Simpson 作

『Twin's Story 6 "Extra Macadamia Chocolate Time"』

《1 旅行前夜》

 ――5月。街路樹が鮮やかな緑の葉をのびのびと広げ、時折吹きすぎるそよ風になびかせていた。

 カランコロン……。入り口のカウベルを派手に鳴らして、『Simpson's Chocolate House』に入ってきたのはミカだった。「おーい! ケネス、いるかー」

 店にいた数人の客はそのショートヘアの威勢のいい女性を振り向いて見た。店の奥から短髪で蒼い目の男がレジの横に現れた。

「おお、ミカ姉、待ってたで、今ちょっと手ぇ離せんよってに、そこのテーブルで待っててや」
「わかった」ミカは入り口近くの喫茶スペースの空いたテーブルに落ち着いた。
 ほどなくケネスがコーヒーと小皿に載せられたチョコレートを持ってミカの待つテーブルにやってきた。
「お待たせ」
「相変わらず、忙しそうだね。何よりだ」
「お陰さんで」
「さてと、チケットの手配は済んだ。全て予定通りよ」
「ほんまに? そらよかった」
「何せベストシーズンだからな、7人ものチケットをゲットするのは至難の業だったわ」

「ホテルも予約完了やで。8月3日から3泊4日」
「よし。よくやったケネス」ミカはコーヒーカップを手に取った。
「そやけど、龍のやつは、部活の休みとれるんか?」
「まだ先のことだからね。問題ないよ」
「水泳部やから夏がシーズンやろ?」
「あたしが顧問に掛け合ったら、丁度その頃、試合と試合の谷間らしくてね」
「龍は期待の一年生なんやて? やっぱ親の血っちゅうのは侮れんな」ケネスもコーヒーカップを口に運んだ。
 ミカはチョコレートをつまんで口に放り込みながら言った。「ちっちゃい頃は、顔を水につけるのさえ怖がってたあいつが、まあ、成長したもんだわ」


 海棠ミカ(38)。大学時代の2年後輩だった海棠ケンジ(現36)と結婚後、ケンジの地元にあるスイミングスクールのスタッフとして夫と共に働いていたが、この夫婦の指導力と経営手腕を買われ、前オーナーからこのスクールの経営を受け継いでいた。

 ケンジには高校生の頃からの親友ケネス・シンプソン(37)がいる。彼は父親の代から続くこの町の老舗スイーツ店『Simpson's Chocolate House』の二代目店主。彼はケンジの双子の妹マユミ(現36)と結婚した。

 実はケンジとマユミの兄妹は、ただならぬ関係だった。彼らが高二だった夏、お互いを強く想い合い、カラダの関係になってしまったのだ。
 その後二人の秘密の甘い恋愛関係は続いたが、高校を卒業すると、兄妹で愛し合うことについて悩み、19歳の時に恋愛関係を泣く泣く解消した。

 その後ケンジは大学の先輩ミカと、マユミはケンジの親友で二人の関係を唯一理解していたケネスと結婚したのだった。

 ただ、ケンジ、マユミの愛の絆は強く、それぞれの伴侶であるミカもケネスも、この兄妹が結婚後も愛し合うことを赦していた。二人は毎年8月3日に二人だけで一夜を共にし、高校時代の甘い時間を思い出し、味わい合うのが年中行事になっていた。

 この8月3日は、ケンジとマユミが初めて身体を合わせた記念日なのだった。

 それから十数年が経ち、ケンジとミカの一人息子龍は中一(12)、ケネスとマユミの子、これも双子の兄妹健太郎と真雪は高校二年生(いずれも16)になり、いずれも逞しく、また美しく成長していた。



 ――季節が巡り、夏が来た。『Simpson's Chocolate House』の駐車場のプラタナスの木々でも、けたたましく蝉が鳴いている。

 8月2日の昼過ぎ、ケネスの家の裏にある『離れ(別宅)』のリビングに7人が集合した。
 ケネスとその妻マユミ、その二人の子供で双子の健太郎(16)と真雪(16)。ケンジとその妻ミカ、そしてその一人息子の龍(12)。

「何度来ても懐かしい感じがするな、ここは」ケンジが部屋を見回しながら言った。
「新築の頃よりちょっとばかり狭くなったけどな、」
「父さんその頃から知ってるの? ここ」龍が訊いた。
 ケネスが龍の頭を撫でながら言った。「ああ、龍の父ちゃんはな、マユミおばさんといっしょに、しょっちゅうここに遊びに来てたんやで」
「へえ」龍も部屋を見回した。「広いよね」
「あの奥の部屋はな、このリビングの一画を使ってその後増設したんや。それまではあの部屋の分広かったんやで」

 この『離れ』の一階部分はケネスとマユミが結婚してから間もなく、奥の一画が彼らの寝室に改造されたのだった。二階のケネスの部屋だった部分はその後二つに仕切られ、彼らの二人の子供健太郎と真雪のための部屋に造りかえられていた。

「さあ、明日から超豪華バカンスの始まりよ。ガキ共、今日は夜更かししないで早く寝てしまいなさいよ」ミカが言った。
「しかし、なんでこの夏の暑い時期に、ハワイなんだよ」ケンジがちょっと冷めたように言った。
「同じ暑いんだったら、賑やかで楽しい観光地の方がいいじゃない」
「ケンジおじ、何だかつまんなそうね」真雪が言った。
「何か乗り気じゃなさそうだけど……」健太郎も言った。
「ほら、子供らまであなたに気を遣ってるじゃないか。大人げない態度とるのやめなよ」ミカがたしなめた。
 マユミがくすっと笑って言った。「相変わらずだね、ケン兄」
「相変わらずって?」龍が訊いた。
「あなたのお父さんね、大の飛行機嫌いなんだよ」
「えー、この歳で?」健太郎が大声で言った。
「ほっとけ!」


「ところで、」ケンジが言った。「なんでお前らここで寝るかな。お前らの部屋は二階だろ、二階」

 一階のリビングに布団を敷いて、ケンジとミカの夫婦と息子の龍は寝ることになっていた。そこに二階から布団を抱えてきて健太郎と真雪も一緒に寝る準備を始めたのだった。

「あのさ、せっかくうちに泊まってくれるんだから、ケンジおじやミカさんとゆっくり話がしたくて」
「あたしも」

 すでに龍は自分の布団の上で大の字になって寝息をたてている。

「なんだよ、ゆっくり話って」
「いろいろと訊きたかったこともあるし」
「いろいろと?」
「うん。例えば、」真雪が布団に腹ばいになって顎を両手で支えたまま言った。「ミカさんとのなれ初めとか」
「え?」
「お前ら、その話訊いたら、鼻血噴いちまうぞ」ミカが言った。
「え? ほんとに?」健太郎が目を輝かせた。
「な、何の話をするつもりなんだよ、ミカ」
「俺たちが素直に二階で寝てたら、今夜ミカさんとあんなことやこんなことするつもりだったんだろ?」
「ばかっ!」ケンジは真っ赤になって健太郎の首を右腕で締め上げ、頭をげんこつでぐりぐりとし始めた。
「そうだねえ、龍もさっさと寝ちまったし、そんな気になってたかも……」ミカが言った。
「こ、こらっ! ミカまでそんな……」
「お前ら、大人に近づいた証拠だ。然るべき時に然るべきことを教えてやるよ」ミカも布団に横になった。
「然るべき時、っていつだよ」健太郎が食いついた。
「近いうちに、な」
 健太郎は思いきりつまらなそうな顔をした。

「ねえねえ、ケンジおじとミカさんって、大学の時に知り合ったんでしょ?」
「そうだけど」
「始めからそんなにいい雰囲気だったの?」
「そんなわけあるか! あのな、一目惚れ、っていうのは、ドラマや漫画の世界であって、そうそう現実に起こるもんじゃないんだぞ」
「そんなにムキになって言わなくてもいいじゃん」健太郎だった。
「じゃあ、その頃、ケンジおじって誰かと付き合ってたの?」真雪がど真ん中を突いてきた。

「ぎくっ!」ケンジは凍り付いた。

「『ぎくっ! 』?」真雪が眉をひそめた。
「も、もしかして、触れてはならないことだったのかっ?」健太郎がおろおろして見せた。
「も、もう寝ちまえっ!」ケンジが赤くなって言った。
「図星なんだ」真雪が健太郎に囁いた。「図星なんだな」健太郎も囁き返した。

「その頃、ケンジおじにはとっても好きな人がいたんだよ」ミカが解説を始めた。
「お、おいおい、ミカっ!」
 ケンジが慌てて止めようとするのを無視してミカは続けた。「二人は愛し合ってたけど、どうしてもつき合い続けられない事情があって、結局別れたんだ」
「そうなんだ……」真雪が少し悲しい顔をした。
「この人は、その時えらく落ち込んで、荒れて、飲んだくれて……。わかってるんだけど、気持ちの整理がつかない、っていうのかな」
「どんな事情だったの?」健太郎が訊いた。
 ミカは目を閉じ、腕を組んで静かに言った。「どんなに愛し合っていても、結婚できない、っていう事情だ」
「結婚できない、っていえば、例えばきょうだい同士みたいな?」

 ケンジが無言のまま、ミカに鋭くモノ言いたげな視線を送った。しかし、ミカは目をつぶったままでそれに気づかなかった。

「ま、いろいろあってね。とにかく二人は泣く泣く別れた」
「ちょっとかわいそうだね、ケンジおじ……」健太郎がぽつりと言った。
「それで、あたしがそんなケンジを慰めてるうちに、愛が芽生え、結婚した」
「なんだ。結局ドラマや漫画の世界じゃん」真雪が笑いながら言った。

「それにしても気になる」健太郎だった。「何か、途中がごまかされたような気がするんだけど」
「何が?」ケンジが言った。
「そもそもその愛し合ってたのに別れなければならなかった人って、誰なんだよ」
「あたしたちが知ってる人?」真雪もケンジの顔をじっと見つめた。
「そ、そんなこと言えるか!」
「またムキになってる」
「触れてはならないことなんだね」
「それが誰なのか、この旅行中にわかるかも知れないぞ」ミカがいたずらっぽく微笑んで言った。
「え? なんで? なんで?」真雪が色めき立った。
「も、もう寝ろっ!」ケンジはばたんと布団に仰向けになってケットをかぶってしまった。ミカは枕元に置かれた電気スタンドの明かりを消した。「今日はここまで。もう諦めな」
「ちぇっ!」健太郎も真雪もつまらなそうに布団に横になった。


 やがて健太郎兄妹も静かに寝息を立て始めた。奥のケネスの部屋のドアが静かに開けられた。ケンジとミカはすぐにそれに気づいた。ドアの隙間からケネスが二人を手招きした。

「やっと寝たみたいやな、子供ら」
「ああ。まったくしつこいったらありゃしない」
 ケネス夫婦の寝室にケンジたちは入って、ソファに腰を下ろした。マユミがアイスティの入った4つのグラスをテーブルに置いた。「年頃なんだもん、しょうがないよ」

「それはそうと、」ミカが言った。「健太郎と真雪、手握り合って寝てるよ」
「えっ?!」マユミが驚いて言った。「本当に?」
「年頃の兄妹にしては日頃から仲がいいな、とは思っていたけど、ちょっと仲良すぎなんじゃない?」
「小学校の終わりまで一緒に寝ててね。その時はずっと手を繋いで眠ってたんだよ、あの二人」
「へえ、誰かと同じだな」ケンジがマユミの左手をそっと両手で包み込んで言った。
「ケンジたちもそうやったんか」ケネスがストローを咥えながら言った。
「でも、高二になってもそんなことするなんてね」
「もしかしたら……」ケネスが言った。「親子二代で危険な恋に落ちるんかいな」
「ど、どうする? どうする? マユ」ケンジが焦ったように言った。
「ま、なるようになるんじゃない?」ミカは比較的楽観的だ。「あの二人いとこ以上、兄妹未満なわけだしね」
「親としては心配だけど、気持ちはよくわかるよ。ねえ、ケン兄」
「そ、そうだな……」ケンジはアイスティのストローを咥えた。

「楽しみだな、ハワイ」ミカが言った。
「そやな。家族みんなでわいわい楽しめるっちゅうのは幸せなこっちゃな」
「でも、どうしてこの日を選んだんだ?」ケンジが言った。
「そりゃあ、あなたたちの記念日だからに決まってるじゃない。年に一度のスイートデー。しかもあれから丁度20年目」
「あれから、って、まるで見てたように言うなよ。生々しすぎだ、ミカ」ケンジは赤くなった。
「あの日のことが、まるで昨日のように思い出される、でしょ?」
「な、何もこんな日に、こんな大層なことしてもらわなくても……」
「何? 迷惑だっての?」ミカがケンジをにらみつけた。
「い、いや、そうじゃない、そうじゃなくて、俺たちに、そんなに気を遣われると、何だかこう……。ただでさえ後ろめたいのに、ますます申し訳ない、っていうか……」
「ふっふっふ……」ミカが不敵な笑いを浮かべた。「あたしたちには、もっと深遠な計画があるのよ」
「あたしたち?」マユミが言った。
「そう。あたしとケネス」
「え? わい?」ケネスは自分の鼻を指さした。
「ケニーは何にも知らなそうだぞ、ミカ」
「こらっ! 話を合わせろ! ケネス」
「そ、そうや、し、深遠なけ、計画があんねんで」
「もう遅いわっ!」

 4人は笑い合った。

「あなたたちさ、この旅行中は何にも気を遣わなくていいからね。心の底から楽しみな。せっかくの年に一度の記念日なんだし。あたしもケネスもあなたたちの邪魔はしないし、子供らにも邪魔はさせない。約束通りね」
「みんなで楽しもうよ。せっかくの旅行なんだし」マユミが言った。

 ストローから口を離してミカは顔を上げた。「え? みんなで?」

「そう、みんなで」
「よし。わかった。みんなで楽しもう」
「ミカ姉、何か一人で盛り上がってへん? 夜中なのに……」
「楽しむぞ、ケネスっ!」ミカはケネスの背中をばしばしと叩いた。


《2 出発》

 あくる8月3日。

「20th. Anniversary! Great Summer Vacation for Mayumi & Kenji in HAWAII~! イエ~イ!!!」ケネスが叫んだ。
「ケニー、大声出すなっ! 他のお客さんに迷惑だろ? しかも滅多に使わない英語なんかで叫びやがって」
「ええやんか。めでたい日やねんから」
「なんでめでたいんだよ」
「今日はケンジとマーユの初体験記念日。しかも20周年っ!」
「こ、こらっ! ケニー、声が大きい。子供に聞かれたらどうするんだよ」

 空港に向かう電車の中で大人4人と子供3人に分かれてボックス席に座っていた。子どもたち3人はトランプで盛り上がっていて、そんなケンジの心配は杞憂以外の何物でもなかった。

「ごめんなさいね、ミカ姉さん」マユミが言った。「切符の手配からホテルの予約まで何もかも任せちゃって……」
「いいんだよ。そもそもこの計画、あなたたちには秘密であたしとケネスで進めてきたんだから。旅費さえ割り勘なら何の問題もないよ」
「も、もちろんよ」

「でもさ、よくこんな高級ホテルの予約が取れたな、ケニー」ケンジがホテルのパンフレットを広げながら言った。
「コネや、コネ」
「コネ?」
「わいの親父がカナダで店やってた頃からのつき合いなんや、このホテル」
「へえ」
「カナダ人、けっこうハワイに行ってるんやで。わいもこのホテルには何回か泊まったこと、あんねで」
「そうだったの」マユミが言った。



 空港で昼食を済ませ、早めに出国審査を終わらせた7人は搭乗口前ロビーで語らっていた。子どもたち3人はウノで盛り上がっている。

「まだフライトには時間があるわね」ミカが言った。「ケネス、付き合って。これからの計画を話し合うよ」
「了解。ミカ姉」ケネスは敬礼をしてミカと一緒に席を立った。振り返りざまにミカが言った。「あなたたちもぶらついてきたら?」
「そうするよ。ちょっと歩こうか、マユ」
「うん」

 健太郎が顔を上げてショッピングエリアに向かうケンジとマユミを見た。
「おい、マユ、」健太郎が肘で真雪を小突いた。
「何? ケン兄」真雪も顔を上げた。
「双子の兄妹ってさ、あんなにいつまでも仲がいいものなのかね?」
「いがみ合うよりいいんじゃない?」
「そうだけどさ、なんかケンジおじと母さんって、それ以上って感じ、しないか? 手までつないでるし……」
「双子だしね。そんなものなんじゃない?」
「俺たちあそこまでしないだろ?」


