのも拓ちゃんの愛情でした。

  「た… 拓ちゃん… はぁ、はぁ、はぁ… あぁぁ… いぃ… 気持ちいぃ」

   久し振りに感じる欲情の祝福に拓ちゃんの愛を感じ、脚を開いた腰が宙を舞います。恥かしいけどお尻を右に左へとくねらせてみせると拓ちゃんは凄く悦んでくれました。そして、その時のように激しくお尻を振り続けると、私の身体の中から熱い熱湯が噴出し最後には大波のうねりを吐き出していくのです。

  「あっ、あっ、あぁぁぁ!!!!! 逝くっ!! い、逝くよぉ拓ちゃん!逝くうううう!!!」

   痙攣を繰り返す身体、雲の上を飛ぶ感触の満足感が私を包んでいきます。目を閉じると、優しい笑顔の拓ちゃんが私を見つめて微笑み、頑張るんだぞと励ましながら静かに消えていきます。

   拓ちゃん、さようなら…  


第二章二十三


── 一年後

 月日が経つのは早いもので、拓ちゃんと別れてから一年が経とうとしています。

 この一年間、私は一日の仕事を終わらせると毎日のように公園に寄っては稽古の道具運びを手伝ってきました。

「舞! 何やっているんだ! そのセットはもっと後ろだと言っただろ!」
「あっ?! ご免なさい!!」

 意外と道具係りって大変なんですよね。私は毎日龍太郎さんに叱られながら汗を流しています。

  「舞!! 早く移動させろって言ってるだろ!!」
「はい!! ご免なさい!! よいしょ! よいしょ…」

 これが意外と重たい道具で小さな私の身体では簡単には動いてくれません。

  「まったく何やっているんだよ!!」

   毎日私を怒鳴りまくる龍太郎さん。 でも、そんな私を手伝ってくれるのも龍太郎さんなのです。

  「押せよ早く! いいか? 一、二… 三!!」
「はい!!!」

 と、こんなに忙しくて慌しい毎日を過ごしている私ですから、哀しみに浸っている時間などありませんでした。いつしか拓ちゃんとの想い出は、辛くて哀しい想い出から今では記憶に残る素敵な想い出として受け取れるようになってきています。

 素敵な想い出に… と、そうなることを誓い、私は拓ちゃんと二人の想い出の住みかであったアパートを引っ越し、新たな私だけの出発点となるアパートへ移り住み、心機一転の気持ちを胸に歩き出すこととしました。


── 三月の早朝。

 その日は花冷えのような寒い朝でした。

   朝靄に包まれた街は、視界が見えない真っ白な別世界を演出させています。白い闇の中を私は出社するために駅へと急ぎました。

   到着したホームも靄の影響で周りが何も見えません。殆ど視界ゼロ状態の中、私はホームの一番前に立ち、十分後に到着する電車を待ちました。

 暫くすると、朧のような朝陽が靄の隙間からホームに差し込み、舞台の幕が上がっていくように少しづつ靄が引き始め、辺りの視界が開かれてきたのです。

 まるで花が咲き開いていくような景色は、ホームの周りを鮮やかな輝きで視界を演出させていきます。 私は、眩しいくらいの朝陽に照らされ眼も開けることができず思わず額に左手を当て、悪戯をする朝陽の光を遮ると、ふと…?誰かに見られている視線を感じたのです。

「……誰?」

   その視線は向かい側のホームから注がれているものでした。朝陽に逆行する影に見つめられている私は、その姿がはっきりと見えなくてもその姿形が誰であるのかはっきりと知る事ができました。

「た… 拓ちゃん……」  


第二章二十四(最終)


 愛しの拓ちゃんが数十メートル先のホームに立っています。

   幻ではありません。

「拓ちゃん………」 

 その姿に近付こうと思わず踏み出し、線路へ落ちそうになった私を隣の人が手を差し伸べて助けてくれました。  

「舞……… 舞………」  

 拓ちゃんも線路を飛び越えてきそうな勢いです。  

「舞… ま、舞っ!!!」
「拓ちゃん!!!!!!」

   呼びたくても叶わなかったお互いの名前が響きます。私の気持ちが届いている瞬間を確かに感じます。そして私たちは、隣のホームと地下で繋がっていることに気付くと一目散に走り出しました。

   拓ちゃんに会える… それ以外何も浮かびませんでした。下っていく階段は過去への道標のようでもありますが、会ったからどうなるとか、どんな気持ちになるのかなんて考えません。今の私には、愛する拓ちゃんに会える喜び、そして頑張っている今の私を見て欲しい… それ以外何もありませんでした。  

 階段を駆け下りた通路の先に拓ちゃんが走って来る姿が見えます。その姿に向って駆け出した私は、拓ちゃんと過ごしてきた幾つもの想い出を頭の中に思い描くと、まるで時計の針が過去を刻み、離れ離れになる前の幸せな恋人の気持ちを一瞬でも感じ取る私は神様にお願いをしました。  

 神様… 今だけ、ほんの少しだけの時間でいいから昔のように私を拓ちゃんの恋人にさせて下さい。 …いいえ、ダメだと言っても私、恋人になります。いいですよね?

   許しを得たのか周りの時間が止まったような気がします。

   そして、両手を広げ、私を受け止めようとする拓ちゃんのその胸に私は思い切り飛び込んでいきました。

  「拓ちゃん!!」
「舞!!!!!」

   何一つ変わらない拓ちゃんの大きな胸の中、一年間の空白を私たちは涙で語り合いました。

  「すまない… 本当に俺… …ごめんな…」
「ぐすっ… うぅん、もぉ謝らなくてもいい… 拓ちゃんが悪いんじゃない…私ね、凄く強く生きれるようになったんだよ… そうなったのも拓ちゃんのお陰だから… 私… 感謝しているよ… 本当だからね… ぅぅ…」
「舞…… 舞……」

   何度も私の名前を呼び続ける拓ちゃんの気持ちが十分に伝わってきました。

   もうそれだけで十分でした。神様からの贈り物に私は感謝の気持ちで一杯になると、止まっていた時間が再び動き出して現在の時間を刻み始めたことを感じました。

   元気な拓ちゃんに逢えて本当によかった… 出張のお陰で私と会えることができたと拓ちゃんは歓喜していました。赤ちゃんも元気な女の子が生まれたそうです。綾子は私に懺悔の毎日だと聞きました。でも、私が気にしていなことを知ると少しは安堵することでしょう。

   短い時間ではありましたが私の最後の望み、拓ちゃんに逢いたいと言う想いが叶えられた私は、最後に感謝とお別れの言葉を伝えられて思い残す事はありませんでした。

  「本当に有難う… 元気でね… さようなら… 拓ちゃん」

   電車に乗った私をホームから見送る拓ちゃんに、私は何度もその言葉を伝え綾子と幸せになってほしいと願う私を乗せた電車は、未来へ向って拓ちゃんとは違う線路の上を走り出して行くのでした。


     若葉風の季節、車窓から見える拓郎が次第に離れていく距離に、舞は二度と会うことのない恋人を最後まで見届けながら感謝の言葉を何度も繰り返えしたことでしょう。

   そして、遠く小さな影となっていく拓郎の姿に、一番愛した人と過ごした想い出が、蜃気楼のような幻となり静かに幕を閉じていくことを舞は感じていくのでした。  


  【貴方の想い出を追いかけて】…終わり










作者竜馬さんのHP『官能小説は無限なり』

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