Simpson 作

『Twin's Story 10 "Cherry Chocolate Time"』

《1 チェリー》

「サクランボが届いてるよ、龍」家の中から母ミカの声がした。
「えっ! ホント?」玄関で靴を脱いでいた、学校から帰ったばかりの龍は、急いでキッチンへ駆け込んだ。
「やったー!」龍は箱いっぱいのその赤い、つややかなサクランボを早速つまんで食べ始めた。
「こ、こらっ! つまみ食いするな!」
「『シンチョコ』にも届いたのかな」
「たぶんね」ミカはまたまな板に向かった。

 毎年夏になると、ケンジの伯父からたくさんのサクランボが海棠家とシンプソン家に送られてくる。それとは別に『Simpson's Chocolate House(シンチョコ)』のシェフ、ケネスは山形のその『海棠農園のサクランボ』を毎年契約購入していて、届いたサクランボは茎を外し、種を抜いて、店で砂糖漬けやラム酒漬けにする。そしてそれはチョコレートの中に仕込まれ、冬季限定の『Cherry Chocolate』シリーズとして販売されるのだった。

「俺、確かめてくる」
「何を? どこに?」ミカが振り向いて言った。
「届いたかどうか、『シンチョコ』に」
「んなこと言って、お前真雪に会いたいだけだろ」
「行ってくる」龍は箱のサクランボをひとつかみして、キッチンを走り出た。
「夕飯までには帰ってくるんだぞ!」



「届いてるよ」真雪が店の入り口で龍を出迎えた。

 レジのあるカウンターの奥に、大きな段ボール箱が二つ、重ねられていた。

「さあ、明日から忙しくなるで」ケネスが言った。
「サクランボの加工だよね、ケニー叔父さん」
「そうや。半分は砂糖漬け、ほんでもう半分はラム酒漬けや。加工が済んだら、龍にも試食させるよってにな、期待しててええで」
「いつもありがとうね」
 真雪が龍を手を取って言った。「あたしの部屋で少し食べようか、龍」
「いいね。食べよ」


 海棠龍――今年高校に入学したばかりの15歳――は、海棠ケンジ(39)、ミカ(41)夫婦の一人息子。
 龍の父親ケンジの双子の妹マユミは、町の有名スイーツ店『Simpson's Chocolate House』の現在のメイン・シェフ、ケネス・シンプソン(40)と19の年に結婚して、これも双子の子をもうけた。今年の12月に二十歳を迎える息子、健太郎と娘、真雪の二人である。
 龍はそのいとこの真雪と二年前の夏からつき合い始めた。幼なじみだった二人はすぐに深い仲になり、今も熱々の関係を続けている。


 真雪の部屋に入った二人は、仲良く床に座ってサクランボをつまみ始めた。

「毎年のことだけど、美味しいね」真雪が言った。
「山形産だし、旬だしね」龍はサクランボを茎ごと口に放り込んだ。
「茎ぐらい外したら?」

 龍は手のひらに種だけ出して、口をもごもごさせ始めた。

「何してるの?」真雪が手を止めて龍を見た。
「じゃーん!」次に龍が手のひらに出して見せたのは、結び目のできたサクランボの茎だった。
「わあ! すごい、龍、器用な舌だね」
「サクランボの茎を口の中で結べるのは、キスが上手な証拠なんだってよ。知ってた? 真雪」

「ホントに?」真雪は懐疑的な目で返した。

「ホントに?」龍が同じように真雪に訊ねた。

「上手だね、確かに龍は」真雪は笑って龍に顔を近づけ、両肩に手を置いて唇を重ねてきた。龍は真雪の背中に腕を回して、唇を吸い、舌を口の中に差し入れた。そうして二人はお互いの唇や舌を味わった。真雪は今まで食べていたサクランボの香りが口の中から身体中に広がっていく気がした。
「チェリーってね、」口を離した真雪が言った。「未経験のコ、っていう意味の英語のスラングなんだよ」
「知ってる。『童貞』っていう意味なんでしょ?」
「元々女のコのことを言ってたらしいよ。男のコのことは『チェリーボーイ』」
「じゃあ俺、真雪のチェリーを頂いちゃった、ってことだね」
「あたしも龍のチェリーをその時もらっちゃったんだね」
「お互いに摘み立てのチェリーを食べさせ合った、ってことか」龍が言って笑った。真雪も笑った。

「で、どう? 学校は」龍が訊ねた。
「あたしのニーズに合ってる。とってもいい専門学校だよ」
「そう。良かったね。でも来年卒業だよね」
「うん。今年の冬には一週間の実習もあるんだよ」
「実習? どこで?」
「水族館」
「そうなんだ」

 高校を卒業し、真雪が今通っている学校は、動物の飼育に関する専門的な勉強をするための専門学校だった。いろいろな動物の生態から身体の仕組み、飼育方法などを実習を通して身につけていく。卒業後は動物の飼育員や調教師、インストラクターなどの職が待っていた。

「龍は? 高校は楽しい?」
「もう、最高だよ」
「写真部って珍しい部活だよね」
「そうなんだ。近くの高校に写真部があるなんて、ラッキーだったよ」
「部員は多いの?」
「うん。けっこういるよ。みんなカメラおたくや写真オタク。当たり前だけどね」
「先輩は優しい?」
「思ったよりね。中でもカスミ先輩っていう三年の先輩がすごく親切にしてくれる」
「龍、」真雪が少し睨んだように龍を見た。
「なに?」
「あなたそのカスミ先輩に優しくされて、ふらふらと……」
「あははは、それはないよ。真雪がすぐそばにいるのに、それはあり得ない」
「大丈夫かなー」真雪は龍の頭を小突いた。
「あっ! 信用してないな」
「嘘だよ、ごめんごめん」



 ――12月4日。

「誕生日、おめでとー!」ケネスの家の離れの一階の広いリビング。ケネス夫婦、アルバートとシヅ子、海棠一家、そして主役の健太郎と真雪がテーブルを囲んで祝杯を上げた。
「ハニーたちも大人の仲間入りやな。おめでとうさん」シヅ子が微笑みながら言った。
「こういう時は便利やな」ケネスが言った。
「何がだよ」ケンジがワイングラスを片手に訊いた。
「うちがこんな商売やってることやんか」
「確かにね」ミカが言った。「ケーキもスイーツも自由自在だからね」
「ケン兄、春菜にはいつ祝ってもらうの?」真雪が訊いた。
「ルナとは明日会うことになってる」
「ほな、ケーキ、持っていき」シヅ子が言った。「春菜さん、スイーツ好きなんやろ?」
「うん。ありがとう、グランマ」
「そうそう、今年もできたよ、」マユミが龍に向かって言った。「『Cherry Chocolate』シリーズのチョコレート」
「ほんとに?」
「ああ、来週から発売開始や」
「形の崩れて使えなかったのがこれ。食べてみて。味は変わらないから」マユミが白い皿に盛られた、加工済みの赤いサクランボを見せた。
「どれどれ」龍が手を伸ばした。
「そっちはラム酒漬けだぞ」ケンジが言った。「子どもは食べちゃだめだろ」

 龍は構わずそれを口に放り込んだ。

「うまい! うまいじゃん。からいけど」
「お前、本当にわかって言ってんのか?」
「龍はあと四年、待たなあかんなあ」シヅ子が言った。
「お前はこっち。まだこっちで十分だ。お子ちゃまなんだから」ミカが言って、砂糖漬けのサクランボを龍に与えた。
「二十歳になったって言ってもさ、ケン兄はともかく真雪はお酒、飲めるの?」龍が隣に座った真雪に目を向けた。
 そのまた隣に座っていた健太郎が龍を睨んだ。「なんだよ、『ケン兄はともかく』って」
「ケン兄、飲んだことあるんでしょ? お酒」
「ないね」
「ほんとにー?」
「ビールは苦いしワインは渋い。まだうまいとは思わないね」
「飲んだこと、あるんじゃん」
「ま、無理せんでも、そのうちうまいと思えるようになるがな」ケネスが言った。
「と言うか、必要になる時が来るよ」
「必要な時って?」真雪がケンジに訊いた。
「仲間と盛り上がる時、寂しくて泣きたい時、昔を懐かしむ時、いろいろな場面でな。酒が助けてくれることは多いぞ」
「そうなんだ」
「でも、」ミカが言った。「気をつけないと、酒に飲まれて、不本意なことをしでかすこともあるから気をつけな」
「それって酔っぱらってわけがわからなくなる、ってこと?」真雪がおかしそうに言った。
「それだけやのうて、」シヅ子が口を開いた。「酔った状態ってな、自分の心が迷ってしまう時があんねん」
「迷う?」真雪が訊いた。
「そうや。もうどうでもいい、とか、なるようになる、とか、やけになってしまうことがある。そうなったらちょっと困ったことになるなあ……」
「そうだぞ、そんな酒の飲み方だけはするなよ、真雪も健太郎も」ミカが言った。
「お前が言うか」ケンジが言った。
「酒は心を迷わす……、か」健太郎が隣でつぶやくのを、真雪はこの時、ほとんど他人事のように聞いていた。



「真雪っ!」龍は我慢できない様子で真雪を抱きしめた。「龍!」真雪も龍の背中に腕を回した。

 真雪の部屋で二人はベッドに倒れ込んだ。そしてまた長く、熱いキスをした。

「ああ、龍、龍、」「真雪、」

 龍は真雪のパジャマのボタンを焦ったように外した。真雪は少し頬を赤らめたまま、じっとして龍の目を見つめた。ボタンを外し終わった龍もその目で真雪の視線を受け止めた。龍はさらに静かに真雪のパジャマのズボンを脱がせた。「真雪、何だか、今日は大人っぽいね」
 真雪は黒いブラとショーツを身に着けていた。「今日からあたし、大人だから……。龍も、早く大人になってよ」
「うん。行くよ。すぐに」龍は真雪の背中に腕を回した。「あれ?」
「ふふ、龍、このブラね、ホックは前にあるんだよ」
「え?」龍は身体を起こしてそのブラを見た。「あ、ここか」
 そして膨らみの間にあるホックに手を掛けた。「前にあるんだ、外すとこ」
「フロントホック、って言うんだよ」
「へえ」
「こっちの方が、楽でしょ?」
「俺、後ろで外す方がいい」
「なんで?」
「その時真雪をぎゅって抱けるじゃん」
「もう、せっかく買ったのに。高かったんだから」
「ごめん。俺、好きだよ、やっぱり、フロントホック」
「わざとらしい」真雪は笑った。

 ブラを外し終わった龍は両手で真雪の両方の乳房をそっと包み込み、静かに撫で始めた。時折指の間で乳首を挟み込んだ。「ああん……」真雪は小さく呻いた。
「柔らかで、気持ちいいよ、真雪」
「んっ……。りゅ、龍……」真雪の息がだんだんと熱くなっていった。

 龍は真雪の左の乳首を咥えた。「んっ!」真雪の身体がビクンと動いた。龍は時間を掛けてその乳首を舌で、唇で味わった。そして同じように彼女の右の乳首も慈しんだ。真雪の身体の奥からゆっくりと、大きな熱いうねりが押し寄せてきた。

 龍は舌を腹部から秘部へと滑らせた。そうして柔らかな茂みをかき分けて、充血して特に敏感になっているクリトリスに到達させた。「ああああっ!」真雪の身体の中のうねりが身体の表面に到達し、一気に弾けた。「龍っ!」がくがくがく。真雪の身体が痙攣し始めた。龍は舌でその小さな粒を舐めた。まるでサクランボの茎に結び目を作るように盛んに小さく動かした。その度に真雪は大きく喘ぎ、身体を波打たせた。

 龍が舌をクリトリスから離すことなく、指を谷間に挿入し始めた。人差し指を優しくねじり込ませ、内壁を撫でた。「んあああああ!」真雪の息がどんどん熱くなっていく。龍はさらに中指を差し入れた。そして同じように内側をくまなく撫でた。「龍っ! あ、あたしっ! イっちゃうっ!」びくびくびくっ! 真雪の身体がひときわ激しく脈打った。「あああああーっ!」叫びながら真雪は龍の頭を手で抱えた。

「龍、龍っ! あ、あたしも!」
 龍は一度上半身を起こした後、真雪の身体を抱きかかえて、ベッドの上で仰向けになった。今度は真雪の身体が龍に覆い被さった。時々ぶるっと震えながら、真雪は焦ったように龍の黒いビキニのショーツを脱がせると、飛び出したペニスに手を添えた。そして口を大きく開き、深く咥え込んだ。「ううっ!」今度は龍が呻いた。「ま、真雪っ……」

 真雪は時折髪をかき上げながらその行為を続けた。舌で先端を舐め、深く吸い込み、唇で挟み込み、また先端を舐め、そのわずかな割れ目に舌先を詰め込んだ。「うあああっ!」龍は、初めて感じる尿道口への刺激に大きく喘いだ。龍は真雪の頭をがしっと手で押さえた。それでも真雪は龍のペニスを咥え、口に出し入れした。
「だっ、ダメだ! 真雪、も、もういい、もういいよ、放してっ!」

 真雪は動きを止め、ゆっくりとペニスを解放した。真雪の唾液で濡れそぼった龍のペニスは最大級に大きくなり、びくん、びくん、と大きく脈打っていた。「あ、危なかった……」龍が荒い息のまま言った。
「龍、あたしに入れて……」真雪は仰向けになった。龍は真雪から身体を離し、膝で立ったまま、自分のペニスに薄いゴムの避妊具を素早く装着した。
「もう、すっかり慣れたね、龍」
「うん。おかげさまで」龍は笑った。
「もう、そろそろ安全な時期だと思うけどね」
「いや、万一ってこともあるでしょ」龍は真雪の身体に覆い被さり、彼女の唇を吸った。真雪も龍の首に手を回した。龍の硬くて温かい持ち物が自分の股間に当たって脈動しているのを真雪は感じた。そのことで、また身体の奥から熱い波が押し寄せてくるのを感じていた。

 キスを続けながら真雪は脚を大きく開いた。そして龍のペニスに手を添えた。龍は少しだけ腰を浮かせた。ほどなく真雪の手によって龍のペニスは真雪の身体に入り込み始めた。「んんんんっ!」龍は呻いた。「んっ、んんんっ!」真雪も呻いた。まだキスは続いていた。

 龍は腰を前後に動かし始めた。「んっ、んっ、んっ、」そしてその動きを次第に速くした。「んんっ、んっ、んっ!」真雪もその動きに合わせ、腰を動かし、同じリズムで呻いた。

 二人はずっと口を離さなかった。

 腰の動きと二人の呻き声が大きく、間隔が短くなった。真雪の身体が細かく震え始めた。そして……。

「んんんーっ!」「んんっ!」二人は同時に大きく呻いた。

 密着していた二人の腰の動きも止まった。次の瞬間!

 びくびくびくっ!

