Simpson 作

『Twin's Story 7 "Milk Chocolate Time"』

-第1章 1《拘束・汚辱》-

 6月中旬。すっきりしない雨模様の空が何日も続いていた。

「今年の夏は、どうするの?」真雪が控えめに訊ねた。
 ケネスが答えた。「さすがにまたハワイっちゅうわけにはいけへんな」
「せっかくの夏休み、またみんなでお泊まりしたいよね」マユミが微笑みながら言った。

 きれいに掃除され、がらんとした暖炉の前で、ケネス親子4人はティタイムを愉しんでいた。日が長くなったとはいえ、そろそろ屋外にはたそがれが迫りつつあった。

「去年は強烈な旅行だったからなー」健太郎が独り言のように言った。
 ケネスがコーヒーを飲む手を止めた。「何を以て『強烈』なんや? 健太郎」
「え? い、いや、ケンジおじの飛行機嫌いだとか……、そうそう、ホテルのプールでの競泳大会、あれ、強烈だったじゃないか」
「お前、今思い出したように言うたやろ。他に何か強烈な出来事があったんか?」
「べ、別にないよ、そんなもの」健太郎は言葉を濁してテーブルのチョコレートに手を伸ばした。ケネスとマユミは顔を見合わせて笑った。

「例えば、」ケネスが口を開いた。「仮に今年も8月3日に合わせて出かけるとすると、お前らのスケジュールはどうなんや?」
「スケジュール?」
 マユミが言った。「部活とか、課外とか、いろいろあるでしょ? 多分うちと海棠家の7人の中であなたたち二人が一番忙しいと思うよ」
 真雪がコーヒーカップを持ち上げた。「もう高校総体の県大会は終わったけど、ケン兄はブロック大会出場だね」
 健太郎が言った。「ああ。めでたくな。でもま、それも7月半ばには終わる」
「全国大会には行けへんのか?」
「その可能性は低いと思うよ、父さん。万一出られるとしても全国大会は8月17日からだから、何とかなるよ」
「そういう心掛けやから全国制覇できへんのやで」
「父さん、息子に期待し過ぎ」
「どないする? ハニー」ケネスはマユミを見た。
「ケン兄たちにも聞いてみるね」
「是非、前向きに」健太郎が言った。
「検討してください」真雪も言った。

 その夜、真雪は自分の部屋で一人、ベッドに腰掛け、フォトアルバムを開いて見た。去年の夏のハワイでの写真が貼られているページを眺めながら、楽しかった時間を思い出していた。双子の兄健太郎と、いとこの龍とともにプールサイドで写っている写真のページで手を止めた。三人とも競泳用の水着姿だ。シンプソン家と海棠家の家族対抗で競った水泳大会の直後の写真だった。真雪は顔を上げてドアの横に貼られた小さなポスターに目をやった。それは『Simpson's Chocolate House』のパンフレットの一つに使われた写真だった。そしてそれは真雪本人が微笑みながらシンチョコの店の前でアソート・チョコレートを手に持って立っているという構図だった。

「あれから一年も経ってないのに、龍くん、逞しくなったよね」真雪は独り言をつぶやいた。そして少し伸びた髪をかき上げた後、パジャマ越しに自分の胸に手を当てて、小さなため息をついた。


 街唯一のチョコレート専門店『Simpson's Chocolate House』、愛称『シンチョコ』の二代目店主ケネス・シンプソン(37)は、高校時代からの親友海棠ケンジ(37)の双子の妹マユミ(37)と結婚し、これも双子の二児をもうけた。健太郎(17高三)と真雪(17高三)の兄妹である。
 ケンジは、大学時代の先輩だったミカと結婚し、現在『海棠スイミングスクール』を夫婦で経営。自らも水泳の達人である二人とも現役のインストラクターとして活躍している。また、夫婦の間に一人息子の龍(13中二)がいて、彼も幼少の頃から夫婦に水泳を学んでいる。

 海棠家とシンプソン家は、家族ぐるみでのつき合いがあり、一年前の夏には二家族でいっしょにハワイへの旅行にでかけた。その時、健太郎、真雪、それに彼らのいとこにあたる龍の三人の子どもたちは、海やプールでの時間を大いに楽しみ、たくさんの思い出を作った。

 8月3日のその旅行は、実はある出来事の20周年を記念して企画されたものだった。その出来事とは、何とケンジとマユミの初体験なのだった。

 海棠家の双子の兄妹ケンジとマユミはお互いを『マユ』『ケン兄』と呼び合う仲だった。二人は高校二年生になった頃、壁一つ隔てたそれぞれの部屋で、お互いへの恋心を募らせ始めた。そうして、その夏、ふとしたきっかけで二人は互いを想い合う気持ちに気付き、そのままなだれ込むように一線を越えてしまったのだ。その日が8月3日だった。

 彼らの禁断の関係はそれから二年半ほど続いたが、ケンジが地元を離れて大学に進学した後、二人は泣く泣く別れた。その後ケンジは大学の先輩で何かと彼の心配をしてくれていたミカと、マユミはケンジの親友でずっと近くで見守ってくれていたケネスと結婚したというわけである。

 しかし、ケネスもミカも、この海棠兄妹の関係を断ち切らせることはなかった。兄妹のそれまでの事情も、二人の絆の深さも全て理解していたからだった。結果、この二組の夫婦は昨年のハワイ旅行で相手を取り替えて開放的に愛し合ったりして、四人のカラダの関係はバリアフリーになってしまっていたのだった。
 さらにその旅行中には、健太郎が密かに恋心を抱いていたミカ(本人にとっては伯母にあたる)にアタックし、初体験を済ませるというハプニングも起きた。



 海棠家の食卓。
「龍、なんでお前、理科だけこんなに点数が低いんだ?」ケンジが中間テストの成績表を見ながら言った。
「だって、苦手なんだ」変声の済んだ低い声で龍は言った。
「苦手、ってわかってるなら勉強しろ、勉強」ミカが食卓の皿を片付けながら言った。
「できるならやってるよ。とっくに」
「他の教科はとりあえず及第点をとれてるんだから、理科だけ凹んでたらお前も気持ち悪いだろ?」
「まあね」
「よく解ってないところがわかってるなら、放課後あたり、理科の先生に質問してみればいいじゃないか」
「えー、めんどくさいよ」
「中学校は勉強するところ。先生だって、教えるのが商売なんだから、聞けば親切に教えてくれるよ」ミカが少し優しい口調で言った。
「うーん……」

 龍はあまり気乗りがしなかったが、そういう両親の勧めもあって、明くる日の放課後、職員室に理科の教師を訪ねることにした。
「沼口先生、いらっしゃいますか?」
 窓際の席に座ってパソコンのキーボードを叩いていたその若い教師は目を上げた。そして大きな声で言った。「いるぞ」彼は立ち上がり、職員室の入り口に立っている龍に向かって歩いてきた。
「どうした、海棠」
「え? あ、あの、僕、理科が苦手でしょ?」
「『苦手でしょ? 』って、俺に聞くな。お前自身のことだろ」沼口は自分の親指を軽く舐めた。
「そ、そうですね。で、あの、教えてほしいことがあって……」
「おお、なかなか勉強熱心じゃないか。いいぞ。喜んで教えてやろう」
「ありがとうございます」龍は小さな声で言った。
「なんだ、あんまり乗り気じゃなさそうだな。ま、どうせ親かなんかに強要されて来たんだろ?」
 龍はむっとしたように顔を上げた。「い、いえ、僕の意志です」
「わかったわかった。それじゃ、ここじゃなんだから、理科室に行こうか、海棠」
「は、はい」
 沼口と龍は連れだって校舎の一階の端にある理科室に向かった。

 理科室に入ると、沼口はドアを閉め、電灯をつけるとカーテンで全ての窓を覆った。
「で、何を教えてほしい?」
「生物の繁殖、ってところが僕にはさっぱり……」
「ふむ。ちょっとどきどきする部分だな」
「え?」
「お前『受精』って説明できるか?」
「じゅ、受精ですか?」
「そう、受精」
「えっと、花粉がめしべにくっついて、起こること……。ですか?」
「つまり子孫を残すためのしくみのことだな。動物の場合は花粉じゃない、何だ?」
「え……っと……」
「オスが子孫を残すためにメスに与えて受精させるものだよ。お前もオスだから時々出すだろ?」
「え? ぼ、僕まだメスを受精させたことなんか、ありません」
 沼口は大声で笑った。「お前、なかなか天然だな」そうして彼は向かい合った龍の両肩に手を置いた。「精子だよ、精子。お前もここから出したことあるだろ?」

 沼口は笑みを浮かべて手を龍の股間に伸ばした。そして龍のペニスを着衣越しに柔らかく包みこんだ。

「あっ!」龍は身体を固くした。「や、やめてください、先生」
「ごめんごめん。ちょっとやり過ぎた」沼口はすぐに手を引っ込めた。
 龍は黙って下を向いた。
「じゃあ、俺がお前のためにプリントを準備しておこう。明日また来い」沼口は立ち上がった。「家で勉強できるように、ちょっとした問題もつけといてやるからな」そして彼は龍を理科室から外へ導いた。
「あ、ありがとうございました……」龍はぺこりと頭を下げ、そこを離れた。
 龍の背中を見送りながら、その理科の教師は口元にかすかな笑みを浮かべた。



「ただいまー」龍は玄関のドアを開けた。
 奥からミカの声が聞こえた。「おー、龍、帰ったか。お客さんだぞ」
 龍は玄関に並べられた履き物を見た。「あ!」そして大急ぎで自分のシューズを脱ぎ捨てると、どたどたとリビングに駆け込んだ。「マユ姉!」
「龍くん、お帰り」
「ど、どうしたの? いきなり」龍は膨らんだ鞄を床に投げやり、ソファに座っている真雪に近づいた。
「ちょっとね、届け物」
「チョコレート持って来てくれたんだぞ」エプロン姿のミカが言った。
「ほんとに?」
「そうだよ、龍くんの好きなミルクチョコレート。新しくパパが改良したんだよ。他にも、いろいろね」
「ありがとうマユ姉」
 真雪は自分の前に立って嬉しそうに微笑んでいる龍を見上げた。「ほんとにずいぶん背、伸びたね、龍くん。もうちょっとでケン兄と同じぐらいなんじゃない?」
「今年になってから急に身長が伸び始めたんだ」
「毎日、水代わりに牛乳ばっか飲んでるからな」キッチンからミカの声がした。
「牛乳好きだもんね、龍くん」
「うん。好き」龍は無邪気に笑った。
「でも笑顔はまだ子どもみたいだね」
 龍は少し赤くなって頭を掻いた。「ごはん食べていくんでしょ?」
「ごちそうになっていい? ミカさん」真雪はキッチンのミカに顔を向けた。
 ミカは生野菜を刻みながら言った。「4人分作ってるんだ。今さら帰られても困るんだがな」
「やった!」龍はガッツポーズをした。


「ケンジおじ、」
「なんだ、真雪」ケンジがビールのグラスを持ったまま目を上げた。
「龍くん、ずいぶん逞しくなったよね」真雪はサラダにドレッシングをかけながら言った。
「そうだな。でもまだお子ちゃまだ。中身はな」
「悪かったね、お子ちゃまで」真雪の横の龍が言って、ごはんを口にかき込んだ。
「成績はどうなの? 中間テスト終わったばかりじゃない?」
「それがねー、」ミカが言った。「理科だけ、落ち込んでるんだ」
「理科?」
「そうなんだ」
「僕、今日の放課後沼口先生に教えてもらった」
「そうか、」ケンジが言った。「さっそく教えてもらったか」
「うん。でも、今日はちょっとだけ。僕の苦手なところのプリントを明日準備してくれるんだって」
「へえ、いい先生じゃないか」
「沼口先生はあたしの中三の時の担任だったんだよ」
「そうなの?」
「仕事をきちんとされる先生でね。女子生徒に人気だったよ」
「マユ姉も?」
「あたしはそれほどでも」
「ふうん……」
「でも、あたしも一度だけ教えてもらったこと、あったよ。受験前に」
「へえ」
「とっても親切に教えてくれて助かった」
「真雪のお墨付きか。どんどん利用しな、龍」ミカが言った。


「じゃあね、ミカさん、ケンジおじ」玄関で靴を履いて、真雪が言った。
「ああ、またいつでもおいで」
「ケニーたちによろしくな」
「わかった。伝える」
「ちゃんと家まで送るんだぞ、龍」
「わかってる」
「変質者が現れたら闘え」
「しっかり真雪を守るんだぞ」
 真雪が顔の前で小さく手を振った。「いや、ミカさん、大げさだから」


 龍と真雪は玄関を出た。『Simpson's Chocolate House』は海棠家からいくらも離れていなかった。二人の足なら歩いて10分とかからない距離だった。
「ごめんね、龍くん、送ってもらっちゃって」
「気にしないでよ、マユ姉。いちおう夜だし、最近は物騒だって言うし」
「一人で帰る時、龍くんも気をつけなよ」
「え? 何で?」
「今は男のコを狙う変質者もいるって言うから」
「大丈夫だよ」龍は笑った。

 真雪は歩きながら唐突に龍の手を握った。
「えっ?!」龍はびっくりして、真雪の顔を見た。
 真雪は正面を向いたまま微笑みながら言った。「ちっちゃい頃、よくこうして手を繋いでたよね」
「そ、そうだったね……」
「でももう龍くん、あたしより背高いし、不釣り合いかも」
「そ、そんなことないよ。い、今でも僕……」

 真雪は龍の手のひらが汗ばんできたのに気づいた。

 通りの角を曲がり、すぐそこに『シンチョコ』が見えてきた。真雪は立ち止まった。龍は慌てて真雪の手を離した。

「龍くん、」
「え? な、なに?」
「あたしと付き合わない?」
「え?」龍は真雪の今の言葉の意味がとっさによく理解できなかった。
「あたしの彼氏になってくれない?」
「ええっ!」龍は真っ赤になってうろたえた。
「あたしのこと、きらい?」
「す、すっ! すっ! 好き! マユ姉、本気で言ってるの?」
「本気だよ」
「ぼ、ぼっ、僕と、つっ、つっ、付き合ってくれるの?」

 真雪は少し背伸びをして口を龍の顔に近づけ、素早くキスをした。ほんの一瞬の出来事だった。

「マ、マユ姉っ!」
「じゃあ、またね、龍くん。送ってくれてありがとう」そう言うと真雪は『シンチョコ』に向かって駆けていった。



「先生、今日もお願いします」龍は昨日と同じように職員室の沼口に声をかけた。
「おう、来たな海棠。よしっ! 理科室に行こう」
「はいっ!」
 理科室への廊下を歩きながら沼口は言った。「どうした、海棠。今日はえらく機嫌がいいようだが」
「そうですか? 気のせいでしょ」
「ま、いいけどな」

 理科室に入った沼口は、龍を椅子に座らせ、昨日と同じようにドアを閉め、カーテンを引いた。
「先生、僕のためにプリントなんか準備してくれてありがとうございます」
「何てことないよ」沼口は理科室から続く理科準備室のドアを開けて中に入っていった。龍は自分の鞄から筆記用具を取り出して広い机に置いた。理科の授業で実験をするためのその机は、数人の生徒が囲めるぐらいの広さだった。周囲に6脚の椅子がある。

 まもなく沼口が準備室から出てきた。手には何やら薬品の入った茶色の小瓶や実験器具などが乗せられたトレイを持っていた。
「そう言えば、お前、シンプソンのいとこなんだってな」
「え? は、はい」
「二人とも元気か?」
「はい。元気にしてます」
「真雪の方は俺好みの可愛い生徒だったな……」沼口が独り言のように言った。
「えっ?」
「お前もそう思うだろ?」
「べ、別に……。いとこだし……」龍がうつむいて少し赤くなっているのを見て、沼口は口元にうっすらと笑みを浮かべた。

 外で雨が降り出した。雨粒が地面を打つ音が聞こえ始めた。

「さて、海棠、お前、実験は好きか?」
「え? 実験ですか?」机の上に並べられたものを見て、ずいぶん大がかりな勉強をするんだな、と龍は思った。「嫌いじゃないですけど……」
「そうか」沼口は器具を机に広げ始めた。「おもしろい実験をしてやろう」
 龍は黙っておとなしく椅子に座っていた。沼口が彼のすぐ横の椅子に座り、わざわざその椅子を動かして、龍に自分の身体を近づけた。
「これが何だかわかるか?」沼口は茶色の瓶を手に取った。それは手のひらに包めるほどの小さなものだった。
「え? わ、わかりません」
「これは硫酸だ」
「硫酸?」
 沼口は静かにその瓶の蓋を開けた。「これを……、おっと!」突然沼口の手がすべり瓶が傾いた。中の液体が机にこぼれ、龍の膝にしたたり落ちた。
「まずい! 海棠、ズボンを脱げ! 急いで!」
「ええっ?!」龍は慌てて椅子を倒して立ち上がり、言われたとおりにベルトに手をかけた。しかし焦っていてなかなかベルトを外すことができなかった。「早く! 火傷するぞ!」沼口はベルトに手をかけ、龍がズボンを脱ぐのに手を貸した。半ば無理矢理ベルトを外し終わると、沼口は一気に彼のズボンを引きずり下ろした。

「すまん、海棠」そう言ってその理科の教師は露わになった龍の太ももに手を当て、なで回しながら観察した。「大丈夫のようだ。肌に異常はない」
 沼口は、脱がせた龍のズボンを取り上げて準備室に入った。龍は一人、教室で下半身だけ下着姿のまま、そこに立ちすくんでいた。

 水の流れる音がした。そして数分後に沼口は龍の元に戻ってきた。
「今、お前のズボンは水で洗ったから、心配するな。でも乾くのに少し時間がかかるが、大丈夫か? 急ぎの用とか、ないか?」
「べ、別にありません」
「そうか。それはよかった」
 沼口は立ったまま言った。「そのシャツも脱げよ」
「えっ?!」
「裾のところに硫酸がかかってるかもしれないだろ」
「い、いえ、たぶん大丈夫だと……」

 沼口は龍のシャツの襟に手をかけた。
「俺が、調べてやるから、脱ぐんだ」彼は低い声でゆっくりと言った。龍は軽い寒気を覚えた。

「や、やめてください……」龍は拒んで身体をよじった。沼口が襟を掴んだまま力を入れた拍子に一番上のボタンが一つはじけ飛んだ。龍は身体をこわばらせた。
 沼口に上から一つずつシャツのボタンを外されている間、龍はなぜか身動きとれなかった。そして、彼は黒いビキニの下着だけの姿にさせられた。
「なかなか大人っぽい下着を穿いてるじゃないか。俺の思ったとおりだ」
「え?」
「これからが本当の実験だよ、海棠」沼口はそう言うやいなや、龍の身体を抱きしめた。
「ちょ、ちょっと! せ、先生!」龍は慌てた。

 龍の身体は大きく、逞しくなってはいたが、沼口はそんな龍を身動きできないほどの力で抱きすくめていた。そしてその教師は龍を床に押し倒した。
「な! 何するんだ!」龍は叫んだ。
 沼口は龍の身体に馬乗りになり、硫酸の入っていた小瓶を手に取った。「おとなしくしろ。騒げば今度はこれをお前の顔にかけてやる」
 龍は絶句した。  
 沼口は片頬に薄気味悪い笑みを浮かべた。「俺は学生時代にラグビーをやってた。水泳選手なんぞに力で負けはしないよ」そう言って沼口は瓶の中の液体を一滴、龍の乳首のすぐそばに落とした。
「あ、熱っ!」
「わかっただろう? 俺には逆らわない方がいい」
 龍の心臓は口から飛び出さんばかりに激しく脈打っていた。
「心配するな、お前を気持ちよくさせてやるだけだ」
「な、何するんだ!」龍は暴れた。「放せ!」
「おとなしくしろって言っただろ!」ばしっ! ばしっ! 沼口の平手が龍の頬を激しく往復した。爪がかすって、龍の右頬が少し切れた。血が滲み出て、頬を伝って流れた。しかし、それでも龍は叫んだ。「降りろ! 僕から降りろ!」ぺっ! 龍は沼口の顔に向かって唾を吐いた。

 沼口は顔にかかった龍の唾液をゆっくりと右手の親指で拭い、それを自分の口に持っていって、赤い舌でべろりと舐めた。龍は目を見開いて息を呑んだ。
「いいね、なかなかいいよ、海棠 龍」沼口の顔に薄気味悪い笑みが浮かんだ。

 沼口はテーブルの器具といっしょに持ってきていたロープを手に取った。「さあ、楽しい放課後の実験タイムを始めよう」
 彼は龍の右腕を掴んだ。そしてロープを手首に結びつけ始めた。
「やめろっ!」龍はまた暴れた。沼口は龍の腰のあたりに跨ったままだ。龍は脚もばたつかせ、もがいた。
 唐突に沼口が言った。「シンプソンは俺の教え子だったが、」
「え?!」
「昔話をしてやろうか。ここでお前のいとこのシンプソン真雪を同じように実験したことがある」

