第1話 潜入
「一体、どうしたのかしら。まだ帰ってこ来ないなんて。事件もなかったし…」ベッドの中でネグリジェを着込んだ若妻が心配そうな顔をしていた。 女性の名は小池恵と言って、婦警をしており、夫も同じく警官で同じ城北署に勤務している。
恵は深夜になっても帰らない夫の忠明が心配で「朝になったら帰ってくるかも…」一緒に暮らすようになってから3年になるが、こんな事は初めてなので、一晩中眠れずウトウトしているだけだ。
翌朝になっても忠明は帰って来ず、さすがに心配になり「とにかく、課長に相談しないと」眠たそうな顔を冷たい水で洗い着替えていく。 着替えが済むと、いつもより早くアパートを出て、城北署に向かった。
城北署に入ると、直ぐに仲人の中尾を訪ね「中尾課長、夫の事で相談がありまして」話し出す。 「中尾君か、どうしたんだ?」 「昨日は帰ってきませんでした。遅くなる時は連絡があるんですが、昨日は何もありませんでしたので…」
「昨日は何もなかったはずだが。とにかく調べてみるよ」中尾は部下に指示した。 「それでは、これで」 「連絡が取れたら。恵君に電話を入れさせるよ」恵は勤務する防犯課に向かった。
それから暫く経って「大変だよ、張り込み中に消えてしまったよ!」困った顔で中尾が現れた。 「張り込み中にですか?」 「そうだよ、現場で争ったような跡があるそうだ。それに、中尾君の携帯も落ちていたそうだ」
「もしかして、事件でも?」 「そうかも知れない。とにかく、極秘だからね」 「わかりました」恵の顔にも緊張が走り、程なく城北署全体が慌ただしくなってきた。
「小池君、いいかな?」また中尾が現れた。 「何でしょうか?」 「ここでは何だから会議室で話そう」2人は会議室に入った。
入るなり「早速だけど、小池君は怪我をしているんだ。離れた場所から血の付いたナイフが見つかってね。調べたら間違いなく小池君の血だったよ」言い出す。 「そんな、怪我だなんて…」
「うかつだったよ、1人にさせたのは。サラ金の張り込みだから、甘く見てしまった」 「サラ金ですか…」 「そうだ。背後にヤクザが関係しているとのタレコミで、見張っていたんだ」恵は黙って聞いていた。
中尾の話は30分ほどで済んだが、恵は職場に戻っても動揺が隠せない。 「大丈夫よ、きっと元気よ」同僚が励ましても、恵には何にもならなかった。
それから数日間がたったが、相変わらず忠明からの連絡はない。 城北署も警視庁と相談して対応したが、極秘捜査に徹することで話がまとまり、マスコミ発表を抑えている。 それに、忠明が張り込んでいたサラ金会社への囮捜査も決まったが、危険が伴うので、誰でもいいとは行かない。
中尾は考えた末に恵に白羽の矢を立てた。 「いいか、これは危険な仕事だ。しかも、1人でやらなければいけない。誰も助けには入れないからね」 「わかっています。忠明さんの為ですから私が囮になります…」 「そうして貰えれば助かる。我々もできるだけの事はするよ」 こうして、恵は囮捜査をする事になった。
捜査が決まると、恵はアパートを変えた。 家具はそのままにして、必要最小限だけを持ち、中尾達が監視しやすいアパートに入居した。 「いいか、これが恵君の経歴だよ。よく読んでおいてくれ」 「良く作りましたね。こんな経歴まで作って」感心して読んでいく。
「OLか、倒産した会社のOLね?」 「そうだ、それでやってくれ。それから、困った事があったら、佐藤君に聞いてくれ」中尾は愛子を紹介する。 「よろしくお願いします」挨拶を済ますと、さっそく、失踪直前まで張り込んでいた小西金融に向かった。
