益荒男 作

官能小説『筒抜け』



第1話

「ママ、気持ちいい。」
 突然頭の上から若い男の声が聞こえてきた。それは蚊の鳴くような微かな響きだったが、静かに湯船に浸かっていた弘信は十分聞き取ることが出来た。慌てて見上げると、その声は換気ダクトからのようだった。
「駄目、出ちゃう。」
 もう一度、弘信が耳を澄ませていたので、今度は更にハッキリと聞こえて来た。切羽詰まった声だった。
 弘信がこのアパートの造りを頭の中に思い描いた。メゾネットタイプの二階建て3DKが左右二世帯振り分けに幾つか繋がった構造である。見てくれはそれなりだが、地主が相続税対策に急遽建てたものだから実態はプレハブアパートと大差無い。恐らく風呂場の換気ダクトが隣とつながっており、そのダクトを伝って秘めやかな会話が漏れて来たことに間違い無さそうだった。
 隣には三十代半ば位の女が中学生の息子と一緒に住んでいる。表札には田中とだけ書かれていた。入り口が道路に面しているので女所帯と知られたくないからだろう。玄関先でこの女と顔を合わせれば会釈くらいはするが、言葉を交わしたことは一度も無かった。この近所では一番と言える位の美人で、毎日夕方になると出掛けて行く。帰りは深夜だった。多分水商売だろう。
 暫く静かだったダクトから今度は揉み合うような気配が聞こえてきた。続いて肉と肉のぶつかり合うリズミカルな音が響いてくる。二人が裸で抱き合っている姿が弘信の目に浮かんだ。音の激しさから想像すると、後ろから激しく突き立てているような気がした。
(ママって言ってたよな)
 どう考えても二人がただならぬ仲に陥っていることは間違い無さそうである。中学生の息子ともなれば、恐らく毎日のように母親の身体を求めているに違いない。
(まさか、美佳は聞いてないだろうな)
 弘信が不安を覚えた。弘信自身が夕食前のこの時間に入浴することは滅多に無いが、娘の美佳は早めに風呂を済ませていることが多かったのである。
(注意せんとまずいなあ)
 隣から女の絞り出すような呻きが聞こえてきた。
「い、いい・・・もっと、もっと強く・・・」
 弘信はいつになく前が固くなっている自分に苦笑した。一定だったリズムが加速し始めた。女の喘ぎがそのリズムに合わせて一段と強くなって来た。
「あー、い、い、いー。」
 一際大きな声が響き、ピタッと気配が止んだ。二人同時に目的を遂げたようだった。
「もういいでしょ。続きは帰ってからね。」
「うん。寝ないで待ってるから、早くね。」
 弘信はなるべく音を立てないように気を遣いながら風呂場から出た。あれだけ声が筒抜けと言うことは、当然こちらの物音も隣に聞こえてしまうはずである。
(何と言って注意すればいいかな)
 弘信も隣と同じように高校生になった娘の美佳と二人暮らしである。妻の芙美子は五年前に子宮ガンでこの世を去っていた。
(あっちは母親と息子、うちは娘との二人暮らしだからなあ)
 チラッと美佳の姿を思い浮かべた弘信が慌てて首を横に振った。ここ一、二年でやけに女っぽくなって来た娘との二人暮らしが急に息苦しいものに感じられたのである。
「ただいま。パパ、今日は随分早かったのね。」
 玄関のドアが勢い良く開いて娘が帰ってきた。白いカーディガンに赤いチェックのミニスカート。足下はルーズソックスである。絵に描いたような女子高生ルックだが、スカート丈が極端に短い。最近は膝上何センチ等という規定は無くなったのだろうか。弘信がソファーに座った視線だと下着がほんの僅か見えていた。これでは町を歩いていても動いた拍子にパンチラになってしまうはずである。
「スカートが短すぎるぞ。」
 弘信が笑いながら言った。
「いいじゃん、これ位。この方が脚長く見えるのよ。それに、下だって見せパンなんだから。」