 龍は頭をハンマーで殴られたようなショックを受けた。

「いいカラダだったよ、彼女は」
「きさま!」龍はやっと一言だけ叫んだ。顔が真っ赤になっている。
「お前がここで俺の言うことを聞かなければ、その時の写真をネットで公開してやろう」
「…………!」龍の口から言葉を発するエネルギーと抵抗する気力が奪い取られた。

 雨が激しくなってきた。理科室には湿った空気が充満し始めた。

 沼口は龍の両手首をロープで縛り上げ、床から実験机に立ち上がった手近なガス管に結びつけた。そして彼の秘部を守っていた小さな衣服を脱がせ始めた。下着が降ろされ、乱暴に脚から抜きさられた。龍は顔を横に向けて目を固く閉じたまま、その屈辱に耐えた。右頬を流れていた血が床にこすりつけられた。
「なかなか立派なものを持っているじゃないか。俺の思ったとおり」
「ぼ、僕をそんな目で見てたのか!」
「そうさ。いつかこうやってお前を辱めてやろうと考えてた」

 沼口は龍の脚に指を這わせ、足首を掴んだ。やがて龍の足首は片足ずつ同じようにロープで縛られ、それぞれ別のテーブルに伸びたガス管や水道管に結びつけられた。龍のカラダは両手が頭上に引っ張られ、脚は大きく広げられて床に全裸のまま仰向けに固定されたのだった。龍のペニスが少しずつ大きくなり始めたのを沼口は見逃さなかった。
「なんだ、お前、好きなんだ、こういうコトされるの」
「くっ!」
「素直になればいいじゃないか。よし、始めようか」
 沼口は自らも着衣を脱ぎ去り、あっという間に全裸になった。「興奮するね」沼口のペニスはすでに大きく怒張し、びくびくと脈動していた。龍は思わず目をそらした。

 沼口は広げられた龍の両脚の間にひざまずき、右手の中指を自分の口に入れ、たっぷりと唾液で濡らした後、静かに龍のアヌスにあてがい、ゆっくりと中に入れ始めた!
「ううっ!」龍の腰全体に鋭い痛みが走った。
「少し切れたな……。力を抜け。観念しろ。抵抗してももっと痛い思いをするだけだぞ」
 沼口の指が龍の中でうごめいた。その固い入り口を押し開き、揉みほぐすようにそれは動いた。
「お前はまだ経験してないだろう? ここはな」
 沼口はテーブルの試験管を一本手に取ると、その底を同じように舐め、今度はそれを龍のアヌスに挿入した。ガラス製のそれは指よりも簡単にするりと中に入り込んだ。
「や、やめ……」
「下手に動くと、中で割れてしまうぞ。意外に試験管は脆いからな」
「あ、ああああ!」龍は喘ぎ声を上げ始めた。
「そう、じっとしてろ。どうだ? 感じるだろ?」
「だ、だめだ! ど、どうして、あ、あああああああ……!」
 龍のペニスは先の痛みで萎えかかっていたが、腸の中で試験管が動かされる度に、強烈な刺激が彼の感覚中枢を嬲り、いつしかその先端からどくどくと半透明の液体を溢れさせ始め、それは龍自身の腹部にしたたり落ちた。
「ここは前立腺だ。さあ、女のように感じるんだ、海棠」
 龍は身をくねらせ、その今までに体験したことのない快感と闘っていた。

 永遠に続くかと思われたその行為が終わった時、龍のカラダは汗だくになっていた。薬品臭い理科室の床が龍のカラダの形に濡れている。しかし、まだ拘束は解かれなかった。大きく胸を上下させて荒い呼吸を続けている龍を見下ろして、沼口は自分の怒張したペニスを手でさすり始めた。
「お前もイくか? 海棠」
「も、もうやめてください……」龍の目に涙が宿っていた。
「イきたいだろ?」沼口はその身体を龍に覆い被せた。そしてペニス同士をこすりつけ始めた。
「や、やめて……」
「バックの楽しみは、また今度にしよう。まだ受け入れるには早いようだからな」沼口はそう言いながら腰を激しく動かし始めた。いつしか龍のペニスは大きくなり、びくびくと脈動し始めていた。沼口が腰を揺する度に、二本のペニスが絡み合い、自ら分泌する液でぬちゃぬちゃと淫猥な音を立てた。

「も、もう……だ、だめ……」龍が顎を突き出して喘ぎ始めた。「やめて! やめてっ!」龍はかぶりを振って泣き叫んだ。

「いいね。もっと泣け。ヨがって叫べ!」

 沼口の腰の動きが激しくなってきた。やがて沼口は固く目を閉じ、呻いた。「ぐっ!」次の瞬間、龍の腹に生暖かい液体が放出され始めた。沼口のカラダはびくん、びくんと脈動し、その度につぎつぎとその体内にあったものが龍のカラダを汚し続けた。ますますぬるぬるになった二人の身体の隙間で、龍のペニスがぶるっと大きく震えた。

「あ、ああああっ!」龍がひときわ大声で叫んだ。とっさに沼口は身を起こし、最高に怒張した龍のペニスをおもむろにくわえ込んだ。その瞬間! びゅるるっ! 龍の射精が始まった。びゅるっ! びゅくっ! びゅくびゅくびゅくっ!
「うあああああーっ!」龍はのけぞり、カラダを硬直させた。びゅるっ! びゅくっ! びゅく、びゅく、びゅく……。

 龍の放出が全て終わるまで、沼口は口を離さなかった。その口とペニスの隙間から白濁した液が大量に溢れ、龍の股間をどろどろにした。
 沼口は立ち上がり、口の中に残った龍の精液を飲み下した。「やっぱり若いカラダは最高だ。海棠、どうだ? 気持ちよかっただろ?」

「帰りたい……帰してください……お願いです、先生……」力無く床に張り付けられたまま、龍は泣きながら懇願した。

 沼口は脱いだ自分のズボンのポケットから小さな銀色のデジタルカメラを取り出した。そして腹と股間を精液と唾液で汚された龍のカラダを上から撮影した。フラッシュが光る度、龍のカラダはびくっ! と反応した。

「海棠、明日も楽しもうな、先生ここで待ってるからな」沼口はそう言って自らの服を元通り着直した。そして龍の手足に結びつけられたロープをほどいた。
「真雪さんの写真を消してください」龍は裸のまま床にぺたんと座り込んで、ようやくそう言った。「僕のカラダで満足したんだから、マユ姉の写真を全部消してください!」
「マユ姉って呼んでるのか。仲いいんだな」ふふん、と沼口は鼻で笑った後続けた。「俺は女に興味はない」

「え?!」龍は鋭く顔を上げた。

「さっきのあれは作り話だ」
「な、何だって?!」龍は立ち上がった。
「馬鹿なやつ。こうも簡単にだまされるとは思わなかったよ」
 龍は沼口につかみかかろうとした。しかし、沼口は龍の腕を逆にひねり上げた。「くっ!」
「無駄だ。海棠」そして全裸の龍を床に引き倒し、つかつかと窓際に歩き、カーテンを全開にした。激しく雨が降っている。薄暗かった理科室が、白い戸外の光で満たされた。いくつかの傘が窓の下を駆け抜けた。龍は慌てて股間を手でかくし、近くに落ちていた下着を拾い上げて急いで身につけた。

「下手なことを考えない方がいいぞ、海棠。さっきのお前の写真は俺の手の中にあるんだからな」
 沼口はデジカメを見せびらかしながら準備室に入って、龍のズボンを持って出てきた。「ほら、返してやるよ。今日は帰りな」沼口が投げてよこしたそのズボンに水で洗った形跡はなかった。龍は急いでそれを拾い上げて身につけた。
「じゃあ、明日。またこの時間に一緒に実験しようじゃないか。海棠」沼口は準備室のドアを中から閉めた。そしてすぐに鍵がかけられる乾いた音が部屋中に響いた。

 後にはただざあざあと降り続く雨の音だけが、龍の耳の中で渦巻くばかりだった。




-第1章 2《浄化》-

 明くる日の朝。
「龍、何してんだ! 遅刻するぞ!」ミカが階段の下から叫んだ。
「どうしたんだ?」ケンジがミカの横に立った。「珍しいな、龍が寝坊するなんて」
 しばらくして龍が制服に着替えて階段を力無く降りてきた。

「どうした? 具合でも悪いのか? 龍」ケンジが言った。
「別に」龍は言葉少なに食卓に向かい、黙ってトーストをかじり始めた。
 いつもなら黙れ、と言いたくなるほど食事の時にはしゃべりつづける龍が、今朝は一言もしゃべらず、無表情のまま食事を済ませた。ケンジとミカは思わず顔を見合わせた。
「いつもより遅いから、急いで行きな。でも焦って車とぶつかるなよ。今ならまだ雨も降ってない」ミカが玄関に立って言った。
「うん」龍はシューズを片方履いた。そしてもう一方のシューズを手に取った時、いきなり口を押さえて履いていた片方のシューズを脱ぎ捨て、トイレに駆け込んだ。
「龍!」ミカが叫んだ。

 トイレの中から、龍の激しく嘔吐する音が聞こえた。

「どうした?!」ケンジもやってきた。
「龍が、」ミカがそう言いかけた時、トイレのドアが開き、龍が二階の部屋に駆け上がっていった。
 ミカとケンジは後を追った。
「龍!」ベッドに制服のまま倒れ込んだ龍にミカは近づいて言った。「どうした? 腹が痛いのか?」
 龍は黙っていた。ミカは龍の頬をそっと撫でた。すると龍はいきなりその手を振り払い叫んだ。「僕に触るな!」
「龍! いったい……」
「僕の汚いカラダに触らないで!」
 ミカは振り向いてケンジを見た。ケンジは目配せをした。ミカは龍の部屋から出た。


「もしかしたら、」ミカが口を開いた。「いじめかもしれない……」
「いじめ?」ケンジが言った。
「あの子の頬に小さな傷がある。昨日穿いてたズボンに焦げ跡のような穴が開いてる。シャツのボタンが一つちぎれてる」
「昨日?」
「そう。昨日」
「そう言えば、龍、昨日の晩も様子がおかしかったな」
「ずぶ濡れで帰ってきてから、ずっとああだった。あたしもおかしいとは思ってた」
「これまでズボンやシャツに変わったこと、なかったのか?」
「一度もなかったね」
「いじめというより、誰かに暴行を受けた可能性も……」
「そうだね、状況を見ると、そうかもしれない」

 その日は、結局龍は学校を休んだ。ミカは担任には腹痛が原因だと伝えた。その時、昨日龍に変わったことはなかったか、と訊いてみた。しかし担任は特に思い当たることはない、と返すだけだった。
 ミカはとにかく龍の口から事情を聞きたかった。しかし時が経っても龍本人がそのことについて口を開くことはなかった。何かが彼の言葉を頑なに封印している。ミカは居ても立ってもいられなかったが、朝からケンジに焦りは禁物と言われていたこともあり、龍をいたずらに刺激することを我慢した。



「先生、お久しぶりです」
 健太郎とその友人の天道修平は自分が通っていた中学校に遊びに行った。今、中二の龍が通っている学校だ。
「よお、健太郎、それに修平、久しぶり。元気そうだな」
「ありがとうございます」
「二人とも立派になったな。で、高校総体はどうだった?」
「ま、余裕っすね」修平が言った。
「お前の剣の腕前なら軽くブロック大会まで行けるんだろ?」
「お陰様で」
「健太郎は?」
「俺もいちおう、ブロック大会には行けることに」
「そうか、それは良かった」
「龍はちゃんと勉強してますか?」健太郎が口を開いた。
「ああ、お前いとこだったな、龍の。まじめにやってるよ。礼儀正しいし、水泳もがんばってる。でも今日は休んでるみたいだな」
「え?」
「腹痛で欠席、っていう連絡があったみたいだぞ」
「腹痛?」修平が言った。
「珍しくないか? あの子が病気で休むなんて」
「そうですね、確かに……」健太郎の表情がにわかに曇った。
「そうそう、龍は理科が苦手だって言って最近沼口先生に質問に行ってたみたいだぞ。お前からも一言あいさつしとけよ」
「わ、わかりました」
 健太郎は元担任の教師のもとを離れ、窓際に座ってパソコンをいじっている沼口の所へ足を運んだ。
「沼口先生、お久しぶりです」
「おお、シンプソン、それに天道じゃないか。元気だったか?」
「はい。お陰様で。それより龍のやつが先生にいろいろとお世話になっちゃって」
「え?」沼口は一瞬動揺したように目をしばたたかせた。「あ、ああ。放課後に勉強をな、ちょっとだけ教えてやっただけだ。大したことじゃない」そして健太郎たちから目をそらした。

 健太郎の心にふと不吉な想像が浮かび上がった。それはちょっと現実離れした妄想にも似たものだった。

 健太郎たちは沼口とそれ以上言葉を交わすことなく、職員室を出た。「失礼します」
「どうした? ケンタ」修平が学校を出たところで健太郎に訊ねた。「何慌ててんだ?」
「え? あ、いや、何でもない」健太郎は答えて自転車に跨がった。
 空はどんよりと曇り、二人の頬をひんやりした風が吹き過ぎた。
「雨が降り出しそうだ。早く帰ろう」
「ああ」修平も自転車のペダルに足を掛けた。



「マユ、ちょっと話があるんだ」
「どうしたの? ケン兄」
 その日の夕方、健太郎は真雪の部屋を訪ねた。
「龍が今日、学校を休んだらしい」
「え? 龍くんが?」
「そう。腹痛だって」
「ほんとに? 心配だね」
「俺の予感が当たっていれば、あいつの欠席の理由は腹痛じゃない」
「え? どういうこと?」
「さっきミカさんに電話したら、昨日から龍の様子がおかしいらしいんだ」
「様子がおかしい? どんな風に?」
「俺と一緒に龍に会いに行こう」
「わかった。すぐ支度するね」

 健太郎と真雪は、厚い雲のせいで薄暗くなった中を海棠家目指して小走りで駆けていった。


「よお、健太郎に真雪、よく来てくれた」
「龍くんの具合はどう? ケンジおじ」
「まだ引きこもってる」
「何か話した?」
「いや、何も」
「そう……」真雪は苦しそうな顔をした。「おじさん、あたし龍くんの部屋に行ってもいい?」
「もちろんだ。真雪になら何か胸の内を明かすかもしれない」
「行ってやって、真雪」ミカもやってきて懇願するように言った。
「じゃあお邪魔するね」真雪はそう言って玄関で靴を脱ぎ、二階に上がっていった。
「最近の龍の様子を教えてくれないかな、ミカさん」健太郎が真剣な顔で言った。
「何か思い当たることがあるんだね? 健太郎」
「うん」

 リビングのテーブルをはさんでミカとケンジ、そして健太郎は向かい合った。
「突然のことにあたしたちもびっくりしてるんだ」ミカがため息混じりに言った。
「朝から学校に行きたくなさそうだったってこと?」
「それどころじゃないんだ。片方の靴を履いたところで、あいつトイレに駆け込んで食べた物を全部戻したんだ」
「拒絶反応だ。典型的な」ケンジが言った。
「学校で何かあった、ってことだね」
「おそらくはな」
「俺、今日中学校にあいさつに行ったんだけど、何か怪しいんだ」
「怪しい?」
「そう。龍ってさ、昨日と一昨日、理科の沼口っていう教師に勉強を教えてもらった、っていう話だけど」
「そうらしいな」
「沼口先生って、真雪の中三の時の担任の先生なんでしょ?」ミカが言った。
「そう」
「とっても親切でいい先生だ、って真雪言ってたけど」

 健太郎はうつむいて、一つため息をついた後、口を開いた。「証拠があるわけじゃないんだけど……」

「何かあるの?」
「沼口先生には、変な噂があるんだ」
「噂?」
「そう。男子生徒を標的にして、性欲のはけ口にしている、っていう……」
「な、何だって?!」ケンジが大声を出した。  
「龍がその犠牲になった?」ミカも口を押さえて目を見開いた。
「龍のズボンに穴が開いてた、って言ってたよね」
「ああ。何か摩擦で繊維が溶けたようでもあり、でもよくわからない」
「見せてくれる? ミカさん」
 ミカは龍のズボンを持って来た。「洗濯しちゃったけど、わかる? 健太郎」
 その学生ズボンを受け取り、しばらくその穴を調べていた健太郎は顔を上げて言った。「これは酸性の水溶液による腐食だね」
「酸性の?」
「そう。他の部分に擦った跡やひっかき傷がないし、ここだけ丸く穴が開いている。俺の高校での実験で開いた白衣の穴にそっくりだ。ほぼ間違いないと思うよ」
「だとしたら、いよいよ怪しいな、その理科の教師」
「龍の身体を調べてみた?」
 ミカはまたため息をついた。「やつは自分のカラダをあたしたちに触らせたがらないんだ。ひどく拒絶してさ」
「間違いなさそうだな」ケンジがつぶやいた。
「少し急いだ方がよさそうだね、ケンジおじ」


「龍くん、」真雪は龍の部屋のドアをノックした。龍は飛び起きた。
「龍くん、開けて、真雪だよ」もう一度彼女はドアを叩いた。
「マユ姉、入って来ないで!」龍は大声で言った。「もう俺に近づかないで」そして龍はまたベッドに突っ伏した。
「何があったの? ねえ、あたしに話して」真雪はドア越しに龍に呼びかけた。
「…………」
「あなたがドアを開けてくれるまで、あたしここにいるから」

「マユ姉……」龍は涙ぐんだ。そして覚悟を決めたようにベッドから降り、静かにドアを開けた。「鍵なんて掛かってないのに……」龍は真雪の目を見ることなくうつむいたままそう言った。
「ありがとう、龍くん」真雪は部屋に入ってドアを閉めた。

龍の部屋の壁には、たくさんの写真が掛けられている。その中で一番大きな額に納められているのは、シンチョコの店をバックに真雪が微笑んでいる写真だった。そう、かつてシンチョコのパンフレットに使われたこともあるあの写真だ。そしてそれは龍が自分のカメラで撮影したものだった。

 龍は自分のベッドの端に腰を下ろした。ずっとうつむいていて、決して真雪と顔を合わせなかった。真雪は床に膝を抱えて座った。
「龍くん、あたしね、あなたが本気で好き」
「……」
「冗談で付き合いたい、って言ったわけじゃないんだよ」
「……」龍はかすかにうなずいた。
「あなたもあたしのことを好きだって、ずいぶん前から気づいてた。でもそれって思い過ごしだったのかな……」
 龍は慌てて顔を上げた。「思い過ごしじゃないよ。ぼ、僕、マユ姉のことが好き。いとことしてじゃなくて、女のコとして」
「良かった……」真雪は微笑んだ。龍はまたうつむいた。
「でも、もう、僕の身体、汚れきってしまった。マユ姉に触れたくても触れられないよ」
「え? どういうこと?」
「マユ姉まで汚れちゃうよ。僕に触ったりしたら……」龍は目に滲んだ涙を乱暴に右腕で拭った。
「何があったか、話してよ。龍くん」
「…………」

 その時、部屋のドアがノックされた。「おい、龍、開けるぞ」
「ケン兄……」
 ドアから顔だけ出して、健太郎は言った。「俺んちに来いよ。龍」
「え?」
「こんなところに一人でこもってたって、ますます落ち込むだけだ。マユ、いいだろ?」
「そうだね、そうしよう。龍くん行こ」真雪は立ち上がり、龍の手を取った。しかし龍はとっさにその手を振り払った。真雪はそれ以上龍の手を取ろうとはしなかった。しばらくして龍はようやく立ち上がった。少し足下がふらついてよろめいた。



「龍、よう来たな。早よ上がり」店の前で植え込みの花の手入れをしていたケネスが微笑みながら言った。
「お邪魔します……」龍は相変わらずうつむいたままだった。
「どこだったら落ち着く? 龍くん」
「ここでいい……」
「ここは外だ。それに雨も降りそうだ。俺の部屋に行くか」
 健太郎は先に立って歩き、離れのドアを開けた。「入れよ、龍」
 龍は少しの間ドアの前に佇んでいたが、真雪に促されてしぶしぶ部屋に上がっていった。


 健太郎の部屋の床に龍は膝を抱えて座った。
 健太郎が言った。「今日は泊まっていけよ。どうせ明日土曜日だし。いつも土曜日は部活じゃなくてスイミングスクールだろ?」
「……」
「ケンジおじやミカさんとは顔を合わせづらいだろ? 今のままじゃ」
「う、うん……」
「でもな、お前が悪いんじゃない。悪いのは沼口。そうだろ?」

