前編(1)

 腰ほどまでに伸びた黒髪。
 前髪は、鼻まで隠れそう。
 だから顔で見えるのは、その白い頬と桜色の唇だけ。

 いつも真っ黒なワンピースと黒い靴。
 真夏でも関係なしに、肌の露出は極端に少ない恰好。

 黒河妖子(くろかわあやこ)という少女は、そんなどこか不気味な少女だった。

 勉強は出来るし、運動神経がやたら悪いわけでもなく、休み時間には本ばかり読んでいる地味な子ではあったが、そんな子は別に妖子だけではない。
 だから、妖子が他と際だって違っていたのは容姿と、性格だったのだろう。

 本当に妖子は、変わった子供だった。
 そしてどこか、恐いのに、美しく、妖艶な少女であった。


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 山岡ミチル(やまおかみちる)は、今年で小学校六年生。
 普通より少し大人しい少女ではあった。
 だが別にクラスの友達から虐められていたことはなく、寧ろいじめっ子と仲良くしていた。

 そうすれば虐められないことを、ミチルは知っていたからである。
 人付き合いは昔から得意で、虐められそうな子とは関わらないようにして、今の仲間と一緒にいる。

 ミチルが一緒にいたのは、片桐薫子(かたぎりかおるこ)のグループだった。
 薫子は、クラス一の美人だった。
 子役モデルとして勧誘があるくらい綺麗で、家はお嬢様。

 頭もいいし、運動神経も抜群。
 非の打ち所のない薫子だったが、プライドが高く我が儘だった。

 だからクラスが一緒になった時、ミチルは思った。
 この子はいじめっ子タイプだと。

 思った通り、薫子はクラスの中心となった。

 そんな三人は、同じクラスになったのだった。

 クラスの女子は、大概薫子の言いなりだった。
 逆らえば虐められるから。

 今の薫子のイジメの対象は、優等生の美香だった。
 カラオケに行くと薫子がいいだした時、塾があるからと断っただけだ。
 その時は、塾なら仕方ないねと言った薫子だったが、カンに障ったのか、翌日から虐めることになったのである。

「嫌ッ、やめてよっ!お願い薫子ぉっ」

 あの日から美香は、毎日虐められていた。
 物を隠されたりは当たり前で、昼休みと放課後には、ミチルのいる薫子のグループからのイジメだった。

 水をかけられたり、服を破られたりしても文句を言わなかった美香だが、今日のイジメにだけは悲鳴をあげた。
 トイレ掃除の当たった薫子が、トイレの床を舐めさせるといい出したのだ。
 三人くらいに押さえ付けられ、美香はトイレの床に座らせられていた。

「お願いッ、許して…そんなことしたくない…」
「煩いなぁ…早く舐めなさいよ。床が嫌なら、便器舐めさせてもいいのよ? ほら早く!」

 薫子が美香の頭を踏み付ける。
 美香は泣き叫んで嫌がったが、薫子はやめなかった。
 舐めろコールが始まると、薫子の足が一層美香の頭をきつく踏む。

 美香は、ついに床を嘗める決心をしたのか、震えながら舌を出す。その時だった。

「あの。トイレ使いたいんすけど…いいっすかね?」

 いきなり聞こえた声に、薫子も美香も、ミチルも振り返る。
 妖子だった。
 目を隠しているせいで表情はよく解らないが、この光景を見ても何の反応も示していないのである。

「今忙しいのよ! あっち行きなさいッ」
「けど、個室は使ってないっしょ? トイレ、使いたいんすけど」

 妖子の飄々とした声に、薫子の苛立ちが募る。

 薫子の返事も聞かず、妖子は中に入ってくる。



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