ありあ 作
官能小説『呪いのビデオ』
第1話
『これは、呪いのビデオです』
某映画のパロディのようなこの手のイタズラも、今ではちと時期ハズレな気もする。
しかし。
こんな物が俺宛てに届けられたとなると、やはり少し緊張する。
だが外から何度眺めても、それはありきたりの安物のVHS120分のテープにしかすぎない。
見るしかないか。
どうせイタズラだろうし。
◇◇◇
俺はユウコと、今自宅でビデオを見ようとしているところ。
ユウコは友達以上恋人未満の間柄って奴で、実は俺としてはもう少し進展させたいと思ってたところだ。
彼女はサークルでも1、2の人気者で、なおかつ金持ちの令嬢。
オマケにいざとなるとガードが固くてなかなか落とせそうになかった。
そういう女をモノにしてみたい。それが男の性って奴だ。
「俺宛てにさあ、呪いのビデオが送られて来たんだ」
「え~? 嘘くさ~い」
「あ。信じてないなあ。実は俺、今日見ようと思ってるんだけど、来る?」
「あああ~~。見った~~い。ねーねー、今日行くよ。卓巳んち」
好奇心旺盛なユウコは、まんまとその餌にのっかって、俺んちにやって来た。
ユウコは根っからの映画好きだから、なおさらだ。
呪いのビデオというよりも、そこに何がどう映されているのかが興味津々なのだろうな。
しかし、こうも簡単に成功するなんて。
もしかするとこのビデオ、呪いというよりも幸運のビデオかもしれない。
「あ。始まった?」
ユウコの声。
画面には時折乱れが走るが、何やら黒い空間が浮かんでくる。
いよいよか?
ごくり、と俺は唾を飲み込んだ。
イタズラとはいえ、匿名さんからの「呪いのテープ」だ。
まさか某映画みたいに「見た奴は死ぬ」って事はないだろうが……
画面がいきなり白く光を放つ。
いよいよか?
「きゃあっ」
となりのユウコが、いきなり俺の腕に絡み付いて来た。
おおおっ。
チャンスとばかりに俺は、彼女の細い肩を抱く。
「……?」
やたら白っぽい画面に、何かが映っているような気がする。
「なあに? ねえ、なんか見えてこない?」
「……お、おう。……なんだ? ありゃ」
何かがせわしく画面をさまよっているのだ。
しかし、わざと画面調整を白く設定してあるらしく、何なのかは全く判らない。
光は強くなったり弱くなったり、奇妙なリズムで薄暗い部屋中を満たしはじめた。
ふと、ユウコの顔を見る。
白い光に照らされている整ったその顔。
眉間にしわを立てて、目を細めて懸命に見入っている。
妙に艶めかしい。
……そそられる。
俺はたまらない感情に囚われて、ユウコを抱きすくめる。
「きゃあっ」
無声の白い画面が流れる中、俺はユウコの唇に貪りついた。
ユウコは軽く抵抗をしていたけれど、次第に俺に身を任せはじめた。
この機会を待ってたんだ。
所詮、呪いのビデオなんて、ハナから信じてなんかいなかった。
目的はそれにどう乗っかって、ユウコをモノに出来るかだ。
隙を突いて緩んだ太股に手を伸ばす。
ユウコは慌てて抵抗するがもう遅い。
吐息を乱して、縋るような目で俺を見る。
「だ、だめ。まだ、やっ……」
ユウコのカラダは、言葉とは裏腹に敏感に反応した。
ダテに経験を積んでる訳じゃなんだぜ。
テクニックにかけては自信があるんだ。
俺の虜にしてやる。ユウコ。
第2話
俺とユウコは、ビデオのことなんか忘れて貪るように求め合った。
床に敷いてあるマットの上で、俺はユウコの白い乳房に舌を這わせていた。
ユウコは恥じらいつつも、すこしづつカラダを開き、甘い吐息を漏らして俺を駆り立てる。
暗い部屋。
ユウコの白い腹を、白い光が照らす。
長い髪がうねると、半開きの唇の紅い色が時折その光の元に映し出される。
わけの判らないテレビの中よりも、ユウコのそんな光景の方がずっと映像的だ。
闇の中。
白い光。
白いイキモノ。
光と影が、ユウコの綺麗なカラダの線をエロティックに演出している。
ビデオはどうなってるんだろうか。
ふと横目で見るが、やはり画面は白くて、何かが動いているような、いないような。
どうでも、いいか。
反対の壁には、動物みたいに繋がっているユウコと俺の影がリズミカルに揺れていた。
◇◇◇
ビデオは、
ビデオは、どうなった?
「あん……。卓巳ぃ……、よそ見しちゃ、やだ」
俺の顔を両手で捕らえると、ユウコはうつろな目をしてくちづけてくる。
「くうっ……」
俺は堪らなくて仰け反りそうになる。
ユウコは、……こんな女だったっけ?
俺の舌を捕らえるユウコの舌づかいは、手慣れてるなんてもんじゃねえ。
キスだけで俺はいっちまいそうなくらいの快感を覚えている。
なのに。
ユウコはくちづけしながら俺のカラダの上で、器用に腰をつかっている。
なんだ?
プロじゃねえのか?
