第18話「『農家に嫁いだ女 若妻の旬』 美咲の場合」

志多留を訪問した翌日、美咲は再び翔太の元を訪れた。 曇り空の下、彼は黙々と仁田特有の畑の土と戦っていた。 美咲は翔太に声をかけ、Tシャツとジーンズ姿のまま畑の中へと入っていった。

「また手伝わせんね、草取りでも肥料撒きでん、なんでんすっとばい」
微笑む美咲に、翔太も笑みを返した。

「農作業って、案外面白かじゃろう」
額に浮かぶ汗を腕で拭い、翔太が訊く。
「うん、 楽しか! 土ば弄るとが、こがん気持ちん良かことやとは知らんじゃったわ、 それに躰ば動かしとーと、つまらんことも忘れてしまうし」
美咲はそう言って、目を大きく瞬かせた。 翔太が口にしてくれたように、鰐浦のコヤで行われた忌まわしい過去に怯えるなんて、志多留をそんな目で見てただなんて、今の翔太には似つかわしくない、お嫁に行くために是が非でも忘れたかった。

 広い畑の中でふたりは草取りに精出した。
「もう少ししたら収穫や、 うまかとが取るるごたある」
何やらコロボックルに似た葉の農産物を指して翔太が微笑む。 土の中で育っているであろうその植物を想像すると、美咲はなんだか嬉しくなった。 翔太が育てたその何とやらを早く食べたくなった。

 美咲は草取りの途中で躰を起こし、大きく伸びをした。 慣れない体勢でしゃがみながら土と向き合っていると、腰が張って痛みが走る。 それにもまして熱さは堪えた。 額から流れ落ちる汗が目に入りしばしばする。 頬から首筋を伝って、まるで滝のように汗が流れ落ちる。 少しでも目に入らないよう草抜きをしていた手で払った。 梅雨がもうそろそろ明けるんじゃないかと思われ、その蒸し暑さたるや尋常じゃない。

 顔を上げた美咲を見て、翔太が笑った。
「はっはっはっ……、 美咲、泥ん着いた手で直に触ったけん、顔にも首にも泥が……」
美咲は気になんかしちゃいないといった風に、翔太に向かって舌を出し、こう応えた。

「泥だらけでけっこうばい、 後で洗えばよかとやもん」
無邪気な美咲が可愛らしく映ったのだろう。 翔太は優しい眼差しで美咲を見つめた。 疲れを一時でも感じないようにしようと、美咲は翔太に向かってとりとめもない話しを振る。 翔太も負けじとこれに応えてくれた。 ふたりは目の前の作業に精を出した。

 畑で作られていたのは仁田芋と呼ばれる赤芋が原産の里芋。 ここいらはデルタ地帯で、上流から流れ着いた粘土質の土が堆積し肥沃な土に変えてくれたおかげで採れるようになったと言われる。 しかし、元々が岩盤の土地ゆえ肥料を継ぎ足さないことにはいづれ養分も枯渇する。

 家畜を飼って出た堆肥を補充しようにも、元々対馬は家畜が好む草は生えにくい。 海風に晒された草は固く、家畜には不向きで飼育するとなるとそれだけ余分な費用をかけ、昔からの取り決めで飼料も農協を通じて取り寄せなければならない。

 島の北側の地区(比田勝を中心とした地区のことを指す)が仁田に対し良い印象を持ってない以上、採れた野菜の消費地は南(厳原を中心とした地区を指す)以外にない。 しかし、大量に消費してくれる厳原に運ぶとなると相当な時間と費用が掛かる。 細々と野菜を育てていたのでは、とても生活の足しにはならない。 夏の暑さも忘れ、ひたすら地面と向き合ってて周囲が嫌に暗くなったのに気付いた。

 鉛色だった空が突然真っ黒になり、雷を伴った激しい雨が地面を打ち付けた。 手が届きそうなところにいる翔太の声もよく聞き取れないほど雨の勢いは強かった。
「早う、こっちこっち!」

 翔太は美咲の手を掴み、引っ張った。 畑を横切り、ビニールハウスへと飛び込む。 雷雨のせいで、ふたりとも一瞬にしてびしょ濡れになってしまった。 翔太は首にかけていたタオルを、美咲に向かって投げた。 
「おいが使うとったタオルやけん汚れとーばってん、良かったらそれで拭いて」
美咲はタオルを受け止め、頷く。

 ふたりはずぶ濡れのまま、見つめ合った。 美咲は熱さを避けるためTシャツのみ羽織って来ており、雨で濡れ肌に張り付いて豊かな胸が、尖ったぽっちまでもが露になっていた。 翔太もそれは同じで、逞しい躰の輪郭が浮かび上がっている。

 ビニールハウスの静寂の中、互いの息遣いや心臓の鼓動までわかりそうなほどの緊張感が漂う。 翔太を見つめたまま、美咲はタオルでそっと濡れた髪の水滴をぬぐった。 タオルが鼻先をかすめた時、翔太の汗の匂いがした。 

 一方の翔太はというと、美咲から目を逸らし、自然を装って美咲に背を向け、ずぶ濡れになったTシャツを脱いだ。 夏の日差しに照り付けられ、蒸し風呂状態になったハウスの中で濡れたTシャツを着続けるのは不快だったのだろう。

 Tシャツを脱いだ翔太は美咲に背を向けたまま、雨が降りしきる畑を眺めている。 この雨がいつまで続くのか、翔太にとって不安だったのだろう。 翔太の想いとは裏腹に、雨は情け容赦なく降り続き、里芋畑の畝の溝辺りは長靴でも履かない限り歩けないほどの水嵩になってしまっていた。

 翔太の背中は浅黒く、逞しかった。 雷が割れるような音を立て光を放ち、ハウスの中のふたりを照らした。 雷鳴が鰐浦や海栗島周辺の海鳴りとダブった。 美咲は堪らなくなり、思わず翔太の背中にしがみついていた。



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