第2話

 早速藍子は、相川の件を武彦に相談した。

「へぇ~、凄いじゃないか!思い切ってやってみれば?」
「うん……」
「どうしたの?気乗りしないの?」
「だって、大変なお仕事だから私に出来るかな~?」
「藍子は才能があるから大丈夫だよ!」

 不安は他にもあった。
 大成ホテルの専属サロンになれば、確かに収入は安定するだろう。
 しかし、夫との夫婦関係に悪影響を及ぼさないだろうか。
 新郎新婦との打ち合わせや、度重なるプランナーとのミーティングで、生活のリズムが一変するに違いない。
 果たして仕事と家事の両立が出来るだろうか。

「家の事は僕も協力するよ」

 武彦が藍子の心の中を見据えたように言った。

「藍子ならきっと出来るさ!」
「あなた……」

 藍子は目頭が熱くなった。





 翌日、店のスタッフにも相談した。

「先生!私頑張ります!」
「お嫁さん創りですか!やったー!」

 2名のスタッフは歓喜した。

「あなたたちにも頑張ってもらいますからね!」
「は~い!その代わりお給料もアップして下さいね!」
「はいはい」

 店内は開店以来の大賑わいだった。

「ところで先生、土日のお店はどうするんですか?」
「それが問題ね……」
「スタッフを募集しましょうか?」
「そうね…… あと2名くらいは必要ね」
「じゃあ私、チラシを作りま~す!」
「ちょっと待って!まだ大成ホテルと契約したわけじゃないのよ!」
「あっ、そうか!」
「まったく、気が早いんだから!」

 藍子と2名のスタッフは、顔を見合わせて笑った。

「先生、善は急げですよ!相川さんにお電話した方が?」
「そうね。今お電話してみましょうか?」

 藍子はポケットから携帯を取り出した。



「もしもし、モダの藤沢です」

 相川の声は弾んでいた。

「それじゃ、早速契約しましょうか?」
「お願いするわ」
「先生のご都合は?」
「今夜でも構わないわよ」
「そうですか。では、大成ホテルのロビーで8時に待ち合わせましょう」
「わかったわ。いろいろありがとうございます」

 電話を切った後、藍子はガッツポーズをした。
 二人のスタッフは、歓声を上げ抱き合って喜んだ。

「先生、1年間辛抱して良かったですね!」
「あなたたちのお陰よ!」

 藍子の胸中は、スタッフと夫である武彦への感謝の気持ちで一杯だった。

 しかし、この後我が身に起こりうるいかがわしい事態を、藍子は知るすべもなかった。



 藍子は7時30分に店を閉め、大成ホテルに向かった。
 モダからは車で15分ほどの距離だが渋滞に巻き込まれ、大成ホテルに着いたのは8時5分前だった。
 相川は、ロビーのいちばん隅に座っていた。

「相川さん、お世話様!」
「あっ、先生、ご苦労様です」
「お待ちになりました?」
「いえいえ、僕も着いたばかりです。さ、掛けて下さい」

 相川は、灰皿にタバコを揉み消しながら促した。

「さすが先生、決断が早かったですね!」
「そうね、主人とスタッフが賛成してくれたから、やってみようと思って……」
「ほう、ご主人も了解してくれたんですか~?」
「ええ、家事も手伝うって言ってくれたのよ~」
「優しいご主人ですね。うふふふ……」

 藍子は、相川の言葉に不吉な予感がした。

「ところで相川さん、ご契約はどこで?」
「あっ、そうそう、大事なことを忘れてましたね。うふふ……」
「……」
「契約は、うちの社長として下さい。ご案内します」
「えっ?社長と?」
「はい、社長室で待っております」

 相川は、タバコを胸ポケットに押し込み立ち上がった。

 大成ホテルは、2階から6階までが客室で、7階はレストランやバーがメインだ。
 エレベーターに乗り8階で降りると、会議室や応接室があり、社長室はいちばん奥にあった。



「相川君かね?入りたまえ」

 相川がインターホンを鳴らすと、室内から太い男の声が聞こえた。

「社長、お邪魔します!」

 部屋に入ると、藍子がこれまでに見た事もない豪華なアンティーク調のソファーと、大理石で出来た大きなテーブルが置かれていた。
 そして部屋の奥には大きなデスクがあり、そこには初老の男が座っていた。

「社長、こちらがヘアーサロン・モダの藤沢さんです」
「モダの藤沢です」

 藍子は、深々と頭を下げ名刺を差し出した。

「ああ、ご苦労さん」

 男は立ち上がり、デスクの引き出しから名刺を取り出し藍子に手渡した。
 名刺には“大成ホテル 代表取締役社長 亀山金吾”と毛筆体で書かれていた。

 社長の亀山は、鼻の下と顎に白髪混じりの髭を蓄え、60代前半に見えた。
 頭髪は年齢には相応しくないほど鬱蒼と生い茂り、がっしりとした体格の大男だ。
 大きな目を眉毛が覆い、鼻は肉団子のような形をしていた。

「では社長、僕はこれで失礼します」
「ああ、ご苦労さん、気を付けて帰りたまえ」

 相川が退席し、社長室には藍子と亀山の二人になった。

 藍子は室内の空気が、やけに重苦しく感じた。


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若き美貌作家真理子さん
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