 龍の射精の始まりと共に、真雪の身体が激しく痙攣した。「はあっ!」ようやく離れた二人の口から、同じように熱い吐息が吐き出された。とっさに真雪は龍の身体をきつく抱きしめた。そして龍は真雪の、真雪は龍の名を叫び続けた。

「ま、真雪、真雪真雪っ! 真雪、真雪っ!」「龍! 龍、龍龍龍龍っ、龍、龍っ!」



 身体の熱がゆっくりと冷めていった。真雪は龍に抱かれながら、息を整え、静かに目を開けた。
「龍、」
「何?」
「とっても良かった」
「俺も、大満足」
「今日はあなたに、三回もイかされちゃった……」真雪は恥ずかしそうに言った。
「え? そうなの?」
「うん。あなたが舐めてくれた時と、指を入れてくれた時、そして最後」
「いいなー真雪は。オトコって一回きりだからなー」
「ごめんね」真雪は龍の前髪を指で撫でた。「その唯一の一回、ほんとに満足した?」
「したした。さっき言っただろ、大満足って」龍は笑った。
「ゴムつけてても大満足?」
「もちろん。逆に妊娠の心配しながらじゃ、絶対に満足できないよ。真雪の身体のこと考えれば、俺がちょっと手をかければいいことだし」

 また真雪は目を閉じ、しばらく龍の胸に顔を埋めていた。そして彼女はそのまま言った。「あたし、大人になったって実感が、あんまりない」
「そりゃあね。誕生日が来たからって、いきなり大人になるわけじゃないよ」
「あたしの身体をそうやって気遣ってくれる龍の方が、あたしより大人、って感じがする」
「俺はまだ子どもです。マユ姉ちゃん」
 真雪は目を開けて言った。「セックス、上手になったね」
「真雪が相手だからだよ。俺、君に教えられたようなもんだ」
「他の女のコ、抱いてあげたことないの?」
「何だよ、『抱いてあげた』って」
「龍がその気になれば、いくらでもチャンス、あるんじゃない?」
「あのねー、真雪は俺にそうやって浮気して欲しい?」
「して欲しくない」
「だったら変なこと、言わないでよ」龍がちょっとむっとしたように言った。
「ごめん。大人げないこと、言っちゃったね。大人のくせに」
「俺は、真雪以外に知りませんよ。マジで」

 真雪は龍の頬を右手の指で撫でながら言った。「ねえねえ、龍、」
「何?」
「男の人ってさ、結局最後に出しちゃえば満足するんじゃないの?」
「って女のコはみんな言ってるみたいだけど、誤解だね」
「そうなの?」
「気障な話、してもいい?」
「え? 気障?」
「セックスはフルコース。抱いて身体を重ね合うオードブル、おっぱいはサラダ、身体中を舐めるのはスープ」
「へえ、うまいこと言う。じゃあキスは?」
「飲み物。経験が浅い頃は水だったけど、そのうちワインやカクテルのお酒になっていく。食事の間、何度も味わってどんどん気持ち良くなっていくんだ」
「すごい! いい喩え」
「そしてメインディッシュは挿入して果てること」
「セックスの余韻がコーヒーってとこ?」
「そう、そしてこの会話がスイーツだね」
「龍って、詩人。あたし見直した」
「実はこれ、最近読んだ本の受け売りのアレンジなんだ」
「それでも素敵」

「単純に、例えば一人エッチでイくのは、そこいらの店でラーメン食べるようなもんだね」
「ラーメン?」
「そうさ。食べたいと思っていきなりラーメンを食べる。そしてとりあえずお腹いっぱいになる」
「いいじゃない、お腹いっぱいになるんだったら」
「お腹いっぱいになるけど、満足しない。って言うか、充実感がない」
「なるほどね」
「俺は真雪にキスするのが大好きだし、抱きしめるのも大好き」
「あたしもだよ、龍」
「そして特に真雪のおっぱいのサラダが大好き」
「いつも時間掛けるよね、龍って」
「もう、一晩中真雪のおっぱいいじってても飽きないかもしんない」
「えー、やだ、そんなの。あたしが満足しないよ」
「わかってるって。そしてメインディッシュを食べる準備がクンニ」
「そしてあたしのフェラ、だよね」
「さっきの君のは、やばかった」
「そう?」
「あと五秒、長かったら、俺、メインディッシュに進む前に食事を終わらされてた」龍は困ったように笑った。
「しばらくすれば、また続きを食べたくなるでしょ? 龍は」
「だからさ、何度も言うようだけど、俺、君の口に発射するのは苦手なんだってば」
「気持ちいいと思うけどな」
「わかって言ってるの?」龍は呆れて言った。「いいの。とにかく俺は、いやなの。そうやって十分楽しんで、最後に真雪の中でイくのが、最高にいい気持ちになるセックスなんだから。だからイくのが一回だけでも大満足」
「男のコも気を遣ってるんだね」
「気は遣ってないよ。俺もそれまでの料理、たっぷり楽しんでるからね。真雪は?」
「あたしも今龍が言った通り。抱きしめられたり、舐められたりするの、大好きだよ。一番好きなのは龍のキス」
「好きだよねー、真雪。どうかすると離そうとしないもんね」
「だから今日は特に燃えた。あなたとキスしながらイったの初めてだった」
「そうだっけ?」
「そうだよ。もう最高に気持ち良かった。どっかに飛んで行ってしまう感じがした」
「だから最後は俺にしがみついたんだね」
「あたし、しがみついた?」
「もう、息が止まるかと思ったよ」龍は笑った。

「龍、」
「ん?」
「大好き」
「俺も」

 真雪はまた龍の胸に顔を埋めた。





《2 実習》

 真雪の通う専門学校では、二年時の毎年十二月に現場実習が行われることになっていた。学校から電車で二時間程かかるところにある有名な水族館とその学校は契約しており、今年も12月8日の日曜日から一週間の日程で、泊まり込みの実習活動が行われることになった。

「やったー! あたしこの水族館で働いてみたかったんだ」ユウナがはしゃいだ。
「あんたイルカ好きだもんね」
「触らせてもらえるかな」
「三日目に、イルカの調教プログラムが入ってるよ、ほら」真雪がユウナに実習ノートを開いて見せた。
「よっしゃあっ!」ユウナはガッツポーズをした。


「僕が君たちの実習の責任者です。主任の板東と言います。どうぞよろしくお願いしますね」
 その板東と名乗った男性は、背が高く、笑顔が爽やかな男性だった。スーツの着こなしが堂に入っていて、清潔感が溢れていた。
「すてき」ユウナが言った。
「ユウナ、あんな男性が好み?」
「あんな人に誘惑されたら、彼氏がいても突っ走っちゃうかも」
「そんなに?」真雪は笑った。

 板東は真雪たち20人ほどの実習生が14日まで一週間、ここで過ごす全体の責任者だった。水族館のスタッフを仕切り、てきぱきと指示を出し、自らも身体を進んで動かす男だった。実習生の誰もがキレる男という印象を持つのに十分だった。
「ああいう人が本当に『デキる』人なんだよね」真雪が言った。
「うん。すっごく頼りがいがあるし、実際に頼れるよね、あんな上司だったら」
「35なんだって」
「ホントに? まだ20代でも通用しそう。あの甘いマスク……きっとモテるんだよね」

「ここが宿泊棟です。社員寮の一角です。ドアにそれぞれの名前札が貼ってありますので、確認して荷物を置いてきて下さい」例によって板東が過不足ない指示を出した。


 初日、さして大きな実習もなく。オリエンテーションと二つの講義で一日のプログラムを終えた。

 ユウナともう一人の友人リサと一緒に食堂で食事を済ませた後、真雪はシャワーを浴びた。部屋に戻ってきた時、軽い疲労感を覚えていた。彼女はバッグからケータイを取り出した。

「あ、龍から着信ありだ!」
 真雪は急いで短縮ダイヤルのボタンを押すと、ケータイを耳に当てた。

「龍!」
『真雪っ! ああ、やっと声が聴けた。どう、そっちは』
「うん。初日だからね、気疲れしちゃった」
『今日は早く寝なよ』
「うん。そうする。で、龍の方は?」
『今日さ、写真部の仲間と白鳥を撮りに行ったんだ』
「ほんとに? でも白鳥って言ったら……」
『そう、電車で30分かけて隣町の湖までね』
「へえ。で、いい写真が撮れた?」
『動物の写真って、難しいよ。俺、自分の腕の技量のなさに情けなくなったよ』
「そんなことないでしょ」
『でさ、その時カスミ先輩におにぎりもらっちゃった』
「え? カスミさんに? なんで?」
『俺が、行った先で腹減った、ってずっと言ってたからかな』
「もう、だめじゃん。先輩に迷惑掛けちゃ」
『カスミ先輩、俺が写真部に入ってから、何かと世話を焼いてくれてる、って言ったよね。俺にはすっごく親切なんだ。他のヤツにはそっけないくせにさ』
「……そうなの」
『ん? どうかした? 真雪』
「ううん、何でもない。明日からまた学校でしょ?」
『うん』
「授業にはついていってる?」
『もちろん。ちゃんと。でも今一番楽しいのは写真部だね。気の合う連中ばかりだし』
「……良かったね」
『カスミ先輩以外の先輩たちもみんな優しくしてくれる。真雪も実習がんばってね』
「う、うん。がんばる。龍も、しばらく会えないけど、我慢してね」
『わかった』龍はそれだけ言うと通話を切った。
 真雪はケータイを閉じて、一つため息をついた。



 二日目の実習で、実習生はマンツーマンでペンギンやイルカなどに与える餌の調合の仕方を教わった。真雪には主任の板東がつきっきりで指導した。彼は優しく彼女にいろいろなことを教え、実際にやらせてみては褒めた。真雪はその日とても充実した気持ちで夜のシャワーを浴びた。

 部屋にはすでにシャワーを済ませたユウナが待っていた。
「いいなー、真雪、板東主任に一日くっついていられて」彼女はパック入りのカフェオレのストローを咥えた。
「教え方がすっごく上手なんだよ、板東主任」
「そうでしょうね。そう見えるもん」
「自信がついた。動物を相手にする仕事に就く」
「で、他に何か言われた? 主任に」
「『君はなかなか筋がいい。今度ゆっくり話したいね』って言われた」
「いいなー! 将来あんな人と不倫したい、あたし」ユウナが言った。
「結婚もまだなのに、不倫のこと考えるなんておかしいよ」真雪が笑った。
「あんたはどうなの?」
「え?」
「板東主任と不倫したい、って思わない?」
「ふ、不倫じゃないでしょ、あたしたちまだ独身なんだし」
「龍くんがいるじゃん。あんたには」
「大丈夫。龍そっちのけでついていったりしないよ。あたし」
「そりゃそうだよね。ごめん、わかりきったことだった」


 その晩、ベッドに入り、灯りを消した真雪は、冬だというのに自分の身体がやけに熱く火照っているのに少し狼狽した。そしてなかなか寝付かれず、何度も寝返りをうった。
 幾度となく身体の向きを変えていた真雪も、夜が更けてうとうとと眠り始めた。

 ――遠くで龍がこっちに向かって手を振っている。真雪も同じように手を振りながら龍のいる方に駆け出した。しかし、なかなか彼に近づけなかった。いつの間にか彼の横に制服姿の女の子が立っていた。その子は龍におにぎりを手渡した。龍は笑顔でそれを受け取った。そして龍は彼女の肩に手をかけ、真雪に背を向けてその子と二人で歩き出した。真雪はその場に立ちすくみ、去って行く二人の後ろ姿を見続けた。



 三日目の実習はイルカの調教だった。数人いる実習生の中から代表で真雪が板東に呼び出され、ウェットスーツに着替えさせられた上に、イルカと一緒にプールの中に入らされた。

「いいなー、真雪」ユウナがプールサイドに座り込んで羨ましそうに言った。

 イルカのプールでは、イルカへの接し方を板東が直接手を取って教えた。残りの実習生はそれをプールの上から見ているだけだった。真雪と同じようにウェットスーツ姿の板東は、真雪の身体を支えながら、イルカとのふれあい方を教えた。彼の手が時々、真雪の背中や脚に触れた。ウェットスーツ越しのその感触が真雪の身体を少しずつ熱くした。


 その晩、真雪は龍に電話を掛けた。どれだけ呼び出しても彼は出なかった。着信履歴を見ればすぐに掛け直すだろう、と真雪は思って、そのままシャワーを浴びに行った。

 シャワーから帰ってケータイを見た。龍からの着信があった形跡はなかった。真雪はつまらなそうにベッドに仰向けになった。昨日と同じように、自分の身体が熱くなっていた。しかも、昨日は感じなかった下腹部の疼きを今日は伴っていた。真雪は昼間の実習を思い出していた。板東の手の感触が、まだ背中や脚や、胸に残っている。真雪の手は、自然と自分の股間に伸びていた。



 四日目の実習が終わり、宿泊棟に戻ろうとする真雪を、板東が呼び止めた。「シンプソンさん」

「は、はい?」

 板東は真雪に近づいた。そしてごく自然にその手を取った。「今夜、食事をごちそうしましょう。美味しい店を知ってるんです。いかがですか?」

 真雪は思わず辺りを見回した。

「別に食事をするだけですよ」板東は笑った。
「い、いいんですか? 主任」
「もちろん。貴女とはいろいろとお話ししたいこともあったし」板東はまた笑顔を作った。真雪の鼓動が速くなり始めた。


 板東は真雪を連れて水族館の正面玄関を出た。そしてまっすぐ歩いた。
「すぐそこです。しばらく行くと、川を渡るでしょう? その先、まっすぐ行ったところに、僕の行きつけのイタリアレストランがあるんです」
「あ、あの、主任、どうしてあたしを誘って下さったんですか?」
「貴女が気に入ったからです」
「え?」
「それだけです」板東は正面を向いたまま言った。


 そのレストランはとても高級そうな雰囲気に思えた。真雪は入り口の前で足がすくんだ。
「大丈夫。見た目以上にカジュアルなんです」板東が言った。「遠慮しないで下さい。さあ」

 板東に背中を押され、真雪は中に入った。

「お待ちしておりました、板東様」すぐにウェイターが出てきて二人を奥に案内した。「いつもの席でよろしいですか?」
「いいよ」

 店の一番奥の暖炉際のテーブルに二人は落ち着いた。

 暖炉が燃えていた。真雪はかつて龍が自分の写真を自宅で撮ってくれたことを思い出していた。それは暖炉の前で裸になって撮った、一連のヌード写真だった。撮影の後、龍は真雪を優しく抱き、そのままなだれ込むように二人は真雪の部屋でお互いの身体を求め合ったのだった。真雪はその晩のことを思い出し、胸を熱くした。

「真雪さんは、もう今年の誕生日、終わりましたか?」
 板東の声に真雪ははっと我に返った。
「は、はい。丁度先週でした」
「ほう、先週でしたか」
「はい」
「それじゃあ、今からお祝いしてあげましょう」
「え?」
 板東は手を上げてウェイターを呼ぶと、何やら小声で話しかけた。「かしこまりました」ウェイターはそう言って、真雪の方を向き、にっこりと微笑んでそこを去った。
「二十歳になった、ということでしょう?」
「そ、そうですね」
 板東はテーブルに置いてあった二つの水の入ったグラスを脇にどけた。

 間もなくウェイターが赤ワインのボトルと小さなショートケーキを運んできた。
「え? しゅ、主任、あの……」
「二十歳になったんでしょう? もう飲めるじゃないですか」

 ウェイターによって抜かれ、手渡されたコルクを板東は受け取り、自分の鼻に近づけた。そうして、ウェイターに軽くうなずいた。ウェイターは手に持ったボトルから二つのワイングラスにそのワインを注いだ。
「大丈夫。無理はさせません。安心して下さい」板東は笑った。

