第12話「秘かに島内に帰ってきていた美咲」

美咲はあの一件のあと、逃げるようにして小倉に渡り、以前と同じ職業に就こうと昔のツテを頼って勤め先を探したが、生まれ育った対馬や給与班のことが忘れられず、さりとて行き場も泊まる宿代もなく、浮浪者のようになってターミナル付近を彷徨った。

 丁度そこに急ぎの用事を終え、これから対馬に取って返そうと乗船手続きに馳せ参じた、仁田の翔太を見かけた。 美咲と翔太は小倉に向かう船中で6時間近く話し込んだ仲。 同じ島出身ということもあり、初対面であるにもかかわらず、すぐに打ち解けた。

 美咲は何故かひとりでに足が動き、切符を買って宿に帰ろうとする翔太の後を追っていた。 漁民として暮らすのが嫌だと言った美咲に翔太は、それなら農民として生きてみてはどうかと提案してくれていたからだ。

 仁田は対馬でいうところの過疎の中の過疎。 とはいえ幸いなことに今節、ブームも手伝って旅行者相手の民宿も何軒かできた。 翔太となら或いはと、美咲は思い切って彼に事情を離し、連れ立ってまた、対馬へと引き返した。 片道切符で出かけた美咲のため、翔太は美咲の切符も買って宿代も払ってくれた。

 比田勝に着くと誰にも見られないよう、翔太の背中に隠れるようにしながら仁田行きのバスに乗った。

 民宿で午前中は躰を休め、午後になるとふらりと翔太の畑を訪れた。 彼のことが心のどこかに引っかかっていたからだろう。

 翔太は福岡に出向き、学んで来た技術をもとに畑の土と戦っていた。 薄紫色に咲いているのはジャガイモの花だろうか。 美咲は翔太を呼ぶこともなく、農道に佇んで翔太の働く様子を眺めていた。

 畑で働く翔太は鰐浦漁民に比べ、異質に感じられるほど独楽鼠のように動き回るが、同じ対馬内はもちろん、実家近くの人々たちとも違い、どこか気品を漂わせていると美咲は感じていた。 鰐浦にいた時や、ましてや小倉で風俗をやっていた時と違い、農作業は汚れる。 あれほど土にまみれる仕事が嫌だったはずなにのどうしてだろうと考えながら、美咲は翔太をじっと見ていた。
 
 そのうち翔太も美咲の存在に気付き
「よう!」
っと大声で彼女に手を振った。 鰐浦と違い同じ島なのに仁田の空は、盆地のようになって湿気が流れ込みやすいせいか、靄がかかりどんよりしてる。 けれど翔太の笑顔は晴れ晴れとしていた。

 爽やかな風が吹いたように感じられ、美咲も翔太に向かって笑みを浮かべ手を振った。 翔太は畑からあぜ道へと上がり、美咲のそばに来た。 美咲の脇にどっかと座ると、ジーンズのポケットから煙草とライターを取り出し、美咲にも奨めた。
「ちいと休憩、 ああっ、流石にやった」
タバコを咥えて火をつけ、翔太は大きく伸びをした。 そんな彼を、美咲は微笑みながら見つめた。

「どげえ? ここは、 鰐浦や小倉と違うち(ちごうち)、ここはなんもなかろう? 小倉は博多はよかとばっち、あっこで暮らしたことんある人間ば、ここじゃ退屈やろうもん」
そういって翔太は笑った。 美咲は翔太から目を離し周りを見ながらこう応えた。

「何んもないんやなかと、 ある、畑があって、田んぼがあって、花があって、ほんの少し行くと海だって」
翔太が美咲を見、美咲も翔太を見つめ返しこう続けた。

「鰐浦と違うて野菜がいっぱい、 民宿ん野菜たっぷりん夕食、ばり美味しか、 小倉でん、パンやインスタントラーメンばっか、 あれって翔太さんが届けてくれた野菜やろ? どうもご馳走様」
翔太は微笑むと、タバコをあぜ道に押し付け揉み消し、ちょっと待てと言って畑に戻っていった。

 畑を横切りビニールハウスに入ると、何やらもぎ取り袋に入れて持ってきて美咲に渡し、これは路地ものじゃなくビニールハウスで育てたものだけど良かったら食べてと言い残すと、畑に戻ろうとした。

 袋を開けると真っ赤に熟れたトマトが入っていた。
「わあ、凄か! これもろうてよかと?」
美咲の言葉に翔太は笑った。

「トマトも、みんなが嫌う仁田に来てくれた美人さんに食べてもらえるならうれしかに決まっとる」
翔太が口にしてくれた美咲への誉め言葉は、美咲に勇気と自信を与えた。
 
 翌日は生憎の雨だった。 美咲はすることがなく、翔太に貰ったトマトを勿体なさそうに端から舐るようにしながら口に入れていた。 採れたての完熟トマトは市販のモノより甘く、その美味しさに美咲は感動すら覚えた。

 海栗島の給与班では旬であろうがなかろうが、計画に沿って見栄えだけ高価風なトマトが送られてくる。 見栄えは際立って良いし、市販のモノの何倍もする反面、味は悪く調理に使えない。 ヘタに近い部分は捨てることだってある。 だが、このトマトは違った。 齧るたびに感動が生まれ翔太の笑顔が瞼に蘇る。

 雨模様であっても、余程翔太の畑に行こうと思ったかしれないが、なにせ お百姓とは天気商売、行ってみたところでいなかったらそれまでと、この日は諦めやめておいた。 それに、昨日の今日では海栗島の失敗を再び繰り返すことにもなりかねない。 翔太にだけはそう思われたくなくて行きたいのをじっと耐えた。



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