第3話「美宇田浜で出会った西郷どん」

 ここは確かにきれいな浜には違いない。 が、道を間違ったようにも思え鰐浦へ向かうための誰かな方向だけは近隣住民に訊くしか手はないと思い、加奈子はきょろきょろとあたりを見回した。 だが、訊こうにも春先とあって海水浴場には人っ子ひとりいない。 諦めてと言おうか居直って水遊びを始めた。 それほど心の余裕を失っていた。 せっかく来たのだから泳ごうと思うのだが、加奈子もさすがに水着は持ってきていなかったので、素足になって波打ち際で足首まで海水に浸かってはみた。 春先とあって水はまだ冷たく、とても長時間入る気にはなれなかった。

 ついでのことに辺りを散策しようと背後の藪に踏み入りかけてギョッとした。 何かが藪の中をガサゴソと音を立て歩き回っているのだ。 まさか対馬山猫? と、音がした藪に分け入り更にギョッとした。 まるでゴキブリの大群を思わせるほどの無数のフナ虫がそこにいたのだ。

 これほど自然が豊かなら、ひょっとして海岸線にお宝(貝だのナマコだのの類)が転がってと、独り語ち。 砂浜の先の岩場にまで足を運んでみた。 ものの数メートル先の水面上に水中から何かが顔を出すのが見えた。
ほんの一瞬海水に足をつけただけで飛び上がってしまうような冷水の中を泳ぎまわる人を見つけてしまって驚いた。

「ゲッ 海女さんが…」
バツの悪さに驚嘆の声を発し後ずさりしたが、どうも様子が違うような気がしてきた。
一応水中眼鏡にシュノーケル、足ヒレを付けてはいるが、海パン以外何も身に着けていない。
テレビで見た海女さん姿とはどこか違った。

 地元の漁師なら寒いとか言ってられないかもと、とりあえず水上に顔を出すのを待って目と鼻の先の岩場から声をかけた。
「あの~、すみません。 さっきから幾度も潜ってらしたんですが、何を獲ってらしたんですか?」

加奈子としては海の中の蠢くものに向かって、恐る恐るではあるが、ごくごく普通に問いかけたつもりだった。 が
「ズ~、……なんも獲っとりゃせんですバイ」
こう応じたばかりか頼みもしないのに肝心の漁をほっぽらかして岩場に上がってきた。 その姿たるや、まるで西郷どんのような体躯の男。 それも訊き方によってはこの地方の言葉ではないなまった言葉を使い、漁は無かったと応じてきた。 見ると、先ほどまで海中で確かに何か腰のあたりにぶら下げていたはずの、その何かがない。 おまけに海から上がったその男は全身鳥肌をたて唇は青ざめブルブル震えている。

「漁師さんて……そんなになるまで頑張らないと獲物が獲れないんですね」
加奈子としては精一杯謙遜し、それを言葉にしたつもりだった。 観光客には苦労して獲れた獲物であっても漁場を守るため見せてはならない規則でもあるのだろうか。 それにしてもあれは絶対目の錯覚じゃない、確かに腰に獲物をぶら下げていた。 男に対する問いに答えが返ってこないものだから警戒する男を尻目に、意地と言おうか、確かめてやろうという気になって、最後に潜っていた場所を物珍し気に覗 き込んだ。

「儂は魚を追っかけとったんバイ、けんど、なんも獲っとらんとです」
加奈子が何か探りを入れていると見たのだろう。 男は慌てて答えを返してきた。 なのに頑として漁は無かったと言い張る。

 藻が生い茂ってよくは見えない。 が、海中は澄み切っていて水底までよく見え、その海底に男が先ほどまで身に着けていたであろう、人工物で数珠つなぎになっている塊のようなものが見えた。 しかもそこは大の大人が懸命に潜るにしては如何にも浅瀬に思えた。
「へえ~…そうなんだ……漁師にとって大切なモリも海の中に置いてきたんですよね」
相手が震えているのを目の当たりにしながらも、つい加奈子の素が出た。 過疎地によくある、観光客相手に地元の漁師がよそ者を小ばかにして喧嘩を吹っ掛ける……風にとらえたからだ。
「……んなこつ、今度ここに来た時の目印ですバイ、こんとこは誰も来りゃせんですけん」

 そういうなり失礼なことにレディーをほっぽっといて自分だけさっさと何処かに行ってしまおうとした。
「取ってきて! 漁師にとってモリは大事なものなんでしょう? そんなものを海中に放置しておいていいんですか? 今すぐ取ってきて!」
自分で何を言ってるのかわけがわからなかったが、きっぱりとこれだけは言い切った。 プライドを傷つけてくれたあの男を思い出し、なんでこんな僻地に来てまで自分は馬鹿にされなきゃいけないのだと、やり取りするうちに腹が立ってきたからだ。 これほど身勝手な発言をすれば、過去の男なら怒ってその場を立ち去るであろうに、彼は下を向いたまま微動だにしない。

