高村ゴンタロー 作

官能小説『The form of my love』



R15指定
注:まだケータイが無かった時代の作品とのことです。


第1話

 電話のベル、いつもの時間。
 受話器を取り、俺は言う。
「あー、俺様はただ今外出中である。用件はピーッという発信音の後にどーぞ」
 受話器を置き、通話を切る。
 俺は電話が嫌いだ。
 特に理由はない。強いていえば、相手の顔が見えない会話などは会話ではない。
 たぶん、この電話は彼女からのもので、電話の向こう側では怒っていることだろう。
 はは、けっこうなことだ。
 電話のベル、再び。
「なんだよ、俺は忙しいんだ」
『高村くん……?』
「おう、亜衣か」
『ひどいよ、切っちゃうなんて』
「今どこにいる?」
『えっ?自分んちだけど』
「よし、今から行く、用件はその時に聞こう」
『い、今からって今何時だと……』
 受話器の向こうでは言葉が続いていることだろう。俺はジャケットを羽織ると急いで部屋を飛び出した。
 ふむ、たまには自転車で行くのも悪くはないな。……嘘だ。今月はもう金がなくてガソリン代がないだけだ。亜衣の家までは自転車で十分といったところだろう。

 ちりんちりん。
 我ながら情けない。しかし仕方ないのだ。ただ心配なのは、亜衣が親と同居していてこんな時間に訪問するのはかなわないことだ。願わくは俺に気付いて出てきてくれよ。
 時計の針は十一時を指している。
 自転車のライトが女の姿を浮かび上がらせた。亜衣である。どうやら家の前ではなく、途中の道で待っていてくれたようだ。
「おう、亜衣」
「なんで自転車で来たの?スカイラインはどうしたのよ」
「金欠でガス欠」
「情けない……。それにどうして私の話を電話で聞いてくれないの?」
「おい、家がこれだけ近いのにどうして電話なんぞで話さねばならんのだ」
「近いって、高村くんが近くまで引っ越してきたんじゃない」
「黙れ。それに俺は“『”を使うのが面倒なんだ。いちいち記号で呼び出すんだぞ」
「何言ってるの?」 (↑こらこら、内部事情を言うんじゃない)
「いや、こっちの話……」
「ねえ、今度の日曜日空いてる?」
「うーん、どうだったかな。大学の友人と土曜から飲み明かす可能性があるからな……」
「なによっ、彼女とデートに行くより、友人と酒を飲みに行く方が重要なの?」
「おい、それは横暴だぞ。こっちの方が先に約束したんだから」
「ふーんだ」
「分かったよ、なんとかするよ」
「やったっ」
「だけど、スキンはお前が用意しろよ」
「えっ?」
「冗談だよ。第一、今月は金欠でホテル代も無いからな」
「……いつも高村くん家だよ」
「だーかーらー、それくらい金が無いってことだよ。だから湾岸をドライブするのもダメだし、高級レストランで豪華な食事もダメだし、映画館へ行ってラヴ・ストーリーを観賞するのもダメだし、遊園地も動物園も水族館もダメだぞ」
「……」
 ふふ、勝ったな。(←おいおい、何に勝ったんだよ)
「野球のチケットがあるんだけど」
「野球~?!誰がそんなモン見にいくんだ?」
「私と高村くん」
「で、どことどこだ?」
「知らない」
「………」
「ええっと、ここにチケットがあるよ」


第2話

 亜衣が見せたのは、北田エンジェルスvs湯沢商店街オールスターズと書かれた、いかにもローカルっというボロいチケットだ……。
「をい!」
「はい?」
「これはなんだ」
「これはなんだって言われても、野球のチケットじゃない」
「かーーーーっ!ふざけるなっ、こんな試合がどこにあるんだっ!!」
「きゃっ、大声出さないでよ」
「せめて大学野球とか、社会人野球とかにしてくれよな……」
「へへ、これは嘘なんだ」
「嘘~?!」
「だっていつも高村くんにやられっぱなしだもん。せっかくだから、高村くんがここまで来る間に作ったんだ」
「……」
 亜衣はそう言って今度はプロ野球ペナントレース公式戦の、しかも内野席のチケットを見せた。
「ほほう、これに一緒に行ってくれ、と……」
「行こうよ」
「……わかったよ」
「じゃ、喫茶ヴィヴィアンで一時に待ってるね」
「……(なんで家が近いのに待ち合わせしなければならんのだろう)」
「いつもの場所だから分かってるよね?」
「ああ……」
「じゃあ、日曜日に」

