第17話「鰐浦峠を下って港に向かう道すがら、無数のコヤがあった」
島の子らは往々にして幼い頃、コヤと呼ばれる倉庫群やベエと呼ばれる作業広場で追っかけっこやかくれんぼをして過ごす。 傍から見ればそれほど面白いとは思わないであろうが、やっている当人にとって言われているほどつまらないとも思わなかったようである。 遊びはそれ以外ない以上、そういったことをするしかなかった。 そう思い、日々を過ごした。
そのようにして育った子らが思春期を迎えるころになると、近所の男どもはそのコヤに悪さをするため、かねてから目を付けておいた女の子を連れ込もうと手を尽くし始める。 飴をやるだの鞭をくれるだのとまではいかないが、狭い地区のこと、大人同士コヤに誘い合うのを見て育っていたので、その子らもそのことに疑問を抱くとか抵抗を試みるとか、まずしない。 そのようにしてこの地区の女の子は大人の性を覚えさせられる。 それに気づいた本土から来た男らによって彼女らは、性の対象として声を掛けられるようになる。 一緒に遊んだ男の子はそうでもないのに、なぜか女の子に限って一段も二段も高みの大人の社会を垣間見させられることになるのである。
急に優しくされ、親切丁寧に扱われるようになったことで自分は大人社会にとって、いや、地区にとって大切な人なんじゃないだろうかと、ある種勘違いするようになる。 こうして和江はともかく幾世も美咲も、その延長線上で更なる男を、今度は自分の意志により咥え込むことになる。
コヤの中に敷き詰められた乾燥させた海藻 (多くはヒジキ) を布団代わりに、次々と男にのしかかられる。 当初思ってたほど辛くはなく、むしろ天に上るような心地にさせられ、いつしか淋しさを紛らす必要性からではなく、快楽目的で漢を迎え入れるようになっていった。
計画的に建てたわけではないので、コヤの周辺は迷路のようになっており、通りかかっただけでなんだか妖しげな雰囲気にさせられるものだから、殊に初物好きな男どもは周囲の目を盗んでは初潮を迎えた女を追いかけまわす。 集落にとって宝物を仕舞っておく倉庫の周りをだ。 逃げ惑い、隅に追いやられてしまったと観念した直後、海藻 (多くはヒジキ) の布団に寝かされ決着がつく。 身動きできなくなった相手を、合意ともなしコヤに引きずり込むだけだからだ。
良からぬナニでコヤを汚すのは、表立ってはご法度。 連れ込んだほうはもちろんだが、連れ込まれたほうも良からぬことであろうから騒げない。 襲う方も襲われる方も究極言ってみれば他人の持ち物を奪うことになる。 それだからして刺激はまことに強い。
しかし今回の件は大人社会と子供社会の接点でもあり、しかも連れ合いを持つものが未通を相手にするということであるからして、必然的に心寄せる何者かのお宝を奪うことにつながり、どうしても人目に付く。 ……がしかし、現実的にはこれこそ (口説き落とし、契りを結ぶこと) 集落を繁栄・存続させる手段なのだから、親はもちろん隣近所も目をつぶり決して両者を引き合いに出すようなことはしない。
恋愛は自由、この地区ならでは、周囲にはそう思わせたいのだ。 だが、現実は少し違う。
幾世は厚生班でゴムを売らされていた。
内地では通常、これらは薬局が担う。 しかし北対馬では過疎地故薬局なるものが無い。 それに反し、娯楽のない自衛官は夜ともなれば競うように睦言に講じる。 ナマでだ。 孕んだからといって堕ろそうにも気の利いた産科・婦人科なるものがない地区であるからして困る。 そのような事情でやむなく、薬学を学んだわけでも既婚者でもない彼女が扱わされていた。 当初上官は彼女が未婚で、しかも経産婦ではないから案じたが、普段から前述のような性生活を送っているからして、独身であっても意味を呑み込むのにそう時間を要しなかった。