 血のように赤いワインの入ったグラスが目の前に置かれた。真雪は板東を見た。彼はにこにこ笑いながら、両手で顎を支えて言った。「初めてですか? 真雪さん」

 その言葉は、真雪の胸の深いところにしみこんだ。

「……はい」

 板東は自分のグラスを持ち上げた。「さあ、乾杯しましょう。貴女の二十歳のお祝いに」
 真雪は恐る恐るグラスを手に取った。
「貴女のこれからの人生が素敵なものでありますように」板東はそう言って、グラスを目の高さまで上げてから、口に運んだ。躊躇している真雪を見て、板東は言った。
「さあ、乾杯ですから、飲んで下さい、真雪さん」

 真雪は少しだけワインを口に入れた。酸っぱくて渋い、としか思えなかった。

「お口に合いませんか?」
「ご、ごめんなさい、主任。あたし、ちょっと……」真雪はテーブルにグラスを置いた。
「いきなりワインは早すぎたかな」板東は頭を掻いた。そしてすぐに手を上げ、またウェイターを呼んだ。
「甘いお酒がいいでしょう?」
「しゅ、主任、も、もう結構ですあ、あたし、お水で十分ですから」
「せっかく貴女の誕生日をお祝いしているんです。遠慮しちゃだめ」

 ウェイターによって運ばれてきたのはピンク色のカクテルだった。
「それなら大丈夫です。飲んでみて下さい」
「すみません、気を遣っていただいて……」真雪はグラスを手に取り、口に運んだ。とろけるような甘い味とチェリーの強い香りがした。その香りは口の中から身体中に広がっていき、真雪の全身に染み渡った。。
「どうですか?」
「これなら、大丈夫みたい……」
「それは良かった」板東は満足したように端正な顔をほころばせ、ワインをまた一口飲んだ。


「あれ、主任、食べないんですか? そのオードブル」
「ああ、これね」
「とっても美味しいですよ」
「僕はメインディッシュさえ味わえればいい。ここの肉料理は最高なんだよ」
「そうなんですか……」
 板東の前に置かれたスープにもサラダにも手が着けられていなかった。


 食事が済み、食後のコーヒーが運ばれてきた時、板東は言った。
「真雪さん、彼氏はいるんですか?」
「え?」
「お付き合いしている人、いるんですか?」
「は、はい。一応……」
「そうですか。同級生?」
「い、いえ、年下です」
「ほう。それはとても幸運な彼だ」
「え?」
「『年上の女房は、金の草鞋(わらじ)を履いてでも捜せ』って言うじゃありませんか」
「そうなんですね……」真雪はうつむいた。龍の笑顔が一瞬、真雪の脳裏に浮かんで、すぐ消えた。
「出ましょうか。遅くなってしまった」板東は真雪の反応も訊かず、椅子から立ち上がった。「ここは僕が持ちますから」
「そ、そんな! それはだめです。あたし、ちゃんとお金持ってますから」
「僕が貴女を誘ったんですから」
「そ、それは……」
「真雪さん、」板東は真雪の肩にそっと手を置いて低い声で言った。「男に恥をかかせるもんじゃありません」
「でも……」
「大丈夫です。大人になったとは言え、貴女はまだ学生の身だ。僕に任せて下さい」

 板東は支払いを済ませると、ドアを開けて真雪を促した。「こんなことで貴女に借りを作らせる気はありませんよ」


 板東と真雪は並んで水族館への道をたどり始めた。
 真雪の足下はふらついていた。彼女の目に映った街灯の白い光はぼやけ、ゆらゆらと遠くをさまよった。

「少し飲み過ぎましたか?」
「何だか、身体が熱いです」
「初めてのお酒でしたからね」
「調子に乗って飲んでたら、何だか……」 

 板東は真雪の肩に手を置いた。真雪は板東に身を寄せながら歩いた。

「寒くないですか?」板東が肩に置いた手に力を込めた。
「大丈夫。大丈夫です」

 二人は橋の手前の交差点を右に折れた。そうやってしばらく川沿いを歩いているうちに、真雪は気づいた。「え?」

 真雪は立ち止まった。板東も立ち止まった。しかし真雪の肩に置いた手はそのままだった。

「どうしました?」
「水族館はこっちじゃなくて……」
 そこまで言った時だった。いきなり板東は真雪の両肩を掴んで身体を自分の方に向けると、自分の唇を真雪のそれに重ねた。真雪は驚いて目を見開いたが、板東の唇の柔らかな感触が、何故か彼女に抵抗する手段を選ばせなかった。板東は口を離さなかった。いつしか真雪は目を閉じ、板東の舌が自分の口の中に静かに入り込んでくるのを味わい始めた。

 板東がようやく口を離して、彼女の耳元で囁いた。「さっきのお酒よりも、もっと甘い時間を過ごしませんか?」

 真雪は小さく、こくんとうなずいた。



 ベッドに仰向けになった真雪は、自分の身体が一昨日よりも、昨日よりも熱くなっているのを感じていた。落とされた琥珀色の照明が、服を脱ぎ始めた男の影をベッドに落とした。天井の大きな鏡が、下着だけになった自分の全身とそれにまつわりつく男の黒い影をそのまま映している。真雪はそれを凝視していた。

 やがて板東が静かに真雪の身体に覆い被さってきた。「大丈夫ですか? 真雪さん」
「……はい」
 板東はまた唇を重ねてきた。真雪は少しだけ口を開き、ため息をついた。
「きれいだ。真雪さん。貴女は僕の理想の女性に近い」そしてまた唇を重ねた。「んんっ……」真雪は小さな呻き声を上げた。板東はすぐに口を離した。

「大人っぽいランジェリーですね」
 真雪は誕生日に合わせて買った黒のショーツとブラを身につけていた。
「僕を誘ってるみたいだ……」
 板東はブラのフロントにあるホックを外し、肩紐に手を掛けてそれを真雪の背中から抜いた。
「フロントホックは便利でいいですね。すぐに脱がせることができる」しかし板東は露わになった真雪の乳房を触りもしなかった。

 板東は少し焦ったように真雪のショーツに手を掛け、下ろし始めた。真雪の身体はますます熱くなっていく。しばらくして彼女はうっすらと目を開けた。天井の鏡に、全裸にされた自分の秘部に顔を埋めた板東の姿が映っていた。

「あ、あああ……」真雪は谷間に沿って細かく動かされる板東の舌の感触に、思わず声を上げた。板東はその動きをだんだんと速く、大きくしていった。「あ、だ、だめ、か、感じる、あたし、あああああ」

「我慢せずにイってもいいですよ。真雪さん」板東は一度口を離してそう言うと、再び舌を彼女の敏感になった谷間に這わせた。そして彼は二本の指を谷間に挿入させ、大きく出し入れし始めた。真雪は鈍い痛みを中に感じていたが、それと同じぐらいの快感も湧き上がっていた。「あ、あああ! イ、イきそう! あたし、もうイきそうっ!」

 しかし、真雪があと少しで登り詰めるといったところで、板東はその行為をやめた。真雪の身体の中の燃え残った埋み火のようなものが、ゆらゆらと怪しい炎を上げて彼女の身体の中を焼き焦がし始めた。

 はあはあはあはあ……。肩で息をしている真雪の横に座り、顔をのぞき込みながら板東は言った。「イっちゃったんだね。感じやすいね、真雪さん」そしてふふっと笑った。「かわいいな」


「今度は僕をイかせてくれる?」板東はそう言って下着を脱ぎ去った。鋭くいきり立ったペニスが現れた。

 板東は真雪をベッドの端に座らせた。そしてその前に仁王立ちになり、反り返ったペニスを手で真雪の口に向けた。
「さあ、咥えて。僕を気持ち良くさせて」

 真雪は目を閉じ、ゆっくりとそれを咥えた。板東は静かに腰を前後に動かし始めた。真雪はいつしか両手で自分の口に挿し込まれたものの根元を掴み、口を前後に動かし始めた。

「ああ、いいね。なかなか大胆だ。真雪。いつも彼のをそうしているのかな?」
 板東のペニスはいつしか真雪の唾液でぬるぬるになっていた。頭がくらくらして、目眩に翻弄されそうになり、真雪は固く目を閉じ、無我夢中でその行為を続けた。

「んっ! くっ!」板東が呻いた。前触れもなく、どろりとしたなま暖かいものが真雪の口に放出され始めた。真雪は動きを止めた。顎に力が入らず、だらしなく口を開いたまま、中に出される板東の精液をだらだらとその唇から垂らし続けた。

「ぐふっ! げほっ!」精液が喉に流れ込みそうになり、真雪はひどくむせ返った。
 板東はペニスを真雪の口から抜き、彼女の頭を撫でながら言った。「気持ち良かったよ。君のフェラチオは今までの中でもトップ三に入る気持ち良さだった」


 真雪はまだ苦しそうに咳き込んでいた。前屈みになって彼女は口の中のものを全部、残らず吐き出した。そして右手で乱暴に口元を拭い、ばたんとまた仰向けにベッドに倒れ込んだ。身体の熱さは収まっていなかった。

「さあ、それじゃあ、お互いに甘い時間を分かち合おう」板東はそう言って真雪の両脚に手を掛けた。そして大きく開かせた。「やっぱり若いコを相手にすると興奮する。ほら、見てご覧、真雪」
 板東はたった今射精したばかりのペニスを掴んで真雪に見せびらかした。それはすでに大きさを取り戻し、びくびくと脈動を始めていた。
「さあ、今度は下の口に出してあげようかな」板東はそう言って広げられた脚を抱え、真雪の秘部にためらうことなくペニスを埋め込み始めた。「い、いやっ!」真雪は大きく叫んだ。しかし身体にはもう、何をする力も残っていなかった。たださっきよりもさらに燃えるような熱さになっていて、全身が張り詰めた破裂寸前のゴム風船のように敏感な状態が続いていた。

「感じるかい? 真雪」
「あああ、熱い、熱いっ!」
「いいコだ。そのままいつでもイっていいよ」板東は激しく腰を動かした。しかし、さすがに二度目の射精までには時間がかかった。「くっ!」板東は少し焦りながら腰を動かした。いつしか彼の肩や背中に汗の粒が光り始めたことを、真雪は天井に映った姿で知った。

 力なく寝かされた自分の身体に、妻子ある男が全裸でのしかかり、腰を激しく動かしている。真雪の身体は、その動きを受け止め、上下に揺すられていた。それは真雪自身が自ら動いているわけではなく、板東に貫かれ、その乱暴な身体の動きに合わせてただ機械的に動かされているだけだった。やみくもにこすられる痛みを秘部に感じ始めていたが、興奮の渦はいたずらに真雪の身体中を駆け巡っていた。鼓動も速く、息も荒く、激しくなっていく。ただ、それにも関わらず真雪の虚ろに開かれた眼は、鏡に映ったその光景を冷静に観察していた。まるで彼女の心と身体が分離しているかのように。

 永遠とも思えるほどの長い時間が経ち、それまで呻いたり喘いだりしていた板東がやっと言葉を発した。「イ、イくよ、イくっ!」
「だ、だめ……あああ……」真雪は小さく声を発した。


 板東の二度目の射精はすぐに終わったが、真雪は今までと違うものを何も感じることができなかった。ただ燃えるような身体の熱さはずっと同じ温度で続いていた。

 やがて板東の身体は、そのまま力なく真雪に倒れ込んだ。真雪はそのただ重いだけの板東の身体に押しつけられて、苦しそうに息をした。真雪の身体の火照りが、波が引くように一気に冷めていった。そして身体の芯だけに熱が残った。それは炎の消えた暖炉の中に残った熾(おき)のように赤黒く妖しく熱を発し続けた。秘部の痛みも残ったままだった。
 風邪をひいて寝込んでいる時と同じような症状だと真雪は思った。彼女は暗く、深い闇の中にひとり佇んでいるような孤独感に苛まれた。



 夜明け前に板東と二人で社員寮に戻った真雪は、自分の部屋で着替えを済ませ、何事もなかったかのようにその日の実習に参加した。板東も昨夜のことなど何も知らないようなそぶりで実習を指示し、監督した。

「どうかしたの? 真雪」ユウナが声を掛けた。
「え? 何が?」
「何だか元気ないよ」
「ちょ、ちょっと疲れてるのかもね」
「実習あと三日だよ。がんばろ」
「うん」


 その夜、真雪の部屋がノックされた。ドアを開けた真雪の目の前に板東が立っていた。
「昨日はどうもありがとう。すごく素敵な夜だったよ」
「はい……」真雪はうつむいた。
「食事は済んだ?」
「はい。食堂で食べました」
「僕の部屋に、おいで」

 板東のその低い声は呪文のようにまた真雪の身体を熱くし始めた。真雪はドアを閉め、板東の後について歩いた。


「うううう、ううっ……」真雪は身体を硬直させて呻いた。

「も、もうすぐ!」板東の腰の動きが激しくなった。「出すよ!」

「ああっ! いやっ! だ、だめっ! な、中は……」真雪は叫び、上になった板東の胸に両手を当て、押しやった。しかし、板東は真雪の腰を抱え上げ、容赦なく自分のものを真雪の奥深くまで押し込んだ。

「い、いや……」真雪は腕を突っ張ったまま力無く声を発した。

 うっ! 板東の動きが止まり、同時に男の欲望の迸りが、真雪の身体の奥深くで弾けた。

 個室の狭いベッドで板東は真雪に身体を押し付け、はあはあと荒い息を繰り返しながら重なった。真雪は板東から顔を背け、表情を失ったまま目をつぶっていた。始めから終わりまで、彼女はやはり何も感じることができなかった。快感も安心感も温かさも……。嫌悪感さえ。

「今夜も良かったよ、真雪」板東は真雪の髪を優しく撫でた。「ところで、真雪は、セックスの時、相手の名前を呼ばないんだね」
「……主任こそ」
「彼のことを想像しながらイってもいいんだよ」
「…………」
「それとも、彼のこと、もう忘れちゃう?」
「…………」



 明くる日の晩も、板東は真雪を自分の部屋に連れ込んだ。中に入る時、その男はドアの前で躊躇していた真雪の腕を掴み、引き入れてドアを閉めた。それまでよりも随分強引なやり方だった。

 真雪は下着姿で、湿ったようにひんやりとしたベッドに寝かされた。彼女は部屋に入ってから、何一つ言葉を口に出していなかった。板東が何を訊いても返事すらせず、生気を失った瞳でただ白い天井をぼんやりと見ているだけだった。

 板東は前の日の晩と同じように、自分だけさっさと着衣を脱ぎ去り、全裸になった。

「明日で実習、終わりだけど、また会ってあげるよ。真雪」板東は真雪の脚にざらついた自分のそれを絡ませながら、低い声でゆっくりと言った。真雪にはその男の声は、もはや乾いた、無機質なものとしか感じられなくなっていた。
「…………」
「僕の携帯番号、知ってたよね。アドレスも。呼べばいつでも君を抱きに行って、イかせてあげるから。僕もいっぱいイかせてもらうけどね」ふふっと笑って板東は真雪のブラに手をかけた。「今日もフロントホックだね。助かるよ」

 ホックはすぐに外され、真雪の乳房が解放された。板東は、露わになったそのふたつの膨らみを見つめた。

 真雪は小さく震えながら目を閉じ、息を止めた。

「よく見るとかぶりつきたくなるような豊満なおっぱいだね。今夜は、ここも可愛がってあげようかな」板東がにやにや笑いながらそう言って右の乳首に指を触れさせた途端!

