第6話「布団部屋に、女中のような娼婦が閉じ込められていた」
自衛隊の輸送班、工藤が探してくれた旅館風な宿の、布団を仕舞っておく場所 (押し入れに入りきらない布団などを、一時的に投げ入れておくための、いわば物置) と勘違いしそうな、如何にも殺風景な部屋に客の加奈子は女中然として案内された。 正当な料金を払ったにもかかわらず、ネズミでも這い出るんじゃなかろうかと思えるような部屋にだ。
建物は全体的に見れば広いものの、各々の部屋ごと微妙な段差があり、V字に切れ込んだ谷の一番奥に建っていおり、それらをつなぎ合わせるためか、カクカクと曲がりくねる。 ここいらは平地に乏しい反面部屋の需要は半端なく、少しでも広く取ろうと斜面に沿って梯子段状に建てられているものだから、鰐浦の民宿の如く窓から手が届くようなところに山肌がある。 加奈子が泊め置かれた部屋は右側の斜面の最も低い位置にあり、窓は体裁上着けてあるだけだった。
他にもっとましな部屋はないだろうかと、宛がわれた部屋を抜け出し、斜面の右側の建物内を歩き回った。 だが、残念なことに宴会場と思われる部屋以外、ほぼ似通ったような部屋ばかりだった。 このあたりではどうやらこれが普通らしい。
加奈子に宛がわれた部屋にほど近いところに従業員部屋らしきものがあった。 階段を上り、踊り場にある扉を開け、右に折れ曲がりながら降ると、その部屋に辿り着ける。
その室内は派手派手しく飾り立てられてはいるが、よく見ると壁も柱も、床のつくりまでも、加奈子のそれと似通っていた。 違う点はといえば、加奈子は自由に外歩きできるから見張りの目の届かない場所の部屋をあてがわれているが、従業員らしき女性は拘束に近い状態で部屋に据え置かれてるので、四六時中睨みが効く、帳場にほど近い場所のようなのだ。
「花子、お客さん」
帳場らしきところにいた女将さんらしき女性が、それらの部屋のひとつに声をかけた。 だらだらした空気が突然シャキッとなる。
呼び声が聞こえた直後に、加奈子が案内された通路から、身なりはそれなりの格好をしているが、どう見てもお客さんと呼ぶにはといった風な、みすぼらしいと言おうか、独りの漢が入って来た。 沖合が時化て港を出ることが出来なく、比田勝港に錨を下ろしたままになっていたイカ釣り漁船の船員らしいのだ。
「は~い、今行きます~」
九州訛りではなく、標準語で返す件の女の子。 部屋を出て行ったその子は、斜面の左側の部屋群に、さもうれしそうに消えていった。
花子と名乗るその子が宛がわれた自分の部屋から出て斜面の左側の部屋群に消え、再び部屋に戻ってきたのは入ってから凡そ2時間程経過したころだった。
悲しいかな加奈子もオンナ、この子が消えてからの2時間、左側の部屋群で何が行われていたか、容易に判断が付いた。 それを忘れようとするかのように、帰ってきた女の子は多弁になった。 加奈子は一応客なのに、その子は遠慮よしゃくなく、加奈子の部屋に入ってきて、あれやこれやと話し始めた。
加奈子は部屋を宛がわれてすぐにこの花子という女の子と親しくなれたので、機会を見ていろんな話しをした。 花子は加奈子に、東京のことをあれやこれやとしつこいほど訊いてきた。 加奈子も負けじと花子に、対馬について問うてみた。 だが、期待した応えは返ってこなかった。
「さっきから気になってたんだけど……花子ちゃんて地元じゃないんだ」
「なんか変? そんな風に見えるん? そんなお姉さんのほうがよっぽどヘン」
変なのは私じゃなくてあなたよと、この際言ってやろうと思い喉まで出かかったが、この時もやめておいた。 地元の人とまともに会話することが出来ない以上、この子と話す以外になかったし、客といいこの旅籠風料亭といい、どう見ても売春宿。 言ってみても無駄だと思ったからだ。
肝心な点について黙りこくっていると、それに気づいた女の子が部屋へ来ないかと誘ってきた。
「行ってもいいけど、大丈夫なの?おかみさん、怒られない?」