 そうして俺達はその日はそれだけで別れた。ま、せっかくだから楽しみにするか……。
 って、この間はそう思ったんだよ!!
 な、の、に、あんにゃろう、もう十分も遅刻してやがる!!……実は俺も五分遅刻してきてるんで、待ったのは五分だけなんだが……。それでも、俺は待たされるのは大っ嫌いなんだっ。
 丁度その時、俺が注文したコーヒーが運ばれてきた。
 ずずっとすする。無糖派なので砂糖もクリームも入れない。
 外は曇りがちで、予報は雨だった。うーん、心配。
 何が心配だって?そりゃ、野球だよ。亜衣では決してない。(←正直でない奴)
 十分経過。俺は我慢の限界に達し、会計を済ませて喫茶ヴィヴィアンを飛び出した。駐車場に入れてあるスカイラインに乗り込み、キィを差す。軽快なエンジン音が鳴り響き、タコメーターが回転数の上昇を示す。
 わざわざ友人から金を借りて(しかも土曜日はおごってもらって)ガソリンを入れた。本当は奴から金を借りたくなかったのだが、まさか球場までのこのこ自転車で行くわけにもいかず、わざわざ労してきたのだ。
 俺は怠け者らしい。喫茶ヴィヴィアンからして、車で二分の距離である。ここから亜衣の家まで爆走しても五分とかからない。
 それでも俺は奴の家に押し掛けないわけにはいかない。
 家の前に車を止め、インターホンを鳴らす。
 しばらくして、亜衣の声で返事があった。
『はい、どちら様ですか』
 ぴくぴく。俺の顔の神経が微妙な動きを見せる。
「高村ですが……」
 怒気を含んだ俺の声に、インターホンの声はおののいた。
『た、高村くん、来ちゃったの……?』
「亜衣っ、お前というやつは!」
『ちょっと待って、すぐ行くから』
 プッとインターホンが切れると家の中からばたばたという音が響いてきた。
 どしん!
 家の中からすごい音が聞こえてきた。
 コケたな……。
 俺は笑いをこらえ、車の中で待つことにした。
 待つこと二十分。俺は昨日の疲れもあり、心地よい音楽に身を任せて眠っていた。
 ふと目をさますと、助手席にはいつのまにか亜衣がちょこんと座っていた。
「おまたー」


第3話

 ……声が出ない。
「どうしたの?」
「!!!……ま、いいか」
 俺は怒る気にもなれず、エンジンを再稼働させた。
「ねーねー、ガソリン入れたんだ」
「まーな」
「私のため?」
「ばーか、俺のためだよ」
「ふーんだ、正直じゃないの」
「……亜衣、お前ってクラシック好きだったか?」
「ううん」
 俺はその返事を聞くと同時にCDをセットした。クラシックをである。
 すぐに車内は怒涛のように押し寄せるオーケストラの音で充満した。グリーグのピアノ協奏曲イ短調作品16、第一楽章アレグロ・モルト・モデラートが流れる。
「あー、やめてっ」
「俺は好きなんだがな」
「知ってるけど名前知らないから嫌っ」
「グリーグだ」
「お願いだから、せめてドリカムにしてよー」
 ……俺はCDをストップさせると、以後音楽をかけることはなかった。邦楽はないのである。ボン・ジョヴィとかメタリカとかガンズとか、古いものならエルヴィスとかならあるのだが、こやつの好きなドリカムだのビーズだのミスチルだのはないのだ。
「さーて、野球を観に行くか」
「本当に?」
 亜衣の声が嬉しそうだ。
 そう、先程から雨がちらついていて、どんよりしていた俺の心を象徴するかのように、空は曇り、雨はちらつき、視界はどんどん悪くなっている。
「うーん、中止かなあ」
 雨はどんどん降ってくる。
「中止だね」
「俺は観たかったな……」
「じゃあ、私の家に来ない?」
 俺は嫌な予感がした。
「実は私の両親、お出かけでいないんだなー、これが。だから私が腕によりをかけて手料理をご馳走してあげるゥ」
 ……語尾にハートマークをつける必要もなかろうに。
「何よ、そのロコツな嫌な顔」
 俺は亜衣の手料理とやらを馳走になったことが一度ある。当時は俺もお世辞というものをわきまえていたから、あれほどまずい料理を食わされても、うん、美味しいね、と言えるだけの度量はあったのだ。
 しかし。
 まあ、多少は成長しているとしても、まだ俺の方が上だろうな。
 自慢じゃないが、俺は朝・夕は自炊しているのだ。
 亜衣の方は……どうやら母親が作っているらしい。
 不安と緊張が俺を縛る。
 曖昧な返事をしておいて、俺は野球場へと向かった。どうか試合が行なわれますように……と願いつつ。
 雨がひどくなり、二時を回った頃にはザーザー降りになっていた。
 試合は中止。
 俺は助手席でにこにこしている亜衣の顔を見てしまった。
「中止になって残念じゃないのか」
「だって、野球のコト、あんまし分かんないんだもん」
「それで俺を野球に誘ったのはどんな魂胆があるんだ」
「高村くん、野球ファンだって言ってたじゃない」
「そうだったか?」
「そうだよっ。だからわざわざデートの時間を費やして観にいこうって誘ったの」
「わざわざってなー。デートは火曜と木曜じゃなかったのか」
「ま、かたいこと言わない言わない。さー、私ん家にゴーゴー!!」
「……」
 十五分経過。俺は亜衣の家の前に車を止めた。
 亜衣の両親よ、帰ってきていてくれ……。
 願い虚しく、俺は亜衣の家に招待され、リビングルームで待たされる。
「あー、やだっ。失敗しちゃった!」
「きゃーっ、どうしよう。ま、いっか」
「これどうやって使うのかしら」
 ……キッチンから聞こえる悲鳴なのか叫び声なのか判断のつきかねる声に、俺は思わずこのままこっそり逃げ出そうとも考えた。
 しかし前菜と称して出されたビールを思わず飲んでしまい、俺は帰るに帰れなくなってしまったのだ。
 何故って?
 俺は車で来ているから飲酒運転になる。歩いて帰ろうものならズブ濡れになること必死である。
「お待たせっ」
 亜衣が次々と料理を運んできた。
 ……俺は絶句した。料理と呼べるシロモノではない。
 肉ダンゴのようなハンバーグの上にキノコソースらしきものがかかっているモノ。
 野菜炒めでなく野菜痛めのような焦げつきのあるモノ。
 コーンスープらしい黄色したスープの色合が変なモノ。
 ご飯はマトモみたいだが、食べみないと一概に言えない。
 みそ汁はトーフ、ネギ、あさり、大根、カイワレ……とオンパレードだ。


