第4話「隣村への蔑視」
加奈子は西郷どんと別れ、ほどなくして、今度こそ道に迷うことなく泉集落に入ることは出来た。 ターミナルの職員と思われる人が説明しようともしなかった集落のひとつにだ。 通ってみてなるほどと思ったのは、比田勝ほどではないにしろ異国に迷い込んだ感があって、しかも、道中と違い、そこここに確かに住民は行き来してはいる。 が、揃いもそろって加奈子の姿を見ると、何故か一目散に家の中とか物陰に逃げ隠れてしまう。
散々うろつき、やっとのことで地元の、ちょっとばかりどんくさい若い漁師さんを捕まえて場所を訊くことが出来たが、
「うん? どこな? どこへ向かいんしゃる?」
男は魚を扱って汚れたであろう手を、腰にぶら下げたタオルで拭きながら、綺麗なべべ着た加奈子に躰を摺り寄せるようにし、場所を尋ねた。 加奈子は観光パンフレットの地図を見せ、予約を入れてある民宿を指し示し、こう述べた。
「ここです、 この、大浦さんって方の民宿なんですけど…、 この道に沿って進んだら辿り着けますか?」
ごく普通にものを訪ねたつもりだった。
ところが男は、当初地図を覗 き込んでくれてはいたものの、その場所が鰐浦とわかった途端、怯えたような態度に変わり、
ツイッと地図から目を離し、ついでに加奈子と大げさに距離をとり、あっちへ行けという風に手をヒラヒラと横に振ってみkせてこう言った。
「知らんとばい、そげん地図持ってとらすけん、そんじゃなかとね?……、地図が解るほど学があっとじゃけん、自分で探しんしゃい」
言い終わるや否や、他の連中の後を追いかけるように急ぎ足で、港の脇にある吹けば飛ぶような、トタンの波板で囲っただけの水産物加工場らしき場所に消えていった。
あの美宇田浜で出会った高浜と名乗る男とえらい違いだと、ぶつくさ言いながらも加奈子は気を取り直し、どうにか本道(国道)に舞い戻り、道に沿って歩を進めた。
つい数分前、人生初と思えるへまをやらかし、道に迷って途方に暮れたというのに、またしてもこの泉地区で加奈子は道に迷った。 最初に迷ったのは地図を見てくれた男に出くわした三叉路。 次にその男と別れ、ものの100メートル足らず進んだT字路でまたやらかした。 普通、同じ広さの道なら真っ直ぐ進む方角が本道のはず。 が、対馬というところはそんな常識がまるで通用しないらしく、おっかなびっくり進んでいくと、いつの間にかアスファルトが切れ険しい山道やら行き止まりに入り込んでしまっていて、いよいよ車どころか人も通れないだろうことに気づき、ため息交じりで引き返すことになる。
2度目の迷路というのは、一方は平坦地で集落内に向かっており、もう一方はやや狭くなり小高な丘へ向かっての上り坂となっていた。 坂の下から見た限りでは丘を越えればそこから先集落は途切れ、またまた山道風…にも見える。
これまでのことを考慮に入れ、加奈子はこの時、まさかに備え地区民に相談できる宅地方向の道を選んだ。 だが、その道も、ものの150メートルも行かないうちに岩だらけの海岸線に行き当たり、当然道は途切れてしまった。 振り返ると丘の上でその家の住民らしきおばあさんが笑ってこちらを見ている。
――どうせ訊いたって応えてくれわけがないだろう
そう考えた加奈子は、やるせない気持ちにはなったものの、仕方ないとT字路(鳥居の前)まで戻り、山道に行き当たるであろうと思える坂を上った。 坂の向こうは鬱屈した気持ちを振り払ってくれるかのようにきれいな水をたたえた小さな湾があり、道は湾に沿って大きく迂回し、湾の対岸から海を外れ再び山間へと連なっていた。
小旅行とはいえ選んだ場所が場所である。 わずか10キロの道程中に比田勝を除き3つの集落が点在する。 そのいづれも田舎風に言えばお隣さん的至近距離にある。 当然交流があるはずなのに、何故だか距離を置きたがってる風に、加奈子には感じられてならなかった。