 「龍っ!」真雪は小さく叫び、胸を両手で押さえてかっと目を見開いた。そして出し抜けに起き上がり、板東の手を払いのけて身を離し、ベッドを降りた。

「真雪、どうしたんだい? いきなり……」
 真雪は脱いだ衣服を焦ったように身につけ始めた。
「もう部屋に戻るのかい? 僕はまだ真雪のカラダを味わっていないよ」板東はベッドの上から戸惑ったように言った。

 真雪は手を休めることなく、元着ていたスウェットで自分の肌を覆い隠していった。

「君も気持ち良くなりたいだろう? 真雪」
「板東主任、」ようやく真雪が、それでも小さく口を開いた。
「何だい? 真雪」
 服を着終わった真雪は板東から顔を背けて力なく言った「お願いです……。あたしの名前は、もう口にしないで下さい」
「え?」
「あたしのことは、もう思い出さないで!」真雪は叫んだ。「もう二度と!」

「真雪?」ベッドから降りた全裸の板東は真雪の肩にそっと手を置いた。「やめてっ! 触らないで!」真雪はその男の手を振り払った。
「あたしは今後、あなたとお会いすることはありません! 絶対に!」彼女は涙ぐんだ目で板東の顔を睨み付け、言い放った。
「そんなこと言わずに。ほら、甘い時間を、」
「さよならっ!」
 ばんっ! 真雪はドアを閉めて出て行った。


 真雪は自分の部屋のドアを焦ったように開けて中に駆け込んだ。

 人がいた。
「えっ?!」真雪は小さく叫んだ。

 それはユウナだった。

「真雪っ!」振り向きざまにユウナは真雪の頬を平手で力任せに殴った。ばしっ!乾いた音が部屋中に響いた。
「あんた! 何てことしてるのよ!」

 真雪は大きく目を見開いて、ユウナに殴られ赤くなった左頬を押さえた。

「自分が何やってるか、わかってるの?!」
「ば、ばれちゃったんだ……」
「なに軽く言ってるのよ!」
「……ユウナには迷惑なんかかけてないじゃん」
「かけてる! あたしがどんだけあんたのこと心配してるか、わからない?! それにっ、」

 ユウナは真雪の両肩を強く掴み、激しく揺さぶった。「龍くんに、龍くんに対して何とも思わないの? 真雪っ!」

「……」
「あんたのやってることは裏切りだよ、裏切り!」
「……知ってる……」
「だったらどうしてこんなことしてるのよ!」
「……あたしにも、よくわからない……」そして真雪は顔を上げて、きっとユウナの目を見据えた。「よくわからなかったんだよ、自分にだってっ!」大粒の涙が真雪の大きな目からぼろぼろとこぼれ始めた。

 真雪はユウナの手を振り払い、ベッドに突っ伏した。「龍、龍、龍! 龍龍龍っ! !」真雪は泣きわめいた。
「真雪……」ユウナはベッド脇にしゃがみ、真雪の背中をさすった。いきなり真雪は自分のバッグからケータイを取り出し、乱暴に床に投げ捨てた。

「ま、真雪……」ユウナは床に落ちた真雪のケータイを取り上げた。真雪はユウナに抱きついた。
「許して! 龍! あたしを許してっ! 龍、龍龍龍龍っ! 龍、龍! あああああああーっ!」

 そして龍の名を何度も何度も大声で呼びながら激しく泣き叫び続けた。





《3 浄化》

 『Simpson's Chocolate House』の駐車場で龍は真雪の帰りを待っていた。

「お帰り、真雪」
「龍」真雪は笑顔を作って龍に駆け寄った。龍は真雪の手を取った。「会いたかったよ」

 真雪の胸の奥に、針で刺されたような鋭い痛みが走った。


 龍はシンプソン家の夕餉に混じっていた。

「龍、きっと溜まってるぞ、マユ」健太郎が言った。「今夜は眠らせてもらえないかもな。わっはっは」
「もう、ケン兄ったら」
「どうやった? 真雪、実習は」
「う、うん。とても役に立つ実習ばっかりだった。いっぱい勉強になったよ。勉強に……」
「そうか」ケネスはテーブルのワイングラスを手に取った。真雪はそんな父親の仕草をちらりと見て、すぐに目を伏せた。母親のマユミがそれに気づいたが、特に何も言わなかった。
「龍、高校は楽しそうだな」健太郎が今度は龍に向かって言った。
「う、うん」
「写真部なんだろ? どんなもの撮ってんだ?」
「風景とか、いろいろだよ」
「日曜日に白鳥を撮りに行ったって言ってたじゃん、龍」真雪が言った。しかし龍と目を合わせなかった。
「え? ああ、そうだったね」龍は言葉少なにそう言った後、箸を置いた。「ごちそうさま。美味しかったです、マユミおばさん」
「そう。良かった。先にお風呂いいわよ」
「うん。じゃあ、先に」


 台所に立って、二人で食器を片付けながらマユミは真雪に向かって言った。
「何かあったのね」
「え?」
「雰囲気が変」
「そ、そんなこと……」
「あなた食事の時、一度も龍くんと目を合わせなかったじゃない」
「そ、そうだったっけ?」

「それに龍もな」二人の背後から声がした。残った食器を運んできた健太郎だった。「お前たち、離れている間に、何かあったんだろ?」

 真雪は黙っていた。

「そのままにしといちゃいけない気がするな」健太郎が言った。
 真雪は一つため息をついた後、小さく言った。「あ、あたし……、実は、」「ちょっと待った!」健太郎が制止した。
「まずは龍と直接話せ」
「ケン兄……」
「俺たちが話を聞くのは、その後」
「いってらっしゃい、龍くんのところに」マユミが優しく真雪の肩に手を置いた。
「う、うん」



 真雪の部屋のベッドに、龍は腰掛けていた。いつもシャワーの後は下着一枚の姿だったが、今は上下スウェットを身に着けている。

 真雪がドアを開けて入ってきた。龍はちらりと彼女の顔を見たきり、手を後ろについて天井を見上げた。真雪はドアを閉めて、そこに立ちすくんだ。

「おいで、真雪」龍が小さく言った。
「う、うん」

 龍は真雪をベッドに横たえた。そしてそっと髪を撫でた。彼は無言で唇を彼女のそれに重ねた。一瞬固く結んだ真雪の唇は異様に乾いていて、龍は思わず舌で舐めた。そして彼女の口の中に舌を差し込んだ。真雪の唇は怯えたように細かく震えていた。龍はキスをやめると、真雪の服を少しためらいながら脱がせた。そしてブラも取り去りショーツ一枚にすると、自分もスウェットを脱ぎ、下着だけの姿になった。

 ベッド脇に立ち、龍はその白い真雪の身体を見下ろした。真雪は目と口を固く閉じ、彼から顔を背けていた。

 龍は小さくため息をついて、再び静かにベッドに腰掛けた。「今夜はやめとこうか、真雪」
「いやっ!」突然真雪が叫んだ。そして背中を向けていた龍に背後から抱きついた。「抱いて! 龍、あたしを抱いて! 今すぐ! お願い!」
 龍は顔を後ろに向けて言った。「真雪……」
「今抱いてくれないと、あたし、永遠に元に戻れない! お願い、あたしを抱いて、浄化して!」
「浄化?!」

 その一言で、龍は真雪の身に起こった何かを感じ始めた。

「いったい、何があったんだ? 真雪……」
「抱いて! あたしを抱いて! 龍!」真雪は答えなかった。ただ龍の名を叫び続けた。「龍、お願い、龍、龍! あたしを一人にしないで!」
 龍はもう一度真雪を横たえた。「君を一人になんか、しないよ」そして両頬を手で包み込むとそっと唇を重ねた。真雪の息はすでに荒かった。キスで塞いだ龍の口の中に、真雪の熱い息が吹き込まれた。それは大きなため息のようだった。

 龍は口を開き、その吐息を吸い込みながら彼女の上唇を舐め、舌を絡ませた。「ああ……うううう……」真雪が今までに発したことのない呻き声を上げた。そしてがたがたと震え始めた。龍は思わず真雪の身体を強く抱きしめた。「安心するんだ、真雪。大丈夫。大丈夫だから……。俺、ここにいるよ」真雪はとっさに龍にしがみつき、さらに大きく肩で息をした。「りゅ……龍……」真雪は苦しそうに喉から絞り出すような声で言った。

 龍の口が乳首を捉えた。真雪は仰け反った。龍は念入りに両方の乳首を咥え、舐め、味わった。「ああ……」その度に真雪は熱い吐息を吐いた。その声はいつもの真雪の声だった。

 龍は彼女のショーツに手を掛けた。真雪の身体がビクン、と跳ねた。そしてもう一度、ビクビクッ! 真雪の身体が大きく反応した。それも今までに龍が真雪との時間に経験したことのない現象だった。

「真雪、大丈夫?」
「りゅ、龍、早く、早くあたしの中にきて、早くしないと、あたし、あたしっ! 龍、龍、早く!」
 焦ったように龍は自分の下着を脱ぎ去った。「真雪、入っていいの?」
「来て、早く、龍、お願い、早く!」真雪は異常に興奮して叫んだ。

 龍はサイドテーブルの引き出しから小さなプラスチックの包みを取り出した。すると、真雪が大声で叫んだ。「そんなものいらない! いらないの。あたしの中に、あなたのを出して! お願い、龍!」
「ま、真雪、い、いいの? 中に……」
「ゴムなんか着けないで! 早く中に!」

 龍はその大きくなったペニスを、少しためらいながら真雪の谷間に宛がった。すでにそこは豊かに潤い、さらに雫が外へ流れ出すほどになっていた。「ぐっ!」龍は思い切って真雪を貫いた。真雪の身体ががくがくと痙攣し始めた。

「イかせて! 龍! あたしをいっしょに連れて行って! あなたの身体でイかせてっ!」

 龍は激しく腰を動かし始めた。「んっ、んっ、んっ!」
 はあはあはあはあ! 真雪はまるで過呼吸の症状のように速く激しい息をし始めた。
「ま、真雪っ!」
「イって! 、あたしもイく。あなたと一緒にすぐにイけるから!」

 真雪の身体が細かく震え始めた。
「真雪っ!」龍が真雪の身体に覆い被さり、二つの乳房に顔を埋めて、背中を強く抱きしめた。「出るっ! 出、出る、出るっ!」

 龍の真雪への想いの全てが、彼の身体の奥深くから真雪の中にほとばしり始めた。
「ああああーっ! 龍! 龍っ!」今までに何度も聞いた真雪の叫び声だった。そして真雪も龍の背中に腕を回し、きつく、きつく抱きしめた。
「んっ! んんっ! 真雪、真雪っ!」龍も腕に力を込めて叫び続ける。


 絶頂の息が収まるのを待たずに、真雪はまた龍の背中に回した手に力を込め、激しく叫んだ。「龍! 龍! 龍龍龍龍龍っ! 龍龍龍!」
「真雪?」
 真雪の目から涙がどんどん溢れていた。ベッドのシーツがびしょびしょになるぐらいに。それでも、彼女の目からはとめどなく涙が溢れ、とどまることを知らなかった。「龍、龍龍龍龍! 龍、龍龍龍っ!」


 龍が真雪から身を離した途端、真雪はベッドにうつ伏せになり、わっと泣き崩れた。そして涙で濡れたシーツに顔をこすりつけながら叫んだ。「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!!」

 龍は静かに真雪の側に横たわった。そして背中を優しくさすった。
「真雪、こっちまで辛くなるよ。もう大丈夫だから」
「ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい!」真雪はいつまでも激しくしゃくり上げていた。「龍っ、龍っ、ごめんなさいっ、ごめんなさい! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」

 龍は真雪の身体の下に右手を差し込み、横から抱いた。
「もう、いいよ。わかったよ。一生分のごめんなさいを言うつもり?」
「龍、あたし、あたし……。っ、んっ……」ようやく真雪はしゃくり上げながらも顔を横に起こして龍を見た。
「ひどい顔。俺、いやだな、そんな真雪の顔見るの。切なくなってくる」

 真雪の目からまた涙が溢れ始めた。

「よしっ!」龍が上半身を起こした。「シャワー浴びようか。二人で」
「え?」
「そうさ。君がいつか俺を浄化してくれたように、今度は俺が真雪を浄化してあげなきゃ」


 二人は裸のまま下着の着替えだけ持って一階への階段を降りた。真雪は龍にしっかりと身体を抱かれ、弱々しい足取りだった。健太郎はドアをわずかに開けて、二人の姿を見た。「え? 二人とも全裸? ま、また鼻血、出るかも……」そして静かにドアを閉めた。「何だか龍の方が大人に見えるな。今日は」



 シャワールームに入ると、龍は真雪をバスチェアーに座らせた。そしてシャワーが適温になったことを確認して、静かに首筋からそれを当てた。
「熱くない?」
「うん。丁度いい」

 龍はしばらく無言で真雪の全身にシャワーをかけ続けた。
 真雪が小さなため息をついた。
 龍は手を止めて言った。「いつ見てもきれいな肌だね」
「…………」

 龍は手にボディソープを取ると、泡立てて真雪の身体を優しく撫で始めた。
「もう、鼻血出さないから、俺」龍は小さく笑った。そして彼女の背中から手を回し、乳房、腹部、そして愛らしい茂みまで丁寧に泡をたてて洗った。真雪はじっとしていた。

「立って、真雪」
「うん」
 真雪を立たせると、龍は座ったまま真雪の白い脚を上から下まで洗った。
「龍、あたし何だか、また感じてきちゃった……」
「それは嬉しい。俺はいつでもいいよ。でも、その前に、」
「え?」
「顔、洗いなよ。もう君の涙は見たくないよ、俺」
「うん。ごめんね、龍」

 龍が真雪の身体にまつわりついたソープの泡をシャワーで洗い流している間に、真雪は洗顔用の石けんで自分の顔をごしごしと洗った。
「何て乱暴な洗い方! もう大人なんだから、もっと大人らしく優雅に洗いなよ」龍はそう言ってシャワーのノズルを真雪に手渡した。真雪は少し顔を仰向けて、額からそのシャワーを浴び、ついていた泡を洗い流した。

「よし、すっかりきれいになった。これでいい? 真雪」
「ありがとう、龍。あたし……やっと……」龍の手を握りしめて真雪はようやく笑った。
「俺も洗うから、真雪は温まってなよ」
「洗ってあげようか?」
「君に洗ってもらうのは、俺が『マユ姉』って呼んでた頃までにしといてよ」
「えー、つまんない」
「とにかく、今日はいいよ。そこで見てるだけにして」
「わかった」

 真雪は、はあっと一つ大きく息をすると、バスタブの心地よい温かさに身を浸した。
「真雪、」龍は自分の身体を洗いながら真雪の顔を見た。
「なに?」
「さっきはさ、ゴム着けずに君の中に出しちゃったけど、大丈夫なの?」
「うん。心配しないで、龍、今は安全」
「そうか。ごめんね、確かめもしないで」
「でも、あたし、今なら龍に妊娠させてもらってもいい……」
「そ、それはだめだよ」龍は手を止めて慌てて言った。
「わかってる。ごめんね。言ってみたかっただけ。大丈夫」


 しばらくの間、バスルームのドアの前に立っていたマユミは、安心したように小さなため息をついて、階段下のキッチンスペースに向かい、キャビネットからココアパウダーを取り出した。