第4話

 ごくっ。
 俺は唾を飲み込んだ。食欲をそそられたのではなく、生唾を飲み込んだのだ。
「さあ、召し上がれ」
 俺は恐る恐る、ご飯を口にした。……普通だ。
「ご飯だけじゃなくて、おかずもどーぞ」
 亜衣が小悪魔に思えてきてならない。
 俺はハンバーグらしきモノを口にした。……まずい。しかも固い。
「さ、遠慮しないで」
 決して遠慮しているのではない。
 俺はスープを口にする。……甘い。砂糖の味がする。
「どう?おいしい?」
 声が出ない。どうすればこんな風にできるのだろう。
 俺はみそ汁を口にした。……予想通りまずい。これだけ具があれば当然だろう。
「亜衣……味見してるか?」
「えーっ、それってまずいってコト!?」
「……ま、とにかく食ってみろ。その間に俺が作り直してやる。材料はあるな?」
「う、うん……」
 ったく、面倒だな。
 俺はしょんぼりする亜衣を尻目に、キッチンに立って料理を始めた。
 材料が不足しているので、俺はピーマンの肉詰め、野菜サラダの俺様特製ドレッシングあえ、豆腐とネギのオーソドックスなみそ汁、ご飯はこのままでいいだろう、野菜が沢山余っていたので、卵も使ってご飯をチャーハンにした。ま、これはおまけだ。
 一人半前作り、俺は盛りつけした料理を運んだ。
「ええー、どうしてこんなに綺麗なの?!」
 綺麗ってアンタ、そんなことで料理を判断するなよ。
 テーブルに置かれていた亜衣の料理は手付かずだった。当然だろうけど……少し可哀相かな。
 亜衣は恐る恐る俺の料理を口にした。
「おいしい…」
「だろ?」
 俺は自分で作った料理を食べだした。
「ぐすっ……」
 俺にも予想外の出来事だった。亜衣が泣き始めたのだ。
「お、おい……」
「だって…」
「どうして泣くんだ」
「だって、高村くんのために一生懸命料理したのに、全然おいしくなくて、それなのに高村くんの方が料理上手で、だから……」
 俺は女の涙に弱い。
 相手が傷ついていると思った時、俺は優しさを出す。
 人はこれをポリシーなどと格好つけて言うだろう。
 涙をハンカチで拭き取ってやる。その潤んだ瞳に、俺はたじろいた。この目に俺は弱いんだっ。
「優しい…ね」
 嗚咽でとぎれとぎれの声に、俺は我を忘れていた。
 亜衣の唇に俺の唇を重ねる。
 これだけムードのあるキスは最近では珍しいんじゃないか?と思えるほどに。
「ん……」
「部屋は?」
「二階」
 俺は亜衣の体を持ち上げると、階段を上がった。
「ここ」
 亜衣が指差す扉を開けると、そこはまさに女の子の部屋だった。
 俺は亜衣をベッドの上に寝かせると、俺もその上に横になる。
 俺は……。(自主規制)

 電話のベル、いつもの時間。
 受話器を取り、俺は言う。
「あー、俺様はただ今外出中である。用件はピーッという発信音の後にどーぞ」
『高村くん?まだやってるの?』
「俺は電話が嫌いだって言ってるだろ」
『へへ、そう言うと思った。窓から下を見てみて』
「下?」
 カーテンを開け、下を見る。道路沿いの電話ボックスに、亜衣は居た。
「……なにやってるんだよ」
『今からそっちに行くね』
 電話はそこで切れた。
 まったく……。俺はそう思いつつも、顔は笑っていた。
 二人はお互いを知る。そうして恋愛を続ける。もし知り尽くした時、その最終局面で迎えるものはなんなのだろう。
 別れか、結婚か。
 それぞれの愛の形があり、俺は俺なりに彼女を愛している。
 その愛が冷めるときが来るのだろうか。
 今はそうは信じられない。だけど結末は?
 ピンポーン。
 インターホンの音が鳴り響く。
 俺は玄関の扉を開けた。二人の愛が永遠であることを信じて……。















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