「えっ!」龍は驚いて健太郎の顔を見た。

「やっぱりそうか。悪い予感が当たっちまったな……」
 真雪がドアを開けて入ってきた。「龍くん、喉渇いたでしょ」
 真雪は3つのグラスにパイナップルジュースをつぎ分けた。「はい。思い出のパイナップルジュース」真雪は微笑みながら一つのグラスを龍に手渡した。
「あ、ありがとう、マユ姉」龍はそれを受け取ったが、一口飲んだだけで、あとは手のひらで大切そうにそのグラスを包み込んだ。
「話によっちゃ、すぐに行動する必要があるんだ、龍、話してくれ、俺たちに。何があったのか、何もかも」
 龍は健太郎と真雪の顔を交互に見て、少し怯えたようにようやく重い口を開き始めた。

「な! 何てやつだ!」龍の話を聞き終わった健太郎は激怒して大声を出した。「許せない!」
「そ、そんな教師だったなんて!」真雪も声を震わせた。
「もう僕、僕……」龍はぽろぽろと涙をこぼし始めた。手に持ったグラスの中にその数滴が落ちてかすかな音を立てた。「悔しくて、悔しくて……」
「わかる。わかるよ、龍」健太郎は龍の肩に手を置いた。
「僕、何もできなかった! あいつに、あいつに……、っ! ……っ!」龍は肩を震わせ、声を殺して泣いた。
「その胸の火傷の跡、ちょっと見せて」真雪が言って龍の肩に手を掛けた。
「マユ姉、さ、触っちゃだめだ。俺の身体、汚れまくってる!」龍は後ずさった。

「いいかげんにしろ!」健太郎が叫んだ。

「龍くん、」真雪が優しく言った。「もし汚れてるんだったら、あたしが浄化してあげるよ」
「えっ?!」
「そうしてもらえ、龍」健太郎は龍の肩をもう一度軽く叩いた。「マユ、龍を頼むぞ。俺、これからミカさんたちに報告してくる」
「えっ?! か、母さんたちに?」
「そう。親が被害届を出す必要があるからな。大丈夫だ、龍、お前には何の落ち度もないし、お前自身が恥じることもない」そして付け加えた。「自分の心まで拘束されるな」
「ケン兄……」
「いいから俺たちに任せろ」
 健太郎は立ち上がり、部屋を出て行った。
「あたしの部屋に行こうか、龍くん」真雪が龍の手を取った。今度は龍は真雪の手を振り払いはしなかった。


 真雪は龍を自分のベッドに座らせた。

 龍はドアの横に貼ってある小さなポスターをちらりと見た。その横にはハワイで撮ったプールサイドでの健太郎、真雪、そして龍がピースサインをして写っている写真も貼られていた。
「龍くん、本当に男らしくなったね。ケンジおじさんにも似てきたし」
「マ、マユ姉……」龍は赤くなって身体をこわばらせていた。
「あたしね、あなたに抱かれたいって、今思ってる」
「えっ?!」
「時々想像しちゃうんだよね。あなたに抱かれるの」
「だっ、だっ、抱かれる?」
「龍くん、あたしとセックスしたい?」
「え? あ、あの、そ、それは……」
「もう龍くんぐらいになれば女のコとセックスしたいって思うんじゃない?」
「そ、そりゃあ、そそ、そうだけど……」

 真雪は静かに龍の両肩に自分の両手を置き、そっと唇同士を重ね合わせた。龍はびっくりして目と唇をぎゅっと固く閉じた。

 一度口を離した真雪は、もう一度、今度は龍の両頬に手をあてて、唇を近づけた。するととっさに龍は目を開けて真っ赤になって叫んだ。「マ、マユ姉、僕、汗かいてる。シャワー借りていい?」
 龍から手を離した真雪はその手を腰に当てて笑った。「いいよ」
「ごめん。マユ姉」
「着替え、持って来てないよね」
「あ、」
「あたしのショーツ、穿く?」
「ええっ?!」
「って冗談だよ。仕方ない、ケン兄のを借りよう」真雪はそう言って、勝手に健太郎の部屋に入り、勝手に青いビキニタイプの下着と黒いTシャツを持ち出して龍に手渡した。「はい。これでいい? ビキニなんて穿く?」
「う、うん。僕も、いつもこんなのしか穿かない」
「そう。ケン兄と好み、同じなんだね」
「いいの? ケン兄に怒られない?」
「大丈夫。あたしがちゃんと断っとくから」
「ありがとう、マユ姉」
「いつもみたいにバスタオルも好きに使ってね。遠慮しないで」
「ごめん。ありがとう」
 龍は部屋を出て階段を降りていった。



 龍は階下にある広いシャワールームに入っていった。そして彼は着衣を脱ぎ去り、自分の身体を脱衣所の大きな鏡に映してみた。左の乳首のすぐ下に赤い小さな火傷の跡がある。龍は右手の人差し指でそれにそっと触れてみた。少しがさがさとした感触だった。ほんの少しの痛みが残っていた。

 龍はシャワーを全開にして自分の裸体に浴びせかけた。そして身体中を何度もボディソープで洗った。ごしごしと何かを擦り落とすように、皮膚が赤くなるまでタオルで乱暴に洗った。そして特に入念に自分の秘部を洗い清めた。まだ生えそろっていない陰毛も、石けんを泡立てて何度も何度も洗い流した。

 ひとしきり身体についた石けんを洗い流してしまうと、龍は少し安心したように一つため息をついて、広いバスタブに身を沈めた。その時、シャワールームの外のドアが開く音がした。龍は慌てて叫んだ。「は、入ってます!」
「知ってるよ」真雪の声だった。
「マ、マユ姉!」
「あたしも入るね」
「ええっ!」龍はびっくりして湯に首まで浸った。「そ、そんな、だ、だめだよ、マユ姉」
「何で? ちっちゃい頃はよく一緒にお風呂に入ってたじゃない」
「だ、だってもうちっちゃくなんかないし……」
「もう脱いじゃったもん」全裸になった真雪はあっさりと浴室の扉を開けて中に入ってきた。
「マユ姉っ!」龍は全身真っ赤になって叫んだ。
「もう身体洗った?」
「あ、洗った。もう洗っちゃった。だ、だから先に上がるね、マユ姉」龍は股間を両手で押さえてバスタブの中で立ち上がり、慌てふためいた。

「じゃあさ、あたしの身体を洗ってくれないかな」

 ぶっ! 龍は自分の鼻を押さえた。指の隙間から血が垂れ始めた。「マユ姉ー」
「教科書通りの反応だね」真雪は落ち着いて脱衣室からティッシュを一枚取ってきて龍に渡した。
「龍くん、洗って。あたしの身体」
 龍は覚悟を決めて、鼻にティッシュを詰めたまま、真雪の背後に座った。そして手にたっぷりとボディソープを取ると、恐る恐る彼女の背中に塗りつけた。
「しっかり泡立ててねー」真雪も自分でソープを腕や脚に塗り広げ始めた。
 龍は恐る恐る真雪の背中を撫でてみた。ぬるぬるとした感触が龍の身体を熱くした。真雪は自分の両腕を持ち上げた。「おっぱい、触ってみる?」

「お、おっぱい? ……」龍の動きが止まった。

「ほら、固まってないで、」真雪は龍の両手をそれぞれの手で取って、彼の大きな手のひらを自分の乳房にあてがった。「しっかり洗ってね」そして真雪は彼の手首を持ったまま上下に動かした。
「マユ姉ー」龍が情けない声を上げた。「鼻血が止まらないよー」
「あ、ああん、龍くん、いい気持ち」真雪は目を閉じ、喘ぎ始めた。そして彼の右手を取り、今度は自分の秘部に誘導した。「ここも、洗ってくれる?」
「ええっ?!」龍は思わず大声を出した。
「早く」
 龍はぎこちなく、手のひらを使って申し訳程度に彼女の陰毛を泡立ててさすった。龍がそうやって手を動かす度に、真雪は自分のヒップに堅いものが当たるのを感じていた。

 真雪は突然後ろを向いた。龍と向き合った真雪は出し抜けに彼のペニスを握った。
「あっ!」龍は呻いた。

「すごい! もうこんなになってる。男のコってすごいね」
「マユ姉! だ、だめ、僕、もう、」
 ソープでぬるぬるになった手で龍のペニスを包み込み、真雪は前後に動かし始めた。
「で、出ちゃうっ! ああ、マユ姉、マユ姉ーっ!」びゅるるっ! びゅくっ! びゅくっ! びゅくびゅくびゅく……。あっという間に龍は射精をしてしまった。
 肩で大きく息をしている龍の身体に、真雪はシャワーの湯を掛けた。「いっぱい出せるんだね。もうすっかり大人の身体じゃん」
「マ、マユ姉、僕、恥ずかしいよ……」
「どうして? 男のコでしょ? 普通じゃない」
「す、好きな人にイくところ見られるのって、すごく……」
「あたしは嬉しいな、好きな人に見られるの。たぶん」
「え?」
「その人と一緒に気持ちよくなれれば、きっともっと嬉しいよ、」
「マユ姉……」
「あたしの部屋に行こうよ。龍くん」


 真雪のベッドに腰掛けて、龍は身体をこわばらせ、赤くなってうつむいていた。健太郎から借りた青いビキニショーツだけを身につけている。
「龍くんって、身体はもう大人みたいだけど、そのシャイなところはまだ子どもだね。あ、大人になってもシャイなままかな。ケンジおじの息子だもんね」
 真雪は白いブラとショーツの下着姿で立っていた。
「マ、マユ姉、ぼ、僕、は、初めてで、あの……」
「あたしも初めてだよ。龍くんが」
「え?」龍は顔を上げた。
「初めてだよ」
「本当に?」
「うん。そんな風に見えない?」
「だ、だって、すごく、なんかこう、せ、積極的じゃん」
「その人のことをちっちゃい頃から知っているから安心なのと、その人は年下だから、自分がリードしてあげなきゃ、って思うのと、」真雪は龍の前に立った。

「何よりその人のことをあたし、大好きだから」

 真雪は身を屈めて龍の唇に自分のそれを押し当てた。彼の背中に両手を回し、彼女は少し唇を開いてみた。龍は「ん……」と小さく呻いた。一生懸命目をつぶり、龍は長い間固く唇を結んだままだったが、真雪が舌先で彼の上唇を舐め始めると、徐々に力を抜き、自分も舌を真雪の口の中に差し込み始めた。「ん……」真雪も呻いた。二人の身体は自然とベッドの上に倒れ込んだ。

「あ、あたし、下になるね」真雪は少し緊張したように言った。龍は無言でうなずいた。
 ベッドに仰向けになった真雪は目を閉じた。「龍くん、来て……」
「マユ姉……」


 下着姿のまま、二人の身体は重なった。そして今度は龍の方から真雪の唇に自分の唇を重ねた。両肘と両膝をベッドについて身体を浮かせたまま、龍は唇だけを真雪に重ねた。さっきよりもお互いの唇は柔らかだった。龍の鼓動は100mをバタフライで泳ぎきった後のように速くなっていた。
 龍が唇を離した。真雪が言った。「ブラ、はずして」
 龍は真雪の背中に手を回した。ブラジャー越しに龍の胸に真雪の柔らかな乳房が押しつけられた。背中のホックはなかなかはずれなかった。
「はずせる?」真雪が小さく囁いた時、ぷつっ、と音を立ててホックがはずれ、真雪の乳房が解放された。龍はブラの肩ひもに手を掛け、ゆっくりと身を起こしてそれを真雪の腕から抜いた。ピンク色に上気したすべすべの乳房が目の前に現れたとたん、龍は息を呑んだ。

「マ、マユ姉のおっぱい……」

「ちょっと恥ずかしい、かな……」真雪は龍の目を見て顔を赤らめた。
「いいの? マユ姉」
「え?」
「おっぱい吸ってもいい?」
「い、いいよ」真雪はまた目を閉じた。
 龍は恐る恐る唇を開いて、真雪の乳首をそっと舐めた。
 びくん! 真雪の身体が反応した。龍は手で片方の乳房をさすり始めた。そしてもう一度、今度は口を大きく開いて乳首を吸い込んだ。
「あ、あああん、りゅ、龍くん……」真雪が喘ぎだした。龍は堰を切ったように荒々しく真雪の乳房を揉みしだき始め、もう片方を夢中で吸った。

 やがて龍は身を起こした。真雪は目をそっと開けて言った。「龍くん、あたしに……、入れたい?」
 龍は息を弾ませて言った。「う、うん」
「…………」
「ど、どうしたの? マユ姉。こわいの? 入れられるの、いやなの?」龍は小さな声で訊いた。
「いやじゃない。いやじゃないけど、なんだか……ちょっと……」
「いやならやめるよ。僕、大丈夫。我慢できるから」
「だめ」真雪は自分に言い聞かせるように強い口調で言った。「だめなの。今夜、あたし龍くんと結ばれたい」
「マユ姉……」
「でも、ちょっと危ない時期なんだ。今」
「危ない? 時期? え? 何のこと?」
「そうか、龍くん、まだ詳しく知らないんだね」真雪は枕元の小さなポーチから正方形の小さなプラスチックの包みを取り出した。
「そ、それって?」
「知ってる?」
「見たことある。ヒ、ヒニングだよね。コ、コン……、なんてったっけ?」
「『コンドーム』だよ。あなたのにつけてくれる?」
「そうか、赤ちゃんができるかもしれない時期、ってことなんだね」
「そうなの」真雪は少し申し訳なさそうに言った。「ごめんね、龍くん。ほんとはそのまま入れたいんだよね」
「ううん。大丈夫。マユ姉のためだから」龍はそう言って真雪の手からその包みを受け取った。
「付け方、わかる?」
「えっと、」包みを破って中身を取り出した龍は、丸められたそのゴム製のものを広げ始めた。「これをかぶせるんだね」

 袋状に広げたコンドームを、龍は真雪に背を向けて自分の大きくなったペニスにかぶせようと試みた。「む、難しい。なかなかうまくいかないよ」龍はそうやってペニスをいじっているうちに、だんだんと興奮が高まってきた。「マユ姉、僕、我慢できなくなってきちゃった」
「あ、ここに付け方が書いてあるよ、龍くん」真雪は身を起こした。
「あ、あああ……」龍は呻き始めた。「で、出る、出るっ!」龍は広げたコンドームを先端にかぶせただけの状態で射精を始めた。どくっ、どくんどくん、どく、どく……どく……。

 その薄いゴム製の袋の中に大量の精液が放出された。

「だ、出しちゃった……。マユ姉。ごめんなさい」
「最初から広げちゃだめなんだよ。ほら、」真雪はその避妊具の入っていた小箱の隅を指さしながら龍に見せた。
「そうか、こうやるんだ。知らなかった」
「初めてだしね。無理もないよ」
「ごめんなさい」

 真雪は龍の手にぶら下げられていたコンドームを取って微笑んだ。「すごい、龍くん、いっぱいだね」
「どうしよう、それ……」
「こうやって、口を結んで、」真雪はそのゴムの袋の口を結んでティッシュに包み、ゴミ箱に捨てた。
「マユ姉、なんか、慣れてるみたい……」
「ふふ、これ、パパに聞いたんだ」
「えっ?! ケニーおじさんに?」
「そうだよ」
「な、なんでそんなこと、おじさんが教えてくれるの?」
「あたしが聞いたんだ」
「な、なんで?」
「さっきも言ったでしょ? 今夜、あたし龍くんと結ばれる予定だったから」
「おじさんにそう言ったの?」
「うん。あたしも初めてだし、いろいろ教えてくれたよ、親切に」
「そうだったの……」

「いやだった?」真雪は龍の顔をのぞき込んだ。
「ううん。マユ姉がそこまで本気で僕とのこの時間を考えてくれてたって、ちょっと感動しちゃったんだ」
「だって、あたし、本気で龍くんのことが好きなんだもん」

 龍は真雪の顔を見て、赤くなって照れたようににっこりと笑った。

「笑顔がかわいい、相変わらず」真雪もつられてにっこりと笑った。
 龍は急に悲しげな顔をした。「で、でも、失敗しちゃったね、今……」
「大丈夫。すぐにまた元気になるよ。龍くん」
「そ、そうかな……」

 龍は、真雪がまだ白いショーツを穿いているのを見て、慌てて自分の膝まで降ろしていたショーツを穿き直した。


 龍と真雪はベッドに並んで横になった。
「これだね、火傷の跡……」真雪は龍の左の乳首のすぐそばにあった赤い小さな斑点にそっと手を触れた。「痛かったよね……。龍くん」
「大したことないよ。もう全然痛くないんだ」
「助けてあげられなくて、ごめんね」龍の胸を優しく撫でながら、真雪は少し涙ぐんだ。
「助けられたよ。僕、マユ姉に」
「え?」
 龍は真雪の乳房を手でそっと包み込みながら言った。「僕、マユ姉からコクられて、すっごく幸せな気分だった」
「ほんとに?」
「うん。前から僕、マユ姉のことが好きだったもん。知ってたでしょ?」
「知ってたよ」真雪は微笑んだ。
「だから、あんなひどいことされても、僕を好きでいてくれる人がいるんだ、って思うと、ずいぶん気が楽になった」
「龍くんを元気づけられたんだね、あたし。良かった……」
「昨日ぼろぼろで帰ってきてから、本当はマユ姉に真っ先に会いたかったんだ」
「電話してくれたら、飛んで行ったのに」
「でもね、夜の間、実はマユ姉は僕のことをそんなに気にしてくれてないのかも、って思ったりもしてた」
「一人で思い悩んでたんだ……」

「ずっと眠れなかった……」龍は小さな声で言い、真雪の右の乳房を指の腹でそっと撫でた。

「ごめんね、龍くん。あたし、あなたが一番不安な時に、そばにいてあげられなかったね」
「いいんだ。マユ姉が気にすることないよ。僕の勝手な思い込みだし」龍は笑った。「でも、」
「ん?」
「ケン兄にもすごく迷惑掛けちゃってる」
「心配ないよ。ケン兄に任せておけばうまくいくよ」

 龍の指が真雪の肌から離れた。
「……僕、もう学校に行けないかもしれない……」

 真雪は龍の頬を伝った涙をそっと小指で拭った。
「今回のことでは、ミカさんが被害届を出せば、沼口に警察の捜査が入るはず。そうなれば、あなたもあの事件について警察に事情を訊かれることになる」
「事情を……」
「思い出すのはつらいでしょうけど、がんばって、ありのままを話すんだよ」
「……うん」
「ケン兄が言ってた。証拠はいっぱいあるし、あなたの証言や過去の被害者の証言もあるだろうから、まず間違いなく傷害罪。未成年に対する性的虐待。学校も辞めなければならなくなるはずだ、ってね」

 龍はまた涙ぐんだ。「ありがとう、マユ姉、それにケン兄……」

「さあ、元気出そ。もうあたしがお風呂であなたの身体を浄化したから、何も気にすることないって」真雪は笑った。「いつもの元気な龍くんでいてほしいな、あたし。そんな龍くんが好き」真雪は龍の首に腕を回して唇を龍のそれに押し当てた。



-第1章 3《成長》-

 週明けの月曜日。龍は朝早く起き、ダイニングに降りてきた。「おはよう、母さん」
「お、起きたか、龍」
「父さん、おはよう」

 新聞を読んでいたケンジは顔を上げ、龍を見て微笑んだ。「おはよう」
「心配かけてごめんね。それに、」龍は朝食の並べられたテーブルに向かって座り、キッチンに立っているミカに顔を向けた。「いろいろ心配してくれて、ありがとう」
「正直なところ、」ミカが焼き上がったトーストを運んできて、テーブルに置きながら言った。「このままお前が学校に行かない、ってことになったらどうしよう、って真剣に悩んでたんだぞ」
「大丈夫。もう大丈夫。マユ姉と三日間いっしょにいたら、すっかり回復した」
「お前、真雪といっしょにいて、何してたんだ?」ケンジがコーヒーカップを手に取った。
「いろいろ話した。もちろんいっぱい慰めてくれたよ」
「そうか」ケンジは安心したようにコーヒーをすすった。「優しいいとこがいて良かったな」

 龍は小さな声でケンジに囁いた。「エッチもした」

 ぶ~っ! ケンジはコーヒーを噴き出した。げほげほげほっ! 「な、何だって?!」
「何? なに? どうしたの? ケンジ」ミカが小走りでやって来てケンジの隣に座った。
「お、お、お前、そ、そ、そんなこと……」
「だって、本当のことだもん」
「もしかして、」ミカが言った。「マユ姉を抱かせてもらったのか? 龍」
「うん。そうだよ」
「お、お前、真雪とつき合い始めて今日でまだ5日目なんだろ? ……、いつやっちまったんだ?」
「金曜日」
「早っ!」ミカが叫んだ。
「ってことは、つき合い始めて二日後じゃないかっ! このやろっ! !」ケンジは龍の頭をぐりぐりした。
「僕の心と身体を癒してくれたんだよ。マユ姉」

