前編
服を脱いだその体は、驚いたことに女であった。
俺の住む町は巨大な防壁で囲まれている。東西南北にそれぞれ一箇所、合計四つある門だけから、町への出入りは可能である。
防衛対策というものだ。
高く分厚い岩の壁なら、ここいらの魔物ではよじ登れないし、やれオークやオーガの怪力をもってしても破壊はできない。おまけに門には常駐兵が置かれており、万が一にも侵入を試みる魔物がいたなら、直ちに討伐へ出動できる仕組みであった。
ここを通ることができるのは、まず町から旅立つ手続きをした町人。許可証を持った商人や国の重要人物たち。
そして、身体検査を受けた旅人だ。
異国のスパイや人に化けた怪物なんて紛れ込んでは、町の損害になってしまう。未然に防止するためには、全裸に剥いて危険物の持ち込みを確認し、検査に従った者のみに入門を許可するのが一番いい。
それはわかっている。重要な仕事だ。
しかし、旅人とは多くが男だ。
こんな場所の仕事に就かされた俺は、ホモでもないのに男の裸を検査して、見たくもない尻穴まて確かめなくてはいけないのだ。同性愛者の専門職にでもすればいいのに、何たって元は騎士団志望の俺が末端の汚れ仕事を受け持つ羽目になるのだか。
もっとも、例えどんなに吐き気がしても、数ヶ月以上も続けていれば、嫌でも慣れるというのが人間だ。
初めは精神的苦痛で鬱病になりかけたが、今となっては淡々と心を殺し、まるで商人が物品の品質確認でもするような気持ちでこなせるようになっていた。
男の裸なんてと思うから、苦しいし吐き気がする。
物体をチェックする仕事と思えば、いくらか気が楽になる。
この切り替えができるか否かが、身体検査官の向き不向きを分けるらしい。悲しいことに俺は向いてしまっているわけだ。
そんな俺の前に現われたのは、リズベットという旅の剣士を名乗る少年だ。
彼は女と見間違えるような美少年で、ショートカットの髪の長さは少女に流行るヘアースタイルとよく似ている。随分と細身の綺麗な奴だと思っていた。
「この町へ来た目的は?」
「ボクは旅人として自由に生きています。この辺りで宿を取り、賃金を稼いで食料を補給すること。それから観光地なんてあれば、観てまわりたいと思っています」
凛々しい声も、少年にしてはやや高めだ。
この時点で、確かに違和感はあった。
だからといって、普通は性別なんて疑うだろうか。世の中には女っぽい男もいるし、逆に男と見間違えるほどの男臭を漂わせた筋肉女も存在する。だいたい、背もそれなりに高かったんだから、誤解しても当然だろう。
単純に線が細くて、女性的なルックスの少年なだけだと思っていた。
「よくある理由だ。ま、こんな面談調査は形式上のもんだから、身体検査さえパスすれば基本的には町に入れる」
「他の町では精神鑑定まで受けましたが」
「ああ、他所ではやるらしいな。うちでは導入されてないから、あとは身体検査だ」
「それも国や町によって基準がそれぞれですね。ここではどこまで脱ぐのでしょうか」
誰だって、好きで尻の穴まで調べられたい人間はいない。
せいぜい下着姿まで脱いで、簡単な衣服チェックで終わる程度のものを期待するのも、人として自然な気持ちだろう。
「悪いがこの町では全部だな。規則だから破れない。ま、わかってくれ」
「……わかりました」
リズベットはまず腰のベルトを取り外して、金貨を入れるための布袋や護身用の剣をテーブルに置いていく。肩にかかったマントを脱いで、皮製の軽量鎧を上半身から取り外す。旅人が重量装備で歩くわけにはいかないから、軽さと丈夫さを兼ねた皮鎧というわけだ。
あとはシャツもズボンも脱ぎ去って、リズベットは全裸になるだけだ。
そこで俺は気がついた。
妙に恥じらうのだ。
シャツを脱ごうという直前で、頬のほんのりと染め上げて、俺の方をチラチラ見る。
「どうした?」
「脱いでいるあいだは向こうを向いてもらえるといいのですが」
「駄目だ。その手を使って、検査官の背中を刺した盗賊の犯罪者が過去にいる。同じ事例を出さないための決まりで、必ずこちらを向いた状態で、正面から向き合ったまま脱ぐんだ」
「そうですか。それもそうですね。わかりました」
やけに悲しそうな、何かを諦めたような声だった。
確かに男だって、人前で好きで脱ぐことはないだろう。上半身ならともかくとして、下まで含めて裸になり、これから検査を受けるだなんて、躊躇う気持ちが沸くのも自然なことだ。
しかし、そうじゃなかったのだ。
俺は何かを勘違いしていた。
リズベットが泣く泣くシャツをたくし上げると、膨らんだ乳房を潰すためのアイテムが、いわゆるサラシというものが、その胸には巻かれていたのだ。
「お、お前……! 女か……!」
「……はい」
恥ずかしそうにリズベットは答える。
「何故、男の格好を?」
「男装をした方が、野党やオークに襲われる確率が減るものですから」
「なるほど、それもそうか……」
俺は納得した。
妙に線が細くて声も高くて、女性的な少年に見えたのは、リズベットが初めから女だったからなのだ。
それも年頃の少女だ。
「女性でも、規則に例外はありませんか?」
「す、すまん。脱いでくれ」
「わかりました」
リズベットは羞恥の込み上げた赤い顔で、たどたどしくサラシを解き、膨らみかけの可愛らしい乳房をあらわにする。
ズボンを脱ぐと、そこにはショーツと呼ばれる下着があった。ピンク色だ。リズベットは恥ずかしいのを我慢しながら、腰から膝へ、足首へと、だんだんとショーツを下げていき、一糸纏わぬ姿となった。
なんてことだ。
旅のために男装をして、性別を偽る女が存在するとは聞いていたが、何ヶ月働いても女の検査をする機会はなかったので、そんなものは迷信だと思っていた。
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