 肩幅が広く、背は中ぐらい、ずんぐりむっくりながら気弱そう。 それでいて加奈子の命令には素直に従うようには見えなかった。 が、しばらくすると加奈子の剣幕に気圧されたのか、はたまた女を怒らせては不利になるとでも思ったのか、男はしぶしぶ先ほどの場所に、未だ寒さによる震えは治りそうにないものだから、おっかなびっくり海に入り潜り始めたではないか。

 感覚的に見ても二度目の入水は気を失うほど冷たかったはずだ。 だが彼は加奈子の一言で潜ってくれた。 浮かんできたとき手にしていたものはジャンパー線と呼ばれる電気コードに繋がれた何かと、これも何に使うのかわからないが、ゆうに30センチは超えるであろう長さのドライバー風のモノを持って上がってきた。 

「うわ~、これって何ですか? 気味悪い……まだグニャグニャ動いてるう~……」
先程見たフナ虫のこともある。 が、この場合物珍しさも手伝ってか、それとも西郷どんに心を許してか、ジャンパー線に繋がれたその得体のしれない獲物を指で突っつきまわし始めた。 (浅瀬にいる貝を盗もうとしたのにである) すると
「……・こげん……・アワビとです……すんません……」
先ほどのおおらかさは何処へやら、ナメクジに塩を大量にぶっかけたような表情で俯いてしまった。

「ええ~っと……ウチに謝られても……」
加奈子は、自分もコソ泥をやらかそうとした手前、しどろもどろするしかなかった。 どう見ても男は加奈子のことを嫌ってるとか邪魔だとか思ってるわけではなく、態度そのままに加奈子を女の子とみてくれている。 そう感じてしまった。

 アワビは名前だけは聞いたことはあるが、高級品ゆえ実物を目にするのは初めてだった加奈子
「料亭かどこかに卸すんですか? 高いんでしょうね」
相手を泥棒とは決めつけず、逆に褒めたつもりだった。 が、この言葉を聞いても当の本人は更にすまなさそうに縮こまったままでいる。
「そんなになってまで海に潜って獲りたくなるほど、魅力的な貝なんですか? 漁師さんて大変ね」
おおよそ男の素上に気付き始めたが、敢えて加奈子はこのように発言してみた。 すると
「いや……こんは、その……自分たちで食べっとですバイ」
更に一層消え入りそうな声で、謝ってきた。 言い換えれば密漁だと、地元の漁業関係者にではなく現場を目撃された女に、それも旅行者に獲った現物の利用目的をも告げてきた。

 過去の加奈子なら、当然あり得ないタイプではない男に向かって、好意を祖せたことなどないが、この時ばかりはほんのりとした気持ちが湧いてきた。
「へえ~……ねえねえ、これ。 どうやって食べるの?」
興味本位で調理法を訊いたつもりだった。 しかし男は許してほしいなら供せと命じられたと勘違いし、なんと、あのドライバー風な道具を使って調理し始めたのである。 隙間にドライバー風な道具の先端を差し込み、ぐるりと半回転回し、身と殻を分離させ、次いで同じくドライバー風な道具の先端部をナイフのように使いアワビを厚切りにし、殻に盛り付け加奈子の前に差し出した。

 どうぞと、如何にも自慢気に差し出されたアワビを、加奈子は恐る恐る摘まんで口に入れた。
「うわぁ~! 何これぇ~、すんごい美味しい! アワビってこんなに美味しいんだ……信じらんない……料亭で食べたら……もうこれだけでうん万円よね」
西郷どんのもてなしと、それ以上に美味しすぎるアワビに密漁ということも忘れ、目を潤ませ感謝の言葉を述べていた。

「こん島では、これが普通とです」
そう言いながら、貴重なアワビを更に一枚調理してくれた。
ヒトの弱みに付け込んで、調子に乗って男の手のひら大2枚分のアワビをあっという間に平らげ
「ウチ加奈子、佐伯加奈子です。 東京から来ました」
東京ではこれほど大層なもてなしを受けたことが無かったので、相手に訊かれる前に図々しくも自己紹介してしまっていた。 東京にいた時には恐らく、鼻もひっかけなかったであろう、自分の希望よりうんと背が低く、ずんぐりむっくりの男にである。
「儂……あっ、いや……僕は高浜っち言います。 タカハ……あっ……ええっと……下は勘弁してください」

 そこから先は言いよどんだが、その代わり付近一帯の観光名所を、寒かろうにわざわざ水着のまま並んで歩きながら移動し、高台から指し示し教えてくれた。 美宇田浜も素晴らしい景勝地だったが、殿崎と呼ばれる岬はそれ以上に美しかった。 おまけに、美宇田浜から並んで歩きながら会話を交わしている。 水着姿を地元民に見つかればまずかろうに本道まで道案内してくれた。 加奈子を無事送り届けると、高浜は本道からまた美宇田浜の方向目掛け引き返していったのだ。



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