 ケンジは不意に足を止めた。
「どうしたの? ケン兄」
「水着……」
「あ……」マユミも立ち止まった。

 それは高三の夏、いっしょに出かけた海でマユミが着ていたビキニの水着によく似たものだった。

「このマネキン、お前に似てる」
「えー、やだー」
「あの水着、どうした?」
「まだとってあるよ。真雪にどう? って聞いたら、恥ずかしいからいやだ、って言われた」
「ふうん。やっぱりあの頃のお前って、意外に大胆だったのかな」
「自分じゃそんなこと思ってなかったけどね」

 ケンジの脳裏にあの時のマユミの日焼け跡の白い肌と、その柔らかで熱い感触が甦り始めた。

「マユ……」ケンジはマユミの肩を抱き、頬に軽くキスをした。
「ケン兄……、人がいるよ」マユミが囁いた。
 ケンジは無言でマユミの手を引いてそこを離れた。



 ミカとケネスはテーブルを挟んで向かい合っていた。ミカの前には生ビールのジョッキが置いてある。

「ミカ姉、今から7時間も飛行機に乗らなあかんねんで? その目の前のものは一体なんやねんな」
「あんたも飲む? ケネス」
「いや、遠慮しとくわ」
 ミカはさっと手を上げて、遠くにいた店員に声を張り上げた。「生、もう一杯持って来て」
「ちょ、ちょっとミカ姉!」

 すぐに同じ物が運ばれて来た。ミカは自分のジョッキを持ち上げた。「乾杯!」
 ケネスもあわてて目の前に置かれたジョッキを持った。「か、乾杯」
「って、何に乾杯なんや?」
「我々の新たなシーンの始まりよ」
「新たなシーン?」
「そう」
「何やの、それ」
「あたし、向こうでやってみたいことがあるんだよね。記念に」ミカはケネスに身を乗り出した。
「記念にやってみたいこと?」ケネスはジョッキを口に運んだ。

「そう。夫婦交換」

 ぶ~っ! ケネスはビールを噴き出した。そして慌てて口の周りとテーブルをおしぼりで拭き始めた。「な、なんやて?!」
「っつってもさ、もともとケンジとマユミは今日愛し合うわけだし、残ったあたしたちもせっかくだから愛し合ってみたらどうかと」
「ミっ、ミっ、ミカ姉、本気でそないなこと考えてんのんか?」
「うん。本気。声が大きいよ、ケネス」
 ケネスは真っ赤になって言った。「そ、そんな相談するためにわいをここに連れ込んだんかいな」
「そうよ。で、どうなの?」
「わ、わ、わいは、その、ミカ姉が、そっ、そっ、その気なら、あの、あのあのあの……」
「それにさ、あたしとあんたが一度そういう関係になっとけば、ケンジたちもこれから気兼ねなく、あたしたちに気遣いなくいつでも会える、ってことでしょ? 一石二鳥じゃん。誰も傷つかないし、みんなで幸せになれる。どう?」
「ど、どう、って振られてもやな……」ケネスはもじもじして言葉を濁した。
「それに、もし、あたしとあんたのカラダの相性が良ければ、その後も時々ヤってもいいじゃない」
「あ、相性……、と、時々ヤっても……あ、あの、ミ、ミカ姉……」ケネスは口をぱくぱくしながらうろたえた。

 ミカはテーブルをばん! と叩いて立ち上がった。「はっきりしないオトコねっ! あたしを抱きたいの? 抱きたくないのっ?!」

 その声に遠くのテーブルにいたカップルと、水を運んでいた若い女性の店員が振り向いた。

「しーっ! ミ、ミカ姉、声が大きい、声がっ!」



 ケンジがマユミを連れてやって来たのは空港ターミナルの一画にあるリフレッシュ・ルームだった。

「『リフレッシュ・ルーム』?」
「マユ、お、俺……」
「やだー、ケン兄のエッチ」

 リフレッシュ・ルームの中には、シャワー付きの仮眠室があった。

「予約してたんだ」
「うん」
「用意周到」

 シャワーを済ませ、ケンジはバスタオルを身体に巻いたまま仮眠室に入った。そこには二つのシングルベッドが並んでいた。彼はそれを合わせて一つにした。
 マユミはケンジの隣にやはりバスタオルをまとって座った。
「子どもたちは大丈夫かな……」
「一応電話しとこう」ケンジはスマートフォンを取り出し、パネルに触れ、健太郎に電話をかけた。
「何? ケンジおじ」すぐに健太郎が反応した。
「おお、健太郎、今何してる?」
「え? べつにぼーっとしてる。ウノにも飽きたから」
「そうか。あと一時間半ぐらいでそこに戻るから」
「一時間半? ずいぶん長くない?」
「ちょっと手がかかることがあってな。心配するな、そのうちケニーたちも戻ってくるだろう」
「わかった。じゃ」

 健太郎は電話を切った。

「一時間半……。マユ、お前どう思う?」健太郎は真雪に問いかけた。
「どう思うって?」
「二人で何してるんだろう……」


 スマートフォンをバッグにしまったケンジは、マユミに向き直った。「例えば、」
「なに?」
「ケニーとミカがこの旅行中に一線を越えたとしたら、お前どうする?」
「え? そんなことあり得るかなー」
「俺、ちょっと望んでるんだ、そうなるの」
「……あたしも、ちょっとは……」
「ミカってさ、ああいう性格じゃん。もしケニーを誘惑するなら、きっといつもの軽いノリでいっちまいそうな気がするんだよな」
「ケン兄はいいの? ミカさんがそんな風に、」
「お前は? マユ。ケニーがミカと……」
「何だか都合のいい考え方かも知れないけど、そうなったらあたしたち、ちょっとほっとするよね」
「うん。ほっとする」
「問題は、その後、その関係を二人が引きずらないかってことだよね」
「いっそ、そのことを4人の公認事項にしてしまえばいいのかもしれないな」
「あたし、ケニーに言ってみる」
「え? 何て?」
「ミカ姉さんを抱きたくない? って」
「それは俺が言った方がよくないか?」
「えー、それって何だかフーゾクの客引きみたいだよ」
「ミカにも言ってみる」
「言ってみちゃう?」
「うん。でも俺の予想では、あいつすでにその気になっているような気がする」
「ほんとにー?」
「なんか、どきどきしてきたな」
「うん」

 ケンジとマユミはお互いのバスタオルを取り去り、抱き合ってベッドに倒れ込んだ。



「何? まだケンジたち戻ってけえへんの」
 ケネスが免税店の中をのぞき込んでいる3人の子供たちに気付いて足を止めた。

「そうなんだよ。まったく、何やってんだか……」龍がため息をついた。
 ミカがケネスの耳に口を寄せた。「ケネス、先超されてるぞ。こりゃあたしたちも機会を見つけて、」
「ミ、ミカ姉、酔った勢いでいらんこと子らの前で口走らんといてな」
「それにしてもすごいよね」真雪が言った。
「何が?」
「この店、世界中のいろんなものが置いてあるよ」

 ジャカルタの木彫りの面、真っ赤なベネチアングラス、スコッチウィスキー、マダガスカルのラピスラズリのネックレス……。

「ロシアのマトリョーシカ人形まである」健太郎が言った。
「ほんとだ。わざわざロシアまで行かなくても、ここでアリバイが作れるな」ミカがその人形をのぞき込みながら言った。
「何のアリバイだよ」龍が母親のミカを見て言った。
「いろいろとな。必要になることもあるかもしれないよ。龍」
「意味わかんね」


《3 ハワイ》

「ケンジおじ、何蒼い顔してんの?」真雪が前のシートから首を後ろに向けて言った。
「俺、飛行機嫌いって言っただろ」

 7人の乗った飛行機が動きだし、滑走路をゆっくりと離陸位置まで進み始めた。

「ああ、生きてる気がしない……」
「まったく、大げさなんだから……」ケンジの右隣に座ったミカがあきれたように言った。

 ケンジの左隣にはマユミが座っていた。その隣の通路に面した席にケネス。彼らの前の列、通路側から健太郎、真雪、龍が並んで座っていた。

「ケン兄、ハワイに行って欲しいもの、何かあるの?」マユミがケンジに訊ねた。
「今すぐ欲しいものならある」
「何?」
「ど○でもドア」

 飛行機が離陸準備に入った。「お、降ろせ、俺を降ろしてくれっ!」ケンジがそわそわし始めた。
「父さん、僕恥ずかしいんだけど……」龍がつぶやいた。
「ミカ姉、ちょっとケンジをおとなしくさせてくれへんか?」
「いいかげんに落ち着いたら? ケンジ」ミカが言った。「子供らの前で恥ずかしくないのか?」

「ああ、もうだめだ……」

「眠ってなよ。ケン兄」マユミが言って、薄いケットをケンジの膝に掛けた。
「ところでさ、」健太郎が後ろのケネスに話しかけた。
「何や? 健太郎」
「この旅行って、ケンジおじと母さんのために計画したんだよね」
「そうや」
「前から思ってたんだけどさ、なんでこの8月3日が二人の記念日なんだい?」
「話してええか? マーユ」ケネスは隣に座ったマユミに訊いた。
「そうそう。いったい、何の記念日なの?」真雪も振り向いた。

 マユミが少し赤くなって言った。「それはね、ケン兄が初めてあたしに、」
「お、おいおい、マユ、」ケンジが慌てた。
「チョコレートを買ってくれた記念日なんだよ」

 ずるっ! ケンジがくずおれた。

「えー、そんなこと?」
「な、なんだ、そんなことって」ケンジがむっとしたように言った。
「それのどこが記念すべきことなんだよ」健太郎は納得いかないように食いついた。
「おい、健太郎、俺が妹のマユにチョコレートを買ってやる、っていうことが、どんなに重大なイベントだったか、お前にはわからないのか?」
「わからない」健太郎は即答した。
「兄妹ってさ、」マユミが言った。「何か年頃になると、お互いを意識しちゃって、よそよそしくなったりするもんじゃない」

「そうかなあ」健太郎は真雪を見て言った。

「特に男女の双子だったあたしたちは、お互いのことをよくわかってなくて、すれ違ってたの。なかなか想いが伝えられなくてね」
「ふうん……」
「ケン兄がチョコレートをあたしに買ってくれたことで、二人が兄妹としての絆を深められたんだよ」

「『兄妹』としての絆? ちょっと違わないか?」ミカが小さくケンジにだけ聞こえるように言った。
「お前はだまってろ」ケンジも小声で返した。

「そうか、そうなんだね」真雪が感心したように言った。
「確かに重大なイベントだったのかも……」
「納得したか? 二人とも」ケンジが威張って言った。
「で、その後は今みたいにとても仲良しになったんだね」真雪がにこにこして言った。

「そう。と・て・も、仲良しになった」ミカが口を挟んだ。

「お前らも見習うんやで」ケネスが笑いながら言った。そしてケンジが続けた。「兄妹は一生で一番長くつき合う肉親なんだからな」

「うまくごまかしやがったな……」ミカがまたケンジにだけ聞こえるようにぼそっと言った。

「でもさ、」また健太郎だった。「もう8月3日、終わっちゃうじゃん。夜の8時だし」
「ハワイに着くのは8月3日の朝9時だ」ミカが言った。「お前、高校生のくせに地球が丸いってことも知らないのか? まったく情けないやつだな」
「俺、工業高校生だし」健太郎がふてくされて言った。
「そないなこと関係ないやろ! 一般常識や。まったく、親の顔が見たいで」

 ケンジがケネスをちらりと見て笑った。



 ホノルルの空港全体が熱い空気に包まれている感じがした。空港から外に出た7人は一様に深呼吸をしてまぶしそうに目を細めた。
「空気が熱いっ!」ミカが言った。

「やった! ハワイだっ!」龍が叫んだ。
「龍は海外、初めてだからな」ミカが龍の頭を軽くたたきながら言った。「いっぱい楽しみな」
「うんっ!」
「は~、やっと着いた……。でも、また帰らなきゃなんないかと思うと、気が重い……」ケンジがぐったりとした表情で言った。「どこ○もドア、どっかに売ってないかな……」
「まだ言ってる」健太郎が横目でケンジを見て言った。 


 2台のタクシーに分乗して、彼らはホテルに到着した。

「す、すげー!」健太郎が驚嘆の声を上げた。「で、でかいな」
「超高級リゾートって感じだね」真雪もその建物を見上げていった。
「世界的な観光地やからな。さ、入るで」ケネスが7人の先頭に立って歩き始めた。

 フロントでのチェックインは当然ケネスの役割だった。彼はカウンター越しに、頭にハイビスカスの花を飾った若い女性と早口の英語でやり取りをしている。時折笑いがあったりしてひとしきり会話をした後、奥から白い口ひげを生やした初老の男性が姿を現した。彼はフロントの前に出てくるなり、ケネスとハグをした。そして固く握手をしながら、何やら嬉しそうに話し始めた。

「ケネスが親戚で良かったわ」ミカが言った。「こんな時大助かりだわね」


 彼らの部屋は15階だった。1501号室のドアを開けて中に入った7人のうち、一番最初に叫んだのはケンジだった。

「広っ!」彼は中に走り込んだ。「おい、見てみろよケニー、海だ! 海が見える!」外に面した全面ガラス張りの窓から蒼い海と空が大パノラマになって広がっている。「そ、それにっ、でかいテレビだなっ!」壁に取り付けられた薄型テレビはちょっとしたスクリーンのようだった。「ミカ! ほら、お前の好きな酒が山ほど!」天井まで届くような重厚なマホガニー製のキャビネットに、ハワイをはじめ、世界の主要な酒のボトルとグラス、大小様々な形の皿やカトラリーなどが並んでいた。「こっちにはワインセラーまであるっ!」

「なにはしゃいでんだ? あいつ」ミカが言った。
「飛行機での反動やな」

 ケンジはかまわず叫び続けた。「お! 寝室はこっちか! 見てみろよ、マユ、でっかいベッド。二つも!」

「『ケニー、海だ』『ミカの好きな酒だ』ときて、」ミカが言った。「『マユ、でっかいベッド』だとさ。どう思う? ケネス」
「ほんま、わかりやすい頭してるで。何考えてんのか、丸わかりや。ケンジの脳もガラス張りやな」

「あっ! チョコレートの山!」真雪が叫んだ。

 その広いコンドミニアムの中央にある巨大なテーブルの中心に、脚付きのガラスの平皿に山のように積み上げられたチョコレート。色とりどりのホイルに個別包装されたチョコレートの山だった。

「ウェルカム・スイーツやな」ケネスが微笑みながら言った。
「マユ、食べてみようぜ」ケンジが駆け寄った。そしてその一つを手に取った彼は、包装紙のデザインを見つめた。「あれっ!」
「どうしたの? ケン兄」マユミがケンジの隣に立った。
「このメープル・リーフのロゴ、どっかで見たような……。あっ!」
「シンチョコのアソートだっ!」いつの間にかマユミの隣に立っていた龍が叫んだ。
「お前んちのチョコレートじゃないか、ケネス」
「言うたやろ? わいの店の古いつき合いのホテルやって」
「それにしてもこの量、尋常じゃないな……」

 ミカが言った。「さ、ここは大人4人の部屋だ。子供らは隣の1502号室。とっとと行って、荷物置いて来い」
「お前らの部屋にも、チョコぎょうさんあるよってにな。そやけど、今、あんまり食べ過ぎるんやないで」
「わかってる! 行こ、ケン兄ちゃん、マユ姉ちゃん」龍が二人の手を引いてドアを飛び出した。龍に手を引かれて部屋を出るとき、健太郎が一瞬立ち止まり、振り向いた。
「どうかした? 健太郎」ミカが言った。
「い、いや、別に……」


《4 ワイキキビーチ》

「ワイキキビーチ!」ケンジが大きく息を吸い込んで言った。「ダイヤモンドヘッド!」
 ケンジとケネス、健太郎と龍のオトコ共4人はビーチに並んで立っていた。「ハワイ、来て良かっただろ? 健太郎、龍」
「何言ってんだ。飛行機が怖くて、行きたくないって言ってたの、誰だっけか?」
「怖いんじゃない。苦手なんだよっ」
「変われへんがな」

 その時、背後から真雪の声がした。「何みんなで漫才やってるの?」4人の男たちは振り向いた。

「マ、マユっ!」ケンジが叫んだ。「ミ、ミカ姉っ!」ケネスが叫んだ。「ミカさん!」「マユ姉ちゃん!」健太郎と龍が同時に叫んだ。
「ええな、ええな、ええな、ミカ姉、その水着、めっちゃイけてるやんか」