 美佳がそう言ってスカートを捲って見せた。リボンがあしらわれたデザインだった。それでもピンク色のレース地から下の翳りがうっすらと透けていた。
「分かった、もういい。」
 弘信が顔をしかめて横を向いたので美佳が可笑しそうに笑った。
「独身のパパには目の毒だった。」
「馬鹿言え、小便臭い小娘なんかに興味ないよ。」
 途端に美佳が目尻を吊り上げた。
「悪かったわね、小便臭くて。」
 美佳が鞄をテーブルに置き、服を脱ぎ始めた。狭い3DKのアパートに脱衣所は無いのである。
「おい、風呂場に入って脱げよ。」
 慌てて背中を向けた弘信が声を荒げた。
「小便臭い小娘に興味なんて無いんでしょ。」
 美佳が脱いだものを床に投げ散らかして風呂場に消えた。
 翌日、弘信が夜中に入浴すると、また隣から二人のじゃれ合う気配が聞こえてきた。何となくこちらの入浴に合わせているようで、それも気になる弘信だった。この調子だと娘の入浴中にも同じ事が起きている可能性が高い。
 隣の女は大抵夜中の一時過ぎに帰宅する。恐らく毎晩終電で戻るのだろう。次の日、弘信は終電近くなってから駅に向かった。暫く待つと電車がホームに入ってくる。この駅が終着なのでタクシーが何台も客待ちしていた。すぐに女が姿を現した。
「あの、」
 弘信が女に声を掛けた。
「はい、何でしょう。」
 女が一瞬身構えた。


第2話

「お隣の安藤です。」
「ああ。」
 女が弘信の顔を思い出したようで、幾分表情を和らげた。
「ちょっとお話したいことがあるんですが。」
「こんな時間にですか。」
 女がもう一度きつい目で弘信を睨んだ。
「いえ、今でなくても構いません。よろしければ明日の午前中に半日休みを取りますので、いかがですか。」
 休みまで取ると言う弘信の言葉に女がちょっと考えてから頷いた。
「結構です。明日、お宅に伺いましょうか。」
「ええ。息子さんが学校に行かれたらいらして下さい。」
 息子さんと言われて女が表情を硬くした。
「お嬢さんもいらっしゃらない方がいいかも知れませんわね。」
 女にそう言い返されて今度は弘信が表情を曇らせた。女は弘信が何を言いたいのか察しているように思われたのである。
 翌日、約束通り弘信は午後からの出社を会社に連絡して女が来るのを待った。美佳が学校に出て暫くすると玄関のチャイムが鳴った。
「失礼します。」
「どうぞ、お入り下さい。」
 女が改めて田中晴美だと名乗った。弘信がお茶を出し、用件を切り出そうとすると晴美が機先を制した。
「お風呂場の、ダクトのことですわね。」
「知ってたんですか。」
 弘信が驚いて晴美の顔を見詰めた。
「ええ、気になったので調べたんです。管理人さんに頼んでここの設計図見せて貰ったら、お風呂場のダクトは二軒ずつ一組になってましたわ。お風呂場の声が筒抜けになるのはうちとお宅の間だけだったので、ちょっと安心しましたけど。他にも聞こえてたら大変だわ。」
「え、うちなら構わないんですか。」
「だって、お互い様でしょ。」
「はあ、」
 弘信が当惑した顔で晴美を見た。
「もう、とぼけるのはお止めになったら。」
 晴美の意図を察しかねた弘信は二の句が継げなかった。
「元々うちがあんなことになったのはお宅のせいよ。」
「どう言う意味ですか。」
 その言葉に晴美は気を悪くしたらしい。
「何だか話しても無駄のようね。」
 晴美が席を立とうとした。
「待って下さい。貴女の仰ることが分からないんです、本当に。」
「もう、おとぼけもいい加減にして頂戴。貴方がお嬢さんとイチャイチャしてる声聞いて、息子があんなことしたのよ。」
「私と娘が。言い掛かりは止めて下さい。」
「私が嘘言ってると仰るの。お話になりませんわ。パパ、パパって、それはそれは凄かったのよ。」
「娘が、ですか。」
「貴方のことをパパって呼ぶ人、他にいるのかしら。」
「うちの風呂場でパパって呼ぶのは美佳以外にいないでしょうね。」
