淫夢十夜

amane 作



夢を見た。
どこかでさらさらと水の流れる音がする。
目の前に横たわるのは女。
見たことの無い顔。美しく、優しい、その横顔。
空を見詰[みつ]めたまま、彼女が私に囁[ささや]く。
 「あたしは、今夜、死にます」
ああ、そうか。彼女は死んでしまうのか。
私は声もなく頷[うなず]く。
 「あたしが死んだら、悲しんで下さい。悲しんで、あたしをあの沢の辺[ほとり]に埋めて下さい」
 「分かりました。言われた通り貴女を埋葬しましょう。でも、本当に貴女は死んでしまうのでしょうか?」
 「はい、あたしは死にます」
 「それは何日[いつ]?」
 「そう遠くはないでしょう。太陽と月が束の間の逢瀬を楽しみ、星の瞬きが消えぬ間。あたしはここでお別れを告げておきましょう」
どこかでさらさら水の流れる音がする。

私は彼女の隣に横たわって彼女の死に様を眺[なが]めた。
それは眠っている様でも有ったが、何をしても覚醒[めざめ]る事のない眠りである事は往々にして知れた。
私は一体、幾つの太陽と月を見たのだろう?
私は一体、幾つの星の流れを数[かぞ]えたろう?
彼女は死んだのだ。
彼女の予言どおり、私一人を残して。
淋しさが、哀しさが、きんきんと冷やかに私の心を飽和させる。
どこかでさらさら水の流れる音がする。

一夜目に彼女の唇を吸った。
二夜目に彼女の肢体[からだ]を弄[まさぐ]った。
三夜目に私は頭を抱え、
四夜目に想[おも]いを遂げた。
五夜目に悔恨[かいこん]の涙を流し、
六夜目に彼女を罵[ののし]った。
七夜目に約束を思い出し、
八夜目に彼女を抱[かか]えた。
約束を守らなければ。
どこかでさらさら水の流れる音がする。

人の躰[からだ]と言うものは何故こんなに重いのだろう。
魂と言う浮遊装置が切れてしまうと、人の躰とはこんなにも重くなるのだろうか?
それとも私の想いの分だけ、その躰は重くなったのだろうか?
下草の青々と生い茂る路[みち]無き路を、彼女の躰を背負[せお]い、私はよたよたと進む。
進む?
私は本当に進んでいるのだろうか?
本当は進んでなどおらず、堕[お]ちているのかも知れない。
彼女はそれを理不尽だと嘆[なげ]くだろうか?
私は自らの夢に溺[おぼ]れているのだろうか?
背なの彼女の肉が崩[くず]れる。

九夜目、彼女が指から零[こぼ]れ落ちた。
あの美しかった顔は此所にはない。
あれほど焦がれた躰は何処だ?
頭蓋[ずがい]をなぞる指先に触れる、熟れた果実の切ない甘さ。
今は無き、瞼に寄せる口先は淡い追憶[おもいで]の味がする。
彼女を失[な]くしてしまわぬ様に、彼女との約束を違[たが]えぬ様に。
彼女をしゃぶり、彼女を啜[すす]ろう。
背に潰[つぶ]れた乳房の味を、泥土の如[ごと]き内臓を、懐かしき子宮の味を、毛の一筋も残さず、穢[けが]れた吾身[わがみ]を御身[おんみ]に還[かえ]そう。

十夜目、あの沢の辺[ほとり]に立つ。
穴を掘る。穴を掘る。
太陽と月の逢瀬を数え、星の瞬きに見守られ、私は一人、穴を掘る。
冥[くら]い穴の底で、上着に包んだ彼女を繙[ひもと]き、その骨を並べる。
一本、二本…。
私の中の彼女が囁[ささや]く。
私は彼女の頭蓋で水を飲み干し、穴の底に横たわって土の衣を纏[まと]おう。
彼女の頭蓋を額[ひたい]に載せたら、口笛を吹いて瞼を閉じよう。
身体のそこかしこがむずむずとざわめく。
苛立ちにも似た快感がこの身を蝕[むしば]む。
嗚呼、水の流れる音がする。

私ハ、彼女ノ死ヲ悲シンダノダロウカ?


















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