 ミカはへその部分と背中の大きく開いたモノキニ姿だった。

「それにマーユと真雪の水着、お揃いやんか!」ケネスが少し赤くなって二人の身体を見比べながら言った。「しかも、なかなかきわどいな」
 マユミは昨日ケンジが空港で見つけたビキニ、真雪は母親のマユミが18の時、ビーチで着ていたビキニを身につけていた。
「生きててよかったな、なあ、ケンジ……、おい、ケンジ、どないした?」
「い、いや、ちょっと鼻血が……」「ぼ、僕も……」ケンジと龍はそろって鼻にティッシュを詰めながら赤面していた。
「龍はともかく、ケンジまで鼻血なの?」ミカが腰に手を当ててあきれていった。「せっかくのハワイの海だからね、ちょっと大胆になってみたってわけよ」
「ミ、ミカさん、似合ってる、ですよ」健太郎が赤くなって言った。
「お前、日本語変だぞ、健太郎」
「ほ、ほっといてよ」
「け、結局その水着、真雪が着たんだ」ケンジが感慨深そうに言った。「嫌がってたんじゃなかったっけ?」
「ママがどうしてもこれを着ろ、ってしつこいんだもの……」真雪は少し恥じらったように言った。ケンジはその姿に、在りし日のマユミの姿をだぶらせて胸を熱くした。


「ビール買うてきたで」ケネスがパラソルの下の3人に缶ビールを手渡した。「ミカ姉には2本な」
「お、気が利くじゃないか、ケネス。ありがとよ」ミカは直ちにその缶ビールを開けてぐいぐいと飲み始めた。

 子供たちは海に入ってはしゃぎ回っている。

「いい気持ち」マユミが言った。
「そうだな。あの時の夢がかなったな」
「あの時?」ミカが2本目の缶ビールを開けながら訊いた。
 ケネスが言った。「わいら3人でな、海にいったことあんねん。高校三年の時やったかな」
「3人で?」ミカが訊き返した。「なんで二人じゃないの? ケネス、あんた邪魔だよ」
「考えてみ、ケンジとマーユが二人きりで海に行くっちゅうたら、親が不審がるやろ?」
「ま、確かにな。兄妹としては仲良すぎで、怪しまれるか」
「そういうこっちゃ」
「それで、あんたがついて行ったってわけね」
「表向きはわいとマーユが海に行くのに、ケンジが見張りでついてくる。っちゅうことやったな」
「ケネス、あんたいいカモじゃない」
「そうなんや。いっつも割くってんの、わいやねん」
「ケニーは本当にいい友達だったんだよ」マユミが言った。「あたしたちのためにボートまで準備してくれて……」
「ボート?」
「そう、二人乗りのな」ケネスがウィンクした。
「なるほどね。ケンジ、あなたたちって恵まれてたんだね、その頃から」
「本当にな……」ケンジが頭をかいた。
「ほんでその時、無人島に渡って、いつか南国の海に行きたいっちゅう話、してたんや」
「そんな気にもなるわね。いい夏じゃない。いかにも青春って感じ」
「ミカ姉さんは、18の夏はどんなだったの?」
「あたし? あたしは学校の部活で吐くほど泳がされてたよ」
「恋人とかいなかったのか?」ケンジが訊いた。
「男にはあんまり興味なかったね。高二の時、ちょっとだけつき合った男はいた。その後はゼロ。でも言い寄ってくるヤツはいたよ、何人か。全部振ってやったけどね」
「へえ」
「何だよ、『へえ』って。あたしそんな風に見えない?」
「きっとそのエッチな身体に引き寄せられてたんだな」ケンジが言った。
「こっ! こいつっ! 何がエッチな身体だっ!」
「いや、ミカ姉、わいもそう思う。何かそそられる、っちゅうか、抱きたくなる、っちゅうか……」
「へ?」ミカがケンジに殴りかかろうと振り上げた手を止めた。「そうか、ケネス、やっとその気になってきたか」
「い、いや、一般論やで、あくまでも一般論」

 ケンジがマユミに囁いた。「やっぱりミカってその気なんだ」
「お酒のせいじゃないの?」マユミは呆れたように笑った。

「父さ~ん」龍が4人のもとにやってきた。
「どうした龍、情けない声で……」
「僕たち、なんだか注目されてるよ」
「注目? 誰に」
「若い女の子」
「知り合いか?」
「外国人に知り合いなんかいないよ」
「なんでまた……」マユミも言った。健太郎と真雪もやってきた。
「きっと俺たちの水着が目立つんだな」健太郎が言った。健太郎も龍も肌に食い込むような小さなビキニの水着を穿いていた。「俺たちぐらいしかいないよ。こんな水着着てるの」
「確かに、」ケネスは周りを見回した。「わいたちぐらいやな、こんなセクシー水着着てんの」
「あなたたち、似合うからよ」マユミが目を細めて言った。「立派な身体になってるから……。外国人の女の子の心を鷲づかみにできるなんて、すごいじゃない」
「しっかし、健太郎ってホントにケンジにそっくりだな」ミカが言った。
「だよね、高校二年の時のケン兄と瓜二つ」マユミも言った。
「おまけに龍も父親を小型にしたような風貌だしな」ミカは腕を組んで少し考えた。「よしっ! おまえら、ちょっとそこに立て」
「え?」健太郎が言った。
「海をバックに記念写真撮ってやるから。ほら、ケンジが背後、その前に健太郎、そして一番前に龍。さっさと並べ」

 ミカは三人を立たせた。
「おお~!」ケネスが唸った。「こうして見ると、ほんまにそっくりや」
「確かにそっくりだね、見事に」真雪も言った。
「ケンジ親子のマトリョーシカ人形ってか。わっはっは!」ミカは豪快に笑ってシャッターを押した。

「さて、次はあなたたちよ、マユミ、真雪」
「え? あたしたち?」
「同じように立ってみなよ」ミカが促した。輝く海を背にして、真雪が立ち、その後ろにマユミが立った。
「おお~!」ケネスがまた唸った。「これもなかなかやな」
「よし、笑えっ!」マユミと真雪は同じような笑みを浮かべた。ミカはシャッターを押した。


《5 ミカの計画》

「腹減ったっ」龍が出し抜けに言った。
「俺も、」「あたしも」健太郎と真雪も言った。
「よしっ! めしにすっか!」ミカが威勢良く言った。
 連れだってビーチを歩く7人をいろんな人種の男女がちらちらと目で追った。ケンジたちはその目を少し気にしながらホテルに戻っていった。


 コンドミニアムで料理の腕を奮ったのはミカとマユミだった。材料を調達したのはもちろん言葉の達者なケネス。

「ほら、あんたたち、遊んでないでサラダぐらい作りな」ミカが床でカードゲームをしているケンジと子どもたちに声を掛けた。
 やがてテーブルに昼食が広げられた。シーフードサラダ、冷製スープに牛肉のソテー、そしてペペロンチーノのパスタ。
「ま、こんなもんだろ」ミカが満足そうに言った。「よしっ、乾杯だ」

 大人たちはビールだったりワインだったり、子どもたちはコーラだったりジンジャーエールだったり。それぞれグラスを手に持った。

「え~それでは、ケンジとマユミの初体験記念日に、」
「え? 『初体験』?」真雪が言った。
「ちょっと待て、ミカ」
「何よ」
「な、何だよ、初体験記念日って」ケンジが子どもの手前おろおろして言った。
「だって初体験だろ、チョコをあなたがマユミに買ってやった」
「そんなの初体験って言うかよ!」ケンジが赤くなって言った。
「どうでもいいからかんぱーい!」ミカは構わずグラスを上げた。
「乾杯!」テーブルを囲んだ他の6人も叫んだ。


「食ったら寝る。こいつら最高だわ」ミカが床に転がって昼寝を始めた子どもたちとケンジ、ケネスを見下ろして言った。
「ケン兄もケニーも、まだまだ子どもみたいだね」マユミが微笑みながら言った。

 二人は食器を片付け始めた。ミカは傍らにビールの缶を置いている。

「よく飲むね、ミカ姉さん」
「好きでねー。マユミもどう?」
「い、いや、あたしはいいから」
「ところでさー、マユミ」
「なに?」
「あたしさ、今夜あんたとケンジが抱き合うところ、ケニーと一緒に見ててもいいかな?」
「えっ?!」マユミは赤面した。
「ケンジが大学んとき、あんたがケンジのアパート訪ねてきたこと、あったじゃん」
「ケン兄が入学した年の夏だね」
「そう。その時あんたらが部屋でやってること想像したらさ、何だか身体が熱くなってさ」
「え? あ、あの時ミカ姉さん、下にいたの?」
「いた」
「いたんだ……」
「それが、ずーっと頭から離れない」
「な、なんで?」
「なんでだろうね。あたしにもよくわかんない」
「思えば、あの時があたしとケン兄の最後の幸せな時間だったのかもしれない」
「そうだよね。その後、秋になると、こいつ、理性とあんたへの想いの板挟みで苦しみ始めたからね」ミカは床に丸まっているケンジを見下ろして言った。「そして運命の12月1日がやって来る」
「あたしが謝るのも変だけど、ケン兄、姉さんに迫ったんでしょ? あの日。ごめんね、酔った勢いであんなこと……」
「あたしね、大学にこいつが入ってきてから、ずっとこいつのことが気になってたんだ」
「え? そうなの?」
「オトコを初めて心から好きになったんだ」
「そうだったんだ……」
「それまでも何人かとつき合いはしたし、粋がってセックスもした。でもどうしても本気になれなかった。気持ち的にね」
「気持ち的に……か」
「だからあんたがこいつを訪ねてきた時は、胸が張り裂けそうだった。あんたとケンジがそういう仲だってことは一目瞭然だったからね。その時、嫉妬、っていう気持ちを初めて抱いたっていうかさ」
「嫉妬……」
「いつか、ケンジをあんたから奪ってやる、って強気なことまで考えてたんだよ。あたし」ミカは笑った。
「ミカ姉さん……」
「でも、到底無理だった。あんたとケンジの関係はそんな単純なものじゃなかったからね」
「ごめんね、そんなこととは知らずに、あたし……」
「マユミが謝ってどうするんだ。あんたこそ苦しんでたんだろ? その時。ケンジを諦めなきゃって、できもしないことを考えてたんだろ?」
「確かに苦しかった……」
「だからさ、酔った勢いで、あたしをあんたと思い込んでたとは言え、ケンジがあたしを抱いてくれたときには、よっしゃー! って思ったよ」
「よ、『よっしゃー! 』?」
「たださ、」ミカは声を潜めた。「こいつ、途中で気づきやがって、あたしの中に出してくれなかったんだ」
「聞いた。ケン兄から。いっぱいかけちゃったんだって? 身体に」
「そうなんだよ。まったく女心がわかってないやつだよね。そこまでいったら、普通出すだろ、中にさ。ま、あれはあれであたしも満足だったけどね。ケンジに液いっぱいかけてもらってさ」
「土下座して謝ったって本当?」
「そりゃあもう、こっちが気の毒になるくらいね」
「そういう人なんだよ。ケン兄って」
「ああ、そういうやつだよ、こいつは」

 ミカは寝息をたてているケンジの頭を真っ赤なペディキュアの塗られた右足の親指で軽くつついた。

「というわけで、あたしあんたたちのラブシーン、見せてもらうよ」
「どうして、『というわけ』なのよ、ミカ姉さん。話がかみ合ってないから」
「いいからいいから。で、」ミカがマユミの耳に口を寄せた。「あたし、ケニーと寝てもいい?」
「……いいよ」マユミは恥じらいながら言った。
「あれ? 驚かないの? っていうか、拒まないんだ」
「あたし、ケン兄と話してたんだ。ミカ姉さんとケニーがそういう関係になれば、なんだかあたしたち、ほっとするね、って」
「そうか! そうだよな」ミカが大声で言った。
「あたしたち、今までちょっと後ろめたかったし……」
「よし。これで話は決まった」
「問題は、」足下から声がした。
「あれ? ケンジ、いつの間に起きたんだ?」ミカが言った。
「お前に足で小突かれたときだよっ」ケンジは起き上がった。「問題は、ケニーがミカを抱く気になるか、ってことだな」
「それは大丈夫」ミカが人差し指を立てて言った。「ケニーを酔わせて、あたしが押し倒す。きっとケニーは抵抗できないはずよ」
「押し倒す?」マユミが訊き返した。
「あたしね、あれから酔ったオトコに抱かれるのが大好きになっちゃってね」
「あれから、って?」ケンジが訊いた。
「ケンジに初めて抱かれた時だっ! しらばっくれるな、こいつっ!」


《6 競泳大会》

「全快復活っ!」ケンジとケネスが叫んだ。

 彼らは再びきわどい水着姿で、今はプールサイドにいる。

「こんな立派なプールまであるんだね」龍が感嘆の声を上げた。ビーチから少し入ったところに、椰子の木やフェニックスに囲まれるようにしてそのプールはあった。
「そりゃ、あんだけがーがー寝れば全快だろうよ」ミカがストレッチをしながら言った。「たいして疲れることもしてないくせに」
「ねえねえ、なんでミカさんストレッチなんかしてるの?」真雪が訊ねた。
「泳ぐ前は準備体操、っていつも口酸っぱく言ってるだろ、真雪」
「リゾートなのに?」
「見てみろ」ミカはプールをあごで指した。「今はちょうど午後のティタイム。泳いでるやつはほとんどいない」
「それで?」
「シンチョコ杯海棠家シンプソン家対抗家族競泳大会をやるぞっ!」
「え?」健太郎も真雪も驚いて訊き返した。「シンチョコ杯、……何だって?」
「だから『シンチョコ杯海棠家シンプソン家対抗家族競泳大会』だっ!」

 プールサイドには、デッキチェアに寝そべったり、パラソルの下のテーブルでフルーツを楽しんでいたりと思い思いの午後の時間を過ごしている人たちがいた。

「いいか、まず第1泳者、シンプソン家は健太郎、海棠家は龍。得意の平泳ぎ」
「えー、絶対かなわないよ、ケン兄ちゃんになんか……」
「つべこべ言うなっ!」ミカが一喝した。「後でどんだけでも取り戻せる。第2泳者、シンプソン家真雪、海棠家ミカ。クロールでいくか」
「えー、ミカさんと?」
「泳ぐ時は『ミカさん』じゃないっ! 『ミカ先生』と呼べ」
「ここまでで、どうなるかちょっとわからないな」健太郎が腕組みをして言った。
「最終泳者。シンプソン家ケネス、海棠家ケンジ。もちろんバタフライっ!」
 ケンジとケネスがさっと手を挙げて応えた。「行きますっ!」
「マユミ、スタートとゴールの判定お願いね」
「わかった。任せて」


 プールの真ん中の2コースのスタート台に健太郎と龍が立った。キャップをかぶり、ゴーグルをかけたその二人の姿に、プールサイドの何人かの客が顔を上げた。コーヒーを飲んでいた白人の初老の男性はサングラスを額に上げ、眉をひそめて二人を見た。

「よーい!」マユミの声が響く。龍と健太郎がスタート台の上で静止した。
 ピッ! 笛の音と共に二人は同時に飛び込んだ。水中から顔を先に挙げたのは龍だった。プール中央まではそのまま二人はほぼ並んでいた。しかし、体格の差は、さすがに龍には不利に働いた。それでも一瞬遅れただけで二人は壁にタッチした。

 真雪とミカがほぼ同じタイミングで飛び込んだ。二人は同じようなフォームで抜き手を切って進んでいく。
「ミカの腕、長く見えるだろ」
「ほんまやな」
「伸びの良さは彼女の最大の武器なんだ」
「きれいなフォームや」
 プールの中のミカは実際よりも細く、長身に見えた。そしてそのミカに指導を受けている真雪も同じように美しい泳ぎを披露していた。プールサイドに近づいてくる人が現れ始めた。その中にサングラスをかけた一人の日本人女性がいた。

「さあ、俺たちの番だぜ、ケニー」
「そうやな。久しぶりや。手え抜くんやないで」
「ガチで勝負だ!」
「望むところや」
「いよいよ父さんたちの番だ!」龍が叫んだ。「がんばれっ! 負けるなーっ!」

 真雪とミカはほぼ同時に壁にタッチした。ケンジとケネスは大きく宙に躍り出た。そして水中での文字通りイルカのように力強いバサロ、全く同じタイミングで水面に頭を出した二人は腕を豪快にリカバリーさせた。

「すごい!」健太郎が驚嘆の声を上げた。「完璧なフォーム……。バタフライに関しては俺たち絶対先生にはかなわないな……」
「うん。かなわない」龍も言った。
「パパも負けていないね」真雪だった。「なんだか泳いでる時のパパって、すごくかっこよくない?」
「かっこいいよね」横に立ったマユミも言った。「パパの泳いでる姿、ほれぼれする。いつ見ても」

 ケンジとケネスは一往復だった。ずっと同じスピードで二人は片道を泳ぎ切り、まるで鏡にでも映っているかのように同じ動きで同時にターンをした。いつの間にかプールサイドには人だかりができていた。いろいろな言語で声援が飛ぶ。日本から遠く離れたここハワイのリゾートホテルのプールは異様な熱気に包まれていた。
「あと5メートル!」真雪が叫ぶ。
「ほとんど互角っ!」健太郎も叫ぶ。