やんわりと断るが
「うん、大丈夫みたい、加奈子が気に入ったみたいだから」
売春宿の女将に気に入られても、ちっともうれしくなかったが、女の子の熱心さに負け、ついていった。 階段はカーブがきつく、段差が大きく、しかも天井が低いため、如何にも通りにくい。 国境の長い(ここは短かったが)トンネルを抜けるとそこは…なのである。
「それにしてもきゃぴきゃぴの部屋ねえ、こういったのが趣味なの?」
窓ガラスは一応はまってはいるが、開けても恐らく水滴の滴る岩盤と思われた。 それほどに暗くじめじめしていた。
それを忘れたいがためなのか、ベッドの天蓋 (西洋で言うところの、例えば王妃のベッドを覆い隠すレースのカーテン風のもの) にカーテンではなく大漁旗がぶら下がっているのに、周囲を取り巻くのは大小入り混じった縫い包み (ぬいぐるみ) 。
別の意味で言うところのメンヘラではないかと、加奈子には思われた。 大漁旗は漢への忠誠を意味し、縫い包み (ぬいぐるみ) は育児放棄からくる母恋しさから抜けきれない…、を意味してるのではないか思われる…、という風にだ。
これらのものにそれほど興味はなかったが、今どきの女の子の気持ちをなんとか解きほぐす(漢に買われたみじめさを癒す)ため、仕方なく加奈子は話しを合わすべく花子の趣味に付き合い、彼女の夢なるものを、これでもかというほど訊いた。
最後に彼女はこうも付け加えた
「うん、部屋の中で独りで過ごすと気が滅入るから……でも、気に入ってくれてうれしい」
余程こういった趣味について、誰かに意見を聞きたかったのだろう。 数々の置物の、例えば人形ひとつひとつについて、どのような経緯で手に入れ、どんなところが可愛いか、とか。 或いは、部屋中にぶら下がっているカーテン…、といっても大漁旗や…、う~ん…、背中(せな)で吠えてる 唐獅子牡丹~~♪ …風なモノについてではあるが、意見を聞きたがった。
仕事中の女の子を捕まえ、ただ単に警察官の取り調べよろしく話しばかりするのもと、花子に頼んで飲み物とかおつまみをとってもらいそれを飲み食いしながら語り合った。 それらを運んできてくれてからというもの、花子の様子が一変した。 あれほど話したがらなかった自分の生い立ちや、客層についても、ぽつぽつ話し始めたのだ。
「ウチね……、お姉さんの言った通り、ここの島の人間じゃないの……」
「―― でしょうね、 いいのよ、気にしなくて、雰囲気もそうだけど、第一言葉づかい自体、島の人たちと違うもん」
「東京のヒトって、勘が鋭いんだぁ~、 お客さんでウチが地元民じゃないって気づいた人、いなかったよ」
変な褒められ方をしたように思え、気をよくして飲み物とおつまみの追加を頼んだ。
「まあまあ花子、良かったわねぇ~、 良いお話し相手が出来てぇ」
帳場から注文したそれら一切を運んできた女将さん風の女性が、こう言い置いて部屋を出て行った。 その直後だ
「御母さんも喜んでくれてはる、 それでね……、さっきの話だけど、ウチね…、ウチ、ひょっとして湯田温泉辺りの出じゃないかって思うんだ……」
寂しそうに、しかも小声でこう言う。
「―― じゃないかって……、自分の生まれた場所、わからないの?」
花子に合わせひそひそ声で訊いた。 女将さんと花子との間柄が、何かいわくありげに思えたからだ。 どう見ても花子は未成年。 その彼女が女中まがいのことをやらされてること自体、見過ごせない。
「うん……、いつも…、今いるようなトコからどこかへ場所を変えさせられるとき、周りが見えない状態の、うん…、箱みたいな中に入れられ連れていかれるんだぁ」
「……連れていかれるって……誘拐? じゃあ、先ほどのお客さん……、まさか花ちゃん…、ここに来るまでにどこかで躰売らされたの?」
女将の警戒心が薄れ、聞き耳を立てる必要がなくなったこの機会に、この宿で疑問に思ったことを訊きだすしかなかったので、イの一番に先ほど入ってきた客も含め、こう問うてみた。