「ほら、そうでしょ。そこ、そことか、もっと奥までとか、聞いてる私たちが赤面するようなことなさってたくせに。」
「本当ですが、美佳がそう言ってたんですね。」
 突然、晴美がハッとした顔になった。
「まさか、お嬢さん、美佳ちゃんの一人芝居、と言うか、貴方のこと思い浮かべてオナニーしてただけ、なんてことがあるかしら。」
「どうもそのようですね。少なくとも私には全く心当たりがありません。」
「やだ、どうしよう。そんなことって。」
 晴美の狼狽え振りは哀れな程だった。
「その時のことを聞かせて下さい。まず、最初に聞いたのはいつですか。」
「先月ですわ。日曜で私が休みの日だから、二十五日の晩だったと思います。」
「時間は何時頃。」
「夜の八時過ぎだったと思うわ。」
「先月の二十五日ですね。私が家に戻って来たのは夜中の一時過ぎでした。正確に言えば翌日二十六日の午前一時です。土日で実家に戻ってたから、間違いありません。」
「嘘、だって美佳ちゃんがパパ、パパって言ってたわ。」
「それで、困ったことになったんですね。」
「最初に気が付いたのは俊樹だったんです。あ、息子です。ママ、ちょっと来てって風呂場に呼ばれたら美佳ちゃんの声が聞こえて。二人で息を殺して聞いてたら、俊樹が私の身体を触り始めて、抵抗したんだけど、お宅に筒抜けだと思うと声出せなくて、パジャマ姿で下には何も着てなかったし、脱がされて、とうとう入れられちゃったの。ハッキリ言ってお宅を恨んだわ。俊樹だってあんな声聞かなかったら、私としようなんて思わなかったと思うし。」
 一部始終を聞いた弘信が溜息を突いた。
「いけないのはうちの美佳ですね。申し訳けないです。」
「いいえ、俊樹にされちゃったのは私の責任です。兎に角、一度美佳ちゃんの声を確かめて下さい。それで全てがハッキリします。来週、俊樹が修学旅行で一週間留守にしますから、その時うちに来て下さい。美佳ちゃんには内緒でね。こっちで私たちがじゃれ合ってるように聞かせたら、きっと美佳ちゃんの方も何かすると思います。」
「じゃあ、いつもお互いに聞きながらだったんですか。」
「恥ずかしい話、そうなの。だから、昨日話があるって言われて、そろそろお互いにハッキリさせた方がいいかなって思いましたの。」
「何だかとんでも無い話になって来ましたね。」
「困ったのはうちの方よ。俊樹はもう夢中で、後戻りは出来そうもないし。」
「私は誰にも言わないから安心して下さい。」
「ありがとう。残るは美佳ちゃんね。」
「来週、美佳の様子を見てから今後のことを考えましょう。」
 晴美を部屋から送り出した弘信がその後ろ姿をジッと見詰めた。三十代半ばだろうか。顔立ちは元より体の線も全く崩れていない。ツンと盛り上がった尻のラインが肉感的だった。これなら実の息子がその気になっても不思議は無いな、と弘信が思った。


第3話

 俊樹が修学旅行に出た翌日、弘信は定時に退社して娘と顔を合わせないようにそっと隣の部屋に入った。既に美佳が帰宅しているのを晴美が確認していた。弘信が部屋に入ると晴美が浴室のドアを開けて暫く待ったが、何も聞こえて来なかった。
「こっちから誘わないと駄目かも。」
 晴美がそう言いながら風呂に湯を入れ始めた。湯の栓を止めると隣からも水音が聞こえていた。美佳も風呂の準備をしているらしい。
「じゃ、お風呂に入りましょうか。」
 弘信の耳元でそう囁いた晴美が服を脱ぎ始めた。
「え、入ってる振りするだけじゃ駄目ですか。」
 驚いた弘信が目を丸くして晴美を見た。
「無理よ。私、そんな演技できないし。貴方は俊樹になりきって。」
 確かにお湯の中での戯れを演出するには実際に入るしか無さそうだった。二人で湯船に浸かると晴美が戯れて来た。前を握られ当惑する弘信だったが、声を出したり抵抗すれば隣の美佳に気付かれてしまう。晴美が無言でウィンクした。ね、今みたいな状況だったのよ、と言ってるようだった。