 ケンジとケネスが同時に壁にタッチした。その瞬間プールを取り囲んでいた観衆が大歓声を上げた。飛び上がって騒ぐ小さな子供もいた。大きな拍手に包まれて、ケンジとケネスはプールの中で腕を絡めたあと、抱き合ってお互いの健闘を讃え合った。

「な、なんだか大騒ぎだな……」プールから上がったケンジがキャップを脱ぎながらそうつぶやいた。
「ほんま、えらいことになってしもうたな」
「あー気持ちいいっ!」ミカだった。「あんなにたくさんの人に見られながら泳ぐのって、久しぶり」

 何人かの外国人が拍手をしながら彼らに寄ってきて、早口で話しかけた。その都度ケネスは受け答えをしなければならなかった。

「みんな褒めてるで。ええもん見せてもろうた、言うて」
「そうか。なんだか照れる」
「素晴らしい子どもたちや、大人顔負けやで、とも言うてる」

 健太郎、真雪も照れて頭をかいた。

「一番ちっちゃな少年は、きっと将来大成するに違いない、あんなに美しい平泳ぎは初めて見さしてもろたって、このおっちゃん言うてるで」
「ほんとに? 嬉しいな」龍は笑顔をはじけさせた。

 その時、彼らの泳ぎをずっとプールサイドの人垣の中から見ていた一人の日本人女性が彼らに近づいた。そしてケンジの前に立つと、言った。
「相変わらず豪快で、素晴らしいフォームのバタフライだったわね」
「え?」ケンジはその女性の顔を見た。
 彼女はゆっくりとサングラスを外した。「海棠君、久しぶり」
「アヤカ!」
「こんなところで会えるなんてね。マユミもケニーも久しぶり。元気にしてた?」
「おお、アヤカはんやないか」
「みんな元気だよ」マユミも笑顔で言った。
「結局マユミとケニーは結婚したみたいね」
「そ、そうやねん」
「お似合いよ」
「ありがとう」マユミが言った。「でも偶然ってすごいね。このホテルに泊まってるの?」
「泊まってたけど、今夜戻る」
「日本に?」
「ううん。私、今サンフランシスコに住んでるの」
「へえ!」
「だんなが日本食レストランやっててね」
「そうなんだ」

「誰なの?」ミカがケンジの隣に立った。
「ああ、彼女は高校んときの部活でマネージャやってたアヤカ」
「始めまして。アヤカです」アヤカは手をミカに差し出した。
「始めまして。あたしはミカ。ケンジの妻よ」ミカはアヤカの手を握り返した。
「素敵な奥様ね、海棠君」

 ケンジは頭をかいた。

「ケンジの泳ぎ、どうだった? その頃と比べて」ミカが言った。
「ますます磨きがかかった、って感じかな。大学でもずっと水泳続けてたんでしょ?」
「ああ。今は地元でミカとスイミングスクールやってる」
「海棠君らしくていいね」
「ちょっと話そうか、アヤカ」ケンジはアヤカと一緒にプール脇にあるオープンキッチンの開放的なカフェに入っていった。


《7 20年来》

 小さな丸いテーブルを挟んでアヤカとケンジは向かい合った。

「思えば、あれからお前と一度も言葉を交わさなかったな」ケンジが少し申し訳なさそうに言った。
「無理もないわよ」アヤカが運ばれてきたアイスティにシロップを入れながら言った。
「別に避けてたわけじゃないんだけど、なんて言うか、こう話すきっかけがつかめなくてさ」
「あたしもあれきりマネージャーやめちゃったしね」

 ケンジはコーヒーカップを手にした。

「今のだんなとはいつ知り合ったんだ?」
「彼は日系二世でね、私と同じ大学で当時一緒に学んでたんだよ」
「もともとサンフランシスコの人なのか?」
「そう。大学出て婚約して、店を持つことが決まってから結婚したんだ」
「そうか。よかったな。幸せそうだ」
「海棠君が言った言葉を私、まだ忘れてないよ」
「え?」ケンジはカップを口から離してアヤカを見た。
「『アヤカのことをわかってくれるヤツがきっと現れるよ。』って言ってくれたこと」
「もう、ずいぶん昔のことになってしまったな……」
「そうだね。今から20年も前……」アヤカは目を伏せた。

 ケンジは小さなため息をついてコーヒーを口にした。

「でもね、」アヤカがいたずらっぽく微笑みながらケンジに身を乗り出した。「私のだんな、Mなんだよ」
「ええっ?!」ケンジはカップをテーブルに戻して、にわかに赤くなった。
「実は、縛られてされるの大好きなんだ」
「そ、そうなのか? っつうか、お前まだそんなことしてるのかよ」
「ケンジくんをあんな目に遭わせてから、私目覚めたかも」
「目覚めた、ってお前、あんなことしたの初めてだったのかよ」
「うん」アヤカはあっさりと言った。「ケンジくんが最初で最後の犠牲者」
「お、お前なあ!」
「本当に、あの時はごめんね。傷つけちゃって……」アヤカはしんみりとした口調で言った。
「あれから俺、黒いレザー張りのベンチ見ると、左腕が勝手に痛む。トラウマになってんだぞ!」
「えっ?! 本当に?」
「嘘だよ」
「驚かさないでよ。ああびっくりした」
「ごめん。ちょっとした仕返しだ」ケンジは笑ってコーヒーを一口飲んだ。

「良かった、あなたにまた会えて」
「俺もだ。いつかこうして笑って話せる日がくるのを、俺ずっと心の奥で待ってたような気がする」
「あたしも」飲み干したグラスをテーブルに戻してアヤカは言った。「これでずっと心の底に残っていたものが吸い出されてなくなった気がする」

 やってきたショップのスタッフに代金をケンジが支払い、二人はテーブルを離れた。
「元気でな、アヤカ」ケンジがアヤカの左肩に手をそっと置いた。
「うん。あなたも、みんなと幸せに」アヤカの右手がケンジの左手を握った。

 しばらく二人は見つめ合った。

「それじゃあ、飛行機の時間があるから」
「ああ」
 ケンジはカフェの前に立ち、アヤカを見送った。サングラスをかけ直してアヤカはホテルの陰に消えた。



「っちゅうわけでな、あんまりおもろい展開やなかってんで」
「そうなんだー」

 ケネスがホテルの部屋に戻ってマユミたちにその時の様子を話して聞かせていた。
「マーユもミカ姉もその場にいたらそう思たと思うで」

 ケネスはこっそりケンジとアヤカの様子を覗いていたのだった。

「昔、何かあったみたいね、二人の間に」ミカが言った。
「あったんやわ、これが。強烈な出来事が」ケネスは声を低くして言った。
「強烈な出来事?」
「そやねん。詳しくは『エピソード 2 Bitter Chocolate Time』読んでな」

 ケネスがミカに当時のケンジとアヤカの間に起こった出来事を話し終わった時、ドアを開けてケンジが入ってきた。「ミカ、ビール買ってきたぞ」
「ありがと」ミカはケンジから缶ビールを受け取り、一本開けてケネスに、もう一つマユミに、自分の隣に座ったケンジにも渡して、手に残った缶のプルタブを起こした。
「何の話してるんだ?」ケンジが言った。 
「さっきのアヤカさんとあなたの件」
「アヤカと?」
「聞いたよ、ケンジ」
「聞いたのか」
「確かに強烈な体験だったね」
「そりゃあもう! 俺の人生の中で一、二を争う強烈体験だった」
「あの時、ほんとにケン兄さ、」マユミが言った。「興奮したりしなかったの?」
「縛られてか?」
「うん」
「不思議としなかったんだよなー、これが」
「へえ」
「今、思い出すと、なかなか興奮するシチュエーションなんだけどな」ケンジが少し恥ずかしげに続けた。「あの時は、本当に気持ちが拒絶してた。でもさ、身体って刺激されると反応しちゃうじゃないか、オトコって」
「うんうん」ケネスが大きくうなづいた。
「だから余計にマユに対して申し訳なくて……」
「ケンジ、悔し泣きしてたんやで」
「大会の晩、ケン兄、痛む腕をかばいながらあたしを抱いてくれたよね。すっごく優しかった」
「だから、その時はもう痛くなかったってば」
「そんなに優しかったの?」ミカが訊いた。
「最初から最後まで。壊れ物を扱うようにあたしを抱いてくれたんだよ」
「へえ、今度あたしもそうやって抱いてくれる? ケンジ」
「お、俺はいつも優しいだろ」

「そやけど、」ケネスが言った。「さっきケンジがアヤカの肩に手置いて、アヤカもケンジの手をとった時には、やばっ! て思ったで」
「どうして?」ケンジがビールの缶から口を放して聞いた。
「そのままキスでもすんのか、思たやんか」
「しなかったんだ」ミカが言った。
「しないよ」
「しなかったんやな、これが。ほんま、ケンジは紳士やと思うたわ。さすがやな」

 その時、開けられたドアから、いきなり龍が飛び込んできた。健太郎と真雪も後ろからついて入ってきた。
「ノックぐらいしろ、ガキども」ミカが言った。
「ねえねえ、すごいよ、ほら、これ見てよ」

 龍がケンジたちに数枚の写真を広げて見せた。それは、プールで泳いでいる6人の写真だった。プルの後水から頭を上げた瞬間の龍、すらりと前にまっすぐ腕を伸ばした真雪、飛び込む瞬間のケネス。

「ど、どうしたんだ、この写真」ミカがそれらを手にとって言った。
「僕たちの部屋に届けられたんだよ。これも一緒に」龍は封筒に入ったカードを出して見せた。短い英文が書かれていた。
「なになに……」ケネスがそれを見た。
「何だって? ケニー」
「嬉しいこっちゃな。ハワイであんな美しいスイマーの姿を見られてラッキーだった、てなことが書いてあるわ」
「中でもこの写真がすごいんだ」健太郎が最後の一枚を差し出した。それはケンジが大きくリカバリーしている正面からのアップ写真だった。

 逞しくまるで鎧のような肩の三角筋、広げられたしなやかな腕、正面を見据えるゴーグル越しの眼、それは野性的でしかも均整のとれたケンジの身体の魅力だけでなく、内なる精神性をも見事に写し取った芸術的とも言える写真だった。

「ほー……」ミカがため息をついた。マユミも言葉を失ってその画を見つめた。
「ええ思い出ができたな、みんな」
「本当にな」ケンジが感慨深げに言った。
「他にもさ、お菓子やら手紙やら、花束やらがたっくさん届けられたんだよ。来てみてよ、部屋に」興奮したように龍が言った。


《8 ミカの暴走》

「夜のビーチもいいもんだな」
「わい、ハワイのこの、夜の南国的な雰囲気が一番好きやねん」

 7人は海岸に降りて散歩をしていた。あちこちにたいまつが焚かれ、バーベキュー、フレッシュジュース、ハワイの土産物、日本で言う屋台がいくつも軒を連ねている。海に近い場所には簡易のステージが設置されて、ポリネシアのダンスショーが繰り広げられている。昼間とはまた違った南国ならではの雰囲気に包まれていた。

「ミ、ミカ先生、」健太郎がミカの隣にやって来た。
「おお、どうした、健太郎。何だか顔が赤いぞ」
「ミカ先生って、ケンジおじのことが好きなんだろ?」
「お前な、あたしたちは夫婦だぞ、好きでなければ夫婦にはならないだろ? 普通」
「っていうか、ど、どうしてケンジおじのことが好きになったの?」
「お前、何が言いたいんだ?」
「い、いや、ケンジおじのルックスとか、水泳やってることとか、そんなのがよかったのかなって……」
「もちろんそれもある。標準的なイケメンだし、あたしと同じ水泳オタクだしな」
「お、俺ってケンジおじによく似てるって言われるけど、ミカ先生、どう思う?」
「お前らはマトリョーシカだって昼間言っただろ。龍も合わせてな。わっはっは」

「ミ、ミカ先生の水着姿、とっても似合ってたよ」
「いきなり何を言い出すんだ。あたしを口説いてるつもりか? 健太郎」
「と、とんでもない! で、でも、本当に何て言うか、こう、き、きれいな身体だと、俺、思う……」健太郎は足を止めてますます赤くなって言葉を濁した。

 ミカも立ち止まって少し考えた。

「よし。健太郎、いいものを貸してやろう」
「え?」
 ミカは一枚のカードを取り出して健太郎に渡した。
「これって……」
「あたしたち大人の部屋のルームキー」
「え? ど、どうしてこれを俺に?」
「ま、使い方はお前に任せるよ。明日の朝、こっそり返しな」

 先を歩いていたケンジが振り向いて言った。「おーい、ミカに健太郎、そんなところで何やってんだ?」
「ああ、ちょっと昼間のこいつの泳ぎについてアドバイスしてた」そして時計をちらりと見て続けた。「そろそろ予約していた時間だ。行こうか」
 ミカは横に立ってもじもじしている健太郎の腕を取った。
「おまえ、本当に解りやすい反応するのな」
「え?」健太郎は赤くなった顔を上げた。
「血は争えないってか」ミカは豪快に笑って、健太郎の腕を掴んだまま歩き出した。


 ビーチが見下ろせるレストランに7人は入った。奥に通された二つのファミリーは広いテーブルを囲んで座った。彼らの他にもたくさんの観光客がディナーを楽しんでいた。時々ケンジたちを見て、小さく手を振る客もいる。

「きっと、昼間のあれを見ててくれたんだな」ケンジが言った。
「わいら、一気に有名人になってしもたな」

 周りでウェイターが忙しく運んでいる料理は、子どもたち、特に龍には初めてのものばかりだった。彼はそれを見回しながらため息をついた。「こ、こんな贅沢な食事、ばちがあたりそうだよ……」
「日本に帰ったら、しばらくは梅干し生活だからな。覚悟しとけ」ミカが言った。
「ええっ?」龍が顔を上げた。
「当たり前だ。うちがこんなこといつもできるような金持ちじゃないってこと、お前も知ってるはずだぞ」
「ほたら、乾杯といこか」
「そうだな。みんな飲み物はそろったか?」
「うん」「大丈夫だよ」
 ミカが立ち上がり、隣同士に座っているケンジとマユミを見て言った。「ケンジとマユミのスイートデーに、」そしてケネスに向き直った。「我々の新たなシーンの幕開けに、」ケネスはひきつった笑いを浮かべた。ケンジとマユミは同じようにくすっと笑った。「乾杯っ!」ミカが高々とグラスをかかげた。
「かんぱーい!」

「おい、ミカ、」ケンジが右隣のミカに声を掛けた。「新たなシーンについて、ケニーには同意を得たのか?」
「ううん。まだ。だけど、これからよ」ミカはケネスに声を掛けた。「ケネス、こっちに来なよ」ミカは自分の右側の空いた椅子の座面をぱんぱんと叩いた。健太郎がちらりと目を上げてその様子を見た。

「よしっ! 飲め」ミカは新しいグラスに赤ワインをなみなみとついでケネスに勧めた。
「すんまへん、ミカ姉、いただきます」
「そうだ。いただけ」
「母さん、酔ってる?」龍が少しあきれ顔で言った。
「あたしはいつも酔ってるようなもんだ。特にこっちに来てからはずっと」
「いっつも手に缶ビール持ってたからなー」ケンジが言った。
「よしっ! もっと飲めっ!」ミカがケネスのグラスにワインをつぎ足した。
「ミカ姉、わいを酔わせてどうする気や?」
「ぎくっ!」
「『ぎくっ! 』? 何か企みでもあんのんか?」
「我々の新たなシーンの……、」
「もうええ。わかったっちゅうねん。つき合ったるから。あんまり無理せんといてんか」そしてケネスはマユミに目を向けた。「ほんまにええんか? マーユ」
 マユミは黙って微笑みながらうなずいた。



「飲み過ぎだよ、母さん」龍がため息交じりに言った。
「だ・れ・が・飲み過ぎだって? え?」ミカの足はふらついている。ずっとケンジが肩を抱きかかえてコンドミニアムの前までやってきた。「じゃあ、お前たちはもう寝な」

 子どもたちを部屋に入れて、ケンジたち大人4人はソファに腰を下ろした。
「よしっ! 飲み直すぞ! ケネスっ!」
「まだ飲むんかいな。もうやめとき、ミカ姉」
「何だと? アタシにそんな口きいていいのか? ケネス」
「カラみだした……」ケンジが言った。
「お、おい、ケンジ、こういう時の対処法、教えてーな。どないしたらミカ姉を鎮められる?」
「口を塞ぐんだよ」
「えっ?」
「口で口を塞いでみろよ」
「な! そ、そ、そんなこと人前でできるかいな」
「じゃあ、俺たち先に寝るから」ケンジはケネスにウィンクをして、マユミの手をとって立ち上がった。
「え? お、おい、ケンジ、」ケネスは焦ったように言ったが、ケンジたちは奥の寝室にあっさりと消えてしまった。