 ミカが呆れ顔で言った。「ものは言い様」

「って、何で僕とマユ姉がつき合い始めたことを知ってるの?」
「健太郎が教えてくれた」
「え? ケン兄が?」
「お前らが店の前でキスしてるのを目撃したんだとさ」
「み、店の前じゃないよ」龍は赤くなって言った。「少し離れた、路地だった」
「同じコトだろ」



 それからまもなくして警察の捜査が始まった。龍への聞き取り、健太郎の同級生で、かつて沼口に同じ目に遭わされた複数の元男子生徒の証言、理科室の捜査、押収された沼口のパソコンやデジカメの調査。

 そして沼口本人からの聴取。

龍は両親に付き添われ、自宅で聞き取りが行われた。その後、医師による診察と健康診断を受け、結局つごう三度の聴取が行われた。龍はありのままをはっきりと、自分の口で刑事に語り尽くした。
 中学校の理科室の捜査では、準備室から事件の際に使われたと思われるロープや硫酸の入った小瓶も押収されたらしかった。
 結果、沼口 洋容疑者(28)は、海棠 龍、その他数人の教え子に対する強制わいせつ致傷の罪で逮捕。

 勤務校を所管する市教育委員会は沼口を懲戒免職処分にした。


 約半月後の金曜日。海棠家のリビング。
 龍、ケンジ、それに健太郎と真雪がソファに座って語り合っていた。
「龍くん、よくがんばったね」
「うん。みんなのおかげ。ありがとう、ケン兄、マユ姉それに、」龍はケンジの方に目を向けた。「父さん、母さん。心配かけてごめんなさい」龍はぺこりと頭を下げた。
「何言ってるんだ。一番つらい思いをしたのは龍だろ」ミカがキッチンからやってきて龍の前にホットミルクの入ったカップを置いた。「それに、あたしたちがあんたに理科の勉強を勧めたわけだし……」
「父さんたちにも、責任の一端がある。すまなかったな、龍。ひどい目に遭わせてしまって……」
「父さんや母さんには責任はないよ」龍は笑った。

「警察の人の話では、」ケンジが口を開いた。「最初、沼口は容疑を否認していたらしいけど、証拠を次々に突きつけられて、結局認めたんだってさ」
「証拠?」真雪が訊いた。
「硫酸の小瓶の指紋、龍のズボンに開けられた穴、鑑定に回された龍のベルトにもヤツの指紋があったらしい」
「無理矢理ベルトを外されたんだ。あの時……」龍は絞り出すような声で言った。
「理科室の床からルミノール反応が出た、とも言ってた」
「そうか、だから龍の血液検査をしたんだね」健太郎が言った。
「そして決定的な証拠は、パソコンに保存されていた大量の生徒の写真」
「た、大量の?」
「そう。明らかにあの中学校の理科室だとわかる場所で、ハダカにされ、ロープや鎖、革のベルトなんかで拘束され、射精させられた後の哀れな姿の写真が大量に保存してあったらしい」
「うそっ!」真雪は口を押さえた。「そ、それって、まさかネット上に流出して……」
「その可能性は低い、ってさ」
「どうして?」
「ヤツは自分で楽しむだけのいわばコレクターだった。それに写真を見れば明らかに罪に問わそうなものばかり。もしそれをネットにアップしたりしたら、当局の捜査を受ける可能性大。児童ポルノなんとか法が適用されそうな写真ばかりだからね」
「『児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律』ってやつだね」
「よく知ってるな、健太郎」
「最近高校で習った」

 龍はため息をついた。「良かった……」
「その写真データは一台のデジカメで撮られたもの。そのデジカメはヤツの所有物で、その本体からはヤツの指紋しか検出されなかったんだ」
「確かに怪しいマニア、って感じだね」真雪が言った。
「許せないよ。カメラはそんなものを撮るためのものじゃない」龍が吐き捨てるように言った。

「ところで、真雪、」ミカが言った。
「なに? ミカさん」
「あなたうちの龍のどこが気に入ったの?」
「なっ! 突然何を言い出すかな、母さん」龍は赤面した
「逞しさと優しさ、かわいさもあるかな。一途だし。それに、ケンジおじによく似てシャイなところも」
「なんで俺に似たところが……」ケンジも赤くなった。
「あたしね、中学生の頃はケンジおじにとっても憧れてたんだよ」
「えっ? 本当に?」龍が顔を上げた。
「うん。本当」
「まさか、」ミカがケンジを睨んだ。「ケンジ、あなた真雪に手を出したりしてないよね? 今になって『児童ポルノなんとか法』で警察にしょっぴかれるのはまっぴらだよ」
「ばっ! ばかなこと言うな! そ、そんなことするわけないだろ! 俺もたった今、初めて聞いたばかりだ」
「ほんとに何もされてないの? 真雪」
「残念ながらね」真雪は笑ってテーブルのアソートチョコレートに手を伸ばした。
「龍、あんたの恋のライバルは父親だってさ」ミカが面白そうに言った。
「ごめんね、ケンジおじ、今は恋愛感情、ほとんどない」真雪が笑いながら言った。
「助かった……」ケンジは胸をなで下ろした。
「でも、親戚のおじさんとしてはとっても好きだし尊敬してる」
「なんだ、面白くない」ミカが言った。
「どんな話の展開なら納得するんだよ。ミカさん」健太郎が言った。
「いやなに、伯父さんと姪の禁断の恋! 面白いじゃない」
「ほう」ケンジがミカをちらりと見て言った。「じゃあ伯母さんと甥の禁断の恋はどうなんだ?」
「う!」ミカは声を詰まらせた。そして健太郎も同様に顔を赤くしてうつむいた。
 真雪が不思議そうに二人の顔を交互に見た。「どうしたの? ミカさん。それにケン兄も……。顔、赤いよ、二人とも」
「いやあ、どうしたのかねー」ケンジが頭の後ろに両手をやって反っくり返って見せた。
 龍も話について行けずにそれぞれの表情を戸惑った様子で見比べた。
「もしそうなったら、面白いだろうな。って思ったんだよ」ケンジは軽いノリでそう言った。
「面白がるなっ!」ミカが叫んだ。「まったく、人をコケにしやがって……」
「わっはっは」ケンジは大笑いした。

「あの、ケ、ケンジおじ、」健太郎が恐縮したように言った。
「何だ? 健太郎」
「ちょっと二人だけで話したいことが……あるんだけど」
「ん? どうした」
「いや、ちょ、ちょっとね」
「なんだ、健太郎、いきなりおとなしくなっちゃって」ミカが言った。健太郎はミカの顔をちらりと見た後、すぐにうつむいた。
「わかった。じゃあ表を散歩でもしながら話すか、健太郎」
「う、うん。悪いね」
 真雪が立ち上がった健太郎を見上げて、不思議そうにほんの少し首をかしげた。


 街灯の下に蚊柱が立っている。

「いい天気だ。星がいっぱい見えるな。もう梅雨明けかな」ケンジが空を仰ぎながら言った。
「ケンジおじ、たぶん、もう知ってると思うけど、」
「ん?」ケンジは健太郎の顔を見た。
「お、俺、俺さ、去年、ミカさんと……」
「知ってるよ。ミカに童貞捧げたんだろ?」
「し、知ってたんだ……。ご、ごめんね、ケンジおじ……」
「なに、気にするな。どうせミカがお前をその気にさせたんだろ?」
「い、いや、たぶん俺がミカさんとエッチしたがってるのがミカさんに気づかれたんだと思う」
「ミカで良かったのか? 健太郎」
 健太郎は立ち止まった。「俺、ずっとミカさんに憧れてた。抱きたいってずっと思ってた。だから、俺、去年のハワイでのあの夜は夢のような時間だったんだ」
「良かったじゃないか。夢が叶って」
「ごめんなさい……」

「じゃあ、俺も」ケンジが健太郎の顔を見ていった。
「え?」
「健太郎もたぶん知ってることだとは思うが、」
「……」健太郎もケンジの顔を見た。
「お前は俺とマユの子どもだ」ケンジは真剣な目だった。

 自分を見つめるその深い瞳の色に健太郎はたじろいだ。そしてやっと言った。「知ってる」

 ケンジが大学一年目の冬、海棠兄妹がその甘く、熱い関係に終止符を打つことを決心した最後の晩、密かにマユミはケンジの子を宿した。その前日、マユミはケネスを半ば強制的に押し倒して想いを遂げた。その時に彼女はケネスの子も身に宿していた。そうしてそれから10か月後、健太郎と真雪の双子が生まれた。この双子は『異父双生児』。つまり、父親が違う双子の兄妹なのだった。

「いつか、きちんと俺の口から話さなきゃいけないと思ってたんだが……」
「いいんだ、ケンジおじ。俺、そのことで誰も恨んだりしてないから」
「すまん。許してくれ、健太郎」
「大丈夫。謝らないで。俺、その事実を去年ミカさんから聞いて、なんだかほっとしたんだ」
「え?」
「俺、ずっとあなたのことを特別な存在だって感じてた」健太郎は少し涙ぐんで口元に微笑みを浮かべて言った。声が少し震えていた。「事実を知って以来、俺、あなたとケニー父さんがますます好きになった」
「健太郎……」
「真剣な言葉で俺に打ち明けてくれて感謝してる、ケンジおじ」
 ケンジは健太郎の肩に手を置いた。「俺、ケニーの好意に大いに甘えてるところがある。だから俺はあいつに対しては時々ちょっとした罪悪感を感じることがあるんだ」ケンジは空を仰いだ。
「ざ、罪悪感なんて感じる必要ないよ!」健太郎が大声を出した。「俺、ケニー父さんの子であることを誇りに思ってるし、父さんも俺のことちゃんと息子としてかわいがってくれてる。それで十分でしょ? ケンジおじが負い目を感じることなんかないよ」
「……」
「俺の方こそ、父さんとおじさん、両方に甘えてる気がする。父親が二人いる、って甘えてる」
「いいじゃないか、甘えても」
「もし負い目があるんなら、そのことと、俺のミカさんとのことで、お互い貸し借りなし。そういうことにしとこうよ、」そして言った。「……父さん」健太郎がケンジの手を取った。ケンジの頬を一筋の涙が流れた。

「俺、今も昔も、きっと将来もケンジおじのこと、大好きだよ」

 ケンジは涙を指で拭って言った。「俺もだ、健太郎」そして二人は固く抱き合った。


「あ、帰ってきた」玄関のドアが開く音を聞いて、龍が言った。
「ただいま。いやあ、夜でも外はやっぱ暑いわ。俺、顔洗ってくる」ケンジはまっすぐ洗面所に向かった。
 健太郎は元いたソファに座った。ミカと目が合った。ミカはいたずらっぽくウィンクをした。健太郎は小さくうなずいて微笑んだ。
「何の話、してきたの? ケン兄」
「え? いや、大した話じゃない」
「ちょっと気になる」
 健太郎は穏やかな表情で真雪を見た。「いつかちゃんと話すよ、マユにも」
「うん」真雪は微笑んだ。

 ケンジが戻ってきた。そして龍に向かって言った。「そうそう、今度の8月、また旅行することにしたから。シンプソン家と一緒に」
「え? 本当に?」龍の顔が一気にほころんだ。
「去年みたいに海外ってわけじゃないけどな」
「やったーっ!」龍は飛び跳ねた。
「今度は山。温泉付き」出発は8月3日だ。
「ケンジおじたちの記念日だよね」いたずらっぽく健太郎が言った。
 ケンジはちょっと驚いた顔をした。そしてミカを見た。ミカは微笑みながらケンジと目を合わせた。ケンジはすぐ真顔に戻って健太郎の耳に口を寄せて囁いた。
「お前の記念日でもあるだろ? 健太郎」
「うっ! ……や、やぶ蛇だったか……」
 ケンジがもう一度ミカを見た。ミカは笑った。

 白い壁の掛け時計のチャイムが鳴った。
「や、もうこんな時間だ」
「今日は二人ともうちに泊まっていくんでしょ?」龍が言った。
「そのつもりだよ」真雪が微笑んだ。
「やった、やったーっ!」
「い、いいのか? ミカ」
「ケネスとマユミの許可はちゃんと得てるよ。真雪が龍の部屋に泊まることも了承済みだったりする」
「ええっ?!」ケンジはうろたえた。
 ミカがケンジに耳打ちした。「ただ、子どもができたら責任取れ、とも言われた」

「やった、やったーっ!」龍は大はしゃぎした。
「じゃあ俺はここで寝るから。ケット貸してね、ミカさん」
「お前も気を遣うよな。健太郎」ミカは笑った。
「じゃあ、お休みっ」龍が威勢よく言って立ち上がり、真雪の手を取った。
「ちゃんと歯、磨けよ」ケンジが慌てて言った。
「わかってる」
「それがエチケットってもんだぞ」ミカが言った。
「余計な一言だっ!」ケンジがたしなめた。
 龍と真雪は手を繋いで階段を駆け上がっていった。
「あそこまであからさまで大胆なやつだったとはな……」ケンジがつぶやいた。
 健太郎がおかしそうに言った。「親に似たんじゃない? ケンジおじ」
「そうだな、ミカの染色体の成せる技だな」
「なんだって?」ミカがケンジを睨んだ。
「真雪も言ってただろ? 俺はシャイな性格。大胆で突っ走る性格はお前譲りだ。誰が見ても」
「じゃあ、今夜も突っ走ろうかな」
「え?」健太郎がミカを見た。
「何に突っ走るって?」ケンジもミカに顔を向けた。
「健太郎、今夜ここで、期待して待ってろよ」ミカはにやりと笑って健太郎を見た。
「ええっ?!」
「何なら、俺がここで寝ようか? ミカ。お前と健太郎が寝室でいっしょに寝ればいい」
「それじゃどきどきしないよ。禁断の恋はこっそりじゃないとね」ミカはそう言って健太郎にウィンクをして見せた。

 健太郎は真っ赤になって目をしばたたかせた。



「龍くん!」
「マユ姉っ!」
 自分の部屋で龍は真雪の背中に腕を回した。真雪もそれに応えて龍の首に腕を回した。「好き! 大好き! マユ姉!」そして龍は真雪に情熱的なキスを浴びせた。口を開き、舌を彼女の唇を割って入り込ませた。真雪は龍の舌に自分の舌を絡ませ、吸った。龍の手が真雪のTシャツの裾から背中を這い上がり、ブラのベルトのホックを捉えた。そして少し手間取ったが、すぐにそれを外した。
「龍くん、上手になったじゃない? 練習したの?」
「内緒」
「したんだ、練習」
「いいじゃない、そんなこと」
 龍は真雪のTシャツを脱がせた。真雪は両腕を上げてそれを手助けした。真雪の上半身をすっかり露わにすると、龍は真雪の乳房にむしゃぶりついた。「あ、ああん、りゅ、龍くん……」

 時間をかけて思う存分真雪の乳房の感触を味わうと、龍は自分のシャツを脱ぎ去った。「マユ姉、ベッドに横になって」
「うん」真雪は穿いていたタイトなジーンズのまま龍のベッドに仰向けに横たわった。それを見下ろしながら龍はハーフパンツを脱いで、黒のビキニショーツ一枚の姿になった。
「いい? マユ姉」
「うん。いいよ。脱がせてくれる?」
「もちろん」
 龍は真雪の足下にひざまずき、彼女の腰をジーンズ越しに抱きしめ、鼻を股間にこすりつけ始めた。
「やだ、龍くん、なんだか大胆になったね。まだ二度目なのに」
「僕、もう嬉しくてしょうがないんだ」
「嬉しい?」
「うん。こうしてマユ姉といっしょにいられることがさ」
「あたしもだよ、龍くん」真雪は両手を伸ばして龍の両頬をそっと包んだ。龍は真雪のジーンズの前のボタンを外し、ファスナーを下ろした。そして身を引きながら、ぴったりと張りついたそのジーンズを真雪の両脚から抜き去った。真雪は白いショーツ一枚になった。

 おもむろに身を起こした龍は、自分のショーツを脱ぎ去った。彼のペニスはすっかり大きくなり、鋭く天を指してびくびくと脈動していた。「ごめん、マユ姉、まだ見ないでね」龍は真雪に背を向けた。しばらくしてかさかさと音がした。
「龍くんも買ったんだ、それ」
「僕、これも練習したんだ」
「ほんとに?」
「うん。好きな人といっしょにイきたいから……」
「龍くん、大好き」真雪は背を向けていた龍を後ろからぎゅっと抱きしめた。真雪の唇が龍の首筋を這った。「ああ……」龍はぞくぞくとした快感に耐えた。「マユ姉……」

 再び龍は真雪を横たえた。
「僕ね、教えてもらったんだ」
「え? 何を?」
「コンドーム着けたら、自分の唾液でしっかり濡らしておけって」
「誰から?」
「父さん」
「えー? おじさんったらそんなこと息子に教えてるの?」
「マユ姉だって、ケニーおじさんからいろいろ教えてもらったんでしょ?」
「ま、まあね」
 龍は笑った。「そうすれば女のコが痛い思いをしないからって」
「おじさんも優しいね。さすがあたしが憧れた紳士だね」
「本当に父さんから何もされたりしなかった?」
「妬いてるの? 龍くん」
「ちょっとだけ」
「大丈夫。っていうか、龍くん心配しすぎだよ」
「だよね」龍は安心したように笑った後、真雪の乳房をさすり、また口で吸い始めた。
「ああ、あああん……」真雪は喘ぎ声を上げ始めた。そして上になった龍の背中に腕を回し、力を込めて抱きしめた。

 真雪の身体が細かく震え始めた。

「どうしたの?」龍は口を離して、少しうろたえて言った。「怖い? 僕、乱暴だった?」
「ち、違うの、あ、あたし、もう、感じてるの、龍くん、あたしに……、入れて……」
 龍はごくりと唾を飲み込み、起き上がって自分の指を舐めてはコンドームをかぶせた自分のペニスに唾液を塗りつけ始めた。
「大丈夫、龍くん。もう十分に濡れてるから、あたし……」
「マユ姉……」
「脱がせて、お願い、早く脱がせて……」
 真雪のショーツは、谷間の部分がしっとりと濡れていた。龍は焦ってそれを脱がせた。そしてそのショーツを手に持ち、自分の鼻にこすりつけた。「マユ姉!」

 真雪はゆっくりと両脚を広げた。龍は、コンドームがかぶせられ、大きく怒張したペニスを真雪の谷間にあてがった。
「いい? マユ姉、大丈夫?」
「うん、龍くん、来て、平気」真雪は目を閉じたまま言った。
 龍はゆっくりと腰を前に動かした。少しだけ先端が真雪の谷間に入り込んだ。「んっ!」真雪の苦しげな表情を見て、龍は慌ててペニスを抜いた。「ご、ごめん、マユ姉、痛い?」
「龍くん、いいの。大丈夫。痛くないから、遠慮しないで」
「う、うん」
 龍はまた先端を谷間にあてがった。ぬるりと先端が真雪の中に入り始めた。「あああ……」真雪は顎を突き出して喘いだ。「龍くん、龍くん……」
 真雪が腰を突き出した。思わず真雪の身体の奥まで押し込まれた龍のペニスはじわじわと締め付けられ始めた。「あ、ああ、マユ姉!」

「動いて、龍くん、あたしの中で動いて!」
 龍は腰を前後に動かし始めた。
「マユ姉、痛かったら、言って、すぐにやめるから」
「気持ちいいよ、龍くん。そのまま……。あ、ああああ……」
 龍はさらに激しく腰を動かした。「ああ、ああああっ! マ、マユ姉、ぼ、僕っ!」
「イくの? 龍くん、あたしも、もうすぐイけるよ。い、いっしょにイこう」
「うっ、くっ!」龍は汗だくになって激しく身体を揺すった。
「あ、熱い! 中が、熱い、熱いよ、龍くん!」真雪も龍の動きに合わせて身体を揺すった。

 龍の身体が真雪にのしかかった。龍は手に持った真雪のショーツで自分の口と鼻を押さえた。そしてそのショーツごと、真雪の口に自分の唇を押しつけた。「んっ、んっ、んっ!」
 真雪は脱がされた自分のショーツ越しに龍の唇に口を塞がれ、呻いた。「んんんんっ! んんっ!」

 はあっ! おもむろに龍は身体を起こした。「イくっ! イく、マユ姉! イっちゃうっ!」びくびくびくっ! 龍の身体が小刻みに震え始めた。

「ああああっ! あ、あたしも、イ、イっちゃう! も、もう! りゅ、龍くん、龍くんっ!」がくがくがく! 二人の身体が同じように痙攣し始めた。
「出る! 出ちゃうっ! マ、マユ姉っ! んんんっ! ぐ、ぐううっ!」龍のペニスが激しく脈動し、彼の身体の中に溜まっていた熱い真雪への想いが勢いよく噴出し始めた。
「あああああっ! 龍くんっ!」真雪の身体が大きく仰け反った。