そのゴムを当初、義理の姉や親の言いつけに従って林田の侵入を許す代わりに幾世が姉に頼まれたと称し購入し持ち帰り、林田に付けてくれるよう仕向けた。 誤魔化されてはならじと、幾世は林田の反り返りを漆黒の部屋にあって手探りで確認し、ナマであれば中途でやめ装着させ、着け終わると今度は煽り立てようと四つん這った。 それが悪かった。 高橋に比べ全身剛毛が現す通り体力は底なし。 太く長く、底なしの耐久力を誇った。 気が遠くなるほど蹂躙させられたことで、時間とともに林田を意識しないではいられなくなった。
幾度かそうこうするうちに幾世にも来るべき時が訪れた。 林田がではなく、幾世の方が漢欲しさに狂い始めたのだ。 わけても浜田と長時間にわたって恋を語らう、つまり生まれ持って漢好きなのに林田や地区の漢どもに仕込まれ性への感度が増している。 そこにもってきて未経験ながらカッコいい浜田にせがまれると、女でありさえすればその気になる。 幾世もそのことにかけてはまんざらでもないものだから、散々求められるとその夜は漢なしではいられなくなる。 そこへ林田の凶器のようなマラと言葉責めである。
幾世は林田がゴムに意識が飛ばないうちに四つん這いになり、浜田の言葉でその気になった淫裂を魅せ付け淫臭を嗅がせ、自分から離れないよう懇願してみせ合意の言葉を吐かせたのち与えた。 普段でも始末が悪いほど濡らすような体質の幾世はこの夜、明らかに他の漢に求められたとわかるほど白濁液を流し続け、林田が自慢のマラで入り口を塞ぐと、獣のような唸り声を発し挑発し危険地帯に誘い込んだ。
ゴムなどというものは、女が本格で腰振り続けたにしても漢には波があり、どうしても脱げる。 なので漢は幾度も妄想し持続を図る。 中間地点を過ぎた幾世は気づかなかったが、林田は中途で婀那婀那しさに負け、ゴムを外してしまっていた。 どうせ末は己の女房になる運命にある女。 ならば一時であるとはいえ浜田に走る前に是が非でも自分の女であるという確証を得たがった。
その夜初めて林田は、幾世の中へしたたかに飛沫いた。 家の外で見守る義理の姉でさえ嫉妬に狂うほど幾世は林田の肉胴に溺れ、明け方になってとうとう林田にしがみつき、浜田にではなく林田に身も心も投げ与えた。
林田が幾世の部屋に泊まり、幾世を夜ごと手籠めにしたように、コトが始まってからというもの見守るほうも、息をつめ欲情の階段を駆け上がる。 妹を堕としつつあるのが元恋人だの、一緒に盗みききしている相手が連れ合いだのの出歯亀思考はもうそこにはない。 あるのは助兵衛を通り越した欲情・嫉妬心だけだ。
そういったやり方は、幾世や美咲が育った環境下の地区では、加奈子が指摘したようにごくごく当たり前に執り行われていたようだ。 当人もこの問題で他のふたりと競おうという思いに至るまで疑問だに、嫉妬だにしなかった。
たまたまその人とコヤ付近でふたりっきりになったとしよう。 この地だからこそ否が応にもそういった気持ちが沸き起こる。 すると、当然とでもいうように男は女をコヤの中に誘うべく手を尽くしてくる。 女は当初、軽く見られたくなく軽くあしらったつもりでも、場所が場所なだけにやがてもつれ合うことになり、相手の体温や熱意を感じ始めるとそのうち放精願望でいきり立つ牡の情熱にほだされ、しかも口説き、拒みつつも肌と肌の接触を繰り返したことで自然に性反応が沸き起こり、女の方でも相手を受け入れるべく躰が自然に反応するようになる。
やっちゃいけないどころか、成長したオナゴにとって男女の交わり、特に他の女とデキていると噂される漢に迫られることこそが己の価値を推し量るひとつの物差し。 それが自然の摂理であるかの如く、己のそこかしこがその漢を堕とし相手の鼻を明かしてやろうという意気込みに変わり、高く売りつけたいものだからつい許可を与えてしまう。
前述の通り、元々性交願望は男女関係なく自然発生する。 まぐわいとは、無料でありながら究極の快楽に近い。 特に拝み倒され、大切に扱われつつ行為を成就する女性にとって、忘れ得ない感覚を躰に焼き付けてもらえるまたとない機会である。 成就すると、今一度先ほどの行為をやってほしくて、開けても暮れても漢を追いかけるようになる。 発情である。
