第1章

進藤宏美は26歳。某IT会社に勤務して、毎日情報処理業務に明け暮れる生活が三年になろうとしていた。
情報処理業務と言っても渡り鳥のようにあちこちの会社に出向いてはデータ入力などを請け負う派遣要員である。
七月に入ってからA社に出向を命じられた宏美は、A社の若手社員広岡徹也の傘下に入り指示を仰いでいた。
「今日はアンケート調査の結果をデータベースに入力してもらいたいんですが、進藤さんと岡田さんの二人でお願いできますか。」
岡田陽子は宏美と共にA社に派遣されている宏美の後輩である。
広岡はなかなかの二枚目で背が高く、A社の若い女子社員の人気を一身に集めていたが、本人はそんなこと全く意に介さぬ様子で淡々と仕事に打ち込んでいた。

宏美も陽子も元来プログラマとして様々なシステム開発に参加していたが、昨今ではなかなか仕事を選んではいられないのが現状だ。
単純作業を根を詰めてやっていると時間が経つのもあっという間である。
「今日の分はもう終わったから、陽子ちゃん、帰っていいよ。後はわたしがチェックしておくから。」
宏美は時計を見ながら陽子に声をかけた。
「分かりました。じゃーお先に失礼します。」
「お疲れさま。」
定時に陽子を解放して、宏美がコーヒーを淹れて仕切り直そうとしているところに、
「進藤さんも今日は早く帰っていいよ。作業もはかどっているみたいだから。」
と広岡が宏美の肩に手を置いて言った。
「あっ、ごめん。」
ポッと顔を赤らめる宏美を見て、慌てて手を引っ込めた広岡はあたりを見回した。
幸い他の女子社員はみんな定時で帰っていて誰も見ていなかったので広岡はホッと胸をなでおろした。



第2章


宏美は、元彼にヤリ逃げされて以来、夕食を共にする相手もなく一人アパートで自炊していた。
「あーあ、広岡さんみたいな彼氏がいたらなあ。料理の作り甲斐もあるのに。」
ため息をつきながらスーパーで買った材料で夕食の支度をしているとアパートの隣の部屋の玄関ドアがバタンと閉まる音がした。
「お隣も今お帰りかぁ。ご苦労さん。」
「今日はシーフードパスタだよ。これを食べれば精力絶倫だからね。」
宏美は目の前に広岡の顔を思い浮かべて言った。1時間かけて作った料理も1人で食べれば10分で済んでしまう。

(お風呂に入ってもう寝よっと。)
風呂上りの髪を乾かしながらテレビをぼんやり眺めていると、隣の部屋の玄関ドアがまたバタンと閉まる音がした。
実は、隣の201号室の住人は男のようで、頻繁に女が出入りしているようだった。
特に週末になると日に二度も来ることがあった。そして夜な夜な女のよがり声を聞かされるのである。
宏美は引越しを考えていたが、他に良い部屋はなかなか見つからなかった。



第3章


アンケートデータの入力もほぼ一段落した頃、広岡が次の仕事の説明をするからと言って宏美と陽子を会議室に招集した。
「アンケートの方がまだ終ってないけど、次の仕事のあらましを説明します。」
と言って広岡が配った資料は、Excelマクロで勤務時間を自動計算するというものだった。
(なんだ、また片手間の仕事か。)
宏美ががっかりして資料に目を通しながら横目でとなりの陽子を見ると、陽子は潤んだ瞳で広岡を見つめていた。
(あらいやだ、こいつも広岡さんにぞっこんなんだわ。困ったわね。どいつもこいつもみんなライバルか。)
広岡は女の目線を一向に気にすることなく、相変わらず淡々と業務の説明をした。
「・・・・それじゃ、進藤さん、今週中に工程表出して下さいね。いいですか。」
宏美が「はい。」と返事をすると広岡はそそくさと会議室を出て行った。