 暖炉の前のカーペットに二人は並んで座っていた。ぱちぱちと燃える暖炉の火を見つめ、右手で龍の手を強く握りしめながら、真雪は実習の時の出来事を話し始めた。時々声が詰まり、また涙ぐんだりもしながら、長い時間を掛けてようやく彼女は話し終わった。

 大きく一つ、長く震えるため息をついた後、真雪はトレイからホットチョコレートの入ったカップを手に取った。龍の手を握った手を放すことなく。

「マユミおばさんの作るホットチョコレートは、いつ飲んでも最高だね」龍も片手でカップを持ち上げて言った。「真雪、君が今抱いている罪の意識は、半分は俺のせいだ」
「え?」真雪は顔を上げた。
「俺が君に電話をした内容、あまりにも無神経だった。今になって言っても遅いけど……」

 真雪は黙ってうつむいた。

「君が俺のことを想う気持ち、俺、過小評価してた」
「ううん、違うの。確かにあたし、龍がカスミ先輩のことを嬉しそうに話すのを聞いて、胸が燃えるように熱くなった。でも、だからといってそれはあたしがあんな人に抱かれる理由になんかならないもの」
「俺、君をもっと愛したい。愛しとけば良かった」
「龍……」

 龍はカップをトレイに戻した。
「そうすれば、君を迷わすことなんかなかったのに。そう思うと俺、情けなくなってくる」龍はうつむいた。「君が迷ったのは、お酒のせいなんかじゃなく、間違いなく俺のせい」
 真雪もカップを置いた。「でも、」
 龍は真雪の言葉を遮り、まっすぐに目を向けて、強い口調で言った。「君だけに苦しみを味わわせるの、俺、いやだ!」

「龍……」
「だから、俺も苦しみたい。真雪と一緒に苦しみたいよ……」

 龍の目に涙が溜まっているのを見た真雪は、彼の背中に腕を回し、そっと抱きしめ、右頬を龍の首筋に当てた。龍の瞳からこぼれた雫が真雪の耳に落ちてつっと流れた。
「龍……。ありがとう……」
「そうじゃない、って思っても、そういうことにしておいてよ、真雪。その方が俺も、救われる……」

 真雪は手を龍の両肩に置き直して言った。「……あたし、もっと強くなりたい」
 龍は顔を上げて真雪の目を見た。

「信じる力を持ちたい。もっと」
「俺ももっと信じたい。真雪のことも自分の気持ちも」
 真雪の左手が龍の頬に触れた。「真雪……」龍が小さく言った。

 真雪は彼の唇に自分のそれを重ねた。龍は真雪の背中に腕を回し、強く抱きしめながら、彼女の口を吸った。真雪も龍の唇を強く吸った。そして二人はそのままそこに倒れ込んだ。

 下になった龍が真雪の耳元で囁いた。「ここでやるの? 叔父さんや叔母さんに聞こえちゃうよ、俺たちの声や音」
「別にいいんじゃない? 秘密にするようなことでもないんだし」
「えー、何だか恥ずかしいよ」龍は赤くなった。
「やった! あたしの龍に戻った! 年下の龍に」真雪は小さく言って龍の背中をぎゅっと抱きしめた。

 龍が真雪にまた囁いた。「ねえねえ、やっぱり部屋に行こうよ」
 真雪は少し考えた。そして言った。「そうだね」



 真雪の部屋で下着姿になった二人は、ベッドに並んで座っていた。

「龍、あたしのわがままを聞いてくれる?」
「え?」
「龍はいやだ、って言うと思う。きっと」
「どうしたの?」

 真雪は顔を上げて龍を見た。少し目が潤んでいる。「でも、譲れないことなんだ。これだけは……」

 龍は少し間を置いて、優しく言った。「君がそう思っていることを、今は拒否できない。そんな気がする」彼は真雪の肩にそっと手を置いた。「言って。君のわがまま」
「うん」真雪はこくんとうなずいた。
「あたし、あたしね、」真雪はためらいがちに言った。「龍が高まって出すものを、全部、飲んでしまいたい」
「ええっ?!」
「あたし、それを龍が嫌がるから、今までお願いしなかったけど、どうしてもやりたい。今」
「ど、どうしてそんな、」
「聞きたくないかも知れないけど、我慢して聞いて、龍」
 龍はうなずいた。

「あたし、あの人に無理矢理口に出された。もちろんあたしはそれを望んでいたわけじゃない。お酒のせいにするのは卑怯だと思うけど、グランマが言った通り、あたし、あの時『もう、どうでもいい』って思ってた。自暴自棄になってた気がする」
「…………」
「気持ちは強烈に拒絶してたのに、身体が何かを求めてた、そんな感じ」真雪はうつむいた。「いやだった、とてもいやだったのに……」
「真雪、俺、君のその時の状態を想像すると、胸が破裂しそうになる。その時の、その場所にタイムスリップして真雪を奪い返したい」
「あなたのものを一度も口にしたことないのに、あんな人のものをこの口で受け止めたことが、あたしどうしても許せなくて……」

「飲んだのか? 真雪!」龍が少し強い口調で言った。

「飲まない! 飲むわけないよ! あたし、全部吐き出した。吐き出したよ、ちゃんと……」真雪の目からまた涙が溢れ始めた。「だから、あたし、龍のものを飲みたい。あなたのものだけを……。最初から最後まで、あなたがあたしのことを想いながらイって出してくれるものを、全部」
「真雪……」
「薬なの。あたしが正常な心と身体に戻るための薬なの。わかって、龍。お願い……」

 龍はそっと真雪の背中に腕を回し、抱いた。龍の耳元ですすり泣く真雪の声だけが残った。そしてそれに続く長い沈黙があった。

 一つため息をついて、龍は真雪の髪を優しく撫で、親指の腹でその涙を拭った。「ごめん、真雪、君を責めるような言い方しちゃって……」
「龍、龍……龍龍……」
「今は君が一番辛い気持ちでいるのにね。俺が過ぎたことにむやみに嫉妬している場合じゃないのにね」
 真雪は龍の身体をきつく抱きしめた。「龍、もうどこにも行かないから。あたし、あなたが見えない、手の届かないところになんか、もう二度と行かないから」真雪の声はずっと震えていた。「許して……許して、龍」

「よしっ」龍が真雪の背中をぽんと叩いた。「じゃあ、やって。真雪。薬を飲ませてあげるよ」
「ありがとう、龍」真雪は涙を拭いた。「ごめんね。わがまま言って」
「普通のオトコなら喜んでしてもらうところなんだろうけどね。やっぱり俺は苦手だよ」龍は頭を掻いた。「だって、美味しくもないものだって言うだろ? 真雪がかわいそうだ」
「いや。飲む。飲ませて。龍のなら、ぜったい美味しいはず。お酒なんかよりずっと」真雪は少しムキなって言った。
「わかったわかった」龍は照れたように笑った。そして続けた。「どうしたらいい?」
「立ったままでいいよ。あたしがあなたを口で刺激してイかせたら、そのまま飲み込むから」
「うーん……」龍は考えた。「俺、とっさに逃げ出しちゃうかもしんない」
「えー、だめだよ、そんなの」
「だって、俺だけイくの、いやだよ。真雪も一緒にイかせたい。……そうだ!」
「え?」
「お互いに口で刺激し合おうよ。それがいい!」龍はにっこりと笑った。
「龍……。龍って本当に優しいね……」
「それならできそうな気がする」
「じゃあ、あたしが下になる」
「え? 俺が下でしょ」
「だめ。それじゃ全部飲めない。溢れちゃう」
「そ、それはそうか……」 


 真雪は下着のままベッドに仰向けになった。龍も下着をつけたまま反対向きに真雪に覆い被さった。「ああ、キスができない……」
「ふふ……後でいっぱいして」真雪は目の前の龍の黒い下着をためらわず脱がせた。大きくなった龍自身が目の前に飛び出した。真雪はそれを大切そうに両手で包み込んだ。その温かさが最高に心地よかった。龍も真雪の白いショーツを脱がせた。そしてそっと舌で茂みをかき分け、クリトリスを吸った。「ああ……」真雪が喘いだ。

 真雪はおもむろに龍のものを咥え込んだ。龍は体重をかけないように慎重にペニスの位置を調整した。深すぎず、浅すぎず、真雪が口を自由に動かせるように……。その間も真雪の温かい口の感触が龍の敏感な場所を刺激し続けていた。

 龍の身体が熱くなり始めた。「ああああ、真雪、むぐっ!」興奮が高まってきた龍は、真雪の両脚を抱え込み、股間に顔を深く埋めて谷間とクリトリスを交互に激しく舐め始めた。「んん、んんっ! んんっ!」真雪は龍のペニスを咥えたまま呻き始めた。そしてだんだんと口の動きを速くした。「んっ! んっ! んっ!」龍の口の動きも激しくなってきた。

 真雪の身体が細かく震え始めた。それが彼女が頂上間近にいる証拠であることを龍は知っていた。龍はことさら激しく真雪の秘部を愛した。いつしか中からわき出る泉と龍の唾液で、シーツにしたたり落ちるほどにそこは濡れていた。

「んんーっ!」真雪が突然激しく呻き、龍のペニスを強く吸い込んだ。それと同時に龍の身体の中の熱いマグマも激しく噴出し始めた。

「ああああああ!」思わず口を真雪の秘部から離して龍は叫んだ。

「んんー! んんんーっ!」真雪が悲鳴に近い高い声で、ペニスを咥えたまま叫んだ。

 激しく龍の身体の奥から噴き出す精液が、真雪の口の中に何度も何度も勢いよく打ち付けられた。真雪はその強力な刺激と沸騰した熱さ、そして心地よい苦さに酔いしれていた。
 彼女は龍の放出の度にそれを飲み込んでいった。

 射精の勢いが弱まってきたのを察知した真雪は、龍のものを咥えたまま口の中に残った液を何度も喉に、体内に送り込んだ。「ああ、あああああ!」その度に過度に敏感になっていた龍のペニスは真雪の舌と上あごに刺激され、彼は身体を大きく揺り動かしながらもだえ続けた。「ああ、ま、真雪、ああああああ!」

 真雪はぬるぬるになった龍のペニスを舌で舐め、唇で吸った。一滴も残さないように彼女は龍のペニスを舐め、また深く咥え込んだ。「う、うううっ、ま、真雪、ま、また俺、」龍の身体ががくがくと激しく震え始めた。

「で、出る! 出るっ! イくっ!」真雪の口の中に再び龍の精液が放出され始めた。真雪は夢見心地でそれを味わい、飲み込み続けた。「うああああああっ!」龍は叫び続けた。


 龍は汗だくになり、大きく身体を波打たせて喘ぎ続けていた。龍の身体の中から出されたものを完全に飲み下し、舐め取り、真雪の口がようやく龍のペニスを解放した。その途端、龍は身体を起こし、真雪の身体を抱き起こした。
 そして身体に腕を回し、きつく抱きすくめ、ベッドに押し倒した。「真雪! 真雪っ! ごめん!」そのまま龍は上になり、真雪の口を自分の口で塞ぎ、吸った。舌を差し込み、口の中をかき回した。歯も、歯茎も、舌も、何度も何度も彼は舐め回した。「んんんん……」真雪はその度に小さく呻いた。真雪もいつしか龍の背中に腕を回し、きつく、簡単には離れないように抱きしめていた。


 二人の息はまだ荒かった。そして全身がじっとりと汗ばんでいた。

「やっぱり、だめだ、俺……」
「どうして謝るの?」
「だから、強烈な罪悪感があるんだってば」
「よくわからない……」
「なんか、嫌がる真雪をレイプしてるみたいで……」
「大好きな人がイく時、あたしの身体の中に出すことを嫌がるわけないよ」
「でも……」
「ありがとう、龍。ほんとに優しい人」真雪は微笑んだ。「でも、そう言いながら今日は何だかすごく長くイってたみたい」
「俺、生まれて初めて二度続けてイった」
「そうなの?」
「自分でもびっくりしたよ」
「でも、龍はたいてい三、四回はイくじゃない。一晩に」
「いや、いつもはさ、真雪と話してたり、触り合ってたりして、また興奮が高まって、っていうパターンなんだ。でも今日は違ってた。イったあと、終わった、と思う間もなく、また押し寄せてきたんだ」
「龍も二回、イってくれたんだ。あたし、嬉しい」
「ごめん、いやだっただろ? いつまでも咥えてなくちゃいけなくて」
「ううん。龍があたしのためにたくさん出してくれてるって、とっても嬉しかった」

「本当にごめん、真雪」
「まだ謝ってる。でも龍が思う程、あたしこれ嫌いじゃないな」
「うがいしに下に行こうよ」龍は上半身を起こした。
「えー、いやだよ」真雪は横になったまま首を振った。
「気持ち悪いだろ? 口の中」
「全然。ずっと余韻を味わっていたいぐらい」
「そ、そうなの?」
「すっごく美味しかったもん。嘘じゃないよ」
「美味しいわけないじゃん、あんなの」
「味、とかじゃなくて、何て言うかな、口の中に当たる刺激とか、心地よい温かさとか、」
「温かい? それってとっても気持ち悪いと俺は思うんだけど……」
「だって、愛する人の体温を直に口の中に感じることができるんだよ。心地よいに決まってるよ」
「そ、そうなんだ……。で、どんな味なの?」
「味はねー、ちょっと苦い」
「うわ、それはつらい。さすがにいやだよね」
「それが不思議とまずいとは思わなかったんだよ」
「えー、苦けりゃまずいでしょ、いくらなんでも」
「あたし、今ならビールだってワインだって飲めるかもしんない」
「何だよそれ」龍は呆れて笑った。
「あたしもう大人だからね。ビールの味ぐらいわかるよ」真雪も笑った。

 龍は再び真雪の傍らに横たわった。そして申し訳なさそうに上目遣いで言った。「真雪はイけた?」
「イけたイけた。もうすごいよ」
「え? そんなに?」
「龍だってもうわかってるでしょ、あたしがイく瞬間」
「そりゃあね」
「龍のものを咥えて、口の中に出されて、大切なところは龍が口で刺激してくれて……。いつものセックスと全然変わらなかった。上と下が逆になっただけ、って感じだよ」
「なるほど……」龍は妙に感心したようにうなずいた。「でも、もうしないからね。当分」
「わかってる。ごめんね、いやなこと、無理させちゃって」
「うん。そうだよ、いやだ。やっぱり」龍が威勢よく言った。
「なに思いついたように……」
「今日の方法だと、できないことがある」
「できないこと?」
「そう。キスができないこと。それに真雪のおっぱいがいじれないこと」
 真雪は破顔一笑した。「そうか。そうだったね」
「この『サラダ』がないと、やっぱり物足りないよ、俺」龍はそう言いながら真雪の二つの乳房の間に顔を埋め、頬を何度も擦りつけた。
「俺の真雪……」
「龍ったら……」真雪は龍の頭を愛しそうに撫でた。

 しばらくの沈黙を二人は満ち足りた気持ちで味わった。

「龍、」
「うん?」
「あたし、早くあなたと一緒にお酒が飲みたい」
「どうして?」
「あなたで頭をいっぱいにして、あなたで身体を満たされて、あたし、夢見心地であなたに抱かれたい」
「俺さ、」龍が慎重に言葉を選びながら言った。「真雪はもう、お酒なんか飲まない、って言い出すかと思ってた」
「あんなお酒はもう二度と飲まない。でも、自分がお酒でどうなるかわかったから、もう間違わないよ。あたし」
「そうか。そうだよね」龍は真雪の髪を指で梳いた。
「龍、」
「なに?」
「あたしの手、ずっと握っててね」
「放すわけがないよ。もう二度と」龍は真雪の指に自分の五本の指を絡ませた。「絶対に」

