第7話「騙して連れてこられた……であろう比田勝の夜の蝶」

 その夜出された食事は表向き、料亭と名乗るだけあって確かに美味しく、加奈子は食が進み、普段の二倍ほども食べてしまった。 地元で獲れたというだけあって、天然ぶりは脂がのって甘く、磯に行けばそこいらにゴロゴロ転がってるというサザエに、高浜が食べさせてくれたアワビと、鰐浦と比べ桁違いの料理を、加奈子は一口一口かみしめるように味わって食べた。

 夜ともなると昼間と違い、なんだかいうアニメに出てくる料亭のように明々と灯りが点いて賑やかで、でも宴席に花子は駆り出され加奈子は独りぼっち。

 女将の勧めで、歩いて港まで出てみた。 昼間見ると何の変哲もない、水深が浅い港だが、夜ともなれば海面を夜光虫が七色に彩る。 それはまるで隅田川の川面に映し出される花火のようで、東京を懐かしみ、しばし見とれた。

 翌日は朝から雨だった。 加奈子は多くの時間を花子とレストラン喫茶美松に出かけ過ごした。 食事と飲み物をとり、それが終わると評判のバー桂を中心とした飲み屋街を花子の案内で見て回った。

 なるほどと思えたのはその道幅、この時代にあって人力車程度しか通れないほど狭く、しかも建物たるや道に面してる部分はともかく、裏側の見えない部分は鰐浦の民宿同様粗末さそのままのバラック建てなのだ。

「ねえねえ花子ちゃん、こんな場所に勤めるお姉さんたちって……、ひょっとすると……」
「うん、そうだよ、 多分ね、 ウチと同じ、本土のどこかから連れてこられた人たちだと思う」
裏悲しい出来事のはずなのに、こともなげに言ってのける。

 恐らく彼女らの住まいも花子と同じかそれ以下、仕事場の雰囲気からして雇い主が彼女らを人間扱いしているようには思われず、料亭と違い掃除などしてくれる女中などいない。 夢を見ることなどなく、やかましく言うものもないであろうから、ゴミ屋敷ではないかとさえ思われる。 客層にしても当初は、恐らく裕福であろう地元の漁民を狙ったであろうが、蓋を開けてみれば地元民はほぼ来ず、代わってきてくれたのが流れの漁師。 彼らは沖が時化ない限り来ない。 従って売り上げは不安定この上なかった。 それを補ってくれたのが工藤のような精力が有り余る、自衛隊や海保の若者たちだった。

 彼女らはだから、自衛隊さんや海上保安庁職員を将来の旦那様と見立て、地元の若い女の子と覇を競っていた。 花子同様彼女らも、自分の置かれている立場を良く心得ていて、自分自身の行いを振り返るなど、まずしない。 躰を張ってでも地元の女どもと対峙するのだ。

 経営者は売り上げを上げることに躍起になっている。 店が引けてから客のひとりと流れで躰の関係に至ったとしても、それが営業成績を押し上げてくれていると思えばこそ黙って見逃してくれている。 が、彼女らは売り上げではなく誰と親しくなれたか、誰の漢を奪ったか、に心血を注いでいた。 彼女らだって、結婚できないとわかっていても、一時でもよいから自分を支えてくれ漢が欲しいのだ。 そういう意味において対馬は、男性天国に思えたが……。

「じゃあ、男の人と親しくなったからって、結婚できるとは限らないじゃない」
「う~ん……、花子ちょっと弱いからわかんない、 御母さんに訊いてみるね」
空虚な目をし、応える
訊くまでもないと加奈子は思った。 泊めてくれた宿の女将はもちろんだが、姿を現したこともない料亭のご主人も、結婚云々どころか、内心はどうやら彼女をこのまま手懐けておいて、漢が言い寄る間は娼婦にと思い込んでるふしがあるのだ。 花子と友達関係のように親しくなれた、客の加奈子に向かってもそうなのだ。 それぐらい対馬はある意味、風紀が乱れていた。

 歓楽街と呼べる一角を見終わり、宿に帰ろうと道を引き返すと、比田勝の中央通り(国道沿い)をあか抜けたふたりの女性がこちらに向かって歩いてきた。
「あっ、ちょっと隠れさせてね」
花子が急に加奈子の背後に隠れてしまった。
「あの子たちと顔を合わすの、イヤなの?」
「うん、あいつら、ウチのこと馬鹿にするから……」
怯え切っている。 彼女らが脇を通り過ぎると、憎たらしいという風に、後ろ姿に向かってあっかんべーをした。 その姿が如何にも可愛らしく、ついつい彼女らの素性を訊くことになる。

 ふたりは町内でも特に幅を利かす、有名店の、そろいもそろって跡取り娘だった。

 佐護呉服店の跡取り娘も、斜向の村本食肉店の跡取り娘も、挙って地元民とではなく、店を継ぐはずのない、言ってみればカッコいい自衛隊さんや保安庁さんの誰かと付き合うべくモーションをかけ、できれば恋人に、末は旦那にしようと躍起になっている。

