第10話「海栗島の食堂でアルバイトに励む美咲」

「うわ~、今日もいい天気」
美咲の屈託のない声は浜田の耳にも届いた。
鰐浦湾を見下ろす断崖絶壁に建てられた海栗島の三階建て隊舎、その一階にある食堂に美咲は務めている。 隊舎は湾に向かって全面ガラス張りになっていて、食堂では窓の外に出て海や本島の鰐浦集落を眺めることが出来る。 隊員食堂の海側に狭いながらも花壇らしきものを併設した展望用の空き地が設けられていて、通路ならぬ食堂のサッシを開け出入りできる仕組みになっている。

 美咲は忙しい作業の合間を縫ってはここに出て、隠れるようにしてタバコを吸うのが唯一の気晴らしになっていた。 女の子がタバコを吸う、たったそれだけのことであってもこの地では偏見の目で見る輩がいる。

「へえ~、美咲ってタバコ吸うんだ」
食事を終えて出てきた美咲を、新兵の浜田が茶化す。

「吸うよ、悪い? そういう浜田さん、タバコタバコ吸わんの? タバコ吸う女、嫌いなんだ」
茶化されはしたが、負けじと言い返す。 ある特定の隊員の前ではすかさずやめるが、浜田の前ではタバコを吸うのを途中で止めるとか、火の付いたタバコをもみ消したりしない。 
美咲は浜田に
「幾世じゃなきゃダメなの?」
と訊いてきた過去がある。 その時対象に挙げたのが会計班の和江だったが、
言葉を濁す浜田に、諦めきれないといった風に、繰り返し問いただしたことがある。

 美咲は対岸にある鰐浦の出身と訊いていたが、この地独特の訛りが無い。

「そうじゃないけど……ランナーにはタバコはね……・それに、ちょっと驚いただけ……」
浜田はこの時も口ごもった。 それほどに幾世に入れ込んでいたからだ。

 美咲は他のふたり……厚生班の幾世、会計班の和江らと比べ、口の利き方から姿まで明らかに都会派風の派手な、対馬には似つかわしくない女の子。 ところが仕事が始まると、途端に他のふたりに比べ愚直で生真面目になる。

 そのなりと言おうか風体は、部隊勤務であるにもかかわらず海栗島の3人娘の中で美咲だけ異端と思えるほどの茶髪のソバージュ、派手なフリフリの服を身に着け来島する。 その姿は見ただけで如何にもタバコは吸うし酒も漢もバリバリ…風に見える。

 しかも美咲は堤防に船が着岸するやいなや、警衛所脇の石段を、背後からスカートの中を仰ぎ見られてるというのに、一切気にせず、むしろ楽し気に上る。 女性はこれがあるからすべからく、かなり遠回りしなければならないのに登坂路を上る、というのにである。

 それをまた、隊舎二階から土手に向かって渡された陸橋から、独身隊員は出勤してくる彼女らを眺めるのである。

 ここは厳格な自衛官の島で、こと女に関しては不自由極まりない離れ小島である。 夜のPX (ポリス・エクスチェンジ ― 隊内の売店を示すが、海栗島の場合、アルコールを提供する場所を示す) にホステスとして雇われたのではなく、れっきとした食堂の従業員として雇われている。 そこが不思議で仕方なかった。

 だからタバコを吹かす彼女を見て、これが本来の姿じゃなかったのかと。 常日頃なんでPXに出入りしてくれないのかと、少しザンネンに思って茶化したのだろう。 が、美咲はこの時給養員用の白い服を身に着け、丸天帽子ならぬ衛生隊員用のふんわり帽子をかぶっていた。 勤務態度を見る限り噂が独り歩きしているようにも見受けられた。

 しかし、学卒間もない隊員は空に憧れ入ったとはいえ、閉じ込められたような環境で耐え忍んでいると、厳格な勤務とは真逆の、何処かしらキャバクラのような場所に、アバズレに憧れてしまうのものである。 彼女ならきっとこの島で憧れのマドンナになれるんじゃなかろうか、なってくれるんじゃなかろうかといった風な気持ちが芽生える。 

「遠慮せんでタバコ吸える職場あるよ、夜のPXやけど」
色よい言葉を返せばよかったものを、つい妄想に囚われ、独身隊員の代弁的な気持ちがそのまま口をついて出てしまっていた。

「ウチなんかにちょっかい出してえ~…、こんなとこ幾世に見られたらまずいんじゃない?」
茶化すつもりが逆に茶化された。

 美咲に言われるまでもない、彼女に比べ厚生班勤務の幾世は、見た目いかにも清純で気弱そうで、が、裏に回れば平気で二股をやらかす噂通りの性に奔放な女だったからだ。 だったからだというのは、引くに引けない気持ちになって頻繁に彼女の周辺をうろつき、気づいて…いや、気づかされてしまったからだ。