 湯船の外で晴美が弘信に尻を向けた。晴美の気持ちに確信が持てぬまま弘信が宛った。入れた瞬間、ダクトから美佳の声が響いてきた。パパ、と呼ばれて弘信の動きが止まった。
「凄い、パパ、凄い。」
 確かに美佳のあられもない声だった。そのパパ、弘信は壁一つ隔てたすぐ隣で晴美の中に押し入っている。弘信が微かな音に気が付いた。バイブの音らしかった。
 弘信はかなり慌てていた。誘われるまま一つになってしまったのだが、このまま続けていいものか迷っていたのである。久しぶりに絡み付くの女の感触が頭の芯にズンズン響いてくる。すぐ隣に娘がいると言う意識も弘信の興奮に拍車を掛けていた。
 動かない弘信に、晴美が焦れたように尻を何度も突き出した。本気になっていいものか、弘信はまだ半信半疑だったが、段々晴美のペースに引き込まれて腰の動きを強めて行った。
「パパ、イク・・・」
 ダクトから美佳の切なそうな声が聞こえてきた。その瞬間、弘信の自制が外れた。堰を切った熱い流れが晴美を満たす。晴美が満足そうに呻き声を上げた。
「ね、聞いたでしょ。」
 リビングに戻った晴美が弘信の目をジッと見詰めながら言った。
「聞いたよ。まさか美佳があんなこと。」
「悪い気はしないでしょ、あんな可愛い娘に、パパ、イクなんて言われたら。」
「しかし、美佳の奴、本気で言ってるのかなあ。」
「バイブの音、聞いたでしょ。父親を思い浮かべてオナニーしてるんだから、結構本気だと思うわ。でも、バイブ使ったの、今日が初めてなのよ。もっと前に聞いてればオナニーだって気が付いてたのになあ。」
「信じられないよ。美佳のような若い娘がこんなむさ苦しいオヤジに抱かれたがってるなんて。」
「あら、弘信さんってむさ苦しくなんかないわよ。魅力的だと思うわ。」
「一つ聞いていい。」
「何。」
「さっき、本気で感じてた。」
「その位、言われなくても分かるでしょ。私ね、本気で感じると中が動くらしいの。」
「うん、動いてた。凄く良かった。」
「今晩、どうする。」
「さあ、まだ決めてない。」
「私はまだ帰したくない。あれじゃ中途半端で切ないの。」
「俊樹くんの留守に、いいの。」
「私も少しは考えてるのよ。このまま息子とずるずるしてちゃまずいし。あなた方のことが勘違いだって分かった今は尚更だわ。」
「今度は俺が美佳のことで悩む番だな。」
「そうね。うまくやらないと。」
「俺たちのことか。」
「うん。下手なばれ方したら、私が恨まれちゃう。」
「それは俊樹くんも同じだろう。いや、寝ちゃってる分、そっちの方がよっぽど深刻だよ。」
「言えてるわ。スケベオヤジあしらう方がよっぽど簡単。若い子、それも息子じゃ後が怖いなあ。」
「事の起こりは美佳の奴だよ。あいつに責任取らせるか。」
「え、どうやって責任取らせるの。」
「俊樹くんを晴美さんから引き離させるのさ。」
「うーん、美佳ちゃんなら俊樹も満更じゃないみたいだけど。でも、その前に貴方の方も何とかしないとまずいんじゃない。」
「何を。」
「美佳ちゃんはあなたに抱かれることを想像してあんなことしてるのよ。それに、美佳ちゃんには私たち親子のこと筒抜けだし。」
「何が言いたいんだ。」
「分かってるくせに。」
「俺が美佳と、ってこと。」
「うん。そうなればお互い五分五分になれる。」
「美佳となあ。」
「嫌じゃないでしょ。さっき美佳ちゃんが、パパ、イクって言った途端にイッちゃったじゃない。」
「分かった。」
「当たり前よ。男って内も外も単純だから。俊樹が修学旅行から戻ったら実行しましょう。私たちがこっちで始めるから、頃合いを見てあなたが美佳ちゃんのところに行けばいいのよ。声出せないから、きっと上手く行くわよ。」
「無理矢理する気は無いよ。」