 ミカはソファの上でケネスに身体をもたせかけ、とろんと半分閉じた眼で彼の眼を見つめた。
「ケネス、やっとこの時がきたねぇ」
「ミカ姉、大丈夫かいな……」
「ねえ、ケネス、キスして……」
「え?」
「優しくね」ミカは眼を閉じて唇をケネスに突きだした。
「ちょ、ちょっと待ち、ミカ姉、」
「ん? どうしたの?」ミカは眼を開けた。が、半分閉じている。
「少し、酔い醒まそやないか」そう言ってケネスはミカを抱きかかえ、広いテラスに出た。
「涼しくないっ!」ミカが叫んだ。「かえって暑いぞ、ケネス」
「ミカ姉、水でも飲むか?」
「うん。飲む」

 ケネスはテラスの大きなデッキチェアにミカを横たえ、キッチンからミネラルウォーターのボトルを持って戻った。

「ほれ、ミカ姉、水や。飲み」
 ミカはケネスからそのボトルを受け取り、ごくごくと一気に飲み干した。そしてそのままデッキチェアに横になって寝息をたて始めた。

「ほんま、飲み過ぎや。っちゅうか、はしゃぎ過ぎやな、ミカ姉の場合……」
 ケネスはミカを残して部屋の中に入った。
「ミカ、寝ちまったみたいだな」ケンジが立っていた。
「なんや、ケンジ、お前たち楽しんでたんやないんか?」
「いや、あんなミカをお前に預けたままっていうのも気が引けて……」
「ミカ姉、張り切りすぎや。今日一日動きっぱなし、しゃべりっぱなし、飲みっぱなしやったからな、何しろ」
「それもそうだ」
「風邪ひけへんかな? ミカ姉」
「外の方が暑いからな。でもまあ、これぐらいは掛けといてやるかな」ケンジが手に持っていた大きなバスタオルをテラスに出てミカの身体にそっと掛けた。「きっと暑さに耐えきれなくなって起きてくるよ。そのうち」
「そやな」

「ところで、ケニー」
「なんや?」
「お前に折り入って頼みがあるんだが」
「頼み?」
「俺の目の前でさ、その、マユとセックスしてくれないかな」
「えっ?!」
「俺、お前とマユが愛し合うの、まだ一度も見たことないだろ?」
「何やの、その理由。そもそも今日8月3日はお前たちのスイートデーやんか」
「そうだけど……さ」
「わかった。ほしたらその後、お前もいっしょに参加して3Pに持ち込むで。それでええな?」
 ケンジは頬を赤らめて言った。「いいよ」


《9 熱い夜》

「マーユも承知の上なんか?」ケネスはキングサイズのベッドに薄いケットをかぶって横になっているマユミに訊いた。
「うん」
「そやけど、あれやな、」
「何だ?」
「人に見られながらセックスするっちゅうのも、なかなか……」
「なかなか、なあに?」マユミもケンジと同じように頬を赤らめて訊いた。
「恥ずかしさもあるし、かえって燃えるかもしれへんな、って」
「俺、どこにいたらいい?」
「マーユ、どうする?」
「ケン兄、ショーツだけで同じベッドにいてよ」
「えっ?! そんな至近距離で?」
「そうやな、それがええ。いつでも3Pに発展できるからな」


 健太郎は、ベッドに横になってもなかなか寝付かれなかった。真雪と龍はそれぞれのベッドですでに熟睡しているようだ。彼はミカから預かったカードキーを見ながら、身体の中から熱いものがわき上がるのを感じていた。


 下着だけの姿で、マユミとケネスは抱き合った。そして唇同士を合わせた。目を閉じ「んっ……」と小さく呻くマユミの姿に、すでにケンジは身体を熱くし始めていた。愛し合う二人の体温と吐息を間近で感じ、ケンジは早くもその身体をもぞもぞさせ始めた。

 ケネスはマユミを抱きしめたまま、彼女の唇をそっと柔らかく噛み、次に舌を中に差し入れ彼女のそれと絡ませた。しばらくそうしてお互いがお互いの唇を味わった後、ケネスはすでに露わになっているマユミの乳房を包み込んだ。そして人差し指と中指で乳首を挟み、刺激した。
「あああん……」マユミは身体をこわばらせた。ケネスは身体を滑らせながら口で彼女のもう一つの乳首を捉え、ゆっくりと吸い込んだ。「んんっ……」マユミが呻く。その時ケネスの指はすでにマユミのショーツに侵入し、その谷間をなで上げ始めていた。そして二本の指で谷間を静かに押し開き、中に入り込ませると、マユミはびくんと身体を仰け反らせ、あえぎ声を上げ始めた。「ああ、あああ……ケ、ケニー……」

 すぐ横にじっとしていたケンジはその二人の睦み合いを見続けるのに限界を感じ始めていた。彼のペニスは下着の中でもうはち切れんばかりの大きさになっていた。

 ケネスはマユミの下着をはぎ取り、秘部に唇をあてた。そうし雫が溢れ始めた谷間の内側を舌で舐め始めた。
「ケ、ケニー、欲しい、あなたが……。入れて、あたしに」マユミが上気した声で言った。
 それを聞いたケネスは、自ら下着を脱ぎ捨て、先端から漏れ出す液ですでにぬるぬるになっていたペニスをマユミの秘部にあてがうと、ゆっくりと挿入した。「あああああっ、い、いい気持ち、ケニー……」
「マーユ、」ケネスが静かに腰を前後に動かし始めると、マユミは目を開け、ケンジの方に顔を向けて喘ぐ声で言った。「ケン兄、あ、あたしにキスして、お願い、キスして……」

 我慢の限界を感じていたケンジはすぐさまマユミの口をその口で塞いだ。「んんんんんっ!」マユミはまた呻いた。ケネスの腰の動きが次第に速く、激しくなってきた。マユミはケンジの頭を両手で押さえて、激しく彼の唇や舌を吸った。「んんんっ……」ケンジも呻いた。



 健太郎は決心したようにベッドから起きあがった。そして一人、部屋を抜け出し、隣の部屋のドアの前に立った。「ミ、ミカ先生……」小さくつぶやいた彼は、カードキーをドアのホルダーにそっと差し込み、ノブに手を掛けた。

 大人の部屋に足を踏み入れた健太郎は、落とされた灯りに沈んだ部屋の中を見回した。大きなガラス張りの窓の外に月に輝く海が見えた。部屋の中よりも外の方が明るかった。そしてその白い月明かりを浴びてテラスのデッキチェアに横になっているミカの姿を見た途端、健太郎の体内の温度は一気に上昇した。

 健太郎は、忍び足で一人ミカが眠っている広いテラスに出た。
 ミカはタンクトップに短いショートパンツ姿だった。掛けられていたバスタオルは床に落ちている。ショートパンツから伸びる白く長い脚、タンクトップの脇から見える豊かな膨らみ。健太郎はそっとミカに近づき、その唇に触れてみた。思った通りの柔らかさを指先に感じた。健太郎の耳に、速くなった自分の鼓動が内側から聞こえ始めた。

 彼は意を決して彼女の唇に自分の唇をそっと触れさせた。一気に熱を帯びた彼のペニスは、もはや抑えが効かないほどに怒張していた。健太郎は夢中でミカの唇を吸い始めた。酒のにおいがした。「んん……」ミカは呻いた。健太郎には、ミカを起こしてしまうかもしれないという思いよりも、目を覚まして抱きしめてもらいたい、という思いの方が強かった。

 健太郎はミカの口から自分の口を離すと、彼女のタンクトップに手をかけ、焦ったように脱がせようとした。しかしなかなかうまくいかなかった。すると、ミカが眼を半分開けて背中を浮かせた。その薄手のタンクトップはするりと彼女の首から抜けた。「やっと来たね。待ってたんだよ」ミカが言った。

「ミカ先生っ!」健太郎は叫んで、露わになったミカの上半身を抱きしめた。
「さっさと脱ぐ」ミカが言った。
「え?」ミカは健太郎のシャツを脱がせ、ハーフパンツを脱がせた。健太郎は、その急展開にとまどいを隠せないでいた。「ミ、ミカ先生、お、俺……」

 黒のビキニ姿の健太郎の身体は逞しく、在りし日のケンジを彷彿とさせた。ミカの身体も熱くなり始めた。彼女もショートパンツを脱ぎ去り、黒いショーツだけの姿になった。そして健太郎の唇に軽く一度だけキスをした。
「ごめんね、健太郎、酒臭くて……」
 ミカは元のラタン製のデッキチェアにケンジが掛けてくれた大きなバスタオルを敷いて横になった。「おいで、健太郎」

 健太郎はまごついていた。「ミ、ミカ先生、俺、どうすれば……」
「君のやりたいようにすればいいんだ。間違ってたらあたしが直してあげる。水泳教室の時と同じようにね」

 健太郎は恐る恐る身体をミカに重ねた。そして唇に自分の唇を押し当てた。「んんっ……」ミカが眼を閉じて小さく呻いた。ミカは口を少しだけ開き、舌を健太郎の口に差し入れた。固くなっている健太郎の唇がぎこちなく開かれ、彼も同じように舌をミカのそれに絡ませた。ぴちゃぴちゃと音がした。健太郎の興奮が高まってきた。

 口を離したミカが言った。「キス、なかなか上手だよ」そして彼の背中に手を回し、静かに抱きしめた。乳房が胸に押しつけられ、健太郎の鼓動はますます速くなっていった。

 ミカは上半身を起こした。そして健太郎の両頬を両手で挟み込み、自分の乳房に導いた。「吸って」
 健太郎は夢中でミカの乳首を吸った。まるで赤ん坊が母親の母乳を無心に飲むように。力加減がわからずに激しくその行為を続けている健太郎に、ミカは優しく言った。「もっと優しく吸いなさい。彼女ができて、そんなんじゃ笑われるよ」
 健太郎は口を離して興奮したように言った。「お、俺、彼女なんか作らない。ミカ先生がいい。ミカ先生、俺の彼女になってよ」

「ばか」ミカは一言そう言って健太郎を仰向けに寝かせた。そして自分のショーツを脱ぎ去った。
「君も脱ぎな。自分で」
 健太郎は横たわったまま、少し躊躇した後、言われたとおりに黒いビキニを脱ぎ去った。大きくなったペニスが勢いよく跳ね上がった。
「我慢しなくていいからな」ミカはそう言ってゆっくりと健太郎のペニスに手を添えた。「あ……」健太郎が小さく言った。ミカが両手で健太郎のものを包み込むようにしてさすった。「んん……ううっ……」健太郎が呻く。ペニスの先端から透明な液が漏れ始めた。ミカは、それを舌で舐め取った後、口を開いてゆっくりと咥え込んだ。
「あうっ! ミ、ミカせ、先生っ!」健太郎が仰け反り、苦しそうな表情で呻いた。ミカはその大きく硬くなったものを咥えたまま頭を前後にゆっくり動かした。そして時折舌で愛撫した。

「ミ、ミカ先生、お、俺、俺、も、もうすぐっ!」健太郎が激しく喘ぎだした。「あああ、だめだ! イ、いく! イっちゃうっ!」

 びゅるるっ! 「ぐううっ!」健太郎が喉の奥から絞り出すような呻き声を出した。びゅるっ! びゅくっ! びゅくっ! びゅく、びゅく、びゅくっ……。

 ミカは放出される健太郎の精液を残さず口で受け止めた。脈動が収まった後、彼女は身体を起こしてそれを一気に飲み込み、髪をかき上げた。

「いっぱい出したね。それでいいよ、健太郎」
「ミ、ミカ先生っ! ご、ごめんなさい!」
「なんで謝るんだ」
「お、俺、先生の口の中に、」
「全然問題ないよ。あたしが君をイかせたんだし」
「でっ、でも……」

 ミカは立ち上がって、おろおろしながら慌てる健太郎を見下ろした。「うん。大丈夫。君は標準的な男子高校生だ」



 ケネスの腰の動きがさらに激しさを増してきた。マユミもそれにリズムを合わせていた。同時にケンジと濃厚なキスを続けながらマユミは手をケンジの股間に伸ばし、下着を脱がせ始めた。ケンジはそれに手を貸し、黒のビキニを脱ぎ去った。マユミとケンジの意図を察したケネスは、腰の動きを止め、マユミの身体を横に回転させて、バックから挿入するポジションをとった。
 四つんばいになったマユミはケンジのペニスをつかみ、自分の方に引き寄せた。ケンジはマユミの正面にひざまづいた。そして彼女はケンジの大きく反り返ったペニスをためらいもなく口に深く咥え込んだ。「ううっ!」ケンジが呻いた。ケネスが再び腰を大きく動かし始めた。

「んんんんんーっ!」マユミがケンジを咥えたまま喘ぎだした。「ああああ……」ケンジもわき上がる心地よさに身を預けた。

「マ、マーユっ! そろそろイ、イく……」ケネスが絞り出すような声で言った。「あ、あああああ、も、もう……」
 ケンジはとっさにペニスをマユミの口から抜いた。そして身体を彼女の下に潜り込ませ、下から彼女の乳房を手でさすりながら、口で彼女の唇を塞いだ。「んんんんんーっ!」マユミが大声で呻いた。そして、

 びゅくっ! 「あああああっ! イくっ!」ケネスの激しい射精が始まった。びゅくっ! びゅくびゅくっ! びゅるるっ! びゅく、びゅく、びゅく……。

 ケンジから口を離したマユミは叫んだ。「ああああーっ! イっちゃうっ!」彼女の身体が痙攣を始めた。ケンジは下からそんなマユミの身体をしっかりと抱きしめた。



「まだイけそう?」ミカが健太郎に訊いた。
「ミカ先生、俺……」健太郎のペニスはすでにその大きさと硬さを取り戻していた。
「若いってすばらしいね」ミカは笑った。「ところで、」
「え?」
「君、なんであたしのこと、先生って呼んでるんだ? 教室以外では『ミカさん』なのにさ」
「……なんか……、先生なんです」
「?」
「俺、水泳教室で先生の身体を見て、興奮してるんだ。だから……」
「そうか、それでいつも水着の前を大きくして、赤面して、目をそらすんだな、あたしを見る度」
「『ミカさん』って、親戚モードなんだ。だから、なんか、距離が近すぎるっていうか、ケンジおじの手前もある、っていうか……」
「君も気を遣ってるんだね」
「先生こそ、なんで今、俺のこと『君』って呼ぶの?」
「君と同じだ。水泳教室での呼び方になっちゃってる。君が先生なんて呼ぶから」
「そうなんだ」健太郎は少し嬉しそうに顔を赤らめた。
「先生と生徒の情事なんて、萌えるよね」
「……はい」
「かわいいっ!」ミカは健太郎をぎゅっと抱きしめた。抱きしめたまま、ミカは健太郎に囁いた。「あたしの中に、入ってきて」
 ぼっ! 健太郎の顔が真っ赤になった。「ミ、ミカ先生の中に……」
「もう準備完了だから」ミカの谷間はすでにたっぷりと潤っていた。

 彼女は仰向けになり、両手を差し出して健太郎を招き寄せた。健太郎はペニスをミカの秘部にこわごわあてがった。そして腰をくねらせて、何とか中に入れようと焦った。ミカはそっとそのペニスを手で握り、自分の谷間に誘導した。やがて健太郎自身がミカの谷間を割って中に入り始めた。「あ、ああ、き、気持ちいいです、先生……」
「あたしもよ。遠慮しないで奥まで入れて」

 健太郎は腰を突き出した。彼のペニスは一気に根本までミカの中に埋め込まれた。

「そのままゆっくり動いて」ミカが言い終わらないうちに、健太郎は腰を激しく動かし始めた。「だめ! 健太郎、はじめはゆっくり」
「ご、ごめんなさい、先生……」健太郎の動きが遅くなった。彼は努めて腰をゆっくりと動かし始めた。「こ、こうですか?」
「そう、そのまま……」ミカは目を閉じ、身体の中を走る快感を味わい始めた。

 いつしか高く上った月の光が、二人の汗だくになった身体を煌々と照らし、輝かせていた。


《10 真実》

 はあはあとまだ激しく息をしつづけているケンジとマユミ、それにケネスは、しばらくそのままで動かなかった。しばらくして、ケネスはマユミから身体を離した。
 ケンジは仰向けになったままマユミの身体を起こした。マユミはそのままケンジのペニスを自分の秘部に埋め込んだ。「あああ……」マユミの中にたっぷりと残されていたケネスの精液のお陰で、ケンジのペニスはぬるりとマユミの中に深く入り込んだ。そしてその結合部分からケネスの液があふれ出て、ケンジとマユミの股間をぬるぬるにした。今度はケネスが、つながった二人の横に位置した。