 隊員のほぼすべてが卒業を待たずして教育隊に入隊させられ ―― 青田刈り 卒業式を待たずして入隊させられる ――、社会生活を経ずして新兵訓練の教育隊に列車を使って送り込まれ、3ケ月を経て防人の任に就かせるべく直に孤島に赴任させられる。

 初の任地で目にしたのが幾世のような女。
その方面にかけては本土の方がずっと進んでいるはずと、高をくくってここに来た連中はそのギャップに、己には回してもらえないだけに女欲しさにオロオロした。

 お堅い面もあれば、妙に奔放な面もある。 それに気づかされる。 この地では興が乗れば足入れもあり得るのだ。

 会計班の和江が指摘したことは、浜田もある程度気づいてはいた。 が、なにせこの島では女の数に限りがある。 意識し始めると若いだけに処理しても処理してもキリが無い。 結果、見ないようにし、やり過ごす方法を選ぶようになる。

 美咲にしても幾世の、こういったことを見訊きしたら、過去があるであろうから心の内は決して表には出さないものの、更に輪をかけ噂通りのことをやるだろう。 幾世で失敗してる浜田にとって、そこが怖かった。 女の子と侮るなかれ、性に関しては男より一枚上手、一体何を考えているのか、皆目見当もつかなかったからだ。

「ここに居たらまずいとでも言うの?」
相手は班員(全て上司や先輩だが)に対しても、見つからないように隠れ潜みタバコをふかしてた。
浜田が真剣な目で問いかけると、美咲はへへへっと笑って、そこから先何も言わず、また給養班に引き返してしまった。

 仲間内では浜田と幾世が親密に連絡を取り合ってることが相当口の端に上っていたんだろう。 集落は違えど同い年の女の子、 この地区がどのようなところか、お互い良く見知っている。 殊に異性に関しては友達とは名ばかり、恋のライバルである幾世が常日頃、何をしでかしているのか、地区同士ライバルでもあり、婚期を控え興味あるだけに耳をそばだてるようにしている筈なのだ。

 本音を言えば自分が付き合いたいくせにこの時は、幾世に遠慮してと言おうか、ここで永年勤続したく海栗島の英雄に何も言えなかったのだ。 美咲とはそんな女だった。

 むろん、幾世にぞっこんの浜田はそのことを知ろうともしない。 この時は美咲が丁度うまい具合に誰も邪魔する者のいない食堂の展望に浜田が出て行ったのを目にしたので、後を追って外に出て反応を探った。 付き合うにしても先んじてる幾世が果たして、元カレに交際を申し込む自分のことをどう思ってるのか、親友である彼女が”譲っても良い”趣旨のことを普段口にしてるのか、それとなく訊きたかっただけなのだ。

 恋愛のことにかけてはそれなりに経験を積んできた美咲にとって、浜田がどういった魂胆でわざわざ一般隊員はほぼ出てこない展望に姿を現したのか、おおよそ気が付いていた筈である。 どう間違っても、自分の姿を求めてではないことをである。 この点和江は、決して本当のことを言わない。 浜田が和江を好きいてるか、訊いてほしいと言ってきたのも、馬鹿正直にあるがままを口にする自分を頼ってであることを。

 恋愛は盲目という。 美咲のことは和江が衛生隊員と付き合い始めたのを機に、当の和江からある程度は聞かされていた。
内容はこうだ。

 ある日、早飯 (食事は順番制、11時から13時の間に済ますよう組まれている) を食べるためオペレーションセンターから本部隊舎に向かい、階段を下り(隊舎は二階が玄関になっていて、食堂は地下に当たる)食堂へ向かいかけたところで、下から上がってきたそれほど親しくない会計班の和江に声を掛けられた。

「幾世ちゃんと付き合うとーったいって? 止めたほうが… あん人は義理んお兄さんが推す林田さんと……」

 わざわざ結婚の約束が出来てる相手と付き合ってもと、親切ごかしに警告してくれた。

 この時会計班の和江が口にした”幾世ちゃんと付き合う”とは、
夕闇迫る頃、本庁舎の玄関にある当直室の来客用の窓辺のカウンターに設置していある赤電話を使ってのことである。

 連日長時間に渡り囁き合っていた。
意味深な話を延々と繰り返すのだがこの時間、林田が彼女の家を訪れているであろうことは知っていた。 外出許可が下り、夕闇迫るころ、彼女を誘い出すべく通いつめ、林田の車を彼女の自宅下で目撃していたからだ。
 
 その会話の中で幾世は、婚約だの林田が連日泊まりに来て躰の関係が出来てるだのについて、一切口にしなかったものだから、どうせ和江までもが義理のお兄さんに頼まれ、仲を裂こうとしてるんじゃないか…ぐらいにしか感じてなく