 はあはあはあ……二人は身体を重ね合わせたまま大きく肩で息をしていた。龍の背中から脇に、汗が流れ落ちた。龍も真雪も、お互いの速い鼓動を聞きながら、満ち足りた気分で長い時間抱き合っていた。


「龍くん、」
「なに? マユ姉」
「あなたといっしょにあたしもイけたよ。上手だった。とっても……」
「ほんとに? 良かった……」龍は無邪気に微笑んだ。
「でも、ほんとはあたしの中に出したいでしょ?」
「え?」
「その方が気持ちいいよ。きっと」
「で、でも、赤ちゃんができちゃうよ」
「あたしたちがずっとこのままつき合ってて、大人になって龍くんがあたしにプロポーズする日が来たら、」
「夢みたいだ……。そうなったら」
「あなたの赤ちゃんが欲しいな。あたし」
「僕とマユ姉の赤ちゃん……。ホントに夢みたいだ。そうなったらいいな……」龍は真雪の胸に顔を埋めた。
「でも、まだ龍くんが赤ちゃんみたいだから、ずっと先になりそうだね」
「うん。僕まだマユ姉に甘えたい年頃」
 真雪は笑った。「かわいい」そして短くキスをした後、龍の目を見つめて真雪は言った。「好き。龍くん」
「僕も」

 真雪は自分の乳房に顔を埋めたままの龍の髪をそっと撫でながら言った。「あの写真、ずっと飾ってくれてるんだ」
「うん。もちろん。だって、僕がマユ姉を撮った初めての写真だから」
「すっごくよく撮れてるよね」
「ありがとう」
「写真撮るの、好き?」
「うん。今度、誕生日に父さんからもっといいデジカメ買ってもらうことになってるんだよ」
「そう、良かったね」
「そしたら、またマユ姉をいっぱい撮ってあげる。いいでしょ?」
「ほんとに? 嬉しい」

-第2章 1《牧場と露天風呂》-

 8月3日。『Simpson's Chocolate House』の駐車場。去年よりまた一回り大きくなったプラタナスの木でやかましく蝉が鳴いている。

「さあ、出かけようか」ケンジが言って、ワゴン車の運転席のドアを閉めた。後部座席の窓を開けて、真雪が言った。「じゃあ、行ってくるね、グランマ、グランパ」
 店の前でアルバートとシヅ子が微笑みながら手を振った。「楽しんでくるんやでー。マイハニー」

 車がゆっくりと動き出した。「高速に乗って二時間、降りて一時間ってとこだな」ケンジがハンドルを切りながら言った。助手席のミカが後を振り向いて言った。「子どもら、なんか飲む?」
「パイナップルジュース!」一番後のシートに真雪と健太郎と共に座っていた龍が叫んだ。
「後ろのクーラーボックスに入ってるから、勝手に取って飲みな」
「わかった」
「パパは?」真雪が訊いた。
 中央のシートにマユミと二人で座っているケネスが応えた。「わいは、」ミカがその言葉を遮って言った。「ビール。ビールがあるだろ、真雪、大人にはそいつを回してくれ」
「ミカ姉、相変わらずやな」ケネスは眉をひそめた。「去年みたいに、へべれけにならんといてな。頼むから」
「わかってるよ」ミカはケネスからバトンタッチされた缶ビールを受け取って笑った。
「俺にも取ってくれ、」ケンジが言った。「缶コーヒーかなんか、あっただろ」
「今取ってあげるよ、ケンジおじ」健太郎が言った。


 昼前に目的地に着いた。

「おお、思ったより垢抜けたロッジじゃない?」
 山間に建つその宿泊施設は、山小屋風の外観で、近くの山で採れる豊富な木材をふんだんに利用した温かみのある建物だった。標高が高いので、蝉の声は聞こえるが、時折吹きすぎる風はひんやりとしていた。

「気持ちいいね」龍が深呼吸をした。
「山もいいよね。なかなか」真雪も言った。
 遥かに山が連なっている。ロッジの裏手には青々とした草原が広がり、遠くには牧場が見えた。
「牧場!」真雪が叫んだ。「乗馬できるかな?」
「ここに荷物を預けてから行ってみようか、昼ご飯もかねて」
「ごはんも食べられるんだ、あの牧場」
「観光牧場だからね。龍の好きなミルクも飲めるぞ。最高においしい搾りたてがな」ミカが荷物を車から降ろしながら言った。


「意外に広い牧場だね」龍が車から一番に降りて言った。そして続いて降りてきた真雪の手を取ってビジターハウスに向かって駆け出した。
「龍のやつ、」ミカが言った。「あのはしゃぎよう。ただ事じゃないね」
「幼児並みだな」ケンジも言った。
「無邪気でいいじゃん」マユミが微笑みながら言った。「身体は大きいけど、真雪の弟って感じだよね」
 マユミの隣に立ったケネスが腕組みをして言った。「その『弟』と、すでに深い仲なんやろ? 真雪のヤツ」
「ケニー、認めてないの?」
「いや、龍やから許す。変なムシが真雪につくこともあれへんやろうからな」
「えー、そんな理由? もしかしたらあたしたちの義理の息子になるかもよ。龍くん」
「わかってるがな。でもそないなったところで、今とあんまり変われへんな」ケネスが笑いながらビジターハウスに向かって歩き始めた。 

「真雪、馬に乗りたいだろ?」ケンジが言った。
「うんっ!」真雪は元気よく言った。
「乗っておいでよ、マユ姉」
 ケンジがケネスの横に立って訊いた。「なんで真雪はあんなに乗馬が好きなんだ? ケニー」
「ようわからへん。ちっちゃい頃にポニーに乗せてやったらはまってしまいよった」
 マユミが言った。「今も月に一度は乗馬クラブに通ってるんだよ」
「そうだってな」

 裏に広がった牧場の周りを取り囲むように、木の柵で仕切られた道が作られている。すでに一頭の馬に跨がっていた真雪が手綱を持って言った。「龍くんも乗りなよ」
「え? ぼ、僕はいいよ」
「何で? 怖くないよ」
「こ、ここで見てるよ。っていうか、写真、撮ってあげるよ、マユ姉が馬に乗ってるとこ。」
「そう? じゃ、行ってくるね」真雪は馬の首を何度か優しく撫でた。馬はしっぽをゆっくりと振りながら鼻を伸ばした。
「お嬢さんには、ガイドは必要なさそうですね」馬の横についていた若い男性がちょっと感心したように言った。「乗馬の経験がおありですか?」
「はい。もう10年ぐらい前から」
「そりゃすごい! 僕よりずっとキャリアは上だ」

 真雪は手綱を引き、馬をゆっくりと歩かせた。龍は手に持ったカメラを構えて何度もアングルを変えてシャッターを押した。
「ねえねえ、ケン兄、」
「なんだ?」
「馬の後ろ足の間の、あの物体って、なに?」
「物体? ああ、あれはお前、馬のアレだよアレ」
「でかっ!」龍は驚いて叫んだ。「あ、あんなものでエッチするの? 馬って」
「お前、何考えてんだ?」
「だ、だって、あのでかさ、普通じゃないよ。僕のに比べて10倍ぐらいの大きさはあるんじゃ?」
「何でお前、自分のと比べるかな。それとも何か? お前マユがあれでやられてるのを想像してんのか?」

 自分で言いながら健太郎は赤面していた。

「マユ姉、喜ぶかな……」
「ばかっ! 変な想像するなっ!」
 龍は馬に乗って遠ざかっていく真雪を見つめていた。一瞬、彼女が全裸で馬に跨がっている姿が脳裏に浮かんだ。龍は自分の身体の中で熱い気泡がいくつも弾けたような気がした。

 いきなり後ろの方からミカの声がした。「おーい、龍、おっぱい触りたくないかー」
 健太郎と龍は慌てて振り向いた。「な、なんてこと言ってるんだ、母さん。こ、こんな所で、誰のお、お、おっぱいを、」
「牛だよ、牛。乳牛の乳搾り、してみないか、って言ってんだよ」
「だ、だったら最初からそう言ってよ。びっくりするだろっ!」
 近くにいた観光客が一様にくすくすと笑った。
「もう、恥ずかしいったらありゃしない……」龍はぶつぶつ言いながら、その牛舎に入っていった。


「じゃあ、ここに座って下さい」ガイドの若い女性が言って、龍と健太郎を乳牛の横にある木の椅子に座らせた。
「でかっ!」また龍が言った。「牛のおっぱいって、実際に見るとかなりでかいね、ケン兄」
「お前、今度はマユのと比べようってのか?」健太郎がいぶかしげに言った。
「こうして、手を添えて、指を一本ずつ人差し指から、」ガイドの女性はそう説明しながら実際にやって見せた。「わかりましたか?」
「はい。やってみます」
 背後に立ったケンジが言った。「搾ったミルクは搾っただけ飲めるんだと」
「いっぱい搾ってくれよ、龍」ミカも言った。
「がんばって」マユミがソフトクリームを舐めながら言った。
「マーユ、それわいにも舐めさせてーな」
「いいよ。はい」マユミは持っていたソフトクリームをケネスに手渡した。ケネスはそれをぺろぺろと舐め始めた。
「おお、めっちゃうまいソフトクリームやな。やっぱ、原料のミルクから違うんやろうな……」

 龍はおそるおそる目の前の牛の乳房に触った。「あったかい! ケン兄、あったかいよ。それに意外に柔らかくて気持ちいい」
 健太郎は無表情のまま抑揚のない声で言った。「そうか、そりゃよかったな」
「なに? なんでそんなに無愛想かな」
「お前が次に口にする言葉を、想像してんだよ」
「え?」
「マユのおっぱいよりあったかいだの、マユのおっぱいの方が柔らかいだの言うんじゃないかと思ったんだよ」
「マユ姉のの方が柔らかくてあったかいよ」
「まったく……」

「あたしの何が柔らかいって?」不意に二人の背後から声がした。
「えっ?!」健太郎と龍は同時に振り向いた。「マ、マユ姉!」
「よく聞こえなかった。あたしがどうしたって?」真雪は微笑んで龍の横にしゃがみ込んだ。龍は真剣な顔で牛乳を搾り始めた。
「マユ、この牛のおっぱいより、お前のの方があったかくて柔らかくて気持ちいいんだとよ」健太郎がおかしそうに言った。
「やーね、龍くんのエッチ」真雪は軽く言って微笑んだ。
「な、なんと! 予想外のリアクション!」健太郎は意表を突かれて仰け反った。

 龍は顔を赤くしながら無言でひたすら乳搾りを続けた。



 牧場の一角に自然食レストランがあった。7人はそこで昼食をとることにした。
「茹でたオーガニック野菜の盛り合わせ、ヨーグルト豚のソテー、」ケンジがメニューを見ながら言った。
 ミカが聞き直した。「『ヨーグルト豚』?」
「ヨーグルト状に発酵させたえさで育てた豚なんだと。揚げ豆腐のオイスターソース、地鶏の冷製オードブル、ヤリイカとジャガイモのニンニクソース」
 ケネスが訊いた。「何で山やのにヤリイカなんや?」
「知るかよ」
「でも、どれもおいしそうね」マユミが言った。
「バイキング形式だ、お前ら、先に取ってこい」ミカが子どもたちを促した。
「うん」三人は席を立った。

 間もなくウェイターがピッチャーを持って彼らのテーブルにやって来た。「先ほどの牛乳でございます。低温で殺菌してありますので、風味を損なっておりません。どうぞ、お召し上がり下さいませ」
「ありがとう」ミカがそう言って、ピッチャーから7つのグラスにその搾りたての牛乳を注ぐと、ケンジがそれぞれの前に並べた。

 龍と真雪がテーブルに戻ってきた。龍の持った皿には山のようにいろいろな料理が積み上げられていた。
「龍、お前のそれはもはや料理ではなく生ゴミだな」ミカが呆れて言った。「一度に持って来なくても、また取りに行きゃいいだろ、まったく……」
「真雪はそれだけか?」ケンジが言った。
「いろいろ少しずつ食べてみて、気に入ったのがあったら、また取りに行く」
「龍、お前のハニーを少しは見習え」ミカが言った。「そんな行儀の悪いとこ見られたら愛想尽かされるぞ」

 龍はすでに皿の料理をがっついていた。

 テーブルに健太郎が戻ってきた。「奥にチョコレート・ファウンテンがあったよ、父さん」
「何っ?! ほんまか?」ケネスは立ち上がった。
「さすがチョコレート職人、さっそくリサーチする気なんだな」ケンジが言った。


 食事を終えてレストランを出る時、ケネスはレジのウェイターに何やら話しかけていた。ケネスの話を聞き終えたウェイターは、彼を連れて、奥のスタッフルームに向かった。
「どうした? ケニー」ケンジが声をかけた。
「ちょっとここの支配人と話してくるよってに先に宿に戻っててくれへんか?」
「わかった。じゃあ、用が済んだら連絡しろよ、迎えに来るから」
「そうやな。手間取らせて悪い、ケンジ」
「気にするなよ」

 ミカが駐車場の車に向かいながらマユミに話しかけた。「ケネス、何か思い立ったのかね」
「きっと、商談だよ」
「商談? チョコレートの売り込み?」
「さっきの牛乳に感動してたから、ケニー。もしかしたら、うちで作るミルクチョコレートの原料を調達しようとしてるのかもしれないね」
「なるほど、そういうことか」
「もしそうなれば、うちのチョコレートをここに提供することもできるしね」
「ケネス、まじめに働いてるじゃないか。感心感心」



 ケネスを除く6人はロッジに戻り、ロビーに入った。
「お風呂は入り放題なんだよ。真雪、汗かいてるでしょ? 入ってくれば?」マユミが言った。
「家族湯もあるらしいぞ、マユ、」健太郎が言った。そして小声で続けた。「龍を誘ったらどうだ?」
「やだー、ケン兄のエッチ」

 予約した部屋は3つ。そう、忘れてはいけない、今日8月3日はケンジとマユミのスイートデー。おまけに健太郎の初体験記念日、である。宿泊棟をつなぐ長く曲がりくねった廊下の一番奥の部屋『オーク』が子どもたち、その手前『メイプル』がケネス夫婦、そのまた手前『ポプラ』がケンジ夫婦の部屋ということになっていた。

 ケンジが『オーク』を訪ねた。部屋の中では健太郎が一人でテレビを見ていた。
「あれ? 真雪と龍は?」
「風呂」
「な、なにっ?! ほんとに二人で行ったのか?」
「行ったよ、家族湯に。手つないで」
「まったく、なりふり構わずというか、恥ずかしげもなくというか……」
「いいじゃない、ケンジおじ、龍は特に今回は大目に見てやってよ」
「そうだな」ケンジは一つため息をついた。「ところで、」
「何?」
「お前、どうする?」
「どうするって?」
「今夜だよ、今夜」
「そう、それ、それは俺も考えてた」
「だろ?」
「この部屋にいたら、きっといたたまれなくなる」
「あの調子じゃ、龍と真雪はくっついて離れなくなるだろうからな」
「だよねー」健太郎はあきれ顔で言った。「俺、鼻血の海に溺れちまう。でもケンジおじと母さんもくっつき合うんだろ? 今夜」
「え? ま、まあな……。知ってたんだな、健太郎」
「へへ……。去年の今日、知った」
「ミカに訊いたのか?」
「うん。本当の記念日のこと、教えてもらった」
「そういうお前はミカとくっつきたい、だろ?」
「えっ?!」
「今日はお前の記念日でもあるんだし」
「そ、そうだけど……」
「ミカはもうすでにその気でいるぞ」
「ほ、ほんと?」健太郎はひどく嬉しそうに言った。

 その時、ドアを開けてケネスが顔をのぞかせた。
「あ、父さん。どうだった? 牧場での話」
「ああ、なかなか前向きな支配人やったで」
 ケンジが言った。「おまえの店の商品に使えそうか?」
「牛乳は品質管理もしっかりしとるし、とりあえずここの生乳を使ったチョコレートを試供品としていくつか作ってみることにした」
「そう」健太郎は微笑んだ。「うまくいくといいね」
 ケネスは部屋の中を見回した。「ところで、なんや、健太郎、置いてけぼりか?」
「いや、龍たちといっしょに露天風呂なんかに行けるわけないから」
「何っ? 龍と真雪は風呂か? いっしょに?」
 健太郎は呆れたようにうなずいた。
「もう誰にも止められへんな、あの二人……」

「父さん、」健太郎が少し神妙な顔で言った。
「ん? どないした、健太郎」
「俺を息子として育ててくれて、感謝してる」
「いきなり何言い出すか思たら……」ケネスはケンジをちらりと見て、一つため息をついて続けた。「お前は息子やないか。わいとマーユの」
「でも、」
「健太郎は真雪といっしょにマーユから生まれたんや。わいは彼女の夫や。正真正銘、お前らはわいたちの息子と娘やないか」
「父さん……」
「そやけどな、お前がこのケンジの子やなかったら、そうはいかんかったかも知れへん」
「え?」
「ケンジとマーユ兄妹の間には誰にも断ち切ることができへん絆がある。それはお前にもわかるやろ?」
「う、うん」
「そやけどな、わいは二人の恩人なんやで」ケネスは笑った。「な、ケンジ」
「そうだぞ、健太郎。ケニーは俺たち二人の間に、いつもいてくれたんだ」
「そやからな、結婚できへん二人のために、わいはケンジからマーユをもらい受けたんや」

 ケネスは健太郎の目を見つめた。「お前もいっしょにな」

「父さん……」
「わいはな、マーユのことが大好きやったから、喜んでマーユをもろた。超ラッキーや、思たで」
「俺、二人が父親で、こんなに幸せなことはない。心からそう思うよ」健太郎はケネスとケンジの顔を交互に見た。
「これからもずっと、ケンジとわいはお前の父親や。忘れたらあかんで、健太郎」
「これからも、どうかよろしくお願いします」健太郎は二人に向かって深々と頭を下げた。
「なにかしこまってるんだ。健太郎、顔上げろよ」ケンジが健太郎の肩に手を置いた。

 健太郎の肩は小さく震えていた。そして彼はいつまでも頭を上げることができないでいた。

 ケネスは健太郎の身体を抱きかかえるようにして、近くの椅子に座らせた。健太郎は右手で乱暴に涙を拭い、顔を上げて笑った。
「さてと、」ケネスが言った。「この部屋は龍と真雪が占有することになりそうやな」
「そう。さっきもそう言って健太郎と話してた」ケンジも言った。
「ほんで、健太郎は隣の部屋でミカ姉とエッチするんやろ?」
「と、父さんまで!」健太郎は赤くなった。
「あのな、健太郎、」ケネスは小声で健太郎に囁いた。「ミカ姉が喜ぶこと、教えたるわ」
「え?」
「噛みつくんや」
「かっ、噛みつく?!」
「挿入したら身体をきつく抱きしめながら肩に噛みついてみ。きっと彼女喜ぶで」
「ほ、ほんとなの? っていうか、何で父さん、エッチの時のミカさんの喜ぶことを知ってるんだよ!」

「やばっ!」ケネスは口を押さえた。

「も、もしかして父さんもミカさんとエッチしたこと、あるのか?」
 ケネスは目をそらした。
「ケンジおじ、それって、いったい、どういうこと?」
「えーっと……。何からどうやって話したものやら……」ケンジは頭を掻いた。
「父さんたちって、も、もしかして乱交状態?」
「ら、乱交ってなんや! せめて多彩に愛し合っている、とでも言うてほしいわ」
「信じられない!」健太郎は思いきりあきれ顔をした。「けど、何か楽しげ」
「楽しいんだな、これが。最高に」ケンジが笑った。
「父さんたち見てると、本当にそんな風に見えるから不思議」
「俺たち夫婦4人は、自由自在な関係なんだ、健太郎」
「あまり聞いたことのない関係だけど、みんな仲がいいってのはすごいことだね」
「お互いの強い信頼のなせる技や」
「うん。そうだね」健太郎は妙に感心したように言った。「でも、今夜はケンジおじと母さんのスイートデーだよね」
「そうや」
「だったら、もう一つの部屋はケンジおじと母さんが使うんだろ? 今夜」
「そうやな」
「だったら、父さんはどうするんだい?」

 少し固まって考えた後、「心配いらへん」ケネスは立ち上がった。「わいは一晩中、露天風呂に浸かって、星でも眺めながら過ごすよってにな」蒼い目が少し涙ぐんでいた。

 ケンジも立ち上がり、ケネスの肩をたたきながら言った。「俺たちといっしょにいればいいじゃないか」
「何言うてんねん! 邪魔やんか、お前とマーユの」
「あれから俺たち、三人プレイにちょっとはまっちまってさ、」
「えっ?!」
「特にマユが前向きなんだ」
「ほ、ほんまか?」
 健太郎が口を挟んだ。「あのう……子どもの前ではちょっと刺激が強すぎる話ではありませんか? お二方」