「いつも来る……、なんだか北の方の旦那さん……」
花子はその漢をお客さんとは言わなかったし、躰を売ったとも言わなかった。 しかし、旦那さんと相手のことを名乗ったからには花街結婚をさせられたという意味と、受け取れないこともない。
「部屋から出れないのは……、ひょっとして女将さんが見張ってるから?」
廓から女郎が逃げ出さないよう男衆が見張る。 ここではそれを女将さんがやっているのかと問うた。
「うううん、勝手に出て行ったら叱られる、 道に迷ったらどうするんだって……」
遠回しな言い方だったが、泉~鰐浦と渡り歩いてきた加奈子には理解できた。 ここがどこで、どのような経路を辿って来たか、それすら教えないでおけば所詮、学校もろくすっぽ行かせてもらえなかったであろう彼女の知識と知能では、玄界灘という途方もない荒波が立ちはだかってる以上、どうあがいても逃げ出しようがない。
根っから女を売り物としか見ていない女将にはわからなかっただろうが、当の花子はちゃんと理解していた。 この島の漢どもに飽きられたら、奴 隷の如く売り飛ばされる運命にあるのだと。
花子は言い終わると、寂しそうに俯いてしまった。 加奈子が料亭風な旅館と思って宿をお願いしたのは、実は料亭を装った売春宿で建屋の右斜面半分は従業員を兼ねた娼婦と、一般酔い客の休憩兼宿泊用、左半分が漁船員相手の床入りに使われる部屋のようなのだ。
加奈子は思い切って3度目のお代わりを頼んでみた。 今度も女中ではなく女将さんが膳を運んできた。 きたきた、チャンスと加奈子はこれまで疑問に思っていたことを口にした。
「あの~、女将さん、 この島って、どうしてお隣同士仲が悪いの?」
花子との話しの続きであっては女将さんにとっても都合が悪かろうからと、加奈子はまず他人様のことについて訊いてみた。 もし当たってたら、あの集落の男衆は挙ってここの客だからだ。
「島はこう見えて海産物の宝庫、 海が荒れる冬場にかけて、半年も働けば、残りの半年遊んでいても、十分食っていける。 しかも海産物とは多くがヒジキで、それ以外に気持ち岩海苔・ウニを出荷するだけ。 あれほど豊富な天然ぶりや底物と呼ばれる魚がいるのに、彼らはほぼ獲らないし、獲っても出荷しない」
こう語ってくれたが、その裕福であるはずの漢どもは雰囲気からいってお客様といった口ぶりではない。
「大切な漁場を守るため、他を寄せ付けないようになったんじゃないんですかねえ」
団結してるよと、
地元民とは思えない流暢な言葉遣いで、こう応じてくれた。 要するに通り一辺倒のことなら知ってますよと言ったのだ。
「じゃあ、隣近所はどうなんですか? ここに来る前、鰐浦の民宿で夜中に叫び声が確かに聞こえたんだけど、民宿のご主人はほっとけというんです」
比田勝もそうなのかと訊いたつもりだった。 ところが、恐らく訊いてないふりして花子と加奈子の話しを立ち聞きしてたんだろう。
「ああ、あれね、 近親相姦よ、 叫んでたのは気が狂った女じゃなかった? 何かの弾みで座敷牢から逃げ出したんだわ」
こともなげに言ってのけた。
女を大勢連れて、わざわざここに越してきたのに、当てが外れた。 奴らは近親相姦でコトを済ませてしまうケチ、ウチらの客ではない。 そう言いたかったようなのだ。
漁場を守るため他を寄せ付けたくない。 そう言った考え方なものだから、当然売春宿などというよそ者の女は使わない。 が、肉欲は食に恵まれている以上有り余るほどある。 婚期が来ても、その欲望を部落内で賄おうとすれば当然相手が足りない。 自然、近親者同士の睦言となり、末は婚姻となりで、時が経てば劣性遺伝だって表に出るからして、人によっては抑えきれず発狂してしまうこともある。
せっかく宛がってやろうとしたのに、ウチを利用しないからだ!! そう言いたかったようなのだ。

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