「大丈夫。私たちのこと盗み聞きしながらオナニーしてる現場に踏み込めば言い訳なんか出来ないし、さっきみたいに、パパ、パパって言ってれば余計よ。あなたもこっちにいて、美佳ちゃんが始めたの確認してから行けば間違いないでしょ。」
「それだと俊樹くんが問題だよ。」
「あ、それもそうね。うーん。じゃ、携帯繋ぎっぱなしにして、こっちの様子があなたに聞こえるようにしておけば。」
「それならいいかも。」
「ところで、あなた、さっき平気で中に出しちゃったけど、もしかして。」
「うん。カットしてある。カットしたら随分強くなったよ。」
「あら、じゃあまだまだ出来るわね。」
「あと三回はね。」
「ひゃあ、壊れそう。」
 そう言いながらも晴美が弘信の手を取って嬉しそうに立ち上がった。
「ベッドで、ね。」


第4話

 改めて正面から向き合ってみると晴美の身体は信じられない位抱き心地が良かった。贅肉は無いが、間に挟まった胸の膨らみや擦り合う腿の滑らかさが女を抱いている実感を全身で味合わせてくれるのである。弘信が顔を上げると枕元にピルケースが置かれていた。今回は入れるとすぐに晴美の内部が蠢き始めた。この感触を息子にも直に味合わせている。そのためのピルである。昨日まで同じところに晴美の息子が収まっていたと思うと弘信は何ともくすぐったい気分を禁じ得なかった。
 俊樹が修学旅行から戻るまでの毎晩、弘信は娘の切ない声を聞きながら晴美と抱き合う毎日を過ごした。二晩目からはすぐに果てず、出来るだけ長く晴美の感触を味わう余裕さえ生まれていた。美佳の方もそれに合わせているようだった。頭の中では既に晴美と美佳が入れ替わっていた。毎回、娘の「イクー」に合わせて果てる弘信に晴美が苦笑した。
 ようやく俊樹が修学旅行から戻って来た。一週間ご無沙汰だったので当然激しく晴美を求めることが予想された。弘信はここ数日美佳の機嫌が悪いのが気になっていた。
 会社を定時に切り上げた弘信が近所の公園で携帯を耳に当てて待機した。既に電話はつながっている。美佳が戻ったのを確かめた晴美がはやる俊樹を風呂場に誘った。
「ママ、旅行の間、僕がいなくて寂しくなかった。」
 携帯から聞こえてきた俊樹の言葉に思わず弘信が目をつぶった。その一言で留守中の芝居が美佳にばれてしまったのである。慌てて家に帰り、弘信がこっそり玄関を開けた。目の前に裸の美佳が待ち構えていた。
「やっぱり。」
 美佳がきつい目で弘信を見た。
「ねえ、どうして分かったの。」
「何が。」
 必死でとぼける弘信だが、気が動転して娘が裸でいることを叱るのも忘れていた。
「私が今、お隣のこと聞いてたことよ。こうなったら何もかも話してくれないと許さないからね。」
 美佳の目が吊り上がっていた。
 ダクトからの気配が途絶えたので隣では晴美が気を揉んでいた。
「お隣なんかどうでもいいじゃない。」
 上の空の晴美に俊樹が抱きつき、股間に顔を埋めた。まだ濡れてもいないのに赤く腫れぼったい晴美の襞に俊樹が首を傾げたが、すぐに母親の身体に没頭して行った。
「昨日まで毎晩お隣にいたの、パパでしょ。」
 美佳の鋭い質問が飛んだ。弘信が曖昧に言葉を濁す。ハッと気が付いたら目の前で脚を投げ出している娘の茂みを凝視していた。
「パパ、鈍感過ぎるよ。この一週間、最初の日以外はいつもお風呂が終わるとすぐ帰って来たじゃない。やけにサッパリした顔してさ。おまけに石鹸の匂いまでさせて。パパ、この一週間、うちでお風呂に入ってないのよ。」
「そうか、そこまで気が回らなかった。いつ俺だって気が付いたんだ。」
「三日くらい前。一昨日はそうっと窓から見てたの。そしたら、パパがお隣から出てきた。」
 そこまでまくし立てた美佳がハッとしたような顔になった。
「そっか、私が、パパ、パパって言いながら一人エッチしてたのも全部聞かれちゃったんだ。」