「マ、マユ姉、先に入って」龍が家族湯のドアに『入浴中』のプレートを掛けた後、中に入って鍵を掛け、もじもじしながら言った。
「どうしたの?」
「い、いや、やっぱりさ、まだ、ちょ、ちょっと恥ずかしいかなって……」
「ふふ、龍くん純情だね。当たり前か、中二だもんね、まだ」
「マユ姉、やっぱり一人で入る? 僕、部屋に戻っていようか?」
「あたしとお風呂に入るの、いや?」
「いやじゃない。いやじゃないよ。僕だっていっしょに入りたい。でも、やっぱり今は刺激が強すぎる、って言うか……」
「変なの。この前いっしょに入ったじゃない、うちで」真雪は小さなため息をついた。「じゃあさ、ちっちゃかった頃のことを思い出して、親戚モードでいっしょに入ろ」
「親戚モード?」
「そう」

 龍は少し考えてから言った。「じゃ、じゃあ、ケン兄も呼ぼう」
「え?」
「いつも三人で入ってたじゃん、お風呂」
「この歳でケン兄、あたしといっしょにお風呂に入ってくれるかなー」
「マ、マユ姉は平気? ケン兄といっしょにお風呂入るの」
「お風呂に入るぐらいなら大丈夫だよ。いきなりおっぱいに触られたりしたらいやだけど」
「いや、ケン兄がそんなこと、するわけない……」
 真雪は笑った。「とにかくあたしは構わないよ」
「ほんとに? じゃあ、連れてくるね。待ってて」龍はドアを開けて飛び出していった。

 真雪は着ていた服を脱ぎ去り、鼻歌交じりに一人で浴室に入っていった。そして掛かり湯をした後、ゆっくりと足を湯に浸した。「半分露天風呂なんだ、家族風呂にしては広くて気持ちいいな」真雪は肩まで湯に浸かってほっとため息をついた。遠くになだらかな峰の稜線が連なっている。まぶしい夏の空のあちこちに入道雲が発達し始めていた。

「やだよ、俺、」ドアの向こうで声がした。「お前らだけで入ればいいじゃないか、なんで俺まで」
「頼むよ、ケン兄、僕だけじゃなんか恥ずかしくて」
「俺だって恥ずかしいよ。なんでわざわざお前と二人揃って恥ずかしい思いをしなきゃいけないんだ」
 龍は無理矢理健太郎を脱衣所の中に入れて鍵を掛けた。
「助けてよ、ケン兄。この通りだから」龍は健太郎に手を合わせた。
「ま、まったく、なんで俺がこんなことを……」健太郎が赤くなってぶつぶつ言いながら、それでも服を脱ぎ始めた。

「マユ姉、入っていい?」
「いいよー」
 健太郎と龍は自分の腰にタオルをしっかりと巻き付け、すでに身体中を真っ赤にして浴室に入ってきた。
「マ、マユは平気なのかよ」
「あたしの着替え、結構頻繁に見てるケン兄にしては、意外な反応だね」湯に浸かったまま真雪は振り向いて言った。「あれ? 、何? 、その手に持ってるの」
 健太郎の手に小さなプラスチックの箱が握られている。
「防水ケース。中身は鼻血止めのティッシュ」健太郎が無愛想に言った。「俺、お前の着替え、そんなに頻繁に見てないからな。変なこと言うなよ。龍が誤解するだろ」
「マユ姉って、意外に大胆だってことがわかってきた」龍が言って湯に浸かった。真雪からできるだけ距離を置いて首だけを出した。

「ねえねえ、龍くん、こっちに来てみなよ。山がきれいだよ。そこからだとよく見えないでしょ?」
「え? う、うん」ためらいながらも、龍は湯に浸かったまま真雪の方へ移動し始めた。
 健太郎は真雪に背を向けて湯に浸かっていた。
 龍は真雪の勧める所までやって来た。「ほんとだ、いい眺め」龍は膝立ちをしてその風景を眺めた。へそから上が湯の上に現れた。
「龍くんの身体って、ほんとに逞しくて立派になったね。去年とは大違い。ケン兄を一回り小さくしたぐらいかな」
「え? 俺?」健太郎は不意に振り返って真雪を見た。その時、真雪は湯の中で立ち上がり、龍の肩に手を置いた。真雪の美しいうなじからなだらかな曲線が背中を走り、豊かで白いヒップまで続いていた。その何もかもが湯から現れた。
 ぶっ! 「やばいっ!」健太郎は叫んで鼻を押さえた。例によって血が垂れ始めた。「ティッシュ、ティッシュっ!」彼は慌てて防水ケースを手に取り、中にあったティッシュを取りだし、鼻に詰めた。

「龍くん」真雪は背後から手を龍の胸に伸ばした。そして優しくさすった。
「あ、マユ姉……」
 健太郎は叫んだ。「お、俺もう上がるっ! だめだ、このままでは失血死しちまうっ!」ざばっと湯から上がった健太郎は、身体を拭くのもそこそこに、浴室を出て行った。

「ケン兄、出て行っちゃった……」「彼も意外に純情だった、ってことかな」龍と真雪は健太郎が出て行ったドアを見ながら言った。
「後で謝らなきゃ。ケン兄に」
「そうだね」
「ねえ、マユ姉、」
「何?」
「僕さ、まだ知らないことがいっぱいあって、マユ姉を困らせたり、厭な思いをさせたりするかもしれない」
「え?」
「だからさ、いろいろ教えて。僕に。特に、こうしてほしい、とか、こう言われたら嬉しい、とか。それに、されたら厭なことも、遠慮なく言って」
「どうしたの? 急に」
「突っ走りそうだもん。でも僕、マユ姉が大好きで、大切な人だから、傷つけたくないんだ」
「それだけちゃんと考えてるのなら、龍くんは大丈夫だと思うよ。初めてあたしの部屋で抱いてくれた時も、二度目の龍くんの部屋での時も、あなた、ずっとあたしに気を遣ってくれたじゃない」
「え?」
「あたしの中では男のコって、もっと乱暴で、自分の欲求に任せて女のコを扱うもんだって覚悟してたから、あの時はどっちもすっごく感動したんだよ、あたし」
「そうなの?」
「龍くんはお父さん譲りの紳士なんだね」
 龍は頭を掻いた。「と、とにかく絶対教えてね、いろいろ」
「わかった。そうするよ」真雪はにっこりと笑った。



 『オーク』の部屋には鍵が掛かっていた。風呂から上がった龍と真雪はドアをノックした。「ケン兄、いるの?」
 そこへケンジとミカが通りかかった。「ああ、健太郎なら一人でサイクリングに行ったぞ」
「サイクリング?」
「そ。お前たちもどうだ? ロビーに行って、レンタサイクルを借りるといい」
「どうする? マユ姉」
「行きたい。行こうよ、龍くん」
「そうだね」ロビーに向かって歩き出した龍は急に立ち止まった。「あ、しまった!」
「どうしたんだ? 龍」ミカが訊ねた。
「僕のカメラ、この部屋の中なんだ。鍵はケン兄が持ってってるよね、きっと」
「父さんのを貸してやるよ。ちょっと待ってな」ケンジはちらりとミカを見て、かすかにうなずいた後、自分の部屋に戻っていった。
「お前のマユ姉の写真を撮る、絶好のチャンスだもんな」ミカが笑った。

 しばらくしてケンジが両手で箱を抱えながら戻ってきた。
「あれ? 父さん、なに? その箱」
「本当は秋の誕生日に買ってやるはずだったんだが……」
「も、もしかして?」龍は箱を受け取り、ケンジの顔を見た。
「開けてみな」
 包装紙を取り去り、箱を開けた龍は叫んだ。「やったやったーっ! 一眼レフだ!」そして飛び跳ねた。「ありがとう、父さん、母さん。大切にするよ」
「良かったね。龍くん」真雪も隣で微笑んだ。
「それでさっそくお前のハニーを撮ってやりな」
「うんっ!」




-第2章 2《撮影会、大人の夜》-

 龍と真雪はそれぞれ自転車に乗ってロッジを出た。
「気持ちいいね、マユ姉」
「うん。あんまり暑くないし、風もひんやりしてる」
 真雪が前を走っていた。龍は彼女の後ろについて、彼女のペダルをこぐ長く白い脚や、こぐ度に規則正しく動くショートパンツ越しの丸いヒップを眺めてはため息をついた。「マユ姉、きれい……」
「何か言ったー?」真雪が振り向いた。
「い、いや、何も」


 30分ほどこぎ続けて、二人は草原が広がる場所までやって来た。彼らは自転車を降りた。
「マユ姉、水、はい」
「ありがとう」真雪はペットボトルを龍から受け取った。
「すっごい景色」
「ほんとだね」
「身も心も解放される感じがするね」
「龍くん、素敵なこと言うね」
「マユ姉と一緒だから余計に」
「嬉しい」
「ねえ、マユ姉、ここで写真撮っていい?」
「いいよ。いつでも」真雪は自転車の前の籠に入れていた麦わら帽子を取り出してかぶった。
「いいね、夏らしくて」すでに龍はカメラを構えていた。真雪が微笑む瞬間にシャッターを押した。「何だか、すっごくかわいらしい感じだよ、マユ姉」
「そう?」真雪は思わず笑顔を作った。また龍がシャッターを押した。
「ちょっと太陽の方を向いてみて」
「こう?」
「そう、それから左手で帽子を押さえて、そう、そのまま」龍はアングルを決めて、連写した。

 それから龍は真雪を座らせたり、伸びをさせたり、草の上に寝転ばせたりして、ものの数分の間に大量の写真を撮った。

「龍くん、プロみたい」
「まだまだだよ。父さんにさえ褒められたこと、滅多にないよ。でも、さすが一眼レフ。このカメラ、操作性抜群だよ。ボケ味もきれいだし」
「龍くん、」真雪が少し恥じらいながら言った。「あのさ、あたしのヌード、撮ってくれない? ここで」
「ええっ?!」
「お願い」
「こ、こんなところで?!」
「龍くんに撮って欲しい。今のあたしの全てを」
 龍はもじもじして言った。「じ、実は……」
「え? なに?」
「僕もずっと前から考えてたんだ。マユ姉のヌードが撮れたらいいな、って」
「なんだ、そうだったの? 早く言えば良かったのに」
「いや、女のコにそんなこと言ったら、いっぺんに嫌われちゃうよ。普通は」
 真雪は笑った。「それはそうか」
「で、でも、人が来たらどうしよう」
「大丈夫だよ。あ、」
「どうしたのマユ姉」
「ケン兄だ!」
 龍は自分たちが並べてとめた自転車の方を振り向いた。健太郎が、さらに先に行った方から戻ってきているところだった。

 健太郎は自転車を止めた。
「よっ! なんだ、お前たちも自転車借りたんだ」
「そうなの」
「マユの撮影会か? 龍」
「うん」
「ケン兄、お願いがあるんだけど」真雪が言った。
 自転車を降りて健太郎は言った。「何だ?」
「そこでさ、見張ってて」
「見張る?」
「そう。誰か来たら、早めに教えてね」
「な、何をするつもりなんだよ」
「あたし、ヌードになるから」
「ヌっ! ヌードだって?!」
「そう」
「お、お前ら、そんなことをしにここまで来たのかよ!」
「あたしが龍くんにお願いしたの」
「まったく、お前どこまで突っ走るかな」健太郎はかぶっていたキャップを目深にして赤面した。「いいよ。わかったよ。なるべく短い時間で済ませろよ」
「うん。ごめんね、ケン兄」

 真雪は着衣を脱ぎ始めた。草に座り、ショートパンツのままトップレスに麦わら帽子というスタイルで数枚、ショートパンツを脱ぎ、白いショーツ姿で数枚、そして全てを脱ぎ去り、オールヌードの写真を数枚。眩しい夏の光の中で真雪の肌は輝いていた。愛らしい茂みの柔らかなトーン、少し汗ばんだ乳房のきらめきさえ、龍は余すところなくカメラに収めたのだった。

 膝を抱えて撮影現場に背を向けていたはずの健太郎は、鼻にティッシュを詰めて赤面していた。

「ごめんね、ケン兄」真雪が元の姿に戻って健太郎のところにやってきた。龍もカメラに保存された画像を確かめながらやってきた。
「まったく、なんで俺がこんなこと……」健太郎はまだ赤い顔をして二人を見上げた。


 龍と真雪は健太郎の横に並んで座った。
「気持ちいいよね、広くて」真ん中に座った真雪が伸びをした。
「そうだな」健太郎も言った。「それにしても、お前ら、本当に大胆だな」
「そうかな」龍が言った。
「ま、マユの方が大胆なような気もするが」
「遺伝なのかも」
「父さんの? 母さんの?」健太郎が訊いた。
「たぶん両方」真雪が笑った。「ねえねえ、ケン兄、ママとケンジおじって、ただの兄妹じゃなかった、って本当?」
「何か勘づいたな、マユ」
「今まであの二人を見てて、あたし思うんだ。何か違うって」
「何か違う? 父さんとマユミ叔母さんが?」龍が訊いた。
「そう思わない? 龍くん」
「確かに。そう言われれば……」

「もう、お前ら自身が一線を越えてるから話してもいいと思うけど、」健太郎が語り始めた。「実はな、ケンジおじとうちの母さんは、高二の時にお互いを初体験の相手として選んだんだ」
「ほんとに?!」真雪がちょっとびっくりして言った。
 健太郎はちらりと龍を見た。「龍、ショックだったか?」
「ううん。だって、昔の話じゃん」
「ま、そりゃそうだ」健太郎はちょっと拍子抜けしたように続けた。「そのつき合いは約二年半続いた」
「長っ!」龍が言った。
「だよな。兄妹で愛し合うっていう普通では考えられない状態が二年半も続いたってっから、もう驚きだ」
「でも、さすがに二人は結婚できないから、別れるしかない。しかし、そこには高二の時からずっとケンジおじの親友だったケニー父さんがいた」
「父さんの大学には、二年先輩の母さんがいたんだよね」龍が言った。
「ケニー父さんも母さんのことが好きだったから、ケンジおじは泣く泣く母さんを父さんに譲ったんだ」
「泣く泣く……か」真雪が悲しそうな顔をした。「辛かっただろうね、ケンジおじもママも」
 健太郎が言った。「しかたないよ。兄妹では結婚できないからな。だけど、ケニー父さんもミカさんも二人の気持ちやそれまでの歴史、全部知ってたから、二人が時々会って愛し合うことを許したんだ」
「心が広いよね、パパもミカさんも」真雪が言った。
「何となくわかるな。母さんって、そういう人だよ」龍がちょっと誇らしげに言った。

 健太郎が空を仰いで独り言のように言った。「俺もそう思う。超いい人だよ。セクシーだし」

 真雪が健太郎を見た。そして眉をひそめて言った。「なんでセクシーなのが『いい人』に繋がるのよ」
「え? あ、いや、一般論だ」
 健太郎はおどおどし始めた。
「ひょっとして、」真雪が言った。「ケン兄って、ミカさんに憧れてたんじゃない?」
「あ、憧れてたよ。スクールであんなにスマートに泳げるんだからな」
「ケン兄、時々母さんをじっと見てたりしてたよね。スクールの時」龍が言った。
「あたしの予想では、」真雪が言った。「ケン兄、ミカさんに迫ったでしょ」
「な、何を根拠に?!」
「ハワイでさ、妙にミカさんに絡んでたじゃない。それに、」真雪はにやにやしながら言った。「ハワイでの二日目の夜、なかなか部屋に戻ってこなかったよね。ねえ、龍くん」
「うん。そうだったね。マユ姉と二人で、ケン兄、何してんだろうね、って話してたんだ」
 健太郎は焦って叫んだ。「お、お前ら起きてたのか?!」
「夜、眠れなくて二人で話してたよね、龍くん」
「うん」
「あ、あれはだな、そ、その……」
「もういいじゃん、隠さなくても」真雪が優しく言った。「パパたちだって知ってることなんでしょ?」
「わ、わかったよ。言うよ」健太郎はまた顔を赤くして白状し始めた。「あの晩、お、俺はミカさんに童貞を捧げたんだ」
「やったー!」龍が叫んだ。「おめでとー、ケン兄!」そして派手に拍手をした。
「やっぱりそうだったんだー」真雪も言って健太郎の背中をぱんぱんと叩いた。
 健太郎が大声で言った。「そ、そういう龍だって、あの晩初めて、」
「あーっ! やめてやめてっ!」龍は健太郎の言葉を遮って慌てた。
「何、なに? 龍くんどうしたの?」
「何でもないよ、マユ姉」
「お前、卑怯だぞ、俺だけに恥をかかせようったって、そうはいかないからな」
「だ、だって、恥ずかしいじゃないか」龍も負けずに赤くなっている。
「観念しろ」
 龍はうつむいた。「わかったよ。いいよ。言っても」
「自分で言えよ」健太郎が促した。
「龍くん、何があったの? 聞かせてよ」

 龍は真雪を上目遣いで見ながら小さな声で言った。「あ、あの晩、僕、マ、マユ姉を抱く夢、みちゃってさ、」
「えー、ホントに? あんなにちっちゃかったのに、もうそんなこと考えてたの? 龍くん」
「ゆ、夢の中でのことだよ」
「それで?」
「僕、初めてあの時し、射、射精しちゃったんだ」
「夢精だよ、夢精」健太郎が言った。「それが龍の精通だったわけだ。つまり、大人への扉を開けたってわけだな」
「おめでとう、龍くん」真雪も拍手をした。
「い、いや、その対象そのものの人から祝われるのも、何だか……」そしてぽつりと言った。「オトコって、いやらしいよね」
「それが思春期ってもんだよ」真雪は笑った。



 ロッジの宿泊棟に囲まれるようにして、その大きなレストランホールはあった。外はすっかり暗くなり、雲一つない空には街の中では決して見られないたくさんの星たちがきらめいていた。ホールの天井は大きなガラス張りになっていて、見上げればそんな降るような夏の星空が、まるで絵のようにホールを見下ろしていた。

 7人は大きなテーブルを囲んで座っていた。各自に生野菜とオードブルとスープが配られ、グラスに飲み物が提供された。
「ミカさんはもうワイン?」健太郎が言った。
「ビールじゃないんだ」龍が言った。
「もう十分飲んだ」ミカが言った。
「朝から車の中で一本、ここに到着して一本、昼ご飯の時にジョッキ一杯、さっき風呂上がりに一本」ケンジが呆れたように言った。「去年のようにべろべろになるなよ。頼むから」
「わかってるよ。それに、今夜は若いコを相手にしなきゃいけないんだ。気を確かに持っておかなきゃ」
「若いコ?」真雪が訊いた。
「気にするな、真雪」ミカは笑った。
「たぶんケン兄だよ、マユ姉」隣に座った龍が真雪に囁いた。
「えっ?! もしかしてケン兄、去年のあれから、ミカさんと続いてるの?」真雪も龍に囁き返した。
「そうらしいね」
 真雪は上目遣いで何か考えている風だった。
「どうしたの? マユ姉」
「え? いや、ケン兄、最近好きな人に告白する前に破れちゃったんだよね……」
「そうなの?」
「うん」
「傷心のケン兄か……ちょっと同情しちゃう」
「ミカさんが慰めてくれる、ってことかな」

 健太郎は彼らの向かいのミカの横に座って落ち着かない風情だった。
「どうしたんや? 健太郎。顔が赤いで。それに妙に緊張してへんか?」真雪の隣に座ったケネスが言った。
 ミカの隣のケンジが言った。「だいたい原因はわかるぞ、俺」
「え? 何? なに? どうしたんや?」
「何かあったの?」ケネスの横のマユミも言った。
「牛の乳搾りの時に、龍に真雪へのノロケを聞かされた後、」ケンジが説明し始めた。「龍に無理矢理風呂に連れて行かれて真雪のハダカを見せられ、」
「へえ!」ケネスがにやにやしながら言った。「まだあるんか?」
「とどめは、真っ昼間の草原での真雪の撮影会につき合わされた」
「わっはっは、龍と真雪に振り回されっぱなしやった、っちゅうわけやな」
「なに? もうすでに限界か、健太郎」ミカが隣の健太郎の肩に手を回した。
 健太郎は小さくこくんとうなずいた。
「よしよし」ミカは大きくうなずいた。
「事情を知らなかったとは言え、僕たち、ケン兄を刺激しすぎたかも」龍が申し訳なさそうに言った。
「そうだね……」真雪も小さなため息をついた。