 ところが親はどうかというと、比田勝がそうなら泉も豊も、鰐浦までも、似たような立場にある若者を、或いは少なくとも地元民を婿にしようと考えて、足入れのようなことを企てているようなのだ。 同じような年代の男性と男女の関係になるにはこの時代であってもなお、対馬では親の承諾が必要なようなのだ。

 加奈子の脳裏に、あの鰐浦の夜のことが思い出された。 あんな風になるにはその家ばかりか周囲も、幾度となく近親結婚を繰り返したからではなかろうかと思えた。 比田勝のマドンナの噂を聞き、様子を見るにつけ、きっとそうに違いないと思えてきた。

 以降、そう思って花子が憎らしそうに紹介してくれた佐護の娘と村本の娘と比較してみた。 一体全体、どんな男を迎え入れたいかをだ。 入り婿というからには財産がモノを言う。 その点でいうと、村本は流行っていた。 村本のとんちゃんは食事として供されたので味はわかった。 見た目はともかく、本土の日本人が経営する焼き肉店と、比較にならないほど美味い。 味覚からして材料をどこから仕入れているのか、おおよそ見当がついた。 とすると、見た目で感じられたように村本の娘には、多少なりとも隣国の血が入っていそうに見える。

 その点佐護の娘は、近親結婚独特の (優性遺伝独特の) 、透き通るような美しさがあった。 漢どもは一様にこの美しさに惹かれた。 現に、女将に訊いたところ家族がひた隠しに隠してはいるが、妹が、あの鰐浦の座敷牢の女性同様、町内の者であってももう幾年所在がわからないほど見た者はいないという。 恐らくではあるが、長期にわたって部屋の奥に閉じ込められているのではないかと噂する。 つまり、どんなに彼女が美しかろうが、彼女を娶れば、その妹をも面倒見ねばならなくなる。 二の足を踏むのだ。

 自衛隊さんも海保さんも、この噂を耳にするまでの間、幾度となく佐護の娘にアタックするのだが、結局のところ諦めざるを得なくなる。 どうやら噂は真実らしいのだ。 それがわかっているからなのか、佐護は誘われるとまず断るということをやらない。 危なっかしいほど飲まされても、最後まで付き合うと評判の娘なのだ。 若い男女がとことん一緒に過ごす、そう訊いただけでそこから先のことは想像に難くない。 

 加奈子が泊っている宿は比田勝唯一の宴会場 (村本も出来なくはないが小宴会はやっても売春は表向きやらない) で、花子は宴会における野球拳の立役者。 最後には必ずと言っていいほど全裸にさせられ、散々いじくりまわされた挙句、名乗りを上げた誰かの夜伽をさせられる。 失敗したときは隣町の佐須奈の産婦人科に出向き、秘かに堕ろしてもらうんだと、こればかりは少し悲しそうな目で花子自身が教えてくれた。

 この地を訪問する観光客のほとんどが、こういった例えば佐護や村本の娘、或いはバー桂の女や料亭の花子のような娘、時には若い頃美しかったと評判の、バー白鳥のママなどを転がすためにだけ訪れる。

(…来る場所を間違えたみたい……、でも、よい勉強になった……)
風光明媚さとは裏腹に、比田勝は清らかな街とは到底言えなかった。
加奈子はひたすら高浜が街に姿を現すのを待った。 高浜に車で美津島まで送らせるためだ。 来た時の船酔いの苦労を考えれば、とてもフェリーで小倉に帰る勇気がわかない。 それならいっそ、高浜とデートを兼ね美津島まで送らせ、高価ではあるけれど、福岡空港行きの飛行機にでも乗って帰ろうと思ったからだ。

 近郷近在の村から年頃の女の子が先を競い幾人も、比田勝に来ては良い人を見つけ嫁いで海峡を渡ったと訊かされても、加奈子は今はもう高浜以外、恐らくその気にならないだろうと感じた。

 高浜と同じように海栗島に勤務する空自の自衛官だけでも200名を超えるという。 例えばその3割程度が独身者だとすると、少なくとも幾人かは彼女らのお世話になっているはず。 なのに、彼女らは嫁ぐことはもちろん、この島を出ることさえできないで、相変わらず同じことを繰り返している。

(買うとか、その気にさせタダとか、その類なんだ…、かわいそうに…)
考えただけで心が鬱々とした。 高浜ならこちらからお願いすれば断ることはまずしないだろうと思われたからだ。

 美津島は遠く、行くには相当時間もかかるらしいが、高浜となら苦にならないように思えた。

 確かに多少なりともアバンチュール目的でこの地にやってこなかったかといわれると、思い返せばそうでもないような気がしたが、今となってはこの地に残ってこの地の殿方相手に娼婦になるなど、如何に漢に飢えようとも、到底無理なような気がした。 何と言おうか、あれを見せられたあとでは起こること全てにおいて、末恐ろしいのだ。 が、それなりに噂を流してみても、当の高浜は待てど暮らせど加奈子の前に現れず、加奈子のために外出してもくれなかった。



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