(――そうか……、それもそうね……、彼らの交通手段は船、 道があったって車を持たないんじゃ必要ないもんね……)
良いほうに考えようとした。 何処に向かうにも、例えば買い物に出かけるにせよ彼らは船を使うと思われた。 ということは、隣の集落に向かう必要性に迫られないのだ。 こういった生活を繰り返すうちに交流を持たなくなってしまったからだろうか……と、加奈子はそう思うことにした。
泉で声をかけてきた男は、明らかに加奈子に脂ぎった視線を浴びせ近づいてきた。 にもかかわらず、加奈子が鰐浦の、それも大浦家に向かうとわかった途端、周囲のみんなと歩調を合わせるように逃げてしまった。 交流の何たるかを知ったような気持ちに、この時はなった。
(――ということは、あの西郷どん、地の人間じゃなかったんだ……)
少なくとも高浜は、泉の男と違って加奈子に殊の外好意を寄せてくれた…、 ように思えた。 時間に制限がなかったら、きっともっと話すことが出来ただろうにと
不意に心細さと懐かしさがこみ上げてきたが、今更美宇田浜に引き返しようもなく、思い余って引き返したとしても、恐らく高浜はもういないだろうと諦め、気を取り直し、泉で出会ったような男に襲われないよう、童謡を大声で歌いながら次なる部落、豊を目指し歩き続けた。
小高い丘の上から見下ろす豊集落は、泉とはまるで違った雰囲気を醸し出していた。 集落の入り口付近には小さいながらも瀟洒な建物が整然と建ち並び、しかもその建物群はゆうに集落の半分を占めているであろうと思われた。 そこでは小さな子供たちに交じって母親らしき女性が賑やかに子供たちに混じって遊んでいた。 加奈子がそのうちのひとりの女性に向かって道を問うと、鰐浦はその先の険しい峠を越えたあたりだと、にこやかな笑顔で応えてくれた。 ただし、何故だか隣部落だというのに大浦という名の民宿は知らないという。
―—あれは何だったんだろう
長い道のりを、加奈子はそればかり考え歩を進めた。 これなら何も対馬くんだりまでわざわざ出かけてこなくても、休暇期間中部屋にこもり寝ておれば忘れてしまうのにとさえ思うようになっていた。
加奈子は礼を言ってまた歩き始めた。 豊集落で人に出会え、しかも集落内の人と話せたのはその時だけだった。 ずいぶん民家が建ち並んでいるというのに、この時間彼女ら以外の人々を目にすることはなかった。
鬱屈した気を紛らせてくれたのは対馬独特のリアス式海岸だった。 山道に至ったかと思えば、すぐに海岸線に至り、そこを過ぎるとまた山に入るという風に、景色が目まぐるしく変わる。 しかも行きつく先、行き着く先海は、見事なまでに澄み渡り、心が洗われるようなのだ。 集落の外れにある小さなトンネルを越えると、そういった小さな入り江の先にあの笑顔の女性が口にした、なるほどと思わせる急こう配の、曲がりくねった道が山のてっぺんに向かって続いている。
(ええ~…、これなの~…、やれやれだわ……、これを女の脚で越えろってこと?……)
いい加減歩き疲れて、げんなりしているところに、心臓破りの坂である。 よたよたと中途まで登ったところで、太股はパンパンに腫れあ上がり、咽喉の渇きも手伝って、道端に座り込みそうになった。 その時である、背後から轟音を立て何やら登ってきた。 普通の音ではない。 まさに轟音。 今時こんなに轟音をまき散らし、しかも戦中戦後を思わせる青色のボンネットバスがと、あんぐり口を開け、その様子を見守った。
(この島はトトロでも棲んでるんかあ~…、でも助かったァ~……、あれに乗せてもらおう……)