 テーブルの中央に巨大な牛肉の塊が登場した。
「すげえ!」龍が叫んだ。
「これがここのメインディッシュよ」マユミが言った。
「よし、切り分けよう。さあ言え、どれくらい切って欲しい?」ケンジが立ち上がり、大きなサービスフォークとナイフを手に持って言った。
「僕3センチ!」
「あたしは1センチぐらいでいいな」
「健太郎は?」
「お、俺、少しでいい。あんまり食欲ない」
 ぱしっ! 「ばか!」ミカが健太郎の後頭部を平手でひっぱたいた。
「な、何するんだよ、ミカさん」健太郎はひっぱたかれた後頭部をさすりながらミカを睨んだ。「痛いじゃないかっ!」
「スタミナつけておかなきゃ、息切れするぞ!」
「ほんま、ミカ姉は言い方が露骨やな。相変わらずロマンティックなムードからはほど遠い」ケネスが笑いながらビールをあおった。「龍を見てみい。今夜のためにもりもり食っとるやないか」
「そうよ、健太郎、遠慮しないで食べなよ」
「なにが『そうよ』なんだよ、母さんまで……」
「5センチの厚さぐらいに切ってやって、ケンジ」
「わかった」
「滅多に食べられないんだぞ、こんな牛肉」
「わかったよ、もう!」健太郎はフォークとナイフをひっつかんで、ケンジがどかんと皿に載せたその肉をがつがつと口に入れ始めた。



 『メイプル』の部屋の二つ並んだベッドのうちの一つに健太郎は黒いショーツ姿で座っていた。ミカは黒いブラジャーとショーツ姿で部屋の外のテラスに立って髪を乾かしていた。
「健太郎」ミカが中の健太郎に声を掛けた。
「な、何? ミカさん」
「こっちに来いよ」
「う、うん……」健太郎は立ち上がってミカのいるテラスに出た。
「なに緊張してるんだ? 初めてでもないのに」
「お、俺、もうはち切れそう……」健太郎はミカの身体を後ろから抱きしめた。そして立ったまま自分の膨らみをミカのヒップに押しつけた。 
「まだ彼女できないのか?」
「好きな子はいた。でも告白する前に失恋した」健太郎は押しつけたものをミカのヒップの谷間にこすりつけながら言った。「親友の修平が先にゲットした」
「親友が恋のライバルだったってか?」
「不幸なことにね。でも、破れるのが早かったのは幸い。傷が浅くて済んだからね」
「お前も、大人になったじゃないか」
「ミカ先生のお陰ですよ」健太郎は笑った。
「じゃあ、あたしが失恋の傷を癒してやろう」
「恐れ入ります」

 ミカは振り向いて軽くキスをして言った。「それと同時に、お前の身体の火照りを鎮めてやるよ。あたしじゃ満足しないかもしれないけどね」
「とっ! とんでもない! 俺、ミカさんに抱かれると、癒される。本当だよ。この前、ミカさん家で抱いてくれた時も、俺、とっても癒された」
「セックスをそう思えるようになったら一人前だよ。健太郎。でも、」
「なに?」
「お前さっきから『抱かれる』って連発してるけど、お前があたしを抱くんだろ? 勘違いするなよ」
「実際はそうかもしんないけど、俺、気持ちの上ではミカさんに抱かれてる。ミカさんの方が広いから。何もかも」
「そうか。嬉しいね」ミカはまた自分の唇をそっと健太郎の唇に重ねた。健太郎も応えた。

 彼はミカの背中に手を回し、ブラのホックを外した。ミカの豊かな二つの乳房がこぼれた。ブラを腕から抜き去った健太郎は身をかがめてその乳房を吸い、手でもう一つをさすった。「ああ、け、健太郎、あたしも、今日は早いみたい……」
 ミカは手を健太郎の股間に伸ばした。そしてショーツ越しに膨らみを手のひらで包み、ゆっくりと揉み始めた。
「う、ううっ! ミ、ミカさん……」

 一つのベッドに二人は全裸で倒れ込んだ。仰向けになった健太郎にミカは覆い被さり、腕を押さえつけながら彼の唇を吸った。「んんん……」健太郎は呻いた。すでに彼のペニスは大きく脈打っていた。それを手で掴んだミカは、口を持っていって深く吸い込んだ。「うあっ!」健太郎が仰け反った。ミカは口を上下に動かし始めた。
「ミ、ミカさん! イ、イっちゃう! お、俺だけイっちゃうよっ!」

 ミカは健太郎の腰をぎゅっと強く抱きしめた。

 びゅるるっ! びゅくっ! びゅびゅっ! 強烈な勢いで、精液がミカの口中に発射され始めた。びゅっ! びゅびゅっ! 喉の奥に弾丸のように打ち付けられる健太郎の精をミカは口を動かしながら受け止めた。

 はあはあはあはあ……。肩で息をしている健太郎を見下ろし、ミカは口の中の精液を本人の腹に吐き出し、舌で塗りつけた。
「ミ、ミカさん……」
「見てみろ、お前こんなに出したんだぞ」ミカは笑いながらそれを今度は手のひらで塗りつけ始めた。「相当たまってたな」
「ごめんなさい、また俺、ミカさんの口の中に出しちゃった……」
「だから平気だって。もちろんまだイけるだろ? 健太郎」
「うん。さっきスタミナつけたからね」健太郎はウィンクをした。
「よし。じゃあ、今度はあたしが下になる。最高に気持ち良くしてくれよ」
「わかった」

 健太郎は身を翻してミカに覆い被さり、口を自分の口で塞いだ。舌を中に差し込み、彼女の歯茎や舌を舐めた。ミカの口の中に残っていた青臭い自分の精液の匂いに、健太郎は妙に興奮し始めた。
 彼は口を耳たぶ、首筋、鎖骨、乳房と移動させた。そして両方の乳首を交互に舐め、吸った。「あああ……健太郎……」ミカの身体はもう十分に熱くなっていた。

 健太郎の舌がクリトリスを捉えた。「うっ!」ミカの身体がびくん、と跳ねた。彼の舌はすでに十分に潤っている谷間とクリトリスの間を往復した。

「け、健太郎、あ、あああああ……。も、もう入れて、あたしの中に入って」

 健太郎はその言葉に応えた。ミカをうつ伏せにさせ、腰を持ち上げてベッドの上に四つん這いにさせた健太郎は、自分のペニスを右手で掴んだ。「ミ、ミカさん、いいの? そのままで」
「だ、大丈夫。今は。だから早く、健太郎、早くあなたのものを入れて、あたしに入れて!」
 健太郎はペニスの先端をミカの谷間に触れさせたかと思うと、間髪をいれずにぬるりと奥まで挿入した。
「ああっ!」ミカが大声を出した。「いいっ! 健太郎、動いて、動いて! 激しくっ!」

 健太郎は腰を大きく動かし始めた。
「ミ、ミカさん、ミカさんっ!」
 ぱんぱんと健太郎の身体がミカのヒップを責める大きな音が部屋中に響いた。
「あ、あああ! も、もうすぐ、イ、イく! あたし、イくっ!」ミカが激しく身体を揺すり始めた。
 出し抜けに健太郎はペニスを出し入れしながらミカの身体を回転させ、仰向けにした。そして正常位でさらに激しく腰を動かした。「んっ、んっ、んっ!」健太郎は苦しそうな表情で額に汗を滲ませてミカの秘部を何度も貫いた。その度にミカは身体を大きく震わせ、喘いだ。「け、健太郎、イ、イくっ! イくーっ!」
「お、俺もっ! ミカ、ミカっ!」

 出し抜けに健太郎がミカの左肩に歯を立てた。「うっ!」ミカが呻いた。そしてその次の瞬間、彼女の身体がひときわ大きくエビぞりになってがくがくと震えた。「あああーっ!」びくん、びくん……ミカの身体が激しく脈打った。

 びゅ……くっ!

 健太郎の身体もひときわ大きく脈打った。「でっ! 出るっ!」「あああああーっ!」
 びゅるるっ! びゅくっ! びゅくっ! びゅくびゅくびゅくびゅく! 「ぐうううっ!」健太郎が喉の奥から呻き声を上げた。
 健太郎の中から湧き上がったエキスは、何度もミカの身体の奥深くに打ち付けられ続けた。

 はあはあはあはあ……。ミカの身体からは力が抜け、汗だくのまま呼吸だけ激しく繰り返されていた。
 健太郎は汗のつぶがびっしりとついたミカの乳房に顔を埋めた。頬にぬるぬるとミカの乳房がこすりつけられ、健太郎の息が収まるのを長引かせた。
「健太郎、お前やっぱりケンジの子だな」
 健太郎は身体を起こした。「え?」
「キスから最後までいくプロセスが、ケンジとほぼ同じ。教わったのか? ケンジに」
「ううん。自発的な行動だけど」
「染色体は嘘をつかないね。あたし、途中で『ケンジ』って叫ぶとこだったよ」ミカは笑った。
「叫んでも良かったのに。ミカさんの愛する人の名前なんだから」
「生意気言いやがって」ミカは健太郎の頭を小突いた。「ただ、一つ、違っていたのは、」
「え?」
「お前、ケネスに何か吹き込まれただろ」
 健太郎は目を泳がせ始めた。「な、何のこと?」
「あたしが噛みつかれて興奮すること、知ってたんだろ?」
「お、俺が大人になるための知識、ってもんだよ」
「また生意気言ってやがる」



 『ポプラ』の部屋のベッドでは、脚を伸ばした全裸のケネスが黒いTバックショーツだけを身につけたマユミを後ろから抱きかかえていた。
 マユミの前にひざまづいてその乳房をケンジが吸い、片方を柔らかく揉んでいた。「あああん、」マユミは愛らしい声を上げた。

 やがてケンジの唇が彼女の腹部を伝ってショーツにまでたどり着いた。後ろのケネスが今度はマユミの二つの乳房を手で包みこみ、ゆっくりと揉み始めた。「んっ!」マユミは苦しそうに呻いた。ケンジの舌がショーツの隙間から中に侵入してきたからだ。
 ケンジはマユミのショーツに手を掛け、ゆっくりと脱がせた。そしてあらためて彼女の秘部を舌で味わった。ケネスに乳房を愛撫され、その快感が倍増していたマユミはどんどんとその身体を熱くしていった。「ああ、ケニー、ケン兄、いい、いいよ、ああああ……」
 ケネスがその行為をずっと続けている間に、ケンジは自分のショーツを脱ぎ去った。「入れるよ、マユ」
「うん。来て、ケン兄」

 ケンジはゆっくりとペニスをマユミに埋め込み始めた。「ああああ、ケン兄、ケン兄!」

 ケンジは腰を動かし始めた。
「ケニー! あなたのも、ちょうだい、咥えたい、あなたのを」
 ケネスはマユミから身を離した。ケンジはマユミの身体を四つん這いにさせ、そのまま腰を動かし続けた。
「ケニー、早く、あなたのを……」
 ケネスはマユミの両頬に手を当てた。そして自分の大きく天を指したペニスを彼女の口に近づけた。マユミはそれを一気に頬張った。「う、ううっ!」ケネスが呻いた。マユミは口を前後に激しく動かし始めた。「んっ、んっ、んっ!」
「あ、ああああ、ハニー、ええ気持ちや!」
「マユっ!」ケンジが大きく喘ぎ始めた。「マ、マユっ! お、俺、もうすぐ……」
「んんんんっ」マユミはケネスのペニスを咥えたまま大きくうなずいた。
「イ、イくっ! いくっ! マユ! マユっ!」びゅるるっ! びゅくっ! びゅくっ! ……。

 マユミはケネスのペニスを解放した。「ああああっ!」そして大声を出した。「あ、あたしもイってるっ! ケン兄っ!」びくびくびくっ! マユミの身体が震えた。そしてまたケネスのペニスを咥えた。
 ケンジのペニスがマユミから抜かれた。すぐにマユミは、仰向けになったケネスに馬乗りになった。ケネスは苦しそうに喘いでいる。「ケニー、すぐイかせてあげるね」マユミはそう言って今まで咥えていたケネスのペニスを手で自分の秘部に導き、一気に腰を落とした。「うああっ!」ケネスが叫んだ。

「ケン兄、抱いて! 後ろから、あたしを抱いてっ!」
 ケンジは言われたとおりにケネスに馬乗りになったマユミを後ろから抱きしめた。
 マユミは前に倒れ込んだ。そしてケネスと胸を合わせた。ケンジはケネスに貫かれたマユミの秘部に、再び大きくなった自分のペニスをあてがった。
「マユ、入れていい?」
「いいよ、ケン兄、入れて」

 ケンジはゆっくりとマユミの露わになった谷間に入り始めた。すでにケネスのものを咥え込んでいるマユミの秘部はそうしてついに二つ目のペニスを受け入れたのだった。

「あああああああーっ! 熱い! 熱いっ! ケニー、ケン兄!」
 ケンジが腰を動かし始めた。ケネスも腰を上下させた。マユミは激しく喘ぎながら上半身をのたうち回らせた。「いいっ! 二人とも、イって! あたしの中でイってっ!」マユミが大きく叫んだ。
「で、出るっ! 出るっ!」ケネスが叫んだ。びゅくっ! 「あああああ!」ケンジが身体を硬直させた。「お、俺も、イく!」

 びゅるるっ! びゅくっ! びゅくっ! びゅくびゅく! ケネスの射精が本格化した。

「出るっ!」ケンジが叫んだ。びゅるるっ! びゅくっ! びゅくびゅくびゅくっ!

「あああああっ、イっちゃうーっ!」マユミも叫ぶ。「ああああああっ!」

 びゅるっ! びゅくびゅくっ! びゅるるっ! びゅくっ! 大きく脈動し続ける二つのペニスから大量の精液が同時にマユミの体内に放出された。

 一つになった三人の身体は長い時間、激しく喘いでいた。





-第2章 3《初めてひとつに》-

 『オーク』の部屋のテラスに龍と真雪は肩を抱き合って立っていた。

「すごい! こんなにたくさんの星を見たの、あたし初めて」
「僕も」
「天の川まではっきり見えるね」
「ほんとだね。こうして見ると、本当にミルキーウェイって感じがするね」
「ゼウスの妻、ヘラのお乳が流れた跡、なんだよ」
「へえ、そうなんだ。マユ姉物知りだね。さすがに」
「たまたま知ってるだけだよ」
「ヘラのおっぱいって、マユ姉のとどっちが大きいのかな」
「またそんなこと言ってる」
「おっぱいが気になる年頃だから」
「気にし過ぎ」真雪は笑った。
「もっと教えてよ、星の伝説みたいなの」
「あれは、」真雪が天の川のほとりのひときわ明るい星を指さした。「ベガ。こと座の主星」
「こと座?」
「そう。ベガは別名織女」
「織女って七夕の織り姫のことでしょ?」
「そうだよ。龍くんも物知りじゃん」
「たまたまだよ」龍は笑った。「じゃあ、その反対にあるあれが彦星?」
「そう。わし座のアルタイル。牽牛星だね」
「年に一度しか会えないんだよね」
「そうだね。かつてのあなたのお父さんとうちのママと同じ」
「毎年8月3日にだけ、二人は抱き合うことを許されてた、ってケン兄言ってたよね」
「ロマンチックだよねー」

「でもさ、」龍が少し小さな声で言った。「去年のハワイから帰ってきてからは、あの四人、好き勝手にエッチしてるみたいだよね」
「知ってる。そんな気配がする」
「不思議な大人たちだよね」
「パパとケンジおじさえ、何か怪しげだもんね」
「そうだね、時々冗談のようにキスし合ってる」
「変な大人たち」
「僕たち、その子どもだけどね」
「ケン兄は今夜、ミカさんを抱かせてもらうのかな」
「たぶん間違いないと思うよ。母さんはそんな人だ」
「どんな人だよー」真雪があきれて笑った。
「今頃、きっと隣の部屋では……」
「そうか、だからケンジおじ、こないだ伯母さんと甥の禁断の恋とか言ってからかってたんだ」
「僕たちの家族って、なかなかすごい」
「はたから見たら、超すきモノ一家だね」真雪は笑った。
「確かに」龍も笑った。

 しばらく二人は夜空を見上げていた。
「マユ姉、」龍が静かに口を開いた。
「なに? 龍くん」
「僕、マユ姉を尊敬する」
「え? 尊敬? いきなりどうしたの?」真雪は意外な顔をして龍を見た。
「何て言うか、こう、とっても広い人だと思う」龍は空から目を離さずに言った。
「広い? どういうこと?」
「自分の主張をちゃんと持ってるし、それを実行に移すし、僕みたいな未熟な人間をあったかく包みこんでくれるし……」
「言ってることがよくわかんないんだけど」

 龍は真雪の顔を見ながら言った。「マユ姉、動物の飼育士になるんでしょ?」
「知ってたの?」
「うん。前にケン兄から聞いた」
「小さい頃からの夢だったからね」
「すごいよ。ずっとその夢を信じて、しかも行動に移してる」
「龍くんだって、写真への思いは熱いじゃない。中二でこれだけ熱中できることがあるなんてすごいことだよ」
「ま、まあね」龍は頭を掻いた。「僕ね、将来は写真家か、スポーツ記者になりたい」
「何かきっかけがあったの?」
「去年のハワイで、競泳大会やったでしょ?」
「うん」
「あの時の様子を撮った写真があったじゃん」
「そうだったね、すごくよく撮れてたよね」
「僕、誰が撮ったかもわからないあの写真の画が、ずっと頭から離れないんだ」
「そうだったんだ」
「中でも父さんを写した一枚が」
「あの写真は、確かに……」

 その写真は、バタフライで泳いでいるケンジが豪快に腕をリカバリーしている瞬間を正面からアップで捉えたものだった。白く弾ける水しぶき、ゴールを見据えたゴーグル越しのケンジの目、濡れた逞しい腕の筋肉、それは泳ぐ者の闘志をも見事に写し取った、芸術的とも言える写真だった。

「僕、あんな写真が撮れるようになりたい。写っていないものまで見事に写し出したあんな写真」
「きっと龍くんにだって、撮れるよ、そんな写真」
「うん。ありがとう、マユ姉」龍は真雪の頬に右手をそっと添えて、静かにキスをした。真雪は目を閉じた。

 龍と真雪はベッドの上でお互い下着だけを身につけてひざまづいたまま、向かい合って熱い口づけを交わした。「龍くん……」
 龍はゆっくりと舌を真雪の唇の間から差し込んだ。真雪の舌が龍のそれを探してさまよい始めると、龍は唇でそれを挟み込み、自分の舌先で慈しんだ。
「んん……」真雪は小さく呻いた。

 龍はゆっくりと真雪を横たえた。そして静かに身体を重ねた。彼は真雪のうなじに舌を這わせ、鎖骨を経由して乳房へ進めた。そしてそっと彼女の左の乳首を舐めた後、口を大きく開いて包みこむようにその乳首を吸い込んだ。「ああん、りゅ、龍く……」
 龍の左手の指が真雪の右の乳首をつまみ、こりこりと刺激した。「んんんっ!」真雪は身体を震わせて喘ぎ出した。

 龍は真雪の脚を大きく開かせた。そして下着越しに自分の膨らみを彼女の秘部に押し当て、こすりつけ始めた。「あ……ああ」少しずつ動きを大きくしながら龍はまた真雪の乳首を吸った。
 しばらくして真雪から身を離した龍は、彼女の白いショーツをゆっくりと脱がせた。そして自分の短い下着も脱ぎ去った。二人は生まれたままの姿に戻った。
 龍はもう一度真雪に身体を重ね、背中に腕を回し、きつく抱きしめながらじっと真雪の目を見つめた。

「真雪……」

 真雪の目に涙が滲んだ。

「龍……」

 次の瞬間彼女は龍の唇に自分の唇を押しつけ、強く吸った。上唇を舐め、舌を吸い込み、自分の舌を絡ませた。腕を彼の首に回し、自分の口に彼の唇を簡単には離れないように強く押しつけた。「んんんっ……」龍は呻いた。
 はあはあはあ……。真雪は激しく喘いでいた。「ああ、龍、龍!」真雪はまた龍の身体を抱きしめた。「真雪!」龍もそう叫ぶと再び唇を重ね合わせた。そうして二人は永遠とも思える時間、お互いの名を呼び合い、唇をむさぼり合った。

「真雪、お願いがあるんだけど」
「何?」
「僕の上になって」
「え?」
「僕、馬になる。真雪の、馬になりたい」
「龍……。わかった。いいよ」
「あ、その前に、」龍は身を起こして、自分の荷物に手を伸ばした。「忘れるとこだった」
「いいの、大丈夫だよ、龍」
「え?」
「今日はあなたをそのまま受け入れられるよ」
「ほんとに?」
「うん。今は大丈夫」
「いいの? 真雪の中に出しちゃっても」
「あなたのすべてが……欲しいの……」
「真雪……」

 真雪は龍を仰向けに寝かせた。そして大きくなってビクンビクン、と脈動しているペニスに手を添えた。
「すごい、龍、もう一人前みたい」彼女は愛しそうにその温かく硬いものを見つめた。
「真雪、あんまり見ないでよ。恥ずかしいよ」龍は照れた声でそう言った。

「あたしも一人前になれるかな……」真雪はそう言うと、そっと龍のペニスに舌を這わせた。

「あっ!」龍は慌てて顔を上げた。「だめっ! だめだ! マユ姉!」
「子どもに戻っちゃダメ! もう『マユ姉』なんて呼ばないで」真雪はそう言って龍のペニスを咥え込んだ。
「ああああ……! 真雪、真雪っ!」龍は激しく喘いだ。「ま、まだイかせないで、お願い!」

 真雪は口を離した。龍はすでに肩で激しく息をしている。「急展開すぎるよ、真雪」
「ふふっ、気持ち良かった?」
「君より先にイっちゃったらどうするんだよ」
「いいじゃない。イっちゃっても」
「いやだ。真雪といっしょにイく!」龍はそう言って真雪を仰向けにした。そして彼女の脚をまた大きく開かせ、舌をその秘部に這わせ始めた。「あ、ああああん……」真雪は仰け反った。
 龍は唇で谷間をなぞり、舌でクリトリスを刺激した。その行為を続けながら彼は右手の指を一本、谷間に入り込ませ、中で第一関節を折って内壁を優しくさすり始めた。「ああ、あああああっ!」真雪は激しく身体を波打たせ始めた。「龍、龍っ!」真雪はとっさに龍の頭を両手で挟み込んだ。「い、入れて、龍、お願い。あたしの中に来て!」

 龍は再び仰向けになった。真雪は彼の腰に跨がり、ペニスを両手で掴んで自分の秘部に押し当てた。龍は真雪の谷間に自分のものが到達したことを確認すると、腰を上に突きだして真雪の身体をその持ち物で貫いた。「ああっ!」真雪が叫んだ。
「真雪っ! 僕の、僕の上で動いて!」龍が言った。
 真雪は身体を上下にリズミカルに動かし始めた。龍はうっすらと目を開けて自分の上で喘ぎながら身体を揺さぶっている真雪を見た。昼間、乗馬をしていた真雪と同じだ、と彼は思った。そして二人の身体の中から熱く沸騰したものが一気に湧き上がってきた。
「あ、ああああっ! 龍、龍っ! あ、あたしっ! も、もう、イく、イっちゃうっ!」真雪は自分の乳房を両手で鷲づかみにした。
「ぼ、僕もで、出る、出るっ! 真雪っ! 真雪ーっ!」龍は激しく身体を仰け反らせた。

 びゅるるるっ!