「好きだよ、龍。……愛してる」

「俺も。愛してる、真雪」

 真雪はそっと目を閉じた。龍は彼女の唇に自分の唇をそっと押し当てた。





《4 約束》

 寝室でベッドに腰掛けたマユミは、コーヒー片手に窓際の椅子に座って本を読んでいるケネスに声を掛けた。「ねえ、ケニー」
「なんや? ハニー」ケネスは顔を上げた。
「真雪のこと、」

 ケネスはカップをサイドテーブルに置き、本を閉じて身体をマユミに向けた。「何があったんや? いったい……」
「あたしの勘だと、あの子、龍くん以外の人に抱かれたっぽい」
「なに? ほんまか?」ケネスは驚いて大声を出した。手に持っていた本が床に落ちた。
「詳しくは本人から聞いてみないとわからないんだけどね」
「誰や! そいつは! 龍の大切な真雪に手え出しよって!」ケネスは立ち上がって拳を握りしめた。
「合意の上……だったみたい」マユミは目を伏せた。
「な、なんやて?」ケネスは力なく座り込んだ。

 彼はしばらくの間うつむいたまま唇を噛みしめていた。

「実習の時、なんやな?」ケネスは静かに言った。
「たぶんね」
「龍……、あいつどんな気持ちなんやろ……」

 マユミは顔を上げてケネスを見た。「でも、きっと大丈夫。龍くんとは元通りみたいだよ。もしかしたらむしろ前以上かも」
「龍のヤツ、赦してくれたんか? 真雪を」
「うん。たぶん」
「そうか……。大人やな、あいつ……」
「いろいろあって、二人の絆は深まっていくんでしょうけどね。かなり辛かったみたいだよ、真雪も龍くんも」
「そうやったんか……」ケネスは落ちた本を取り上げてサイドテーブルに置き、マユミの隣に来て座った。「わいにできること、何かあるか? ハニー」ケネスはマユミの手に自分の手を重ねた。
「あの子は、きっとあたしに打ち明けると思うんだ、すぐに」マユミは重ねられたケネスの手を見つめた。「大丈夫。ケニー、あの子たちなら」そして微笑んだ。
「そうやな」ケネスはマユミの手を持ち上げ、その甲にそっとキスをした。そして独り言のようにつぶやいた。「信じたらなあかんな……。大丈夫や、きっと。龍はケンジの子やからな……」

 ケネスは少しの沈黙の後、握ったマユミの手を放して静かに口を開いた。
「マーユ、今になってこんなこと言うのも、なんや変なんやけど……」
「どうしたの?」
「わいな、ケンジから以前、言われたことがあんねん」
「何て?」
「ケンジが健太郎の父親や、っちゅうことで、あいつ、わいに罪悪感を抱いとる、っちゅうて」
「そうなの? でも、罪悪感ならケン兄じゃなくてあたしが持つべきだよ。あたしがケン兄に黙ってあの子をこの身体に宿したわけだし」
「いや、マーユもそないな後ろめたさ、感じることはあれへん。ケンジとマーユの繋がりっちゅうか、絆は誰にも断ち切ることはできへん。前にもそう言うたことがある。ケンジにな。それに健太郎かて、その二人の真剣で深い愛情によって生まれてきたんや。決して軽はずみで衝動的なセックスでできた子やない。そやからマーユもケンジも、何も気にすることはあれへん。堂々としてたらええんや。それより、」

 ケネスはマユミの目を見た。いつになく真剣なそのまなざしに、マユミは思わず居住まいを正した。

「わい、マーユとケンジがまだつき合うてる頃から、マーユのことが好きやった。めっちゃ好きやった」
「うん……知ってる」
「そやけど、マーユとケンジが想い合うてることも、もちろん受け入れなあかんかった。二人の親友として、二人を温かく見守っとった」
「そうだったね、ケニー。感謝してる。でも、あたしたち、無神経だったのかも……。あなたに対して」
「わいな、あんさんらは兄妹やから、いずれ別れなあかんようになるはずや、って心の奥で期待しとったような気がするんや」
「……」
「結婚できへんのやったら、別れるしかあれへん。そしたらその時、わいが、マーユをケンジから奪い取ったる、っちゅう、めっちゃやなこと考えとったような気がすんねん」ケネスはうつむいた。「わい、ケンジの親友でありながら、そんな悪魔みたいなこと、考えとったような気がすんねん」

「あなたが、」マユミがもう一度ケネスの手を取った。「そうだったこと、あたし、気づいてたような気がする」
「え?」ケネスは顔を上げてマユミを見た。
「でも、それを言うなら、都合良く自分勝手に考えてたのはあたしの方。ケン兄もケニーも大好きで、どちらかを選ぶことができない。でもケン兄と結婚できないのなら、ケニーがいるから大丈夫、そんな風に安直に考えてた。ケン兄にもケニーにも、とっても申し訳ないこと、したって、今でも思う……」
「そんなことあれへん。マーユは自分に正直に行動しただけやし、その判断は最善やった。わいもケンジもマーユに対して愛しさは感じとっても、責める気持ちなんか、当時ちょっとも持ってへんかったし、今でも持ってへん」
「だって、二人の気持ちを弄んでた、ってことでしょ? 二人があたしのことを愛してくれてるって知ってたから、あたしはその時都合のいいように判断して行動したんだもの」
「いや、これは普通の三角関係やあれへん。特にマーユにとっては、前にも言うたことあるけど、ケンジへの想いとわいへの想いはタイプが全然違うやろ? そやからちゃんと共存できるねん。一枚のコインの表と裏のようにな。そやからわいは、マーユと結婚しても、マーユとケンジとの繋がりを切りたくなかったんや。コインの表だけでも、裏だけでも偽物や。マーユが価値のある本物であるためには、ケンジへの想いも絶対に必要や」

「ケニー……」

「それに、これもいつか言うたこと、あるやろ? わい、マーユとケンジが愛し合っとる姿見るのん、大好きや、って。これはほんま正直な気持ちなんやで。ケンジとマーユがセックスしとる時は、二人とも最高に感じて、満たされて、癒されとる。わい、ケンジの親友として、マーユの夫として、そういうあんさんらの行為が度々見とうなる。見て、ああ、マーユもケンジもわいの大切な人なんや、って実感できるんや」
「変な人……」マユミは小さく笑った。「だけどケン兄もたぶん、あなたがあたしを奪おうとしてたことに気づいてたと思うよ」
「そうなんか?」
「でも、だからかえって安心したんじゃないかな。ケニーがあたしを奪う条件で、ケン兄はあたしを手放したって気がするんだ。あなたがそんな気でいなければ、ケン兄はあたしをいつまでも手放せない。きっともっと悩んでたと思う」
「そ、そやけどやで、わい、ほんまにマーユを『奪いたい』思てたんやで? ケンジから無理矢理にでも奪いたい、って」

 マユミはくすっと笑って言った。「あたし、ケニーがケン兄に『マーユを譲って下さい』て言って、ケン兄も、『はいどうぞ』なんていうことになってたら、二人とも嫌いになってたと思うよ。そんなの恋愛感情じゃないもの。その時のケニーのあたしに対する気持ちって、この女が欲しい、どうしても手に入れたい、みたいな、男性特有の乱暴で野性的な気持ちだったんじゃない? 理性で判断してる場合じゃないでしょ? そういうの」
「そう言われれば……確かにそうやけど……」
「ケニーがそういう燃え上がる気持ちのエネルギーを持ってたから、ケン兄もこいつなら大丈夫だ、って思ったんじゃないかな」

「わいで良かったんかな……」
「あなた以外に考えられないでしょ? ケン兄が安心してあたしを譲れる人は、もう親友のあなたしかいなかった。彼はきっとそう思ってた」マユミは一息継いで続けた。「ケニーは本当にあたしたちの間の一番大事なところにいてくれて、あたしとケン兄を上手に繋いでくれてた」
「マーユ……」
「だからさ、ケニーがケン兄からあたしを奪った、ってのも事実だし、ケン兄がその時あたしを泣く泣く手放したってのも事実。でも、それはあたしたちが三人とも結果として望んでいたこと。だからその時はみんな辛かったけど、結局誰も傷つかなかったし、その後もうまくいってる。そう思うけどね」

「わい、マーユももちろん愛しとるけど、ケンジのこともめっちゃ好きや。心から」
「知ってるよ」マユミは微笑みながらケネスを見た。「見ててわかるもん」
「ケンジっちゅう男は、当時からわいとマーユ、両方を大きく包みこんでくれてるような気がするんや」
「考えようによっては、そうも言えるかもね」

 ケネスは穏やかな顔でマユミを見た。「そんなケンジの子やから、龍もめっちゃ広くて、大きくて温かい男なんやな」
 マユミもにっこりと笑ってケネスの視線を受け止めた。「そうだね。あたしたちの真雪をしっかり、大切に包みこんでくれる子だよね」

 ケネスとマユミはそっとキスを交わした。

「そう言えば、」マユミが言った。「あたしがケン兄と付き合ってた頃のグッズ、まだとってあるんだよね」
「あるで。二階の倉庫の中に段ボール箱に入れてあるわ」
「え? お店の屋根裏じゃなかった?」
「あんな大切なもん、ネズミに持って行かれでもしたらどないすんねん」ケネスは笑った。「なんで今頃そんなこと訊くん?」
「あの中にね、真雪たちに渡したいモノがあるんだ」
「へえ。何や? それ」



「ごめんね、急に呼び出したりして」真雪はテーブルの向かいに座った春菜に言った。
「ううん。大丈夫。私も丁度あなたとお茶飲みたいなって思ってたところだったの」
「そう。良かった」

 街中にあるその喫茶店にはカウンターの他に、通りに面した広い窓に沿って四人がけのテーブルが3つ並べて置いてあった。窓にはサンタクロースやトナカイなどのデコレーションが施されていた。

「もうすぐクリスマスだね」
「そうだね」
「ケン兄と約束してるの?」
「うん。海の見えるレストランに連れて行ってくれるって言ってた」
「わあ、ロマンチック。さすがケン兄。それで、そのままお泊まり?」
「う、うん。もうホテルも予約した、って言ってた」春菜は頬を赤らめて恥ずかしそうに言った。
「素敵」
「真雪は?」
「龍はまだ高一だからねー」
「夜はどうやって過ごすの?」
「まだ未定」
「どっか素敵なところに行きなよ。せっかくのクリスマス」
「そうだね。でも彼、未成年だから、夜、街をうろついてたりしたら補導されちゃうかも」
「あなたがついてるから大丈夫でしょ。補導員に質問されたら、いとこです、って言えばいいじゃない。嘘じゃないから堂々とね」
「そうね。それもいいかも」真雪はカップを持ち上げ、口に運んだ。

 店のドアが開く音がした。いらっしゃいませ、という若い男性店員の声がした。

「あ、来た来た」真雪は手に持っていたカフェオレのカップをテーブルに置いて、入り口のドアを入ったところに置かれたクリスマスツリーの横に立っているポニーテールの女性に手を振った。
「ごめんごめん、遅くなっちゃった」夏輝は小走りで二人のテーブルにやって来た。
「そんなに待ってないよ。座って」真雪が促した。夏輝は春菜の隣に腰掛けた。
「今月で実習も終わるんでしょ?」春菜が夏輝に言った。
「もう、長かった……。21か月だよ、21か月。高校出てから」
「来月から念願の本職警察官だよね」
「どうにかこうにか」夏輝は笑った。
「所属は決まったの?」
「一応希望は出したけどね。たぶん地域課だと思う」
「地域課って?」
「要するに『お巡りさん』だよ。交番勤務ってとこ」
「そう」
「で、どうしたの? 急にあたしたちを呼び出したりして。単純にお茶タイムだったらあんたん家でいいわけだし。何かあった?」
「さすが警察官だね。鋭い洞察力」真雪は少しばつが悪そうに笑った後、椅子に座り直して語り始めた。「あのね、」


「そんなことがあったんだ……」春菜がひどく辛そうな顔をして言った。
「しかし龍くん、心が広いよ。って言うか、大人じゃん」夏輝が優しい目で言った。
「そうなの。龍だから赦してくれたんだって思う。でも、」真雪は視線を膝に落として続けた。「その龍をあたし、裏切った……」
「その自覚があるんなら大丈夫だよ、真雪」夏輝が言った。
「もう済んだことなんだから、忘れなよ。ほら、顔上げて、真雪」春菜も言った。
「ありがとう……二人とも」真雪は涙を人差し指でそっと拭った。

「あたしもね、」夏輝が語り始めた。「実習中、何度か危ないこと、あったよ」
「危ないこと?」
「うん。授業受けたり訓練してたりするとね、男ドモが言い寄ってくるわけよ」
「そうなの?」
「女性が相対的に少ないってこともあるし、警察官志望の男って妙に自信過剰なやつが多かったりするんだよね」
「自信過剰?」
「そ。ま、今の同期生だけかもしんないけどさ」夏輝はコーヒーをすすった。「いきなり初対面で『俺と付き合わないか?』とか言ってくるんだよ? 信じられる?」
「ストレートだね」春菜が言った。
「でしょ」
「夏輝可愛いし、脚もきれいだし、活発で明るいし。男性に好かれる要素満載だからね」真雪が笑った。
「で、その時、どうしたの?」春菜が訊いた。
「『蹴飛ばされたくなかったら、あたしの前から消えろ!』って言ってやった」

 春菜も真雪も大笑いした。

「ま、その程度なら笑って済まされるけどね。今年の夏にはちょっとやばいこともあったよ」
「え?」
「あたし、危うく修平以外の男にふらふらと行っちゃうとこだった」
「ホントに?!」春菜が口を押さえた。
「警察官に採用が決まると、警察学校に入んなきゃいけないんだけど、あたしみたいに高卒の場合は21か月間の『採用時教養期間』って言うのがあってさ、四段階の研修が行われるわけ」
「長いよね」真雪が言った。
「最初の段階が警察学校での『初任科教養』、そして『職場実習』っつって交番での実習。それが終わるとまた学校に戻って『初任補修科生』として勉強や訓練、そして最後の『実戦実習』」
「今、夏輝はその最後の段階なんだよね」
「そうなの。でさ、今も基本的に交番での勤務が中心なんだけど、この実戦実習が始まってすぐの頃、あたし、とっても落ち込んでた時期があったんだ」
「落ち込んでた?」
「そう。週に一度、土曜日の夜は修平と同じ剣道の道場に通ってたんだけど、」
「そうか、警察官って武道もやんなきゃいけないんだよね」
「うん。でも、修平も大学で忙しかったり、あたしも肉体的に疲れてたりで、道場でも日常でも顔を合わせることがほとんどなかった時期があったんだ」
「そうなの……」
「電話やメールだけじゃ満たされないって感じだった」
「うん。わかる、それ」真雪が言った。