この日はデータ入力作業が早く終わったので、宏美は早めに勤務を切り上げて陽子を夕食に誘った。今日は週の真ん中で、飲み屋街は閑散としている。
以前一回だけ入った事のある割烹料理店ののれんをくぐると、「今日はお友達とですか。」と店の主が宏美に気さくに声をかけて来た。
宏美は席に座るなり、前回食べて美味しかった魚の盛り合わせ二人前と生ビールを頼んだ。
「先輩、ここにはよく来るんですか。」
陽子が目を丸くして聞いてきた。
「ここに来るのは二回目よ。でも私の顔をよく覚えていたわね、あのおやじ。」
「じゃあ、一回目は誰と来たんですか。」
「そんなことあんたの知ったことじゃないでしょ。」
宏美は早速出てきたビールジョッキを一気に傾けてテーブルに置きながら言った。
「でも先輩もそろそろ結婚しないと。」
「余計なお世話よ。それよりあんた広岡さんに気があるんでしょ。」
「そんなことありませんよ。」
「隠してもだめ。目を見てると分かるんだから。でも超難関よ。」
「じゃー、先輩も好きなの。」
「あの会社の女どももみんな狙ってるみたいだよ。」
料理をつまみながら話をしていると、あっという間に時間が過ぎてゆく。
「あんまり遅くなると変なおやじが絡んでくるからそろそろ帰ろうか。」
宏美は二人分の勘定を払うと陽子と分かれて駅へ向かった。



第4章

満員電車を降りて、橘駅の改札口を出たところで偶然広岡を見かけた宏美は思わず立ちすくんだ。
(あれー、広岡さんもこの駅なんだー。どこへ帰るんだろ。)
宏美は興味をそそられて思わず跡をつけることにした。ところが、跡を追うにつれて、どんどん宏美の住むアパート『ラフォーレ橘』に近付いて行く。
(やだっ、わたしのアパートに入っていく。ええっ、201号室?)
そこは宏美が住んでいる202号室の隣だった。もう一年以上住んでいるのに宏美は広岡と一度も顔を合わせたことが無かったのである。

(そうすると、いつも隣から聞こえてくるのは・・・・)
隣の部屋に広岡が住んでいると分かった宏美は居ても立ってもいられなくなった。
会社では優等生ぶって一心に仕事に打ち込む広岡の顔と、壁一枚隔てた向こうで女とやりまくる広岡の呆けた顔を想像して頭の中で比べていると、
宏美は身をよじりたくなるほどアソコがむずむずしてくるのだった。
(女の子と隣の部屋で一体どういう話してるんだろう。)
宏美はとうとうネット通販のページにコンクリートマイクと書かれた盗聴器を衝動買いしてしまったのだ。

こうして宏美の執拗な盗聴生活が始まった。ところが、隣の部屋の睦言を盗聴するにつけ、出入りしている女は複数であることが分かってきた。
その中で、名前が判明したのがサトミ、ミキ、サキコ。ということは少なくとも三人以上はいるということだ。

ある日曜日の夕方、宏美が丁度買い物から帰った時、一人の女が201号室に入って行くのをたまたま見かけた。
その女は宏美と背格好もヘアスタイルも実によく似ていた。宏美はその女を見たとたん、あるとんでもない誘惑に魅入られてしまったのである。



第5章

宏美は、いそいで部屋に戻ると盗聴器のマイクを壁に押し当てた。するとノイズに混じっていきなりシャワーの音が耳に飛び込んできた。
(シャワー浴びてるってことは、来ていきなりやるのね。)
そして、しばらくするとシャワーが止んで、広岡がしゃべった。
「ミキ、来週の予定を教えてよ。」
これで、相手の女の名前がミキだと分かった。
「来週は土曜日まで空いてないわ。」
そして、またしばらくすると、「チョボッ、ブチュッ」とキスする音、あるいは乳首を吸うような音が聞こえてきた。
(さっそく始まったわね。)
宏美は録音の準備に入った。ベッドのきしむ音と、その合間に女が発するよがり声が聞こえだした。
「んんっんんっ、ああっ、だめっ、あっああん・・・」
「チュパッチュパッ」
「はああん、いやあああん」
すると、いきなりパンパンパンパンという音に混じって激しくベッドがきしみだした。
(あれぇっ、もう挿入しちゃったの。わんわんスタイルみたい。)
パンパンパンパンギコギコギコギコと単調な音が間断なく延々と続く。そのリズムに合わせて時々「んんっ、んんっ、あんっ」と女のよがる声がする。
そして、突然、何の予告もなく音が止んだ。
(広岡さん、イッちゃったみたいね。ゴム付けてるのかな。)
宏美は録音のスイッチを切った。