 連続して二人目のペニスを咥え込んだマユミの身体は、その興奮の波を再び呼び戻していた。「ああああ、ケ、ケン兄、いい、あなたのも、ああああ……」ケンジもわき上がる興奮の波にのり、下になったまま腰を動かし始めた。「うううう、マ、マユ、マユっ!」

 騎乗位のまま、マユミは腰を大きく上下に動かした。「う、うああああ……」ケンジはいきなり横にいたケネスに手を伸ばした。そして彼の首を両手で引き寄せ、出し抜けに唇を彼の唇に押しつけた。
「んんんんっ!」ケネスは眼を白黒させてそれでも強くケンジに押さえつけられ、呻くばかりだった。ケネスのペニスも、再びその大きさを取り戻し始めた。口を離したケンジがケネスに囁いた。「お、俺の上になって、」
「え?」
「胸にまたがってマユとキスを。それから、」
「そ、それから?」
「お前のものを俺、咥えたい……」
「な、何やて?!」
「た、頼む、ケニー」

 ケネスはケンジに言われたとおりにケンジの胸に反対向きにまたがると、激しく腰を上下させているマユミと対面し、濃厚なキスを始めた。ケンジがケネスの腰を両方から鷲づかみにして、自分の顔の方に引き寄せた。そして、再び力を得ていきり立ったケネスのペニスを手で握り、自分の口に突っ込んだ。ケネスは脚を伸ばし、ケンジの顔にのしかかりながらマユミとキスを続けた。

「んんんんんっ、んっ!」ケネスが呻き始めた。「むぐ……うううううっ!」マユミも口を塞がれたまま呻いた。

 ケネスがケンジの口に入れたペニスを出し入れし始めた。「んっ、んっ、んっ!」
 三人は激しく身体を揺らし、やがて絶頂が間近になってきた。



 健太郎の腰の動きは自然と速くなっていった。
「あ、あああああ、け、健太郎、いい、いいよ、そのままイって……」
 ミカは胸を上下させて荒い呼吸を続けていた。
「ミカ先生、お、俺、イっちゃう!」
「い、いいよ、健太郎、イって、そのまま、」
「だ、だめだ、ミカ先生の中に出すなんて、俺、で、できないよっ!」

 健太郎の腰の動きが一段と激しくなった。

「ばかっ! だ、だめっ! 中に、中に出すんだ、中に……。ああああああ!」
「イ、イくっ! 抜くよ、ミカ先生っ!」

 健太郎の腰の動きが止まった。ミカはとっさに両足を広げ、健太郎の腰に回して足首を交差させ、力一杯締め付けた。同時に腕も彼の背中に大きく回し、自分の胸に密着させて強く締め上げた。
「うあああああっ! で、出る! 出るっ!」

 びゅるるっ! 「イ……く……っ!」びゅるっ、びゅくっ、びゅくっ、びゅくびゅくびゅくびゅくっ、びく……びくっ……びくん…………。

 ミカの脚と腕にがっちりと拘束され、身動きができないまま、健太郎は身体の奥から勢いよくミカの中に何度もその熱い迸りを放出させた。「あ、ああああああ……」そしてミカのヴァギナに締め付けられた健太郎のペニスは、抜くこともかなわず、そのまましっかりと固定されてしまった。



 絶頂間近にケネスとマユミはお互いの口を離した。

 はあっ! 大きな息をした後、マユミは叫んだ。「イ、いく! イくっ! ケン兄、ケン兄ーっ!」彼女の身体ががくがくと震え始めた。「うあああああっ!」ケネスも叫んだ。
 それと同時に彼のペニスからまた大量の精液が噴出し始めた。そう、咥えられたケンジの口の中に。

 びゅるっ! びゅくっ! びゅくん、びゅくん! びゅく、びゅくびゅく。ケンジはその精液をごくりと飲み込んだ後、身体を仰け反らせて、マユミの中に強力な勢いでその熱い想いの塊を弾けさせた。

 びゅくっ! びゅるるっ! びゅくっ! びゅくっ! びゅくっ。ケンジはケネスのペニスを口から離して叫んだ。「ああああーっ! マ、マユっ、マユーっ!」



「ミ、ミカ先生っ!」
「健太郎……」
「せ、先生の中に、出しちゃった! 俺、先生の中に……どうしよう……」
「気持ちよかったでしょ?」
「で、でも俺、ああっ!」

 敏感になったペニスがミカにまた締め付けられた。

「セックスで中に出さなくてどうするんだ。フィニッシュは中に出すものなの」
「で、でも、ミカ先生、妊娠しちゃうよ……」
「心配するな。今は安全な時期だからね」
「そ、そうなの?」
「心配してくれてたのか? 健太郎」
「う、うん。ちょっと……」
「ごめんな、初めに言っときゃ良かったな」ミカは健太郎の頭を撫でた。「でも、いい心がけだ。彼女ができたら、必ず確認しろ。もし危ない時期だったら、ちゃんとゴムつけて挑むんだぞ」
「うん。わかった」
「そのままじっとしてて」ミカは優しく言った。

 じっと抱き合ったまま荒い息と速い鼓動が収まるのを二人は待ち続けた。その時、部屋の奥から声が聞こえてきた。
「(イ、いく! イくっ! ケン兄、ケン兄ーっ! )」「(ああああーっ! マ、マユっ、マユーっ! )」

「え?」健太郎はびっくりしてミカの顔を見た。「あの声、母さんと…………ケンジおじ……」
「そうだよ。今日が二人の特別な日、っていう意味、わかっただろ?」
「ふ、双子の兄妹で、セ、セックス?」
「そんなことで驚いてたら、あたしと君の今の行為はどうなるんだ?」

 ミカと健太郎はつながったまま言葉を交わしていた。

「え? ……」
「高校生と人妻とのセックスだぞ。しかも自分の父親の妻との」
「え? 父親の……妻? え? え? ?」健太郎の頭の中は混乱した。

 ミカは、小さなため息をついた。「教えてやるよ、本当のこと」
「本当の?」
 ミカは微笑んだ。
「君の血液型は?」
「O型」
「じゃあ父親のケネスは?」
「え? はっきり訊いたことない。母さんはたしかAB型って言ってたような……。AB……型……あれっ!」
「そう。君は父親のケネスと血がつながってない」
「……え? ということは?」
「健太郎はマユミとケンジの子なんだ」
「…………」

 ミカは健太郎の背中を抱いた腕にそっと力を込めた。「ショックだったか?」
 健太郎は一つため息をついた。「ううん。何だかほっとした感じ」
「ほっとした?」
「俺、ケンジおじのこと、以前から特別な人のように感じてた。根拠はないけど、何となく」
「それが親子のつながりってものなんだろう……」
「でも、もちろんケニー父さんは別。もっと特別かもしんない」
「当たり前だ。ケネスは君がケンジとマユミの子だと知ってて、ここまで立派に育てたんだから」
「うん。何か、事実を知って、俺、父さんのことがもっと好きになった。もっと愛せるようになったような気がする」
「それでいい。そうでなきゃ、健太郎」
「それでわかった」
「何が?」
「ケンジおじと母さんって、妙に仲がいいと思ってたんだ」
「わかるだろ? 見てると。もう普通の仲の良さじゃないよね」
「いつからそんな関係なのかな」
「あの双子の兄妹は、高二の時から約二年半つき合ってたんだ。恋人同士として」
「すごい……ていうか、そんなこともあるんだ」
「まあ、一般的には許されざる関係なんだけどね」
「そうか、そうだったんだ」
「今でもあの二人は兄妹以上の仲良しだ」
「そんな感じする。すごく」
「見え見えだろ? その行動で」
「で、でも、ミカ先生は、何ともないの? ケンジおじが母さんと……」
「ああ。まあ、大人の事情ってもんがあってね。あたしは全然平気。もちろんケネスもね」
「そうなんだ……。そんなものなんだ……」
「心配するな。あたしたち4人は問題なく『最高の関係』だから。何の秘密もわだかまりもない」
「いい関係なんだね」
「そう。もう理想的な関係だ」

「でもさ、特別な日ってことは、今日がその、ケンジおじと母さんがつき合い始めた日ってことなの?」
「同時に二人の初体験の日」
「ええっ?! つき合い始めたその日に繋がったの?」
「まあ、当時は二人とも若かったから、お互いの気持ちがわかった途端、激しく求め合ったんだろ」
「その時、高二だったんでしょ?」
「おお、そうか、今のお前と同じだ。16。16の夏だったってわけだからね」
「じゃ、じゃあ、ケンジおじと俺、全く同じ日に童貞喪失したってわけか!」
「奇遇だね……。……って、おい、健太郎、」
「な、何?」
「お前、もっとやる気でいるのか?」

 ミカの中で健太郎のペニスが再びその大きさを増してきたのだった。

「ミ、ミカさん……」
「お、いいね。やっとミカさんって呼んでくれた。なんなら『ミカ』って呼び捨てにしてもいいぞ」
「うんっ!」
「よし、いけ! 受けて立ってやる」
「ミカ、ミカっ!」健太郎は豪快に腰を動かし始めた。


《11 新たな一日》

 はあはあはあはあ……。ミカと健太郎は肩で息をしていた。

「け、健太郎、そろそろ夜明けだぞ……」
「ミカさん!」健太郎は下になったミカをまた強く抱きしめた。そして豊かな乳房に顔を埋め、鼻をこすりつけた。
「お前、タフだな。さすがに高二だけあって……」
「ごめん。俺、押さえきれなくて……」
「結局、何回あたしの中に出したんだ?」
「5回……だっけ、あれ? 6回だったっけな……」
「しかも、一度も抜くことなしに……。まいった……」ミカは頭を抱えた。

 つまり彼らは最初の挿入から数時間も繋がったままなのだった。

「強烈な初体験だったな、健太郎」
「ありがとう、ミカさん」

 健太郎のペニスがようやくミカから抜かれた。
「健太郎」
「何?」
「また、あたしとやりたい?」
「うん。もちろん。でも、」
「でも?」
「俺、我慢する」
「あはは、別に我慢しなくてもいいんじゃない? あたしはいつもすぐ近くにいるわけだし」
「いや、そうじゃなくて、俺、次は、そのうち恋人ができたら、その子としたい」
「へえ」
「いつでも抱けるからって、身体の求めるままにミカさんを抱くことなんて、したくないんだ」
「殊勝じゃない。若いくせに。でも、身体が疼いてしょうがない夜はどうする?」
「一人でやるよ」
「不憫なヤツ……」
「だってさ、高校生なんてそれが普通でしょ? 俺も水泳教室のナイスバディの女性インストラクターを思い出しながら一人エッチするよ」

 ミカは健太郎の頭を乱暴に撫でた。「早く彼女を作りな」
「できるかな」
「できるさ。お前ぐらいのルックスと体つきと性格なら、女のコは黙っていないだろ?」
「どうかな……」健太郎は照れて頭をかいた。
「健太郎」
「なに?」
「今夜のこと、秘密にしとく?」
「え? どういうこと?」
「ケンジやケネスに話してもいいけど」

 健太郎は少し考えて言った。「とりあえず秘密にしといて。ミカ先生」
「わかった。そうするよ」
「俺がケンジおじや父さんやマユミ母さんにもし訊かれたら話す。それでいい?」
「それでいいよ。しばらくは二人だけの秘密だね」
「うん」
「でもさ、」
「なに?」
「健太郎が、ケネスの子じゃないってことに気づくのは時間の問題だ、ってたぶんみんな思ってるよ。お前は自分の血液型もケネスのそれも知ってるわけだしさ」
「うん。そうだね」
「そこんとこはどうする?」
「それも俺が切り出すよ。折を見て」
「そうか。それがいいね」

「ミカ先生、」
「なに?」
「俺にとっても8月3日は記念日になっちゃった」
「そうだな、初体験記念日」
「ケンジ父さんといっしょだ」
「お前、いいなあ。父親が二人。しかもどっちもお前を愛しているし、強い絆で結ばれてる」
「それにセクシーなおばさんもいるし、かわいい母さんや妹、それに俺にそっくりないとこ、あれ? 弟になるのかな」
「もう何か複雑すぎて、よくわからなくなってきたな」ミカは笑った。健太郎も笑った。
「俺、ミカ先生、好きだよ」
「あたしもだ、健太郎」
 二人は抱き合い、軽くキスをしたあと、見つめ合って微笑んだ。


「これ、返すね。ありがとう、ミカ先生」健太郎はカードキーをミカに手渡した。
 それからミカは健太郎を隣の部屋まで送った。部屋の前でミカは健太郎に言った。「本当に我慢できなくなったら、こっそり言いな」
「だから、次は彼女とやるってば」
「じゃあ、あたしが健太郎に抱かれたくなったら、言うから。その時はまた抱いて」
「え? お、俺に? 抱かれたくなる?」
「もちろん君が彼女を作るのを邪魔したりはしないよ。心配するな」

 健太郎は赤面してぎこちなく微笑んだ。

 ミカは部屋に戻り、テラスに出て、激しく健太郎と愛し合ったデッキチェアに横になった。二人の温もりがまだ残り、ミカの身体がまた少し熱くなった。いつしか鳥が鳴き始め、新たな一日が始まろうとしていた。



 部屋に戻っても健太郎のカラダの火照りはなかなか収まらず、眠りにつくことが叶わなかった。それでもやがて表がずいぶんと明るくなって、ようやく彼はうとうとし始めた。するとその時、不意に身体を揺すられ、健太郎は眠い目をこじ開けた。彼のベッドの横に、恥ずかしそうにもじもじしながら龍が立っていた。
「どうしたんだ? 龍」
「ケン兄ちゃん、僕、何だか変だ」
「変?」
「そ、そうなんだ」龍は少し赤くなっている。
「何かあったのか?」健太郎はベッドの上で身体を起こした。
「夢の中で、今までに感じたことのない気持ちよさが……」
「気持ちよさ?」
「起きたら、僕の、その、あ、あそこが大きくなってて、パンツの中に白くてぬるぬるしたものがさ……」

 健太郎はにっこり笑って不安そうな顔の龍の肩を叩きながら言った。「そうか、龍、おまえもいよいよ」
「え?」
「その夢って、」健太郎は龍の耳元に自分の口を持っていった。「どんな夢だったんだ?」
 龍はまた赤面した。「そ、それは……」
「言ってみろよ。俺も経験あるし、それが何かも知ってる。オトコなら誰でも経験することだぞ」
「そ、そうなの?」
「エッチな夢だったんだろ?」健太郎が囁いた。
「う、うん……」
「どんな?」
「え……っと、言っていいのかな……」
「言ってみな」健太郎はにこにこ笑っている。
「ぼ、僕、マユ姉ちゃんと、エ、エッチしてた」龍は思い切り赤くなってうつむいた。
「へえ、マユと?」
「うん」
「おまえ、マユのことが好きなのか?」
「え? い、いや、べ、べつにそういうわけじゃ……」
「俺がコクってやろうか?」
「い、いいよ! ケン兄ちゃん。僕がじ、自分で……」
「やっぱり好きなんじゃないか」
 龍は慌てた。「だ、黙っててよ、ケン兄ちゃん」

 厚手のカーテンを隔てて真雪の声が聞こえた。「二人とも起きたのー?」
「やばいっ!」龍は慌てて健太郎の隣の自分のベッドに飛び込んだ。
「起きてるぞ、マユ」
「龍くんは?」
「起きてる。むちゃくちゃ元気に起きてるぞー」健太郎は、ケットを鼻までかぶって、まだ赤面している龍にウィンクした。
「ケン兄ちゃんったらっ!」
 仕切られていたカーテンが開けられた。「何それ。何が『むちゃくちゃ元気に』よ」

 そのパジャマ姿の真雪の姿をちらりと見た龍は、ばさっと頭までケットをかぶってしまった。


《12 4人の夜》

「暑いっ!」ミカは汗だくになって起きた。いつの間にか陽が高くなっていた。
「やっと起きたのか、ミカ」ケンジがレモネードの入った二つのグラスを持ってテラスにやってきた。「よく寝てたな」

 ミカはケンジからグラスを受け取って、デッキチェアに腰掛けた。ケンジも隣に座った。

「昨日は飲み過ぎちゃってさ」
「お前、張り切りすぎ」ケンジは横のガラスのテーブルにグラスを置いた。「一人で仕切ってたからな、昨日は」
「あたし、もう楽しくてしょうがない」ミカもテーブルにグラスを置いて笑った。
「見てりゃわかるよ」ケンジも笑った。
「子どもたちは?」
「ビーチに行っちまったよ」
「そうか」
「健太郎が朝食の時、ちょっと眠そうだったけど……、」
「へ、へえ、健太郎がね」
「あいつ夜ちゃんと寝たのかね」
「き、昨日疲れたんだろ」
「ところで、お前、まだ目標達成してないだろ?」
「目標? ああ、あの目標ね」
「ケニー、期待してるぞ」
「本当に? よしっ! 今日こそ念願を果たす!」ミカはそう言って立ち上がった。
「お腹すいただろ? フルーツとサンドイッチがあるから、食べなよ」
「ありがとう、ケンジ。先にシャワー浴びるわ、あたし」
「ああ」