「ああああああ!」「ぐううううっ!」二人は同じように身体を硬直させた。

 熱く沸騰した龍の真雪への想いが、強烈な勢いで彼女の身体の奥深くに噴き出し続けた。



「今夜があたしたちの本当に結ばれた日、だね」
「え? どうして?」
「龍の身体の中で作られたものを、あたしがちゃんと受け止められた」
「そうか。そうだよね」龍は照れたように笑った。

 二人はまだつながったまま抱き合っていた。

「僕、今とっても幸せな気分だよ」
「あたしも」
「真雪を本当に自分のものにできた、って気がする」
「あたしも」 
 龍は真雪の髪を優しく撫でた。
「実はね、真雪」
「何?」
「僕、今までは、セックスしたくて君と付き合ってるのかも、って思ってた」
「男のコだからね」
「でも、今は他の子に誘惑されても断る自信がある」
「変な自信」真雪は笑った。
「本当さ。真剣にそう思うよ。もっとも僕を誘惑する女子がいるとは思えないけど」
「と思うでしょ?」
「え?」
「実は龍は大人気なんだよ。あたしの高校の友だちの間で」
「な、なんで真雪の友だちが僕のこと……」
「時々龍、あたしの店に来たりするでしょ?」
「うん」
「それに最近はあたしとよく一緒に街を歩くでしょ」
「そ、そうだね」
「この前あたしの友だちのリサとユウナに会ったじゃん。モールのプリクラの前で」
「ああ、そう言えば」
「あの時は龍のこと、いとこだよ、って紹介したよね」
「そうだったね」
「それからあの二人、龍のプリクラよこせ、ってうるさいんだよ」
「僕、プリクラ苦手」
「っていうわけで、龍はみんなのアイドルなの」
 龍は頭を掻いた。「困ったな……」
「弟にしたい、かわいい、ってみんな言ってる」

 龍は上になった真雪の背中に回した腕に力を込めた。「真雪はそのうち僕のこと、みんなに彼として紹介するの?」
「どうしようかなー」
「なんでそこで悩む?」
「いとこのままにしとけば、みんなに誘惑されても本当に龍がなびかないかどうか、試せるよね」
「だから、なびかないってば」
「一途にあたしを思い続けられるの? あ、ああん……」
「どうしたの?」
 真雪は頬を赤らめた。「龍ったら、また大きくなってきてるよ」
「言ったでしょ。僕は真雪しか抱かないって」

 龍は真雪を仰向けにして脚を開かせ、腰を前後に動かし始めた。

「あああ、龍、あたし、敏感になってる、」
「真雪、もう一度僕とイこう」
「うん。龍、龍!」
「あああ……ま、真雪、真雪っ!」



 夜が明けた。テラスの方から小鳥の鳴く声に混じって鶏や牛の鳴き声も聞こえてきた。
「真雪……ああ、真雪……」
 真雪は、龍が自分の名をつぶやく声で目覚めた。全裸のまま眠っている龍は、無意識に横の真雪に手を伸ばした。
「龍ったら……」真雪は横向きになり、龍の身体に自分の身体を寄せた。彼の背中に腕を回し、そっと彼の胸に頬を密着させた。「あ……ああ……んっ、んっ、んっ!」龍の呻き声がにわかに激しくなったかと思うと、真雪は自分の乳房に生温かいものが次々にまつわりつくのを感じた。

「はっ!」龍が突然目を開けた。
「龍、起きた?」真雪は顔を上げて微笑みながら龍の目を見た。
「ま、真雪、」
「龍、またエッチな夢みたんだね」
「ぼ、僕、出しちゃった?」
「いっぱいね。ほら」真雪は龍から身を離して、精液でどろどろになっている自分の乳房を龍に見せた。
「ご、ごめん、真雪」龍は赤くなった。
「元気な証拠だよ」
 龍は真雪の身体を仰向けにして、自分が彼女の腹や乳房に出してしまったものをタオルで拭い取った。「ほんとにゴメン、真雪」
「どんな夢みてたの?」
「そ、それは……」
「言ってよ。聞きたい」
「僕、真雪に跨がって、そ、そのおっぱいに挟まれながらイってた」
「なんだ、じゃあ現実とあんまり変わらないじゃん」真雪は笑った。「男のコって、そんなことされたいんだ」
「ぼ、僕は特に真雪のおっぱいが好きだから……」
「おっぱいフェチなんだね」

 龍は静かに真雪に身体を重ねた。そして右手で彼女の左の乳房をそっと包みこんで、もう片方の乳房に舌を這わせた。「ああん……」真雪が小さく喘いだ。
「昨夜さ、」口を離して龍が言った。「僕の身体の中で作られたものを、受け止められた、って言ってたよね、真雪」
「うん」
「やっぱり違うの? ヒニング着けてエッチするのと」
「全然違うよ」
「でも、同じように感じるんでしょ?」
「身体の感じ方、というより、心理的な感じ方が違うんだよ」
「そうなの?」
「大好きな人の全てを自分のものにしたい、って思う気持ち」
「そうなんだ」
「だから、あたし、口の中に龍が出してもきっと平気」
「ええっ?!」
「いつか、龍を口でイかせてみたい」
「断る」
「えー、なんで?」
「そ、そんなこと真雪にさせられないよ」龍は赤くなって困ったように言った。
「あたし構わないよ」
「僕はいやだ。強烈な罪悪感がある」
「変なの」真雪はいたずらっぽく笑って続けた。「じゃあ、龍が寝てる時にやっちゃおうかな」
「やめてっ!」龍はますます赤くなって抗議した。
 真雪は笑った。
「龍もやっぱりコンドームなしでエッチする方が気持ちいいんでしょ?」
「そりゃあね。どんなに薄くても一枚のゴムに隔てられてる、って思うと、真雪との距離をそれ以上に感じるもん」
 真雪は切なそうな目で龍の顔を見た。「きゅんとくること言うね。龍」
「だからさ、昨夜初めて君と本当に一つになった時は、それまでの快感とは比べものにならないくらい強烈に気持ち良かったんだ」
「男のコもそうなんだね」真雪は嬉しそうに微笑んだ。

「真雪の身体の中で作られたもの、僕も欲しいな」
「え?」
「真雪のおっぱいって、吸ってもお乳、出ないの?」
「あははは。無理無理。母乳って赤ちゃん産まなきゃ作られないんだよ」
「でも、牛はいつでもミルク出してるじゃん」
「乳牛もミルクを出すためには出産しなきゃいけなんだよ」
「え? そうなの?」
「そう。だから昨日龍がミルクを搾ったあの牛も、出産後の牛ってことだね。出産後は300日ぐらいミルクが搾れるんだ」
「そうかー。じゃあ、牛乳を搾るための牛って、ちゃんとエッチして赤ちゃんを産んだ後の牛なんだね」
「牧場の牛はエッチしないんだよ」
「え?」
「人工交配って言って、人工的に妊娠させるの」
「牛ってつまんないだろうね。僕人間で良かった」
 真雪は笑った。「変なコトに感心しないの」
「じゃあ、真雪も妊娠して赤ちゃん産めばミルクが出るってことなんだね」
「あたしを妊娠させてみる?」真雪はいたずらっぽく言った。
「今はそんなこと、できないでしょ」
「あたしのミルク、飲みたい、って言ったじゃん、龍」
「我慢する。牛乳飲む時、妄想するよ」
「龍ってば、牛乳飲む度に、あたしのお乳飲んでるとこを妄想するってわけ? 怪しすぎ」真雪は笑った。龍も笑った。
「牛乳を出すために、牛っていちいち出産してるんだね」
「そうだよ。そして生まれたメスの牛は大きくなったらまた人工授精させて牛乳を搾る。その繰り返し」
「じゃあオスの牛って?」
 真雪は怖い目をして言った。「精子を採るための種牛になるか、肉牛として売られていくか」
「……僕、種牛がいい」龍がぽつりと付け加えた。「人間で本当に良かった……」
「龍って、相変わらず反応が純朴でかわいい。ちっちゃい頃から変わってないね」真雪が微笑みながら龍の前髪を撫でた。
「でも、さすがだね、真雪。動物のこと、よく知ってるよ」
「少しは勉強してるからね」




-第2章 4《銀河の下で》-

 旅行から帰ってきた日の晩。ケンジたちの寝室で龍とケンジが顔を突き合わせ、パソコンのモニターを食い入るように見ていた。

「何してるの? 二人で、随分熱心だね」部屋を覗いたミカが言った。「コーヒーでも飲む?」
「飲む」ケンジが振り返らずに言った。
「僕も」龍も言った。
「おや珍しい。龍がコーヒー飲むの初めてじゃない?」
「いけませんか? 母上。僕がコーヒーをいただいちゃ」
「別にいいけど……。で、一体何を見てるの?」ミカが二人に近づき、モニターをのぞき込んだ。「なっ!」ミカは大声を出した。
「いつの間にそんな写真撮ったんだ、龍。ちょっとやり過ぎだぞ」
「何が?」
「真雪のヌードじゃない」
「そうだけど」
「何さらっと言ってるんだ」
「だって、真雪本人が撮ってくれ、って言ったんだ」
「そ、そうなのか?」
「うん」
「しかし、お前ら、食い入るように見ちゃって……。親子してスケベなやつらめ」ミカは大きくため息をついた。
「何言ってるんだ。写真のデキについて討議しているんじゃないか」
「デキ?」
「この麦わら帽子の影をもっと持ち上げないと、暗くて表情が見えないぞ」ケンジがモニターから目を離さずに言った。
「かといってさ、日中シンクロで撮っちゃうと、他の部分が明るくなりすぎて不自然だし、真雪の肌が白飛びするよ」
「それもそうか」
「やっぱりレフ板が必要だね、こんな時は」
「そうだな、太陽光の下で撮る時はコントラストが強く出過ぎるな」
「特に夏だしね」

 ミカが腰に手を当てて言った。「驚き。龍、いつのまにそんなに写真に詳しくなったの?」
「好きな被写体を美しく撮りたいっていうエネルギーが、僕をしてカメラの勉強を進んでさせる原動力になっているのですよ、母上」
「なに気取ってるんだ。コーヒー淹れてくるから待ってな」
「お前の好きな被写体ってのは真雪のことだな」
「当たり前じゃん」
「しっかし、よく真雪がお前にヌードを撮らせてくれたな」
「だから、真雪が先に提案してきたんだって言ったでしょ」
「にわかには信じられん」
「考えてもみなよ。僕が『ヌード撮らせて』なんて言ったら、一気に引かれるよ。って普通思うだろ?」

 ミカがトレイに三つのカップと香ばしい香りのコーヒーが入ったデキャンタを載せて部屋に入ってきた。
「ミカ、この写真見てみろよ」ケンジが促した。ミカは二人の背後に立ってモニターを見た。「どれどれ……」
「ちょっと良くないか?」
「ほんとだね。真雪の表情がとっても自然でかわいいね」
「これは、視線の先にいる人物を信頼しきっている目だ」
「そしてその人に熱い想いを抱いている、って感じだよね。写ってない真雪の『想い』までちゃんと表現できてる」
「雑誌のグラビア以上だ。写真展レベルだな。龍、お前いい写真撮るようになったな」ケンジが龍の頭を乱暴に撫でた。
 龍は照れ笑いをした。「真雪は最高の被写体だよ。僕にとって。もちろん、父さんたちに買ってもらった、あの一眼レフカメラのお陰でもあるけどね」
「とってつけたように言うな」ケンジが笑った。

「それにしても、」ミカがコーヒーのカップを龍とケンジに手渡した。「龍も真雪を呼び捨てにするようになったか」
 ケンジがコーヒーを一口飲んでから言った。「それに、なんか、口の利き方が随分大人びたように思えるんだが」
「ああ、あたしもそれは思った」
「あなたがた両親のお陰です。あの事件とこの旅行で、僕は一回りも二回りも大きくなりました」
「お前を成長させた人がもう一人いるだろ?」ミカが言った。
「はい。最後に付け加えようと思っていました。真雪シンプソン嬢が、僕を心も身体も大人にしてくれた一番の恩人でございます」
「そのシンプソン嬢、そろそろ風呂から上がる頃だぞ」
 その時、浴室の前の廊下から声がした。「ミカさん、上がったよ。お先に」
「真雪っ!」龍は椅子を蹴飛ばして立ち上がり、どたどたと寝室を出て行った。


「楽しかったね」リビングのソファに座った真雪が、タオルで髪を拭きながら言った。
「うん。とっても」龍も真雪の隣に腰を下ろした。「何か飲む?」
「うん」
「何がいい? 冷たいものがいいよね?」
「そうだね」
 その時、ミカがカップを手にやってきた。「ほら、お前飲みかけだぞ、コーヒー」
「あ、ごめん。ありがとう」
「真雪、カフェオレ、作ってやろうか? せっかく土産にミルク買ってきてるからさ。丁度コーヒーも淹れたところだし」
「いいね。あたしが作るよ、ミカさん」タオルを首に掛けたまま真雪は立ち上がりキッチンに入った。「みんなも飲むでしょ?」
「悪いね」ミカが言った。

「母さんも年上なんだよね、父さんより」龍が訊いた。
 ミカが龍の前に座って顔を上げた。「2歳上だ」
「どんなものなの? 年下の彼氏って」
「そうだな……。世話を焼きたくなる、って言うか、甘えさせたくなる、って言うか……」
「父さんもそんな?」
「時々そんな感じになることはあるね。でも、それはあの人の性格かも。すっごく照れ屋だしね。そういうところはあたし好き」
「そうなんだ」
「大胆不敵で威張ってるやつはむかつく」
「そりゃあね」
「父さんはその対極だね。でも、もっと大胆になったら? って思うことも時々あるよ」
「母さんが大胆だから釣り合いがとれてるんだと思うけどな」
「そうかな」
「二人とも大胆だったら、僕、気の休まる暇がないから」
「そりゃそうだ」ミカは笑った。

「お待たせ」真雪がトレイに4つのボウルを載せて持って来た。「ケンジおじもこっちに来なよ」
「わかった。今行く」寝室から声がした。
「このカフェ・オ・レ・ボウルも買ってきたの?」
「ああ、あの牧場でね」
「なかなか本格的だね」
「へえ、これ『カフェ・オ・レ・ボウル』って言うんだ。変な入れ物」龍がそれを持ち上げて言った。

「ねえねえ、」龍の横に座り直した真雪が言った。「あたし、やってみたいことがあるんだけど」
「どうした? 真雪、目が輝いてるぞ」
「龍をいじっていい?」
「いじる? そんなことは自分たちの部屋でやれよ」
「ミカさんやケンジおじにも見てもらいたくてさ」
「何なんだよ、一体……」龍がボウルを口に運びながら言った。
「脱いで、龍」
「ええっ?!」
「上だけでいいから。お願い」
「な、何する気なんだよー」ぶつぶつ言いながら龍は着ていたスリーブレスのシャツを脱いだ。
 真雪は自分のポーチから銀色の小さな箱を取り出した。「立って、龍」
「え? うん……」

 龍を立たせた真雪が手に持っているのは二枚の絆創膏だった。

「な、何だよ、それ……」龍が怪訝な表情で言った。真雪はそれを龍の二つの乳首に貼り付けた。
「は? 何これ?」龍が言った。
「ついでにここにも」真雪はもう一枚絆創膏を取り出して、龍の右頬に貼り付けた。
「…………」龍は困ったような顔をした。
「やった、やった!」真雪ははしゃいだ。
「真雪はショタコンだったか」ミカがカフェオレの入ったボウルを手に取って言った。
「な、なんでこれがショタコンなんだよ」
「知らないの? 龍、少年の乳首に絆創膏って言ったら、BLの超定番スタイルじゃん」
「意味がわかりませーん」
「年下やんちゃ系好きっ! 萌えるっ!」真雪はいきなり龍に抱きつき、その唇に自分の口を押しつけた。

「むぐ……、んんん……」龍は目を白黒させて呻いた。

「何やってんだ、二人で」ケンジが一枚のA4サイズの写真を持ってリビングに入ってきた。そして抱き合っている息子と姪を見て頬を赤らめた。「お、お前ら、人目も憚らず……」
「そうだそうだ。何もあたしたちの目の前でやんなくても。上でやれ、上で」ミカが笑いながら言った。
 龍から口を離した真雪が言った。「人目のあるところでこんな格好させれば、龍はきっと照れて赤面するでしょ?」
「あ、当たり前だよ」龍は全身赤くなってソファに座った。
「その様子が見たかったんだ、あたし」
「へんなシュミだな。真雪」龍がぼそっと言った。
「龍が年下でよかった」
「そのマイペースな大胆さ、何だかミカとそっくりだな、真雪……」ケンジがぽつりと言った。
「龍との釣り合いがとれてていいじゃない」ミカが言った。
「ところで、その写真、何?」ミカが訊ねた。
「ああ、さっきのだよ。ほら、真雪にやるよ」
 それは草原をバックに、オールヌードで微笑んでいる真雪の姿だった。
「わあ! 龍、きれいに撮れてる! うれしい、ありがとうね」真雪はその写真を手に取ってはしゃいだ。「また撮ってね」


 玄関で靴を履き終わった真雪が振り向いた。
「それじゃ、またね、ミカさん、ケンジおじ」
「ああ、遅くまで付き合わせて悪かったね。真雪」
「じゃあ、送ってくね」龍が言った。
「寄り道せずに、ちゃんとまっすぐ送り届けるんだぞ」
「わかってるよ」

 真雪と龍は玄関を出た。そしてどちらからともなく手を握り合い、暗くなった道を歩き出した。
「真雪、いろいろありがとう。とっても楽しかった」
「あたしも。すっごくいい思い出になった」
「ねえ、真雪、」
「何?」
「僕のこと、どう思ってる?」
「え? 何? 今さら何でそんなこと訊くの?」
「ごめん、なんか、いつも確かめてたいんだ。君の気持ちを」
「何度訊いても答は同じだよ」
「うん」
「大好きだよ、龍」
「僕も」

 二人は歩みを止めて向き合い、唇同士を重ねた。

「ごめん。僕って臆病なのかな……。しつこいと嫌われちゃうね。もう訊かない」
「いいよ、龍、何度でも訊いて」
「え?」
「そうすればあたしも何度でも好き、って言えるから」

 遥かかなた、夜空を大きく横切る銀河が龍と真雪を見下ろしている。二人はまた手をつないで歩き始めた。









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