宏美は急き立てられるように、事が終わって隣の部屋を出たミキという女の跡をつけて夜道を歩いた。そしてついに、女が橘駅の駅舎に入った所で声をかけた。
「ミキさん。」
驚いて振り向くミキの顔は宏美にとてもよく似ていた。
「ごめんなさい。いきなり声なんかかけて・・・・」
宏美は何か抗い難い力に引きずられるように言葉を継いだ。
「実は、立ち入った話があるんですけど、ちょっとお茶でもいかがですか。」
「ここでは何だから、そこの喫茶店はどうかしら。」
宏美はとうとう半ば強引にミキを駅前の喫茶店に誘い込んでしまった。

宏美はあれこれと事情を全て話した上、今度、夜に201号室に来る時を教えて欲しい、そして、広岡との情事の途中、何かきっかけを作ってわたしと交替して欲しい、そんな不躾な、厚顔無恥な、とても聞き入れられないような事を無理を承知で頼んでみた。
ところが、しばらくあきれ顔で聞いていたミキだったが、意外にもそんな宏美の頼みをあっさりと承諾したのである。
「おもしろそうね。いいわよ。あの男ルックスは抜群で、惹かれて寄ってくる女は多いようだけど、じきにみんな離れてゆくの。わたしもそろそろ潮時かなって思ってるんだけど。」
「ありがとう。恩に着ます。」
と言って宏美は大喜びでミキと携帯の番号を交換した。



第6章

ミキと初めて会った日から一週間後の土曜日の朝、宏美の携帯が鳴った。
「おはよう。わたしミキ。今晩8時ごろ徹也のアパートに行くから準備しといてね。」
「今日はお休みなの?」
「そうよ。」
「わかったわ。それじゃあ。」
宏美は電話を切ると何だか急にそわそわとしてきた。ミキが広岡のアパートに来るまでまだ10時間もある。
しかし、そんな浮付いた気持ちが、返ってある重大な疑問を招来した。
それは、こうしたまわりくどいやり方に対する疑問、なぜ直接広岡に素直な気持ちを告白しないのか、という素朴な疑問だった。
(ミキさんにこんなこと頼まなない方がよかったかな。)
そんなことをあれこれ考えているうちに、宏美はまだ朝食を食べていないことに気がついた。
時計を見ると、もう正午を指している。宏美はとにかく冷蔵庫から有り合わせの材料を出して適当に調理して食べた。
お腹がいっぱいになると目がとろんとしてソファに横になるとすぐ眠りに引き込まれた。

気がつくと日が既に傾いて時計の針は6時を指していた。エアコンのタイマーが切れて部屋はサウナのようになっている。
宏美はエアコンのスイッチを入れて、体にまとわりついたTシャツと下着を脱ぎ捨てて洗濯機に放り込んだ。
浴室にいってシャワーを浴び、そしてまた裸のままソファに横になった。
これから繰り広げられるであろう隣の光景を想像すると宏美はにわかに興奮を覚えて心臓が高鳴り思わず手が茂みに伸びた。



第7章

夜8時きっかり。ミキから電話が入った。
「今、橘駅についたわ。わたしが徹也の部屋に入ってしばらくしたらシャワーを浴びるから、それが合図よ。シャワーを浴びる時にこっそり玄関ドアにハイヒールをかませておくから、忍び込んで脱衣所に隠れること。それから、始まる前に部屋は暗くしておくから安心してね。」
「うん。わかった。」
宏美は壁際に寄って盗聴器の準備をした。