 二人は部屋の中に入った。


 旅行二日目も、彼らはビーチで遊び、泳ぎ、昼食の後、眠くなったら昼寝をし、街でショッピングや食事を楽しんだ。日本での慌ただしい毎日を忘れて、この7人家族は心の底からここハワイでのバカンスを楽しんでいた。


「今日こそ、ケネスを押し倒す!」ミカが唐突に言った。
 夜のディナーをゆっくりと味わった後、7人はコンドミニアムに戻った。子どもたちはすぐに自分たちの部屋に引きあげていった。
「ミカ姉、もっとこう、ロマンティックな言い方、ないんか? なんやの『押し倒す』って」

 大人4人はベッドルームでくつろいでいた。一つのベッドにマユミとケネス、隣り合ったもう一つのベッドにケンジとミカが座ってチョコレートをつまみながらコーヒーを飲んでいた。

「最高級コーヒー、ハワイのコナやで」ケネスが自慢げに言った。
「コクがある。香りもすばらしいな。確かに今まで飲んだコーヒーとは違う感じがする」ケンジが言った。
「そやろ? 日本でも高価やけど、ここでもやっぱり高い」
「わざわざ買ってきたのか?」
「そんなわけあれへん。わいは無一文や。支配人からの差し入れや」
「なんとありがたい……。ケネス、感謝するわ」ミカが言った。
「そう言えばミカ姉、今日はあんまり飲んでへんな」
「昨日反省した。あんたを酔っぱらわせて襲うつもりが、自分がへべれけになって、わけがわからなくなった。その二の舞はごめんだ」
「ほんま、なんかロマンティックとは縁遠い、っちゅうか……」
「それがミカ姉さんのいいところなんだけどね」マユミがチョコレートを口に運びながら言った。

「よしっ! ケネス、こっちに来い。ケンジはあっち行け」ばしっ。ミカは隣に座っていたケンジの背中を平手で勢いよくたたいた。
「いて、いててててて!」ケンジは悲鳴を上げた。「な、何てことするんだ! ミカっ!」
「どうしたの?」
「日焼けが痛いんだよっ!」
「そうだったか、ごめんごめん。じゃ、ケネスを借りるよ、マユミ」
「うん」マユミは少し顔を赤らめた。

 ケンジがベッドにやってくると、マユミは彼の首に手を回した。
「背中には気をつけてくれよ、マユ」
「わかってるよ。あの時みたいにね」マユミはウィンクをした。
「高三の夏な」ケンジは笑った。

 マユミはベッドにゆっくりと横になった。ケンジはそっと彼女に身体を重ね、キスをした。

「ケニーが今日買ってくれた水着着てるんだ、あたし」
「ほんとか? よかったじゃないか、マユ。で、どんな水着なんだ?」
 マユミは恥じらいながら言った。「脱がせて、ケン兄」
「うん」

 ケンジはマユミの椰子の木のプリントされた白いTシャツをめくった。「おおっ!」彼は思わず声を上げた。隣のベッドでミカと抱き合ったケネスはにやにや笑っている。
「どんな水着、買ってやったの? ケネス」
「まあ、見とり」 

「すっ! すっ! すごいっ!」ケンジは叫んだ。マユミのその水着のブラは、かろうじて乳首だけを隠しているだけの、極小のスタイルだった。

「いわゆる『マイクロビキニ』ってやつだね」ミカが言った。
「そや。ケンジ、喜んでるみたいやな」
「そろそろティッシュが必要になるぞ、ケンジ」

「ってことは……」ケンジはマユミのショートパンツに手をかけた。そしてごくりと唾を飲み込んで、ゆっくりと下ろし始めた。
 ぶっ! ケンジは慌てて自分の鼻を押さえた。指の隙間から血が垂れ始めた。「やばいっ!」
「ほらきた!」ミカがおかしそうに言って、枕元にあったティッシュの箱を隣のベッドに投げてよこした。

「もう! ケン兄、いくつになってもそれなの?」マユミがあきれて言った。
「だって、だって、お、お前、こ、こ、この水着って、着てないのも同然じゃないかっ!」ケンジがティッシュを丸めて鼻に詰めながら焦ったように言った。

 ビキニはほとんど紐だけという状態だった。申し訳程度に谷間と繁みを隠せている程度である。

「すごいね、あれ」ミカが言った。
「そやろ? そやけど、ケンジ、相変わらずやな。いっつも妙なところで興奮しよる」
「いつまでもシャイなんだ、彼」
「で、ミカ姉は、どんな下着着てるん?」

「脱がせて、ケネス」ミカはマユミの口調を真似てそう言うと、ベッドに横になった。

 ケネスはケンジと同じようにそっとミカの唇にキスした後、彼女のハイビスカスのプリントされたタンクトップのすそをゆっくりとめくった。

「おおっ!」ケネスは眼を見開いた。「エ、エ、エナメルやんかっ!」
「あんたが光り物フェチだってマユミから訊いたからね。ケンジに買ってもらったんだ。昼間」

 ミカが身につけていたのはゴージャズな黄金色のレオタードだった。

「最高やで、ハニー!」ケネスは焦ったようにミカのショートパンツをはぎ取った。「も、燃えてきた。燃えてきたでー、ハニー。覚悟しい」ケネスはミカの身体を強く抱きしめた。「ケ、ケネス! 待てっ! お、落ち着け、あたしはあんたのハニーじゃ、あっ!」ケネスは荒々しくミカの顔中にキスを浴びせた。「だ、だめっ! 焦るなっ! ケネス!」ミカが叫んだ。「ケ、ケネスううっむぐぐぐ……」ケネスは狂ったようにミカの唇をむさぼった。

「ケニーの征服欲が目覚めたようだ」ケンジが言った。
「そうみたいね」


 ケンジはマユミのブラ越しに、乳首を柔らかく噛んだ。「ああん……」そしていつものようにもう片方の乳房を手でさすった。指をブラの隙間から忍ばせ、乳首を直に刺激し始めると、マユミはびくん、と身体を震わせ、息を荒くした。「ケン兄……」
 ケンジは舌を彼女の身体に這わせ、小さなビキニで隠されている部分にまで到達させた。そしてそのビキニを指でずらし、谷間を露わにすると、口をとがらせてクリトリスを吸った。「んんっ!」またマユミが身体を硬直させた。ケンジはそのまま舌を谷間に移動させ、何度も舐め上げた。マユミの鼓動と呼吸が速さを増した。

 ケンジは穿いていた真っ赤なTバックのまま、マユミに覆い被さり、例によって下着越しに彼女の谷間にペニスをこすりつけ始めた。
「ああああ……ケン兄、いい、いい気持ち……ああああ」

 しばらくその行為を続けていたケンジは、マユミの身体を抱いたまま下になった。
 上半身を起こしたまま、後ろに手をついたケンジの身体を今度はマユミが舌で愛撫し始めた。彼女はまずケンジの乳首を舌でちろちろと舐めた。「ううっ! マ、マユっ!」ケンジが喘いだ。そしてそのままゆっくりと彼女は口を移動させ、ケンジの赤い下着越しに、その大きくなったペニスを唇と舌を使って刺激し始めた。ペニスの先端から漏れる液が下着を濡らし始めた。
 マユミは下着の脇からペニスを取り出し、おもむろに咥え込んだ。「ううっ!」ケンジが身体を仰け反らせた。

 マユミは口を上下に動かし始めた。ケンジのペニスはマユミの口の中でどんどんとその大きさを増していった。「マ、マユ、マユっ!」ケンジがマユミの頭を両手で押さえた。「お、俺、マユの中に入りたい……」

 マユミは口を離した。

 再び上になったケンジは途中まで脱がされていた下着を脱ぎ去り、マユミの口を塞いだ。そしてケンジはマユミの形ばかりのビキニを脱がせ、マユミの唾液でぬるぬるになったペニスを一気に谷間に挿入した。

「ああっ! ケン兄、ケン兄っ!」マユミが叫ぶ。

「マ、マユっ!」ケンジは腰を前後に動かし始めた。仰向けになったままマユミは大きく胸を上下させ、あえぎ始めた。

 ケネスの情熱的なキスは続いていた。彼がミカの唇や舌を拘束したり解放したりするにつれ、彼女の身体は今までになく熱くなっていった。

「ハニー、きれいや……」

 まるで呪文のように、その言葉はミカの体温を上昇させ、いつしかその秘部をじっとりと潤わせていった。
 ケネスはミカのレオタードの肩のベルトに手を掛けると、一気に引きずり下ろした。ミカの豊かな乳房が解放された。ミカの肌は、昼間来ていたモノキニの水着跡が日焼けせずに白く残っていた。
「ハニー、色っぽいで、日焼け跡がめっちゃセクシーや!」ケネスはむさぼるようにミカの乳首を吸い、もう片方を手で揉みつぶした。「あ、ああ、ケ、ケネスっ! は、激しい、激しいよケネス、ああああ」

 ケネスは舐めていたミカの乳首を咬んだ。「いっ!」ミカが身体を仰け反らせた。彼は乳首を歯で捉えたままもう一方の手でレオタードをはぎ取った。そして彼は全裸になったミカの身体にのしかかり、彼女の両足を乱暴に開かせた。

「ま、待て、ちょ、ちょっと落ち着いて、ケネス」ミカは焦ったように言った。

 ケネスは自分の穿いていた黒いビキニを器用に脱ぎ去ると、怒張して跳ね上がったペニスを、いきなりミカの谷間に突き立てた。
「あっ! 、ちょ、ちょっとま、待って!」ミカが叫んだ。
 しかしケネスは勢いをつけてその武器でミカの身体を貫いた。「あうっ! だ、だめ、だめっ! ケネスっ!」
 ミカの奥まで深くペニスを挿入したまま、一度動きを止めたケネスは、潤んだ目でミカの裸体を舐めるように眺めた。

「ハニー、きれいな身体や。めっちゃ美しい身体や……」

 そしてミカと眼が合った瞬間、「ぐっ!」彼は激しく腰を動かし始めた。そしてそのままミカに再び覆い被さると、彼女の肩に咬みついた。「いっ! 痛いっ! ケネスっ!」しかしその痛みはミカの身体中を駆け巡る快感を強める方に作用した。「あああ、ケネス、ケネスっ! あたし、あたしっ! あああああ、熱い、中が熱いっ!」ミカは叫び続けていた。
「ぐうっ! ぐぐううっ!」ケネスは喉の奥から低く唸りながらミカの肩についた咬み跡をぺろぺろと舐め始めた。そしてその舌を彼女の鎖骨、首筋に移動させ、今度は耳たぶを咬んだ。ミカはケネスの熱く荒々しい吐息を間近に耳に感じて身体をよじらせた。「あ、あ、ああ……ケ、ケネスっ!」

 耳から口を離したケネスは、今度はミカの顔中をべろべろと舐め始めた。

「ケネスっ! お、お前ど、動物じみて……あ、あああうううっ!」ミカの口がケネスの口で塞がれた。そしてケネスはミカの舌を吸い出し、その舌をも歯で咬み、拘束したまままたうなり声を上げ始めた。「ぐうっ! ぐうううう……」彼はミカの身体中を咬み、舌で舐め回した。そしてその間中休むことなく激しく腰を動かし、ミカの中心を責め続けた。「だ、だめだ! ケ、ケネス! ケネスっ!」身体中に電気が走ったように、彼女は身体を激しく痙攣させた。「ケネス! ケネスっ! イ、イく……もう、イくっ!」

 ケネスはミカの背中に腕を回し、そのまま抱き上げた。ミカを貫いたまま彼は隣のベッドに移った。そこではケンジとマユミが正常位で交わり、興奮を高め合っていた。

 ケネスはペニスを抜くことなくミカの身体を横に回転させ、バックからの挿入体勢にした。四つんばいになったミカをバックからまた激しく攻めた。「あああ、ケネスっ! も、もうだめ、あたし、こ、壊れそう!」それでもケネスは勢いを弱めなかった。「あああああっ! ケネスっ!」

 二組の男女は一つのベッドで激しくつながり合っていた。正常位でケンジを受け入れて仰向けになったマユミのすぐ横に、バックから激しく責められている四つんばいのミカ。四人は横に並んでそれぞれ身体を密着させ、激しく身体を揺さぶっていた。

「あああああ、も、もうだめ、だめっ! マユミっ!」ミカは叫んで、すぐ横で喘いでいるマユミの身体に倒れ込んだ。そして彼女はマユミの唇を激しく吸い始めた。「ミ、ミカ姉さ……むぐ……んんんん!」マユミは突然のミカのその行為にとまどいながらも、次第にミカの唇を同じようにむさぼり始めた。舌を絡め合い、唇を舐め合い、二人の口の周りは唾液でたっぷりと濡れていた。

 上半身を起こしたケンジは、マユミの脚を抱えて腰を前後に激しく動かしていた。「あああ、も、もうすぐ……」そうして横でミカをバックから攻めているケネスに顔を向けて喘ぎながら言った。「ケ、ケニー!」

 ケネスはその意図を察し、ケンジに顔を寄せると、自分の唇をケンジのそれに押し当てた。そしてミカとマユミがそうしているように、ケネスはケンジの頭を両手で挟み込み、舌と唇でケンジの口を味わい続けた。

「んんんんんーっ!」ケンジがケネスに口を押さえ込まれたまま呻く。

「あああああ、も、もうイ、イっちゃうっ!」ミカがマユミから口を離して叫ぶ。

「むぐっ! んんんんんっ、んっ!」ケネスも眼を固く閉じて呻く。

「ケン兄! ケン兄ーっ!」マユミも叫ぶ。

 ケネスがケンジから口を離した。「うああああーっ! イく! イくっ!」「お、俺も! で、出る! 出るっ! ぐううっ!」
 びゅくっ! ケンジの射精が始まった。「んぐっ!」びゅるるっ! ケネスの射精も始まった。

「ああああああ! ケネスっ! ケネスーっ!」「イく! イっちゃうっ! ケン兄! ケン兄っ!」ミカとマユミは叫び続ける。

 びゅるるっ! びゅくっ! びゅくっ! びゅくんびゅくっ! びゅくびゅくびゅく!

 ケンジとケネスは再び唇を合わせた。ケネスはケンジの舌を吸い、歯で咬み、抜けないように拘束した。「んんんんんんんっ! んっ!」

 びくん、びくん! びくっ! びくっ! びゅるるっ! びゅるるっ!

