官能小説『残照 序章』

知佳



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・別離

 沙織が健太と奈緒を連れて戻ってきたのは新学期が始まる直前だった。
新年度の配置換え早々の出勤で周囲の手前出過ぎた真似の残業もならじと定時で上がって帰ってくると、連日まるでお通夜のようだった家がウソのように活気に満ちていた。
「お帰りなさい。お疲れ様でした」

 沙織が玄関で出迎え、子供たちは奥の 恐らく両親の部屋から元気よく飛び出してきた。
新三郎は沙織には手も触れずふたりの子供の方を抱くとそのまま書斎へと向かった。沙織が後をついてきた。
「子供の将来を考えて帰ってきました。あれからいろいろ考えたんですが、わたしが止めても調べるのを止めようとしないんでしょうからお好きなようになさってください」

 シンとした物言いだった。
子供たちはともかく、沙織のいなくなった家はどこか陰気くさかった。
それがいま、薄化粧して目の前に立っている。

 性に興味ないふりをしていたものの妻にだけは抑圧した想いがあった。
嫁いできて間もない頃もそうだが、普段でもひとりで出かける際など誰かとまた逢瀬かと疑うと、それだけで脳乱してしまう。
それが今回の騒動で心ならずも貸し出し風な言い回しをして追い出してしまった。

 ことのきっかけとなった相手の元へ身を寄せでもしなかったろうかと妬けて仕方がなかった。
煩悩に打ち震える妻をあの男は再び組み敷いてることだろうと思うと心穏やかでいられなかった。

 その妻が今目の前にいる。

 ほんのわずかの間離れただけだったが沙織の放つ濃密な色気に引き寄せられるように新三郎の視線は豊かすぎる乳房を射止めた。
着やせをするたちで、ベッドに誘って目にした乳房も下腹部も豊かすぎるほど豊満だった。
いつの間に床を別にし始めたのか記憶をたどらなければ思い出せないほどだったが、わずかの間 離れて暮らし 初めて湧き上がる飢えを覚えた。

 その飢えには沙織が我が家から離れている間中ほかの男に組み敷かれ、身体を開いて受け入れ狂喜しのけぞり悶え苦しむ姿が浮かび、頭の片隅に焼き付いて離れない。
「そうか・・・  納得してくれたか」
一旦云い出したら後に引かない夫である。

 拒んでもいつか必ず調べると言い出すし、結果によっては裁判沙汰になる。
そのあと円満解決するにせよ、或いは離婚となるにせよ、まずもって世間の物笑いになる。
それなら多少の分別がある自身が内密に検査という密約を取り付け、取り決め通りの方法をとらせた方が得策だと沙織は考えた。

 初めての子を産むときも次の子を産む時も、両親が指定した病院の院長はなにかと理由をつけクスコでソコを開き中の様子を診て楽しんでくれたものだ。
人も羨む美女のアソコを開くだけ開き、不必要な場所まで刺激し、感触に打ち震える姿を観て楽しんでくれた。

 あのような屈辱を再び受けるようなら調べは拒否しようと決めていた。

 よしんばかたくなな考えが胤のない子供を育てることを拒否するため裁判に持ち込まれたとしても彼なら職業上不利になるような態度には出まいと踏んだ。
他人の子供を知らずに育て続けた屈辱に比べれば調査という申し出は仕方のないことだと諦めもした。

 新三郎にしても沙織側から同意を取り付けたといっても一度は拒んで家を出ている。
生まれた子供に関して絶対揺らがない信念があるからこそできた所業だと思うだけに自信がぐらついた。
----そんなはずはない。かつて研究チームにいてこれはと思った題材の芯を外したことは一度たりとてない。

 新三郎は自身に言い聞かせた。
思いつく限りの参考書をひも解いて調べ上げたつもりだった。
DNA鑑定のみならず血液のABO型、Rh型にMN型、それらすべてを考慮に入れた答えが自分の胤ではないという結論を導き出している。

 ふたりの子供の父権が否定されたら沙織はどうするつもりだろうかと思った。
不貞を理由にすれば即座に離婚が認められるだろう。その時になって沙織は貞節の陰に隠れて不倫を繰り返した、その男の名前をどんな気持ちで打ち明けるだろう。
新三郎は黙って沙織を見つめた。

 沙織は一礼して踵を返した。
その沙織の肩を掴んで引き戻し無言のまま床に押し付けた。
沙織はあらがわなかった。

 瞳を閉じて横たわった。
新三郎は部屋に鍵を掛けた。

 子供たちや両親は不振がるかもしれないが、そのことへの配慮より脳内を駆け巡る沙織を凌辱してあざ笑う男達への嫉妬に対する昂りのほうが勝った。
着物の裾を捲ると男達が弄り尽くしたと思われる白い下半身が現れた。
この段になっても両腿をぴっちりと閉じて、見た目にも夫の侵入を拒み続けている妻沙織。

 勝手に出ていった先で男を味わってたくせに生意気な!