「個人会社の割にはずいぶん立派ね」ドアを開けて中に入っていくと「いらっしゃいませ」女性店員が笑顔で出迎えた。 「あの、お借りしたいんですが…」 「身分を証明する物をお持ちですか?」 「免許証と健康保険証がありますが…」 「それでしたら、こちらでお待ち下さい」区切られた部屋に入れられ(以外と丁寧だわ。でも、問題はこれからだし…)置かれている注意書を読んでいく。
「お待たせしました。早速、調べさせて頂きます」現れた男性はジャニーズ系統で、そんなに酷い顔ではない。 男は次々と質問して「お客様でしたら50万が限度ですね」金額が提示された。 「それだけでもいいです。お貸し下さい」 「わかりました。ここにサイン願います。それから、契約内容も読んで下さいね」 「はい、帰ったら読みます」渡された金を持って、急いで店を出た。
「さてと、これで買い物しないと」越したばかりだから、必要な物がいっぱいある。 まして、家材を置いてきたからなおさらで、テレビ、冷蔵庫と大型商品を買いまくった。
「あら、もうこれしかないわ。高級服を買おうと思ったのに…」愚痴を言いながら、安物の衣料品を買い、アパートに戻ると愛子と連絡を取り合う。 「とにかく注意してね。相手はヤクザだから」 「わかっています」愛子からも注意され、警戒を怠らない。
それから10日ほどして電話が掛かってきた。 「え、まだ期限は来てないわよ。返済は20日のはずよ」 「そんな事ありません、契約書をよくご覧下さい。それに、10日を過ぎますと、利息が倍になりますから注意して下さい」
「そんな事聞いてないわよ。これじゃ詐欺よ!」 「そんな事言われても困ります。とにかく、10日にお越し下さい」いくら言っても無駄だった。 「思った通りだわ。後は相手がどう出るかね」また愛子と連絡を取って事情を話した。
翌日、恵は小西金融を訪ねると「なに、返せないだと。ふざけるな!」借りた時とは打って変わった態度になっている。 「そんな事言われても、返せないのは、返せません!」 「ふざけるな!」業者は暴力的な言葉で威圧してくる。
そして、男と一緒に別な業者に行き、金を借りて返させられた。 こうして、2ヶ月間で50万を借りたが、サラ金業者間を点々とさせられ10倍の500万になってしまった。 それでも業者が返済を迫り、また小西の所から借りるハメになった。
「何、500万ですか?」相手は驚いた顔だ。 「そこを、何とかお願いします」頭をテーブルにつけて頼み込む。 「私の一存では無理です。社長に相談します」社員と入れ替わって、社長の小西が現れた。
「返す当てはあるのか?」顔を合わせるなり言う。 「ありません。会社も倒産して失業保険でやっていますから…」その言葉に小西の目が輝いた。 「だったら、内で働け。クラブもやっているんだ!」
「クラブですか?」 「そうだ。寮もあるからアパート代も浮くしな」 「それで、お借り出来るんですか?」 「内で働くのが条件だ。それなら立て替えてやる!」
「お願いします。一生懸命働きますから」 「いい心がけだ。明日にでも引っ越ししろ!」 「そんな急に言われても…」 「大丈夫だ、社員が抜け目なくやるから」 こうして、恵は忠明が張り込んでいた小西金融に潜り込む事ができた。
翌日、小西の言葉通りに作業服を着た男達が数人現れ、慣れた手つきで家具をトラックに詰め込み去っていく。 「後はお任せ下さい。これにサインと捺印して貰えれば、手続きはこちらでします」電気やガスなどの停止書類だ。 恵はそれに記入して(これで、愛子さんとの連絡が取れにくくなるわ)そんな心配を抱きながら、社員の運転する車に乗り込み、新居へと向かった。