 4人は一つになり、いつまでもケンジとケネスはマユミとミカの体内に自分たちの熱いマグマを激しく射出し続けた。


《13 旅行土産》

 ミーンミンミンミンミン……。
 『Simpson's Chocolate House』の駐車場のプラタナスの木で、やかましく蝉が鳴いている。

「すっごく楽しかったね」龍が真っ黒に日焼けした顔で言った。
「お前たちは? 健太郎に真雪」ケンジが訊いた。
「うん。楽しかった」

 ケネスの家の『離れ』で、7人はテーブルを囲んでいた。床にはアクセサリーや子どもたちのTシャツ、水着、酒やコーヒーなどの土産物が所狭しと広げられていた。

「何が一番の思い出って、やっぱりホテルのプールでみんなで競争したことだよね」真雪が言った。
「そうだなあ、本当にあれは気持ちよかった」健太郎も言った。
「また行きたい」龍が言った。「来年も行こうよ、ねえ、父さん」
「○こでもドアが手に入ったらな」

「ケン兄ちゃん、マユ姉ちゃん、ビデオ見ようよ。あっちで撮ったビデオ」龍が言った。
「よし、じゃああたしの部屋のテレビで見ようか」真雪が言った。
「うん」龍はテーブルにあったハワイ土産のマカダミアナッツ・チョコレートの箱をつかんだ。「マ、マユ姉ちゃん、飲み物は、何がいい?」龍が少し赤くなって言った。ビデオカメラを持った真雪が言った。「パイナップルジュースがいいな」
「わかった」龍が応えた。健太郎はジュースのペットボトルとコップを3個トレイに乗せた。

「ぼ、僕が持っていくよ」龍が健太郎のトレイに手を掛けた。健太郎は龍に囁いた。「龍、お前マユにいいとこ見せたいつもりなんだな?」
「そ、そんなつもりじゃ……」
「ほら、持っていきな」健太郎は龍にトレイを預け、龍が持っていたチョコレートの箱もそのトレイに載せてやった。「ありがとう、ケン兄ちゃん。恩に着るよ」そして先に階段を駆け上がっていった。

 健太郎は振り向いてミカに視線を投げた。「本当に楽しい旅行だったよ、ミカ先生。いろいろ教えてくれてありがとう」そして龍の後を追って階段を上がっていった。

「『ミカ先生』? なんだよ、健太郎のヤツ。なんでミカのことをこんなとこで『先生』なんて呼ぶんだ?」ケンジが怪訝な顔で健太郎の後ろ姿を見送りながら言った。
「あたしがいろいろ教えてやったから……。あいつにさ」
「あっちでも水泳教室やってたのか?」
「教えたいことがいっぱいあったからね」
「そうかー? ミカ姉、ずっと酔っ払ってて、あいつに水泳指導してるとこなんか、見いへんかったけどな」
「そ、それは単にあんたが見てなかっただけで……」
「それに健太郎はあっちにいる間、ミカ姉さんのことを『先生』なんて呼ぶとこ、見なかったけど……」マユミが言った。

「何か、怪しいなー」ケンジが横目でミカを見た。ミカは少し赤くなっていた。「珍しく赤くなってたりするし……」
「な、なに勘ぐってんだ! 何にもないって、ほんとに」ミカはますます赤くなった。

「何かあったんやな」ケネスがマユミに囁いた。「あったんだね」マユミも囁いた。

「白状しろ」ケンジが迫った。
「そ、そう言えば、あの写真どうした? あ、あのケンジのかっこいい写真」ミカが慌てていった。
「話をそらそうとしとる」
「ますます怪しいね」
「『隠し事をする怪しげな行動』、『健太郎の先生呼ばわり』、『教えたいことがいっぱい』、だいたい予想はつくな」ケンジが腕組みをして言った。「お前、健太郎を誘惑したな?」
「ちょ、ちょっと待て!」
「吐くんや、ミカ姉」
「わ、わかった。確かにあたしと健太郎の間に何かあったことは確かだ。だけど、あたしは健太郎と、それを秘密にするって約束した。だから勘弁してくれ」
「ふむ……」ケンジは頷いた。「秘密にするって約束したのなら、仕方ない」
「健太郎に免じて、ミカ姉の名誉を守ったるわ」
「あ、ありがたい……」

 しかし、ここまでくれば二人に何があったのかは一目瞭然だった。それでもケンジたちはミカに今はコトの詳細をそれ以上は訊かないことにした。

「それはそうと、」ミカが言った。「おい、ケネス」
「なんや? ミカ姉」
「あんた、オンナ抱く時、いつも『ハニー』って呼ぶのか?」
「オンナ? わい、まだマーユとミカ姉しか抱いたことあれへんねけど。あ、そうや今回ケンジもやったわ」
「いや、そういうことを言ってるんじゃなくてだな、」ミカが眉間に皺を寄せて言った。
「俺もオンナ扱いかよ」
「けっこう言うよね、ケニー、あたしのこともハニーって」マユミが言った。
「英語圏の文化やからな。一種の」
「じゃあ、マユミはケネスのこと、『ダーリン』とかって呼んだりするの?」
 マユミは笑いながら言った。「それはない。あたし大和民族だから」

「ねえねえ、ケンジ、ちょっと呼んでみてよ、あたしのこと『ハニー』って」ミカが目を輝かせて言った。
「えっ?!」
「ハワイ焼けもしてたりするし、何となくそんな雰囲気じゃない?」
「いや、意味わかんないから」
「いいじゃない、試しにさ」
「な、何て言えばいいんだよ」
「『愛してるよ、マイハニー』なんかどう?」
「ええな、ケンジ言うてみ」ケネスがおかしそうに促した。
「あたしも聞きたいな。ケン兄のその台詞」
 ミカがケンジの首にそっと腕を回し、甘ったれた声で言った。「お願い、ケンジい」

「あ、あ、愛してるよ、マ、マイハ、ハ、ハニー……」

 ぶーっ! ぎゃははははは! ミカは涙を流しながら笑い転げた。「似合わないわ、やっぱり。あはははは!」
「だったら、最初から言わせるなっ!」ケンジは真っ赤になって大声を出した。

 ひとしきり笑った後、ミカは涙を拭きながら言った。「でも、さすがだね、ケネス、極めて自然にあたしのことそう呼んだからね、あの時」
「血やな。わいのオヤジもおかんのこと、しょっちゅう『Honney』だの『Sweetheart』だの呼んでるで。”あの”おかんに対して」
「”あの”おかん、なんて言うことないじゃない」マユミがそれでもおかしそうに言った。
「さすがにおかんの方はオヤジのこと『ダーリン』呼ばわりはせえへんけどな」
「呼ばないんだ」
「何か企んでる時か、自分がしでかしたことをごまかすときには使こてるみたいやな。おかん。『ダーリン』って。でもな、健太郎や真雪のこと、オヤジもおかんもよく『ハニー』って呼んでるわ」
「なるほど。かわいい孫だからね」ミカが言った。

「ミカ、あの時ケニーにそう呼ばれてどうだった?」
「いやあ、不思議な感覚だったわ。なんかこう、包みこまれるっつーか、甘くとろけさせるっつーか……。オンナ口説くには最強の呼び方だね」
「そうなんだ……」ケンジは腕を組み、目を閉じてうなづいた。
「何? ケンジ、あなたもマスターしたいってか? 誰を口説こうっての?」
「今度マーユ抱く時、言ってやり。きっと喜ぶで。な、ハニー」ケネスはマユミに目を向けた。
「ううむ……こうやってさりげなく使うのか……」

「おお、真剣に考えてる考えてる」ミカが言った。「もう笑わないからさ、あたしで練習しなよ、ケンジ」
「何の練習だよ」
「あたし、ケン兄に言われてみたい」マユミが頬を赤らめて言った。
「あたしもまたケネスにそう言われながら抱いて欲しいね。今度は優しくな」

 ケネスは頭を掻いた。

「にしても、」ケンジだった。「俺たち4人、もうすっかり垣根がなくなっちまったな」
「そうだね」マユミが言った。
「そう言えばケンジ、あなた率先してケネスを受け入れてたけど、どういう心境の変化?」
 ケンジはちょっとおどおどしながら赤面して言った。「お、俺さ、恥ずかしい話だけど、高二の時に見た夢で、ケネスにイかされたことが、ずっと頭から離れなくて……」
「え? あれが?」マユミが言った。
「そ、そういうマユはどうなんだよ」
「えへへ、実はあたしも。ケニーに顔や髪にかけられたり、レイプされたりしたことが、まだどこかに残ってる……」
「ええっ?! マユミ、ケネスにレイプされたのか?」
「夢の中での話だよ」
「なんだ、夢か。で、その夢って?」ミカが訊いた。

 ケンジとマユミは当時のことをミカに話して聞かせた。

「……というわけなの。詳しくは『Chocolate Time(エピソード1)』を読んでね」
「へえ。でもそれって、純粋にケンジたちのみた夢の世界でしょ?」
「そうなんや。本人のわいにとっては、超迷惑な展開やって思わへん? ミカ姉」
「でも、ケネスにはそういう一面も実際にあるんじゃないの?」
「へ? な、なんで? 何を根拠に?」
「根拠? あるだろ。おまえのあの肉食獣のような乱暴なセックス」
「な、な、何言うてんねん、ミカ姉」
「あたし、あんたを酔わせて押し倒すつもりだったのに、すっかりあんたのペースでイかされた。もう、あたし何もする暇も与えられずにあの時、3回もイったんだぞ」
「そ、それは……」
 ケンジが言った。「確かに日頃のケニーからは想像できないぐらい激しかったな」
「あ、あれはやな、ミカ姉のきんきらきんのレオタード姿に欲情したからや」
「なに? あたしのせいだっての?」ミカはケネスをにらみつけた。
「い、いや、そ、そうは言うてへん」
「じゃあなにか? 俺があれをミカに買ってやったのが原因だっていうのかよ」
「マーユ、助けてーな」ケネスはマユミに泣きついた。
「大丈夫だよ、ケニー。ミカ姉さん、けっこう燃えてたし。まんざらでもなさそうだったよ」

「あんなに痛くて激しいセックスは初めてだった! セックス中に咬みつかれるなんて思いもしなかったよ」ミカが強調した。「もうあたし、ケネスに咬み殺されるかと思った。でも、今までにない強烈な気持ち良さだったよ、ケネス。ああいうのを本当の野獣セックスって言うんだね。」
「俺もあの時ベロ咬まれた。ケニーに」
「わいの身体に流れとる血の半分が狩猟民族、半分が大阪のおばはんやからかもしれへんな」
「遺伝だってか?」
「わいのおかん、しょっちゅうあちこちに咬みついてるよってにな。その染色体のせいやな」
「何それ」マユミは笑った。
「マユミもいつもあんなやられ方してるの?」ミカが訊いた。
「時々ね。でもあたしもよく咬みつくよ、ケニーに」
「そう言えば、俺も前、マユにやられたことがある……」ケンジがぽつりとつぶやいた。

「あんたらすごいね! 身体中歯形だらけになってんじゃないの?」
「そんなことないよ」マユミは笑った。
「っつーか、あんたらセックスの度に咬みつき合ってるの? 見かけによらず激しい夫婦だね」
「俺も、今度やってみようかな」ケンジが鼻息を荒くして言った。
「あなたには無理よ、無理」ミカが言った。
「何でだよ。俺だってお前のきんきらきんのレオタード姿見れば野生の血が……」
「ケンジは鼻血出して終わりよ」
「そ、そうかもしんない……」ケンジはうなだれた。
「ケン兄は優しく愛してくれる方が似合ってるよ」マユミが微笑みながら言った。
「マユ……」ケンジは寂しげにつぶやいた。「マユだけが俺の味方だ……」


《14 バリアフリー》

「それはそうと、」マユミが言った。「ケニーのケン兄への口内射精。あれにはびっくりした。あたし」
「え?! ケンジの口に出したのか? ケネス」
「そ、そうやねん」ケネスは少し申し訳なさそうに言った。
「へえ! やるね、ケンジも」
 マユミが言った。「ケン兄、どうだったの? 実際」
「たぶん、」ケンジは言葉を選びながら言った。「ケニーじゃなきゃしなかったことだと思うけど、俺、なんか、ケニーのことが前からずっと好きだったような気がする」
「やっぱりあの夢のせい?」
「それは大きいけど、なんか、ケニーだったら抱かれてもいい、みたいな、不思議な感情っていうか……」
「まずかったやろ? ケンジ」
「いや、そうでもない」ケンジは微笑んだ。「やっぱりさ、好きなヤツのもの、って、おいしいとまではいかなくても、うれしい、って感じがするのは確かだな。少なくとも苦にはならなかったよ」
「ケン兄とケニーのキスもワイルドで濃厚だったよね」マユミが言った。「なんかサマになってた」
「わいも、ケンジとキスしてた時は、身体がどんどん熱くなってたわ」
「俺が夢で経験したキスと同じだったよ」ケンジが言った。

「ケンジ……」ケネスが潤んだ目でケンジを見た。「お前が親友でほんまによかったわ。またキスしたるさかいな。何なら今からでも……」ケネスがケンジの肩に手を掛けた。そしてケンジの顔に唇を突きだして迫った。
「こっ、こらっ! こ、こんなとこでやるやつがあるかっ!」ケンジは真っ赤になって叫んだ。しかしケネスは構わずケンジをその場に押し倒し、口を塞いだ。「むぐぐっ! ケニ……や、やめっ! んんん」口を塞がれたままケンジは呻いた。

 ミカもマユミも笑った。

「ミカ姉さん」マユミが口を開いた。
「なに?」
「あの時の姉さんのキス、ちょっとびっくりしちゃった」
「ごめん、いやだった?」
「ううん。とってもよかった。何だかシュークリームみたいだった」
 ケンジがケネスに覆い被さられたまま言った「シュークリーム?」
「甘くて、柔らかくて、しっとりしてて……」
「あたしもさ、マユミじゃなきゃ、あんなことしなかったよ」
「そうなの?」

 どすっ! ばたっ! 「こっ! こらっ! ケニー、乳首ダメだって言っただろっ! あ、ああああ……」
「ケンジ、相変わらず乳首、感度ええな。このままなだれ込もうやないか」
 テーブルの横でケネスとケンジは絡み合っている。「いいかげんにしろっ! ケニー。あ、あああ、そ、そこは……」

「やかましいっ!」ミカが一喝した。
「ちょっと待って、」マユミがミカの肩に手を置いた。
「ん? どうしたの? マユミ」
「ケニー、今、何て言った?」
「へ?」ケンジを押さえつけたまま、ケネスは動きを止めた。
「『相変わらず』って聞こえたけど……」
「そう言えば、そう聞こえたな……。おい、ケンジ」
「な、何かな?」ケンジは引きつった笑いを浮かべて目を泳がせ始めた。
「あんたたち、今回が初めてじゃないね? もしかして」

 ケネスは慌ててケンジから身体を離した。
「な、何のことや? ミカ姉、わいにはさっぱり……」
 ケネスに脱がされかけて胸が大きくはだけてしまっていた赤いアロハシャツを着直しながらケンジが言った。「ミ、ミカがマユにキスしたこと、話してたんじゃなかったっけ?」
「ごまかすな。そうだったのか……。あんたたち、もうすでに一線を越えてたのか……。知らなかった」
「あたしもわからなかったな。二人がすでにそんな関係だったなんて」マユミはそれでもニコニコしながら言った。

「え……っと……」ケンジは赤面してうつむいた。

「でも、」ミカがマユミに視線を投げて言った。「実はあたしたちも、初めてじゃなかったんだよねー」
「ええっ?!」ケンジとケネスは同時に叫んだ。
「ミカ姉さんのキス、あたし大好きなんだよ」マユミは少し顔を赤らめた。
「あたしも好きだよ、マユミの唇」ミカは男たちの方を振り向いた。「マユミの唇の感触とか肌の匂いがケンジにそっくりなんだよ。知ってた?」
「ええ? そ、そうなのか?」
「さすが双子だよね。だからマユミとキスしたり抱き合ったりしてるとね、なんかこう、自然とカラダの芯が熱くなってくるんだ」
「どっひゃーっ!」ケンジもケネスも仰け反った。
「ほ、ほたら、姉さんたち、裸になって抱き合ったりしたこと、あるんか?」
「もう、五、六回はあるよね、マユミ」
「うん」

 ぶっ! ケンジが鼻を押さえた。指の隙間から血が垂れ始めた。

「ほれ、ケンジ」ケネスが落ち着き払ってティッシュの箱をケンジに差し出した。
「す、すまない、ケニー」
「なんや、お互い様やないか」ケネスがほっとしたように言った。
「何だかすっごく楽しいね」マユミが言った。「今度、じっくり見せてよ、ケニーとケン兄の愛し合ってるとこ」
「わいとケンジにも見せてえな。ハニーとミカ姉のラブシーン」

「もう、こうなったら、」ケンジが照れながら言った。「俺たち4人の身体の関係はバリアフリーになったっていうことだな」
「確かに。これで4人の秘密はことごとく消え去ったっちゅうことやな」
「すごいことやな、それぞれが3人相手に身体を求め合えるんやで? その時の趣味に合わせて」
「それもそうだね」ミカが笑った。
「一つの家族みたいね。子どもたちを含めて」
「いや、こんな家族は、いてへんやろ」
「じゃあ、家族以上だ」ケンジが言って笑った。
「もう、複雑すぎ」マユミも笑った。

 ケネスがハワイ土産のアソート・チョコレートに手を伸ばした。その時!
「あっ!」ケンジが唐突に大声を出した。
「どないしたん?」
「やばいっ!」ケンジは立ち上がった。
「何が?」ミカが訊いた。
「あのビデオの中に、俺たち4人の、あの晩の様子がしっかり録画されてるんだ」
「な、なんやて?!」
「いつの間に撮ってたのよ」マユミも動揺して言った。

 ミカがコーヒーカップを手にとってつぶやいた。「もう手遅れだな」そして続けた。「龍や真雪、トラウマにならなきゃいいけど……」

 その時、二階から真雪が真っ青な顔をして階段を降りてきた。

「ママっ!」
「ま、真雪……。あ、あなた、ビデオ見ちゃった? も、もしかして最後まで……」 
「見た。最後まで」
「見たんかいなっ!」
「おしまいだーっ!」ケンジが頭を抱えた。

「でも、二日目の昼で、テープが終わってる!」

「え?!」大人4人は固まった。
「最後にちょっとだけ、暗い部屋が写ってるけど、それきり……」

 ミカがカップをテーブルに戻しながら言った。「セーフ」

「三日目の街のバレードが見たかったのに……」真雪はがっかりしたように言って、また二階へ戻っていった。









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