ユウコって、いったい……
俺の頭はそれ以上の思考を拒否した。
真っ白い光が俺の視界を貫くと同時に、背骨を電気が走る。
同時に、激しい開放感に満たされ……
俺は女みたいに声をあげて、達していた。
しかし。
ユウコの動きは絶えることが無い。
ユウコは何度も何度も歓喜の声をあげて達しているが、それでもまだ俺を求めてくる。
俺も、俺もおかしいんだ。
ユウコの動きが激しくなる。
俺はさっき達したばかりのはずだ。
なのに。
なのに、俺も萎えるという事を知らない。
こうしてユウコの限の無いおねだりを、全て受け入れてしまうのだ。
ユウコは、可愛い子猫のような歓声を上げて仰け反った。
◇◇◇
ビデオは。
ビデオは……どうなった?
テレビの画面は、暗く光っている。
自動でテープが巻き戻されて、ビデオ本体の電源が切れていた。
どうも三倍速で何かが録画されていたらしい。
カーテンの隙間から、白みかけた空が見えていた。
俺は知らない間に、眠ってしまっていたようだった。
そして、俺の腹の上でユウコも眠っていた。
繋がったまんまで。
第3話
あれから半年。
俺は、ユウコと入籍した。
ユウコはあの夜、孕んだらしい。
どうしても産みたいという彼女の一念から、学生の身分で結婚することになっちまったわけだ。
まあ、ユウコとこうなったのも悪くはない。
ユウコを取り巻いていたまわりの奴等からの羨望と嫉妬の眼差し。
すごい優越感だ。
さらに、ユウコんちの婿養子に入った俺には、一切の金銭的苦労はなくなった。
逆玉って奴だ。
就職難であくせくしてる奴を尻目に、俺はのんびりと残りの大学生活を謳歌できるって訳だ。
ユウコの妊娠中も、俺達はあのビデオをつけては夜な夜な楽しんだ。
不思議なビデオだった。
ビデオの光は、どんなドラッグにも勝った。
白い光に照らされて、俺達は二人で最高点の快楽を貪り続けた。
◇◇◇
「さあ、あんた。早く早く」
暗い部屋のベッドの上には、トドと見紛うような巨漢の妻が全裸で待ち構えている。
若い頃にはあれだけ貪欲だったセックスも、今では「お勤め」という呼び名そのものだ。
新築の家で、ここだけやたら妻の注文の多かった寝室。
子供の邪魔が無いようにしっかりと鍵のかかる、完全防音設備の整った部屋。
キングサイズのベッドがドカンと置いてある、壁一面にでかいディスプレイがあるくせに窓のない部屋。
ユウコは根っからの好きモノだった。
俺のお勤めは、ほぼ毎日。
一人子を産んでから、ますます感度がよくなったらしいユウコの欲求は、留まることが無かった。
もう子供は要らないからと、俺はパイプカットをさせられ、快楽を貪るだけの行為に徹することを義務づけられている。
危険日に思いっきりぶちあてた俺は、彼女と結婚した。
大手企業の令嬢だったユウコのコネで、卒業後は義父の会社の社員になった。
当時はそれでもいいと思っていた。
逆玉で、気楽で……。
しかし。今はこう確信している。
飼い殺しだ。
ユウコは醜くぶくぶくと太り、見る影も無くなった。
愛情はとうに消え失せた。
家でも、職場でも。常に嫉妬心と独占欲の強いユウコの気配を感じ、視線に脅えて生活をしている有り様。
……別れてやろうか?
しかし、今更別の会社に移るだけの気力も、キャリアも無い。
この家だって、ユウコの親が出した金で建てたのだ。
離婚を考えると慰謝料が恐ろしい。
部屋中に白い光が走る。
ディスプレイにはDVDの画像が映る。
それは白っぽい画面に、何かがうごめいているような……
例のビデオ。
ユウコはそれをガンガンとダビングした。
いまでもそれをこうして夜な夜な流しているのだ。
「本当にすごいよね。これ。流してるだけで、もう……。あああ~ん、ガマンできない~~」
耳障りなユウコの悶え声がする。
俺のやる気はマイナスだ。
なのに。
この映像のせいかのか?
俺のカラダは、意に反して機械的にそそり立っている。
「卓巳ぃ。こんなになって~、もう、エッチ。うふふふふふ」
たるんだ醜い肉塊に成り果てたユウコは、舌なめずりして俺にまたがると大きくグラインドし、嬌声をあげた。
「じっくり楽しみましょ。あなた。6時間分あるんだからね」
6時間?
こ、殺されるっ!
巨大カボチャのような白い腹。
その上でぶるんぶるんと揺れ動く、垂れ下がった牛のような乳房。
半開きの口から滴り落ちる涎。
獣のような呻き声をあげて、肉塊が動いている。
ぐちゃっ。ぐちゃっ。
規則的な湿った音が耳障りだ。
俺のカラダは、まるで巨大ナメクジに飲み込まれているようだ。
それでも。
それでも。
俺のカラダは。
あの頃と変わりなく、ますます堅く膨張していくのが判る。
胸が苦しい。
そうなんだ。
異常な下半身とは違って、心臓はまともなんだ。
駄目だ。
もう、これ以上は……。
『これは、呪いのビデオです』
俺はその言葉を思い出した。
同時に苦しみが、すうっとカラダから遠のくのを感じた。
完