 怒りと嫉妬がないまぜになり、それが頂点に達した。
軽く手をかけて、やさしく手をかけて引き下ろすつもりでいたパンティーを、繁みに指先が届き生暖かさを感じた瞬間耐えきれなくなって引き裂いていた。
帰る直前まで男のことを想っていたか、それとも男に抱かれてきてたのかと、女性の躰を未だ理解できないでいる新三郎は思った。
凌辱で始まった仮面の夫婦のまぐわい、それでも沙織は逃れるような動きはしなかった。

 白い透き通るような下半身の奥のソレをひた隠そうとするかのような姿勢で横たわる妻の、太腿の付け根にごく自然な繁みがあった。
人妻を寝取る輩の手練手管を本で学んだ際に、このような女にはそれ相応の前戯とあったが、かつてそのようなことを妻に行ったことはない新三郎である。
その、真心を込めてクンニを施し開くように仕向けてくださいというような妻の下半身を夫は遮二無二割って覆いかぶさった。

 もとより前戯も何もなかったし期待したことのなかった夫との夫婦性活に今回も沙織はあきらめに似た感情を押し殺し素直に従った。
夫婦のまぐわいが始まると沙織は、決まって独身時代とろけさせてくれた男たちの性技を想い出し妄想の中で準備を整えてきた。
今回も帰り着いて義父母を見た瞬間から「ああ・・・この人たちも不自由なら夫はなおのこと不自由だったんだ」と思った。

 もしこの場を収めることが出来るとしたら、それは依然と変わらぬ妻になりきること。
恩案が欲しくて飢えている夫を迎え入れ、溜まった濁流をヌイてあげること。
夫が帰る時間に合わせ、心の中で自慰に耽った。

 他の男たちがこの場所へ向かって注ぎ込む情熱に沙織はもだえ苦しんだかと思うと復讐の念に黒い炎が渦巻いた。
自分の時とは違って沙織は自ら進んで美しい足を開き男を迎え入れた。その今組み敷いている個体とは違った妖しい肢体が男の身体に絡みつき露わな声を張り上げる様子が目の前の暗闇に映し出された。

 強引に侵入した新三郎はあっという間に自分だけ果てた。
沙織の中に放った瞬間、欲望は果てたが目の前の妻の情事のあとの下半身を見て益々疑念は強まった。
検査結果が悪い方に出た場合、沙織と離婚することになるが、元はと言えば男として自分がふがいないからであって不貞を働いたからと言って果たしてこの美しく魅惑的な妻と別れる決心がつくかと一抹の不安を覚えた。

 欲を言えば妻だけ残し、父権は胤を仕込んだ男に送りつけてやりたかった。
だがそれは法的にもできるわけはなかった。
母親はどうしても親権を持つことになる。そうすれば沙織は胤を仕込んだ男の元へ子供もとともに送り出してしまうことになる。

 検査の結果が自分の胤であってくれたらという気持ちが脳裏をかすめた。
そうすれば疑心暗鬼の日々は消え、元の穏やかな家族に戻れるし例え育ての親であっても父母も喜ぶと思われた。
だが、そうでないことは調べるまでもなく明白の事実ということも。

 旧正月が空けると新三郎は研究機関に夫婦と子供たちの鑑定を依頼した。
「こうまでなさる確固たる理由はおありですか?」
新三郎はこの問いに自分が探り当てた研究結果と妻の行動記録を添えて説明した。

 「おっしゃりたいことはわかりました。しかしながらあなた様も高名な研究員、とすれば結果は調べずとも明白なはずで、我々の結果を待たれるもの良いですが無駄に時間を費やされるより探偵を雇われてそのあたりを調査されることをお勧めしますよ」
「探偵をですか?」
「そのとおりです。精子は膣内で3日は生存しますから、あなた様の日記に記された奥方様の妊娠可能周期から計算した日に誰か男と接触を持たれたか調べ、その男のDNA鑑定を依頼なさるともっと効率よく回答を差し上げることができます」

 なるほどと思った。
神聖な研究機関の職員なればこそ、主に不倫や浮気調査が主な仕事の探偵屋を雇うという思い付きは門外でなかった。
「どこかにお知り合いでも・・・」
頭を下げて紹介を受け研究所を出る段になってどっと疲れが出た。

 何故こんな屈辱的なことのために走り回らなければならないのかと思った時、わけのわからぬ子を孕んだ沙織が無性に腹立たしかった。

 夫婦とは実に陳腐なものである。

 その夜は久しぶりに親子そろって料亭で外食をした。夫は他人棒に抱かれる妻に、妻は執着する男に身も心も奪われていることを押し隠して。
沙織の表情は明るかった。
目の前の我が子の胤を父が疑ってかかっているという罪悪感というものが一切窺われなかった。

 どこかの男と逢瀬をもって孕んだとすればこのように明るくふるまえないはずだが沙織の立ち振る舞いに翳りは見えない、それを書斎で契った一夜のことで帳消しと考えてはいまいかと疑ってもみ、もしそうであるならばなおさらのこと自分で開かせるんだ!このまま手放すには惜しいと思った。
「あなたお酒の追加はどうなさいます?」
ぼんやりと子供たちを見やっている脇で沙織がくったくなく問いかけてきた。

 「ああ、もらおうか」
もしかしたら早まったかもしれないという懺悔で胸がいっぱいになったが、次の瞬間目の前を横切った妻の豊かな尻の線に打ち消された。
妻がどこかに出かける風に見える日など、妻の腰は今のような艶めいた動きをする。

 何かの本で読んだ、女が発情期になると躰の線や動作まで変わってくると。
今の妻沙織がまさにそれだった。
孕む危険性が無い時分のまぐわいであっても、それが自分を守ってくれる男であるならせめても遺伝子を残そうと蠢いている。そのように思えてならなかった。

 あの嫋やかな尻をほかの男が鷲掴みにしながら妻を組み敷いて頂上まで昇りつめさせ孕むことさえ許すまでイカせ、濁流を注いで!!と懇願するまで寝取ってしまっている現実に、再び恨みつらみがふつふつと燃え上がりはじめていた。





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<筆者知佳さんのブログ>

元ヤン介護士 知佳さん。 友人久美さんが語る実話「高原ホテル」や創作小説「入谷村の淫習」など

『【知佳の美貌録】高原ホテル別版 艶本「知佳」』



女衒の家系に生まれ、それは売られていった女たちの呪いなのか、輪廻の炎は運命の高原ホテルへ彼女をいざなう……

『Japanese-wifeblog』










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