「…電話で話す程度だから……」
そう応え急いで食堂に向かおうとする浜田に向かって、和江は言い含めるように囁く
「美咲ちゃんはどがん? あん子、ああ見えてよか子ばい」
そ~っと…、恐らく切羽詰まった美咲が和代に向かって心の内を伝えたであろうことを、それとなく教えてくれていたのだ。

「可愛らしいから付き合ってみたら……か」
彼女と同期生のふたりの女の子、幾世と和江は口をそろえ、丁度恋愛に関心を持ち始めたであろう多くの隊員に向かって事あるごとにこう言っていたようで、浜田は自分にもその順番が回ってきたぐらいにしか思っておらず、しかも他の多くの隊員はそれを
「よさそうに見えたけど……俺はちょっと……俺だけかと思ったら他にも紹介された奴がいたんだね」
彼女と一度は交際しようとしたことのある隊員は、口をそろえて残り物を押し付けられた風に嘆いていたのだ。

 相手が気を悪くするような言動を、他のふたりと違って美咲だけは絶対やらない。 なのに見た目はまるで逆で、彼女こそ不特定多数の漢を相手に…風に見える。 それなのに人を疑うということをしない。

 だから紹介すればするほど、それこそ不特定多数と交際していることになる。 挙句 「俺はちょっと…」 となる。

 言い出しっぺの和江は、ここを突かれるにつけ返す言葉もない。 あるはずもない。

 美咲はどう見たって自分や幾世に比べキャバクラのお姉ちゃん風な出で立ちで勤務に上番してくる。

 和江も、言い募る漢とやることだけはしっかりやってるくせに、自分たちは違うと言いたいらしい。

 美咲が未通かと問われたなら、そうではないと応えるしかない。 なにせこの地では、女は至極貴重だからだ。

 自衛官も良くない。

 表向きは厳格風に見え、その実我慢が限界を超えると、例えばバー桂に出向いて体力にモノを言わせ夜を徹して頑張って呑み続け、客がすべて帰っていった明け方になってお姉さんを持ち帰る。 或いは金に飽かせ手っ取り早く花子を買いに行く。 それがここいらに出入りする漢の昔からのやり方だったことからすれば、美咲がそんな漢の気持ちを汲んで躰の関係に持ち込まれるのも無理はない。

 あけっぴろげな彼女は、交際を申し込んでくれた喜びで、何でもかんでも正直に話し、与えてしまう。 訊くところによると彼女は、申し込まれたら複数の男性相手に何の疑問も持たず恋の同時進行をやらかしてしまうらしい。 しかも未だ恋に発展するかどうか不明な段階で肝心な約束事を交わさず先へ先へと行動に移してしまうらしい。

 入れ替わりの激しい自衛隊は、民間へのアピールと人員不足を補う目的で技官や事務官を雇う。 彼女らは丁度その時期に採用された。 その同期生3人組とは、幾世は泉の漁師の娘、もうひとりの和江は豊の網元の娘、そして美咲は鰐浦の漁師の娘……らしい。 らしいというのは、美咲だけそこいらに関し、素性が知れていない。 地域的に見たら美咲が一番根暗のように思えて、姿や態度もそうなら心根までもそう思えて…いや、思われてしまうらしいのだ。

 加奈子が感じたように、一番心が読めないのが泉の幾世で、次いで豊の和江、鰐浦の彼女はどちらかといえばあけっぴろげ。 噂によると彼女は中卒後、良くも悪くも本土に渡り、独りで暮らしを立てていたようなのだ。 小倉辺りで、風俗で躰を売って働いていたらしいのだ。 彼女からすれば、都会派は自分だと言いたかったようだ。

 バー桂のお姉さんたちはもちろん、花子も男性と躰の関係になってしまうことを表面的には何とも思っていない風に見える。 美咲も同じで、海栗島に勤めながらその件に関し、親しくなってから問うと実にあけっぴろげに応えてくれたらしい。 まるで、鰐浦の悪習を断ち切りたいかのように天真爛漫にふるまっていた。 心の奥底にあるものは違うのにである。

 海栗島の一部の自衛官は確かに軽い彼女を、その目的のためだけに利用した。 しかし、他の多くの若い隊員は彼女との将来を真剣に考え交際を申し込んだという。 ところが、仲良し3人組の残りのふたりからはもちろん、彼女と過去関係を持った…であろう隊員たちも挙ってこの、彼女の黒い噂を、殊に和江などは彼氏とつるんで嘲りのネタにした。 

 小倉で精神を病んだからこそ、空きがあると聞きつけ小倉を引き上げ鰐浦に帰って来たであろうものを、まるで追い出すかのように彼女を論つらったのだ。



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