 弘信は頭の中で今後のことを素早く計算していた。ここで中途半端にお茶を濁したら計画は全てご破算になる。お隣との関係もまずくなることは間違いない。そうは言っても、ここで娘とどうにかなれるような気分ではなかった。裸の娘と服を着たままの父親。妙な格好の二人が押し黙っていると玄関のチャイムが鳴った。弾かれたように美佳が風呂場に消えた。
「はい。」
 弘信が怖ず怖ずドアを開けた。晴美がガウン姿で立っていた。後ろからパジャマを着た俊樹が弘信を睨んでいた。
「いいかしら。」
「え、ええ、どうぞ。」
 部屋に通された晴美が風呂場の方に呼び掛けた。
「美佳ちゃんも出てきたら。」
「え、私、裸だから。」
 美佳が戸惑った声で答えた。
「大丈夫よ。何なら私たちも裸になりましょうか。」
 そう言って晴美がガウンを脱ぎ捨てた。下は素肌だった。俊樹も晴美に促されてパジャマを脱いだ。ソーッとドアを開けて様子を見た美佳が裸の二人を見て怖ず怖ずと出てきた。弘信一人が服を着たままで、何とも滑稽な四人だった。
「パパも脱いだら。」
 開き直った美佳が笑いながら言った。
「これで大体分かったわ。」
「とは思うけど、一応説明させてね。」
 晴美がこれまでの出来事を掻い摘んで説明した。ちょっと躊躇った弘信が自分も服を脱いで裸になる。一部始終を聞き終えた美佳が照れ臭そうに弘信を見た。
「私の一人エッチが発端だったのね。」
「美佳、お前、本気でパパって言ってたのか。」
 弘信が確かめるように聞いた。
「半分はね。本当にそうなるとは思ってなかったけどさ。でも、最近はかなり本気かな。」
「何で。」
 美佳が晴美と俊樹を見た。
「そちらは二人の声がするから、あ、ほんとにやってるって分かったの。ちょっぴり惨めだった。私は一人エッチなのに。それに、パパと晴美さん、お芝居じゃなかったわね。」
 俊樹が晴美の前を覗き込んで頷いた。
「旅行に行く前と全然違う。僕の留守中、毎晩してたんだ。」
「今更隠しても無駄ね。その通りよ。」
 晴美が悪びれた様子も見せずにサラッと答えた。


第5話

「分かってはいたけど、晴美さんにハッキリそう言われると何かやだな。」
 美佳がすねてみせた。
「ごめんなさい、私が誘ったの。弘信さんのこと嫌いじゃなかったから。」
 晴美が俊樹の方を見た。俊樹も面白くなさそうな顔をしている。
「今すぐどうこうって話じゃないけど、俊樹とはいずれけじめを付ける日が来るでしょ。」
「無理に付ける必要あるの。」
 美佳が口を挟んだ。
「いずれの話だけどね。」
「嘘。晴美さんとパパ、違うシナリオを考えてたんじゃないの。」
「え、どう言うこと。」
「俊樹くんが久しぶりなんて言わなければ、パパが私のところに来る手筈だったんじゃないかしら。でも、昨日まで俊樹くんが留守だったことがバレちゃった。だからパパが慌てて帰って来たんでしょ。それに、パパが帰ってきた時、私素っ裸だったけど、パパ、不思議そうな顔一つしなかったじゃない。」
「白旗上げましょ。」
 晴美がそう言って両手を上げた。
「降参だわ。美佳ちゃんがパパと思い通りになれば万事上手く行くと思ってたのよ。」
「それって、もしかして、私と俊樹くんをくっつけようって魂胆。」
「弘信さん、何か言ってよ。私じゃ美佳ちゃんには太刀打ちできないわ。」
 晴美が立ち上がってガウンを羽織った。
「俊樹もパジャマ着なさい。私たちは帰りましょ。後はこちら次第。」
 俊樹も立ち上がってパジャマのズボンを履いた。玄関を出るときに俊樹が美佳に振り返った。
「僕、美佳さんのこと嫌いじゃないよ。」
 残された弘信と美佳が裸のまま向き合っていた。二人ともなかなか言葉が出て来ない。たまりかねて口を開いたのは美佳の方だった。
「パパはどうしたいの。」
「俺の口からそんなこと言えるか。」
「ってことは、私を抱きたいの。抱いてもいいって思ってるの。」
「美佳はどうなんだ。」