それが知れ渡ると何故かしら代わる代わる男が追いかけてきて、コヤに連れ込もうとする。 男の妙技ひとつで女は納得させられ、件の場所で男女の何たるかを教え込まれることになる。
美咲が小倉で躰を使って生活費を稼いでたことも、幾世が己の地位を高めんと、言い寄る男どもに条件を突き付けながら躰を開いたことも、いわば女としてきれいに開花するための、楽して生きてゆくための知恵だった。 考えてみればこの地は、本土に比べ裕福な地と言われても、それは一握りの特権階級のモノらのことで、幾世の家庭も美咲の家庭も下層階級。 本格で稼ぐ漢に媚び諂わなければ生きてゆけなかったのだ。
美咲はまだ、小倉という地では分別なるものを表立って言い聞かす人がいたから良かったものの、幾世に至ってはそもそも地区自体そういった分別なるいわれは無く、しかもそれが無ければ鳥も通わぬ玄海の孤島、平常心を保てなかった。 親を嫌って家出をした少女の如く、一瞬のためらいののち女は与えなければならない何かを感じ、始まってしまえば男も女も沸き起こる欲情に翻弄され、さもそれが普通であるように互いを貪るようになる。
恋の相手と欲望の相手を、恐怖と孤独を紛らすという名目で上手に使い分けることが出来る。 それがこの地特有の文化、幾世の生きざまだった。
その点、和江は違った。 網元の娘として最小限漢等から守られていた。 海栗島の3人娘それぞれ性の何たるかは言い寄る男に身を任せることで実感させられている。 コヤの周囲で遊ぶのに比べ、思った以上に具合が良いものだから、狭い範囲とはいえライバルに寝取られぬようオンナを装い始める。 と、男が競うように言い寄るようになり、しかもそいうった噂が本島内にまで流れると和江の親は他のふたりの女のように弄ばれてはならじと、将来を約束してくれたなら挿し込むことも子作りも許すからといい含め、その男を家に連れて来いと命じた……というより隊に向かって親が娘に代わって公言した。
だから最初の漢でもある高橋は網元に婿入りなどごめんこうむりたいと、一旦は挿し込んだものの尻に帆掛けて本土の部隊に逃げだし、取り残され大人の女へと変身した和江がフリーになると、これ幸いと衛生隊の田中が名乗りを上げ、本人の承諾もそこそこに意気揚々親に会いに出かけた。 幾世・林田ペアと同様、和江も曲がりなりにも男を知った躰、高橋がいる間は我慢させてきた詫びもあってか両親は田中を泊まりに来させ、両親の承諾の元、婚前の契りを結ぶこととなった。
残されたのはこういったことを一切やってくれない親を持つ美咲だけとなった。
ネズミの額ほどの耕作地しか持てない対馬のソレは、同時に岩だらけの土地と相まって本土とは比べ物にならないほど痩せている。 良い作物を育てるためにはどうしても海で採れた海藻なり山の落ち葉なりが必要で、美咲の生まれ故郷 鰐浦もこれらを拾い集め畑の肥やしにした。 美咲はその海藻を求め仁田湾内は元より志多留まで足を延ばしコヤを見て回った。 翔太への焦る気持ちを少しでも抑えるためというのが本当の理由だが、同時に彼の役に立ちたいと願ってのことだった。
海流の関係で良質の海藻がふんだんに採れる鰐浦では、メインの海藻であるヒジキは芯 (茎) のみ残し、穂先は全て捨てる。 つまり野ざらしにし、塩分が雨風により抜けると畑に撒く。 しかし美咲がこの度訪った志多留ではこの穂の部分も加工し売りに出す。
それだけ海産物に窮するものだから、海栗島周辺では持ち帰りだにしないホンダワラだとかワカメなどをも浜辺に引き上げ、それを持ち帰ってコヤに仕舞う。 貴重な畑や田の肥やしになるからだ。
純粋な気持ちで出かけた美咲だったが、鰐浦とは幾分佇まいが違うとはいえ、コヤはコヤ。 島北部の淫習が脳裏を過ぎった。 コヤの持ち主に海藻を分けてもらえまいかと、頼み込むのでさえやっとの有り様となった。

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