いきなり201号室の玄関ドアがバタンと閉まる音がして宏美はビクッとした。
(来たわ。どうしよう。)
フラットマイクを壁に当てた。
(あー、やっぱり止めときゃよかったなぁ。)
緊張する宏美をよそに時間は刻々と過ぎてゆく。そしてとうとうシャワーの音が聞こえてきた。
(今だわ。)
宏美は玄関の外を注意深く窺い、誰もいないのを確認して裸のまま外へ出た。
こっそりと広岡の部屋のオートロックの玄関ドアを開け、物音を立てずに脱衣所に潜むとミキがシャワーを浴びている姿がガラス越しに見えた。
その姿を見てやっと宏美は胸を撫で下ろした。
(よーし、一先ずセーフだわ。)

バスルームから出てきたミキは宏美に目配せすると照明を消して奥のベッドルームに入っていった。
宏美は、これから広岡の手の愛撫を受けるであろう両の乳房を脱衣所の鏡に映してみた。暗がりに慣れてきた目に乳輪がおぼろげに見えた。すると奥から、
「ミキ、こっちへ来いよ。」
という広岡の聞き慣れたような初めて聞くような声がした。
(どうしよう。始まるわ。)
宏美が聞き耳を立てると、
「チュパッチュパッブチュッ」
自分の部屋から盗聴器を使って聞いたあの音が響いてきた。そして、それに合わせるように、
「んんっんんっ、ああっ、あっああん・・・」とミキの声。
(何だか演技してるみたい。)
そんなことを思いながら宏美の手は自分の乳房を揉んでいた。すると今度は、「チュパッチュパッ」が「パンパンパンギコギコギコギコ」に変わった。
(この前盗聴した時と全く同じだわ。)
そして、ついにミキが合図を送ってきた。
「ちょっと待って。ごめん、おトイレに行きたいの。」
(ついに来た!)



第8章

ミキは少し疲れたような様子で暗がりの脱衣所に現れると、そっと宏美の背中を押してトイレに入った。
ミキと入れ替わった宏美は、高鳴る鼓動を抑えてベッドルームの扉を開けた。暗がりの中に広岡が仰向けで大の字に寝ている。
宏美がベッドの端に思い切って腰掛けると、広岡は起き上がって宏美の乳房を大きな手で包んだ。広岡は宏美をそのままベッドに押し倒すと唇を重ねてきた。
(ああん、とうとうしちゃった。広岡さんとキス。)
広岡の舌が宏美の唇をこじ開けて侵入してくる。ニコチンのにおいが宏美の鼻腔を突いた。

広岡の舌がニコチン臭を振りまきながら宏美の首筋から乳首へと滑ってくる。
「んんっ、ああんっ」
宏美は気持ちを高ぶらせながらもミキのよがり声を真似ようとしていた。突然、広岡は宏美の割れ目にペニスをあてがうと一気に挿入しようとした。
「ぎゃっ」
と思わず悲鳴を上げそうになるのを宏美は咄嗟に抑えた。しかし、広岡はおかまいなしに宏美の乳首に吸い付いて、腰をクランクシャフトように振りはじめた。
「ううっんんっ。」
恥骨と恥骨がぶつかる激しい動きに宏美が呻き声をこらえていると、広岡はいきなり体を離して今度は宏美の体を裏返しにした。
背後からペニスを挿入された宏美は自動織機のような衝撃に耐えに耐えた。
(もうだめぇ。いつまで続くのぉ。)
宏美は心の中で叫びながら、なぜか子供の頃よく遊んだ機織工場の裏手の小さな公園のことを思い出していた。広岡の腰の動きは止まりそうで止まらない。
「パンパンパンパンパンパンパンパンパンパンパンパン・・・・」

やがてペニスを引き抜いた広岡は、とうとう手コキで宏美の背中に射精した。・・・・

広岡がおもむろにティッシュを引っ張り出して宏美の背中をで拭いているところを、宏美は立上がってトイレに行くふりをしてミキと再び入れ替わったのである。
(やっぱり早く引越ししなきゃだめだわ。)
宏美は玄関ドアの外を注意しながらこっそりと外へ出た。外は室内の暗がりからは想像できないような月明りで、スーパーの看板の文字まで鮮明に見えた。
「あっ、鍵!・・・・」











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