「パパから先に言って。」
「だから、俺の口からはそんなこと言えないって言っただろ。」
「駄目、ちゃんと言ってくれなくちゃ。」
「その前に美佳の気持ちを聞いておきたい。」
「そんなの狡い。」
 仕方ないと言った顔で弘信が美佳の目を真っ直ぐに見詰めた。
「分かった。物凄く後ろめたいけど、娘を欲しがるなんてとんでも無い父親だけど、美佳が欲しい。」
「本当に、嘘言ったら許さないわよ。」
「本当だ。ついこの間まではそんなこと夢にも思わなかったけどな。」
「小便臭い小娘には興味無かった。」
「許せ。まさか娘の下着見て喜ぶ訳にも行かんだろう。」
「照れ隠しにあんなこと言ったの。」
「うん。」
「もう。あれで私、物凄く傷付いてたのよ。」
「何で。」
「パパが正直に言ったから私も言うわ。晴美さんと俊樹くんのこと聞きながら、私も本気でパパを誘惑しようと思ってたの。だからスカートも捲って見せたのに、小便臭いなんて言うんだもん。」
「最後に一つだけ聞いておきたいな。」
「何。」
「何で俺なんだ。他にもっと若い、格好いい相手が幾らでもいるだろう。」
「ふふ、それ言う前にパパに謝らなくっちゃ。」
「何を謝るんだ。」
「私、バージンじゃないよ。」
「そんなこと分かってる。一昨年くらいだろ。」
「うん。分かった。」
「急に女っぽくなったからな。」
「謝るのはそのことじゃないの。私、これまでに二十人くらい寝てるんだ。」
「はあ、二十人か。半端な数じゃないな。」
 弘信が溜息をついた。
「そんだけ寝ても、この人ならって男は一人もいなかったの。パパと同じくらいの人とも寝たけど、最悪だった。」
「おいおい、まさか援交じゃないだろうな。」 
「そこまで墜ちてないよ。凄いレストランでご馳走して貰ったり、シャネルのバッグとかは買って貰ったけどね。」
 弘信が美佳のお気に入りらしいショルダーバッグを思い出した。どんなに安く買っても十万以下と言うことはないだろう。現金貰わなかっただけマシだと弘信が自分に言い聞かせた。
「やれやれ、そんな話聞くと、ますます元気が無くなって来ちゃうな。」
「だから、ごめんなさいって最初に謝ってるの。」
「それで、何でパパなんだ。」
「パパの、が気持ちよさそうだから。」
「パパの何が。」
「お・ち・ん・ち・ん。」
 美佳が弘信の前を指差しながら言った。
「馬鹿言うな。」
「ううん、これまで見た中では中くらいだけど、形がいいから。」
「変なとこ比べるな。」
「へへ、ごめん。それと、パパなら自分勝手じゃなく、優しくしてくれるでしょ。晴美さんとの聞いてたら、絶対そうだと思った。正直、物凄く妬けちゃった。」
「しかし、恐ろしい娘を持ってしまったもんだ。」
「そうよ。こうなったらもう逃げられないから覚悟してね。」
「美佳はそれでいいのか。」
「うん。俊樹くんも私のこと嫌いじゃないって言ってるし、私も一人は年下の男がいいし。」
「で、年上がパパか。」
「うん。パパだって晴美さん、満更じゃないでしょ。美人だし。」
「まあな。それに、もう抱いちゃってる。」
「後は私とパパね。その後に俊樹くんも控えてるけど。」
「改まってそう言われてもなあ。」
 弘信が眩しそうな目で娘の身体を見た。
「大丈夫。私がリードして上げるから。ところでパパ、何人知ってるの。」
「美佳より大分少ないよ。」
「でしょ、私の方がきっと上手だよ。」
 美佳が立ち上がって弘信の手を取った。その手を自分の胸に導いた。風呂場に入ると美佳が弘信の身体を洗い始めた。石鹸を塗りたくった手で握られた弘信がようやく頭を持ち上げた。
 「お待たせ。パパったら往生際が悪いのよ。」
 美佳がダクトに向かってそう言うと晴美と俊樹の笑い声が返ってきた。















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