「ある日、パトカーで実習指導員の巡査長と二人でパトロールしてる時にね、あたし辛くて泣いちゃったんだ」
「勤務中に?」
「そしたらさ、その巡査長が、パトカーを路肩に駐めてあたしを慰めてくれるわけよ」
「優しい人だったんだね」
「確かに優しかった。その時、あたしも彼に食事に誘われた」
「で、その誘いに乗ったの? 夏輝」
「乗っちゃったんだよ。どういうわけかね」
「て、天道君のこと、思い出さなかったの?」春菜が恐る恐る訊いた。
「あたしも真雪みたいに、食事でお酒飲んじゃって、何だかその時は、なかなか会えない修平より、今目の前にいるこの優しい人に甘えたい、っていう気持ちになったんだよね」
「そうなんだ……」春菜が悲しそうな顔で言った。
「でも、巡査長は偉かった。そんなあたしに何も手出しせずに、店を出て肩をぽんぽん、って叩いてくれただけで、寮に帰してくれた」
「危なかったね、ほんとに……」真雪が言った。「あたしみたいにならなくて、ほんとに良かったよ、夏輝」
「だから紙一重だって。きっとその時、あたしと真雪は同じ心理状態だったんだと思うよ。単に相手が違ってただけ」

「紙一重……か」春菜がつぶやいた。

「その巡査長はね、自分はお酒も飲まなかったし、車で来てたのに、あたしを寮まで送らずに、タクシー呼んで乗せてくれたんだよ。変な噂がたったらあたしが困るだろうからって」
「すごい、紳士」
「だよねー。もうそれだけでくらくらしそうでしょ?」夏輝は笑った。「それにね、タクシーを待ってる時『彼の手を放しちゃだめだよ』って言われたの。あたし修平と付き合ってること、一言も言ってないのにだよ。なのにわかっちゃうんだ。すごいよね」

「そういう人が本物の紳士なんだろうね」真雪が独り言のようにぽつりと言った。

「それで、その彼の一言が、あたしを立ち直らせるきっかけになったんだ」
「良かった……ほんとに良かったよ、夏輝」真雪は思わず夏輝の手を取った。
「あたし、たぶんあの時、巡査長に『あたしを抱いて』っていうオーラを出してた。誰かに抱かれて、甘えて癒されたいって思ってたんだ、きっと。その時はあたし、心の中で修平の手を放してたんだと思うよ」
「あたしもそうだった……。その通りだよ、夏輝」真雪は顔を上げて言った。
「その後、やっと修平に会えた晩、あたしも泣いちゃったもん。もう涙が止まらなくてさ」
「しゅうちゃん、受け止めてくれたんだね」
「初めはすっごく戸惑ってたよ。あたしがあいつの前で泣くことなんかそれまで一度もなかったからね」
「そうなんだ……」
「でも、あいつ、何も聞かずにあたしを抱いてくれた。それまでで一番優しく抱いてくれたよ」

「さすが天道君だね」春菜が微笑んだ。

「だからさ、逆に良かった、って思いなよ、真雪」夏輝が真雪に顔を向けて言った。
「え?」
「もう、こりごりでしょ? あんなこと。あんな思いするの」
「うん。こりごりだよ。もう絶対あんな風にはならないって誓える」
「そうでしょ? 傷は大きかったけど、手当をしてくれる龍くんの手も大きかった」
「その手をまた握り直せた、ってことだよね。以前よりも強く」春菜がまた微笑んだ。
「ありがとう。春菜、夏輝。あたし、この傷跡がある以上、龍があたしを大切にしてくれる以上に彼を大事にしなきゃいけない、って思う」
「龍くんだって負けていないよ、きっと。あんたを大事にすることについてはね」夏輝がウィンクをして言った。「そうそう、その巡査長はね、今もあたしの実習指導員なんだけど、来月結婚するんだって」
「独身だったんだー。輪をかけてすごい」
「奥さん幸せになりそうだね」
「だよねー」

「もう一つ、あたしの話、聞いてもらっていい?」真雪が切り出した。
「今度は笑ってるから、何か嬉しいことなんだ」春菜も笑いながら言った。
「あのね、あたし、近々龍にプロポーズする気でいるんだ」
「ええっ?!」
「プロポーズ?!」
「びっくりした?」
「そりゃそうだ! いくら愛し合ってると言っても、龍くんはまだ16になったばかりでしょ? 結婚なんてできないじゃん」
「だから、約束するだけだよ」
「どうして、また……」
「あたしって、きっと弱い女だと思うんだ。今回それを思い知った。たった数日龍に会えなかっただけであの始末。だから、彼の手を放さないようにするためにモチベーションを高めたくて」
「なに、その理由」

「考えられる龍の反応その1『まだ早いよ。もう少し待ってくれよ』。その2『嬉しい。わかった、約束するよ』。その3、何も言わずに逃げる。どれだと思う?」
「龍くんは絶対うんって言うに決まってるよ」春菜が言った。
「きっとそうだね」夏輝も言った。「長い婚約期間になりそうだね。がんばってね、真雪」
「うん」
「応援してるから」
「何かあったら相談して」
「わかった。そうする」
「時々、あたしたちの悩みも聞いてね」
「もちろんだよ」



「真雪、」その晩、母親のマユミが真雪の部屋のドアをノックした。
 真雪は立ち上がり、ドアを開けた。「どうしたの? ママ」
「ちょっと話があるんだけど。付き合ってくれる?」
「え? いいけど」

 マユミは真雪を部屋から連れ出し、階下のリビング、暖炉の前にやってきた。

「どうしたの? こんなところで」
 マユミは持っていた小さな木の箱を真雪に手渡した。「これ、あなたたちにあげる」
「え?」真雪は箱を受け取ってマユミの目を見た。
「開けてごらんなさい」
「うん」真雪はその箱の蓋を開けた。「え?」

 二つのペンダントトップが入っていた。一つは弓をつがえたケイロン、もう一つは矢。どちらにも小さな宝石が散りばめられている。

「これって……」
 マユミは床に座った。真雪も母の隣に座り、テーブルにその箱を置いて、愛らしい二つのペンダントトップを手に載せた。

「それはね、18の誕生日にあたしがケン兄に買ってあげたものなんだよ」
「ほんとに? すごい! おしゃれだね。そんな昔のモノとは思えない」真雪はケイロンの方を右手で持って目の高さに持ち上げた。「きれい、とっても……。センスいいね、ママ」
「でも残念ながら、それ、ケン兄が見立てたんだよ」
「ケンジおじが?」
「あの頃はね、誕生日がくると、お互いに欲しいものを買ってあげるっていうことになってたの。両親にお金もらってね。だから、本当はそれは両親からのプレゼント」マユミは微笑んだ。「20年以上前に買ったものだけど、あなたにあげる。大切にしてね」
「ありがとう、ありがとう、ママ」
「一つは龍くんにあげてね」
「もちろんだよ。偶然だけど、良かった。彼も射手座生まれだからね」

 立ち上がろうとしたマユミに真雪は声を掛けた。「あ、ママ」
「なあに?」
「あたしからも、話があるんだ」
 マユミは真雪の横に座り直した。「どうしたの?」
「報告しなきゃいけないことがあって……」
「報告?」
「ママも、パパも、それにケン兄も心配してくれてたと思うけど」
 マユミは小さくうなずいた。

「あたし、実習中に、」真雪は母にあの出来事について話し始めた。

「そう。辛かったね、真雪」マユミは娘の手を取り、優しく撫でた。
「ごめんね、心配かけて。でも大丈夫。龍はしっかり受け止めて、赦してくれた」
「そうみたいね。優しいいい子だね、龍くん」
「うん。さすがケンジおじの息子だよね」

 マユミは微笑みながら無言でうなずいた。

「それでね、」真雪は一息ついてマユミの目を見た。「あたし、彼にプロポーズする」
「え?」
「まだ早いってわかってる。すぐに結婚したいって思ってるわけじゃない。でも約束したい。あたし彼と結婚する」

真雪は母の目をじっと見つめた。

「ママが決めることじゃないわ。でも、実際に結婚するまで、いろんなことが起こることも覚悟しておきなよ」
「いろんなこと?」
「今回のあなたの身に起こったこと以上のことだって、もしかしたら……」
「……乗り越える。あたし、乗り越えられるよ、ママ」
「あなた、プロポーズする時、そのペンダントを彼に渡すよね、きっと」
「うん。そのつもり」

「約束と束縛は別物だからね」
 マユミがいつになく真剣な顔で言った。真雪は少したじろいだ。

「彼の心をがんじがらめにして、自分以外のものを見せないように目隠しするのが『束縛』。間違っちゃだめだよ、真雪」
「ママ……」

 マユミは元の穏やかな笑顔に戻った。
「大丈夫。あなたたちなら、きっとうまくいくよ」
「ありがとう。間違わない。あたし、もう……」
「そのペンダント、あなたに渡すこと、ケンジ伯父さんにも言っておいたから」
「そうなの?」
「龍くんがもらったそれをケン兄に見せたら、あの人、どんな顔するかしらね。ふふ、ちょっと楽しみ」
「ほんとにありがとう、ママ」
「じゃあね。おやすみなさい、いい夢みてね」
「ママも」

 マユミは立ち上がり、自分たちの寝室のドアに消えた。



 海棠家の夕餉の時間。

「ごちそうさま」箸を置いた龍が続けた「ねえ、父さん、」
「なんだ?」
「改まって話があるんだけど」
「改まって?」
「うん。母さんにも聞いて欲しいことなんだけどさ」
「そうか。それじゃ、夕飯の片付けが済んでから聞いてやろう」ミカが言った。


 リビングで、龍は両親と向かい合った。ケンジとミカの前にはコーヒー、龍の前に置かれたホットミルクのカップからも湯気が立ち上っている。

「人生経験の豊かな二人に訊きたいことがあるんだけどさ」
「なんだ、それ。何が人生経験の豊かな、だ」
「愛し合ってる二人が、付き合いを続けていくための秘訣って、何?」
「愛し合ってりゃ続くだろ。自ずと」ミカがぶっきらぼうに言った。「愛し合う、っていう事実が揺らいだ時に危機がやって来る、そんなもんだ」
「なるほど。そりゃそうだ」
「なに? 龍、お前真雪と揺らいでるのか?」ケンジが心配そうに訊いた。
「危なかった。でも修復した」

 ケンジが持っていたカップをソーサーに戻した。「危なかった?」

「修復できたことを前提に聞いてね、今からの話」
「わかった」
「真雪が、この前の実習中に不倫した」
「ふ、不倫?!」
「いや、俺たちまだ夫婦じゃないから、不倫なんて言わないのかも知れないけど、つまり、妻子ある男性と三日続けて夜を共にした」龍はうつむいた。

「そ、それって……」ケンジが苦しそうに言った。

「龍……」ミカも辛そうな顔で龍を見つめた。

 龍は顔を上げた。「俺、そのことを真雪本人から聞いた時、胸が爆発しそうだった。身体中が燃えるように熱くなって、涙も出ないぐらい悔しさと怒りがこみ上げてきた」
「そんなことが……」
「でも、何に対しての怒りなのか、いまだにわからない」
「真雪は、」ミカが言いかけた言葉を龍は遮って言った。「でも、真雪は実習から帰ってきた晩に、俺に抱かれながら泣き叫び続けたんだ。俺の名を何度も叫び、ごめんなさいって何度も何度も繰り返して、シーツをぐしょぐしょにして泣き叫んだ。俺、そんな真雪の姿を見るに堪えなかった」

「そうだったのか……」
「何があったのか、詳しく聞いたのはその後。でもね、俺が真雪に高校の写真部のことを電話で話した時のことを思い出して、」
「写真部のこと?」
「そう。女の先輩に親切にされた、って嬉しそうに話したこと。考えてみればとっても無神経なことだよね。それって」
「真雪は、丁度その時きっとお前に会いたくて、抱かれたくてしょうがなかったんだろう。寂しかったんだな、きっと」
「俺もそう思う。だから罪の半分は俺のものだって思ったら、なおさら真雪がかわいそうになって、って言うか、申し訳ないって思って……。自分が許せない気持ちになってた」
「ありがちなことだが、その結果は痛すぎるな」ミカが言った。「そういう迷いや誘惑は、たびたびやってくるが、たいていそんな大きなことにまで発展する前に、収まるもんだ。不幸だったとしか言いようがないな、特に真雪にとっては」
「食事に誘われて、お酒を飲まされて、そのままホテルに連れ込まれて……」
「もう言うな! 思い出したくもないことなんだろ?」ケンジが強い口調で言った。
「俺、結果的に真雪を赦したことになってるけど、まだ胸に大きなモノがつかえている気がする」

「時間がかかるだろうな。その傷が癒えるのには。お前も真雪も」
「だから、何かが欲しいんだ、何かが……」
「何か?」
「たぶん杞憂だとは……思うけど、気を抜いたら、真雪の手がまたするりと俺の手から離れていくような気がして……。そんなことはもうないと思うけど……」
「ないだろう。こんな痛い出来事を経験すれば、もう今後はないだろう。『雨降って地固まる』ってやつだ」
「龍が今、欲しいものは、おそらく、お互いの気持ちを信じるっていう証拠、みたいなものかな」ケンジが言った。
「真雪を抱いて、愛し合うだけじゃ、落ち着かない、そんな感じ。そう、証拠、そうかも知れない」
「結論から言えば、時間が解決してくれる。それは間違いないことだよ」ミカが言った。「お前が今、落ち着かないことはわかる。でもそれで焦って妙なことを真雪に要求したりするのは止めた方がいい」
「要求?」
「いつも真雪を見張り、真雪の行動をチェックし、頻繁にメールしたり電話したり……。そういうことはするな。絶対に。逆効果だ」
「わかってる。そんなことはストーカーがやることだからね」

「何度も言うようだが、いずれ時間が経てば消えていくさ、その胸のつかえも」ケンジが言った。
「一緒に食事をしたり、何かプレゼントしたり、とにかくいっぱい話すことだね。それが付き合いを続ける秘訣って言えるかも」
「丁度クリスマスも近いし」ケンジが言った。「ま、お前の小遣いじゃ、大した物は買えないだろうが、気は心、高価なモノでなくても、お前の気持ちがこもっていれば立派なプレゼントだよ」
「そう思うんならさ、小遣い額アップしてよ」
「むむ……やぶ蛇だったか……」
「いいよ。特別に今回だけ、真雪へのプレゼントを奮発するっていう条件で倍額にしてやろう」ミカが言った。
「あ、ありがとうございますっ! 母上!」龍は床に土下座して頭を下げた。
「お前が真雪の気持ちと身体ををしっかりと受け止めてやったご褒美、だな」ケンジも言ってテーブルのカップを持ち上げた。
「ごめんね、父さん、コーヒー冷めちゃったでしょ?」
「構わんよ。ミカの愛が冷めることに比べたら、このぐらい」
「あたしの愛をコーヒーと一緒にすんな」ミカは笑った。


 部屋に戻った龍は、ケータイの着信有りを示すランプが点滅していることに気づいて、すぐにそれを手に取った。

「あ、真雪からだ」

 龍は短縮ダイヤルを押してケータイを耳に当てた。すぐに通話が繋がった。
『クリスマスイブは、絶対うちに来てねっ!』いきなり真雪がケータイの向こうで力んで叫んだ。
 突然の真雪の大声に龍は驚いて言った。「ま、真雪、な、何もそんな……、」
『24日だよ、絶対だからねっ! 約束したから!』
「わ、わかった。い、行くよ、必ず」龍はたじたじとなって情けない声を出した。
『暖炉の前で夕方6時。待ってるから。じゃあね』