加奈子はバスに向かって路線バスよろしく手を挙げてみた。 だが、バスはスピードを落としてはくれたものの、止まることなく行き過ぎた。 バス会社に苦情を言ってやろうとよく見ると、乗客はすべて制服やら戦闘服(作業服と言うらしい)を着た自衛官。 どうやら(加奈子の勝手な思い違いだが、装甲車風に防弾が成された?)自衛官送迎専用のバスだったようなのだ。
「チェッ、ケチ、女がこんなに苦労して歩いてるんだから乗せてくれたっていいじゃない、 税金泥棒が」と、ぶつくさ言いながら、また歩き始めた。 すると、バスから遅れること数分、何故だかこれまたオンボロな乗用車が列をなして、しかも相当なスピードで登ってきた。 ほぼ車など走らないはずの道(一応国道)をである。
その車列の最後尾の車が加奈子の前で、何故か止まった。 助手席の窓を開け、にこやかな顔をのぞかせたのは、あの高浜だった。
「お疲れさん、乗って行かん?」
「ええっ!? いいんですか? 急いでるんでしょ?」
バスと言い、乗用車に乗った連中と言い、大半が自衛官の服を着ている。 ということは今は私服であっても高浜も(これも加奈子の勝手な解釈だが)非常呼集なるもので呼び出された自衛官ということになる。 大変な人を密漁者扱いしたと、一応謝ると、
「ええですよ、儂の車を止めとるとこはすぐそこですけん、 オンボロじゃけんど、加奈子さんを乗せて坂を上るぐらいできっと…、儂 、
別に急がんとです」
いうが早いか、助手席に載せていたバッグやらこまごましたものを後部座席に放り投げ、加奈子のための席を確保してくれた。
「最初からそう言えばいいのに……、高浜さんって……」
尚も謝る加奈子に
「あんこつは内緒だつ、 部内のもんはみんな知っと~とばって、外部に漏れでもしたら……」
チョンと首を切るような真似をした。 彼が語ったところによると、どうやら仲間に食わせてやる目的でアワビを命がけで獲っていたようなのだ。
その、命がけで獲ったであろうアワビの1番大きそうなのを2枚も、ひとりで食べてしまった。
「ウチって……、共犯ってことよね……」
消え入りそうな声で訊く加奈子に
「もう終わったこどですけん、気にせんと」
こともなげに笑い飛ばす。
パンフレットにあったように、鰐浦峠から見る前方の山々は、ヒトツバタゴの花で埋め尽くされていた。 まるで高浜と自分の結婚を祝うが如く咲き誇ってくれてると、加奈子は心密かに思った。 湾の向こう1キロの海上に、高浜の職場でもある自衛隊の島、海栗島が見える。 この坂を下ったら高浜は、自分と別れ海を渡ってあの島に行ってしまう。 どうあっても引き留めようがない。 思いあぐねて民宿のことを訊いてみることにした。 そうでもしなければ、今の加奈子はどうにかなりそうだったのだ。
「大浦って名前の民宿……、知ってる? 鰐浦の」
高浜はいわばこの地区・漁民から見れば部外者であり、門外漢。 如何にも場違いなことを、如何にもスラスラと、教えることなどできないだろうとは思いながらも、せめてきっかけにでもなればと、一応訊いてみた。
「知っとうよ、 船長の家じゃろ? ケチじゃから、あんまええ料理出さんとバイ」
笑いながら、自衛隊の渡船の船長が民宿をやっているから多分それだろう。 船長がどんな男か教えてやるから渡船場まで一緒についてきたらいいと教えてくれた。
話しのついでに豊集落でやさし気なというより、超美人な人妻さんに道を教えてもらったと、高浜の気持ちを探りたくつぶやくと
「ああ、それなら宮田3層の奥さんバイ、 あん人はきれいじゃばってん、気の強か~」
笑いながら、こう教えてくれた。 集落の入り口付近に固まって、きちんとした家が立ち並んでいたのは、自衛隊の官舎だと教えてくれ、気持ちが通じたのか、名残惜しそうに加奈子に向かって手を振って、潮が引き、転げそうなほど段差が付いた渡船に、慣れた足取りで乗り込んでいった。

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