 電話が一方的に切られた。



 クリスマスイブ。約束の時刻に、龍は『シンチョコ』離れのドアを恐る恐る開け、小さな声で言った。「真雪ー、来たよー」
「龍っ!」いきなり真雪が龍に飛びかかった。
「わっ! ま、真雪!」
 真雪はしばらく龍にしがみついたまま離れなかった。


「真雪、なに興奮してるの?」

 暖炉の前でコートを脱ぎながら龍は言った。

「ごめん、龍、ちょっと落ち着くから」真雪は直立不動で目を閉じ、胸を押さえて何度も深呼吸をした。
 龍は暖炉の前に座って、そんな真雪の姿を見上げ、呆れたように微笑んだ。「変な真雪……」

 テーブルには薪の形のクリスマスケーキ『ビュッシュ・ド・ノエル』。デコペンで『龍&真雪 in Love』と書いてある。龍の好きなポテトサラダやハムやチーズの盛り合わせ、それにチキンナゲットの皿がそれを取り囲んでいる。背後の暖炉には赤々と炎が燃え立っていた。そしてその暖炉の上に小さなクリスマスツリー。色とりどりのオーナメントが吊されている。

「ケン兄は春菜を誘って出かけた。今夜は帰ってこない」真雪が龍の正面に正座し、顔をのぞき込んで言った。「ケニーパパもマユミママも、街で二人きりのイブ。今夜は帰ってこない」
「そ、そう……」
「だ、だから、今夜はあたしと龍、二人きり」真雪は龍の手を取った。真雪の手のひらは少し汗ばみ、細かく震えていた。
「真雪、まだ落ち着いてないように見えるけど……」

「龍っ!」真雪は噛みつかんばかりに龍に迫り、いきなり大声を出した。
「は、はいっ!」
「あ、あたしと、け、け、結婚してっ!」

 龍は目の前の真雪に負けないぐらい目を大きく見開いて絶句した。

「……あたしと、結婚……して」真雪は泣きそうな目をして龍を見つめた。

 龍はにっこりと笑った。「もちろん。俺もそのつもり。結婚しよう! 真雪」

 急に緊張が解けた真雪は、大きなため息を遠慮なくついた。目から涙がぽろぽろとこぼれた。
「龍、龍、あたし……」
 龍は真雪の身体をそっと抱きしめ、彼女の耳元で囁いた。
「先を越されちゃったね」
「え?」
「実は、俺も言おうと思ってた。今夜」
 龍は真雪を抱いていた腕を解いた。
「ほんとに?」真雪は涙を拭って笑顔で言った。
「でも、どうやって、いつ言い出したもんかな、ってここに来るまでの間、ずっと考えてた」
「そうだったんだ……。嬉しい、あたし……」
「がんばったね。真雪。君の勇気を讃えるよ」


 真雪が階段下のキッチンスペースから二つのスープ皿をトレイに載せてテーブルに運んで来た。
「ミルクたっぷりのジャガイモのポタージュスープだよ」
「ありがとう。今日の料理、全部真雪の手作りなんでしょ?」
「うん。味は保証しないけどね」
「愛がこもっている料理にまずいものはないよ」
「調子のいいこと言っちゃって」真雪は龍の額を小突いた。
「乾杯しよう」
「そうだね」真雪は二つのグラスにジンジャーエールを注いだ。「パイナップルジュースもあるけど。それとも牛乳がいい?」
「あ、いいね。後でどっちもいただくよ」

「乾杯!」二つのグラスが合わされた。「メリークリスマス!」

「何だか、とってもあったかい。いつもに増して、真雪といられることが、とっても心地いい」
「あたしも。龍とこの世で出会えたことが、最高に素敵なことに思える」
「安物のプレゼントだけど、欲しい?」龍がバッグからごそごそと包みを取り出しながら言った。「欲しくない、って言ってもあげるけどさ」
「言わないよ、欲しくないなんて」真雪が笑った。
「こないだ言ってたよね、ネックレスが欲しいって」
「わあ! 覚えててくれたんだ、龍」
「つい二三日前のことでしょ。あれって、今日のプレゼントのリクエストだったんじゃないの?」
「そのつもりもちょっとあった」真雪は頭を掻いた。
「ほんとに安物だよ、期待しないでね」
「龍のくれる物は何でも宝物だよ」
「調子のいいこと言っちゃって」今度は龍が真雪の額を小突いた。

 それは二本の銀の細い鎖だった。「俺と真雪、おそろいだ」
「よしっ!」真雪は叫んだ。
「なんだよ、『よし』って」龍はあからさまに怪訝な顔をした。
 真雪は暖炉の上のクリスマスツリーの横に置いてあった箱を手に取り、龍に手渡した。「開けてみて」
「う、うん」龍はその包みを開け、現れた木の箱の蓋を取った。
「こ、これは!」ケイロンの弓そして矢のペンダントトップだった。「きれい! すごい! これもおそろいだ」
「つけてみようよ、今」真雪が焦った様子で言った。「龍の買ってくれた鎖につけて」

 龍がケイロンの弓、真雪が矢の方のペンダントを首につけ合った。

「いい感じ」龍が言った。
「素敵っ!」真雪も言った。


「うちのママと、あなたのお父さんが恋人同士だった頃、そのペンダントを買ったんだって」
「そうなんだ」

 二人は暖炉の火を見ながら並んで膝を抱えて座っていた。

「二つを重ね合わせると、射手座の星の並びができるんだよ」
「ほんとに? すごいね。よくできてる」
「ケンジおじ、すっごくロマンチック。龍がその血を受け継いでくれてて良かった」
 龍は頭を掻いた。
「外出してイブを過ごしたかっただろ? 真雪も」
「いいの。あたしとにかく龍といたい。いっぱい話したい。それに、」真雪は龍の顔を見た。「ここだったら人目を気にせず抱いてもらえるし、キスもできるじゃん」
「そうだね」龍は笑った。「何だか、暑くない?」
「うん。あたしもそう思ってた」真雪は着ていたニットのセーターを脱ぎ始めた。
 龍もトレーナーを脱いだ。それから二人はどんどん着衣を脱ぎ始めた。あっという間に二人とも下着だけの姿になった。

 龍は再び真雪の肩を抱いた。真雪も龍にもたれかかって腰に手を回した。
「それともう一つ」
「え?」
「あたしがこの場所に拘った理由があるんだ」真雪はまた暖炉の火を見つめた。「ママは19の時、この暖炉の前でパパにプロポーズしたんだよ」
「ほんとに? すごいね、マユミおばさん」
「あなたのお父さんとそのまま付き合い続けることができない、ってその時ママはすっごく落ち込んでたんだって言ってた。頼れるものはケニーパパの温かさだけだ、って思ってプロポーズしたんだって」
「そう言えば父さんも言ってた」
「何て?」
「実の妹と結婚できない以上、マユミおばさんとは別れなければならない。父さんがその冬、大学に戻る前の晩に、二人は最後の夜を過ごしたんだって」
「そうなんだってね。でも、それってとっても切ない夜だね」
「二人とも辛かっただろうね」
「でもね、ママって、その時すっごく大胆な行動に出たんだよ」
「え? 大胆?」
「そう。パパにプロポーズした夜、ママはパパをベッドにねじ伏せて、無理矢理セックスしたんだって」
「ね、ねじ伏せて? あのケニー叔父さんを?」龍は赤くなった。
「その次の日の晩がケンジおじとの最後の夜。実はその頃ママ、自分が丁度排卵期だってこと知ってたらしくてね」
「ってことは、妊娠の可能性が高いってことじゃん」
「そう。それがママの企て」
「妊娠したかった、ってこと?」
「ケニーパパかケンジおじの子ども、どちらかが欲しかった、って言ってた。って言うか、自分ではどっちか決められなかったらしいんだよ」
「確かに大胆かも……」

「結果、どちらの子どもも授かった」真雪が満面の笑みで言った。

 龍は少し考えて、突然叫んだ。「え? も、もしかしてその時マユミおばさんが授かった子どもが真雪とケン兄なの?!」
「その通り」
「へえー!」
「とっても珍しいケース。二つの卵子にそれぞれ違う人の精子がたどり着いて、父親が違う双子が生まれた。『異父双生児』って言うんだよ」
「すごいよ、それって。そうだったんだ、知って驚く衝撃の真実! 俺、まさか真雪とケン兄の父親が違うなんて思いもしなかったよ」
「普通はそうだよ。あり得ない確率。ケニーパパの方があたし、ケン兄はケンジおじの子」
「じゃ、じゃあ、ケン兄は半分俺の本当の兄貴ってことじゃん」
「見てわかるでしょ? あなたとケン兄、ほんとにそっくりなんだから」
「そうかー、そうだったのかー」龍は興奮冷めやらぬ様子でつぶやいた。
「まさに奇跡」

「この場合、一番心が広いのはケニー叔父さんだね」
「聞いてみたら、けっこうあっさりしてたよ、パパ。ケン兄の父親がケンジおじだってことは、生まれる前から勘づいてたらしいしね。あたしたちが生まれた日、病院でパパ『マーユの子であることに間違いはないから、二人とも同じように育てるつもりや』って言ったらしい」
「わかる。彼なら言いそう」
「でもね、『健太郎がケンジの子やなかったら、そうはいかんかった』とも言ってたらしい。ケン兄から聞いた」
「ケニー叔父さんとうちの父さん、本当に心からの親友なんだね。ある意味羨ましいな」
「二人が友だちになったのも偶然だけど、ママがケンジおじと愛し合って、でも別れなくちゃいけなくなって、ケニーパパがママと結婚して、ケンジおじはミカさんを選んで……。いろんな偶然が重なって、あたしたちここにいるんだよね」
「そうだね。まさに奇跡の積み重ね」

 龍と真雪は身体を寄せ合い、しばらく黙ったまままた暖炉の火を見つめた。


「ねえ、龍、そろそろケーキ食べない?」
「いいね」

 その大きなチョコレートケーキには砂糖漬けのチェリーとラム酒漬けのチェリーが載せられていた。

「これは誰の作?」
「ケン兄だよ」
「へえ! ケン兄、もうこんなに腕上げたんだ。売りに出せるよ」
「元々器用な人だからね。あたしが龍とここで過ごす、って言ったら、作ってくれた」
「俺もいい兄貴を持ったよ」龍は笑った。「ケン兄は元々兄貴、君と結婚しても義理の兄貴。変なの」
「ほんとだね」真雪も笑った。「でもね、このデコペンの文字書きながらケン兄、ぶつぶつ言ってたんだよ」
「え? 何て?」
「二人の名前、画数多すぎだ、特に横画が、って」真雪は笑った。
「それでもちゃんと漢字で書いてあるところがすごい。だから俺、ケン兄が好き」
「あたしも」

 龍がケーキの上に乗せられていたラム酒漬けのチェリーを一つ、指でつまんだ。「ねえねえ、真雪、」
「何?」
「これ、口に入れて、キスして」
「えー、どうしたの? 急に」
「俺、お酒飲めないから、間接的にお酒を味わってみようかと思って……」
「この前、自分で食べてたじゃん。それ」真雪が呆れたように言った。
「いいじゃない、お願いだから」
「もう、龍ったら」真雪は照れ笑いをしながら龍に向かって口を開けた。龍はつまんだチェリーを真雪の口に放り込んだ。真雪はそのまま龍の頬を両手で包み込み、唇同士を合わせた。

 龍は舌を真雪の口の中に差し込みながら、真雪の背中に腕を回した。「ん……」真雪が目を閉じて小さく呻いた。
 プツッ。真雪のブラのホックが外された。真雪はとっさに龍から口を離した。「あ!」
 真雪は龍の頬を両手で押さえつけたまま、じろりと睨んで言った。「龍っ、あなた最初からこれをやるつもりだったんだね」
「えへへ、」龍は真雪のブラの肩紐に手を掛けた。「フロントホックだったらできなかった」彼はにこにこしながら言った。

 真雪は龍から手を離し、彼がブラを外すのを手助けした。
「もう、龍ったら……」
「真雪ー……」龍は再び真雪の背中に手を回し、露わになった真雪の二つの乳房に顔を埋め、鼻を谷間にこすりつけた。
「そんなに気持ちいい? あたしのおっぱい」
「言ったでしょ、一晩中こうしていても満足かも、って」
「あたしも気持ちいいよ、龍にそうされてると」
「んー……」龍はずっと顔を二つの乳房に擦りつけていた。
「もういいでしょ? 龍、そろそろケーキ食べようよ」
「また、後でしてもいい? ベッドで」
 真雪は笑って言った。「いいよ。思う存分。でも、サラダだけだと物足りないよ。オードブルからスイーツまで、全部食べようね」
「わかってるって。今なら二食分ぐらい食べられるかも」龍も笑った。
「やだー、龍のエッチ。あたしお腹いっぱいになって動けなくなっちゃうよー」


「あたしね、」真雪が、切ったケーキを二つの皿に移しながら言った。「あなたに初めて抱かれた時のことを、今思い出してる」
「わけがわからないまま、終わってたあれだね」
 真雪は笑った。「そう。わけがわからなかったあれ。あれからあたしたち、何度も抱き合って、セックスもそれなりに上手になったけど、」真雪は龍のケーキ皿に砂糖漬けのチェリーをもう一つ載せた。「あの時にあなたにあげたチェリーと比べて、どう?」

 龍もまたラム酒漬けのチェリーをつまんで同じように真雪の皿に載せた。「俺だって君にチェリーをあげたでしょ」
「このチェリーみたいに、甘くなったかな」
「摘み立てのチェリーの味はよくわからなかったけど、今はそれをゆっくり味わうことができるよ。すっごく甘く、美味しくなってるもの」
「そう」真雪は嬉しそうに言った。「龍のチェリーも、そうだよ」

「真雪、もっとくっついてよ。さくらんぼみたいに」
「なに甘えてるの? 龍」
「くっついてケーキ食べたい」
「龍ったら……」

 二人は並んでぴったりと身体を寄せ合った。彼らの背後の暖炉でぱちぱちと薪がはぜて、炎が勢いを増した。





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《Cherry Chocolate Time あとがき》

 長い話を最後まで読んで下さった方に、心より感謝します。
 僕自身、若い頃つき合っていた彼女が、妻子ある男性に寝取られた経験があります。
 遠距離だった彼女が職場の男性と同衾を重ねたのです。
 久しぶりに会って、夜を共にした時、彼女が泣きながら告白してくれたことで知りました。
 その時僕の中で渦巻いていたのは、嫉妬、悔しさ、苦痛、悲しみ、怒り、そしてこれが一番大きかったのですが、彼女を絶対に離したくない、という気持ち。
 結局彼女は、それから仕事を辞め、その男性とは縁が切れて、僕の元に戻ってきました。僕は自分のイニシャルのペンダントをプレゼントし、結婚の約束をしました。
 だから、僕には龍の気持ちが痛いほどわかります。
 やるせなく身を切られるような思いを抱いていた僕を、友人たちは励まし、それでも過ちを犯した彼女のことを誰一人悪く言ったりすることはありませんでした。その彼らの温かい気持ちが、僕の心をずいぶんと癒してくれたことを思い出します。
 龍を「裏切った」と表現した真雪の方もとても不憫でかわいそうですが、まだ十代の龍が、周囲の温かいまなざしを浴びながら彼女を一生懸命赦す姿を、僕は全力で描いたつもりです。

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