車は混雑する道路を避けながら、郊外へと向かって走って行く。 「寮は町中じゃないの?」 「冗談をおっしゃって。土地の高い町中は無理だから郊外にあります。それに健康的ですからね」 「そうよね。排気ガスを吸いながら何て、健康に良くないしね」納得の様子だ。
車は1時間ほど走り、住宅が点々としている道路を走っていく。 「ほら、着きましたよ」塀に囲まれた家が目に入った。 「刑務所みたいね」 「泥棒よけですよ」そう言いながら、唯一の出入り口から入った。
「まだ、荷物は届いていないのね」 「もうすぐ届きますから、安心して下さい」恵を降ろすとまた走り出し、それと同時に、門が閉まった。 (厳重だわ。これじゃ、連絡も無理だ。後は私1人でやらないと…)不安が高まっている。
恵が玄関のチャイムを押すと(こんな事をするなんて、よほど訳があるのね)覗き窓から恵を見ている。 「ガチャ!」ドアが開き「これからお世話になります前川百合です」恵は捜査用の偽名を名乗った。 「ああ、あなたが新しい人ね。とにかく入って!」恵が入るとドアが閉められ、しっかり施錠される。
「こっちよ、こっちへ来て!」案内されたのは広間だ。 「大きい屋敷ですね。私の部屋はどこですか?」 「部屋はないわ。最初は地下牢よ」 「冗談は言わないで。地下牢だなんて、ドラマでもあるまいし…」 「そのドラマと同じのがあるのよ。いらっしゃい」女性に案内されて地下に行くと、鉄格子で区切られた部屋があり、そこには生まれたままの姿で両手を鎖に繋がれた女性がいた。
恵はそれを見るなり「いや~!」と悲鳴を上げた。 「これくらいで驚いちゃダメよ、もっと奥に行くのよ」恐る恐る歩くとまだまだ鉄格子があり、覗くなり「キャー!」悲鳴を上げて座り込んでしまった。
無理もなかった。 全裸で両手を鎖で縛れたまま天井から吊された女性がおり、しかも、全身に赤い筋ができて、赤い筋からは血が滲み、気を失っている。 顔も殴られたらしく、アザが出来ている。
「おや、漏らしたね。無理もないわね、これを見せられたらね」慣れた手つきで、恵が濡らした床を拭いていく。 「こ、こんな事犯罪よ。いけない事よ」顔をブルブル震わせながら言う。 「そんな事、私の知った事じゃないわ。とにかく、あなたもこうなるのよ」
「イヤ。私はイヤ!」そう叫び、戻ろうとしたが、正目には覆面をした男性が立っている。 「退いて、退かないなら、打つわよ!」 「あら、おてんばな方だわ。治郎兵衛、相手しなさい!」治郎兵衛と言われた男が身構えた。
(武道の経験者だ。脇が締まって隙がない!)合気道有段の恵でさえ躊躇している。 その瞬間「いや~!」腕が掴まえ倒され、更に当て身を喰らい「うっ!」意識が遠退いていく。
どれくらい時間が立っただろうか、やっと恵の意識が戻ってくると「あら、やっと意識が戻ったのね」まだ若い女性がいた。 「あの~。あなたは?」
「私は八重というの。あなたの名前は何というの?」 「前川百合です」そう言って起きあがったが「いや~!」恵が毛布を退けると、一糸まとわぬ全裸だった。 慌てて毛布を被ると、先程の女性が現れた。
「お嬢様、旦那様に見つかったら、私が怒られます!」 「久美は心配しないで。全て私の責任でやるから」仕切っていた女性は久美と呼ばれた。 「久美さん。私はどうして裸なの?」 「服は必要ないのよ。ここに入ったら裸で暮らして貰うの」
「そんなの酷い。誰かに見られたら、どうするのよ」 「そんな心配ないわ。それより、着ていた服は洗濯して置いたわ」 「ぱ、パンティもですか?」 「勿論よ。お漏らししたんだから、洗わないとね」恵の顔が真っ赤になった。
「裸はいいとして、荷物は届いていませんか?」 「そんなの来る訳ないわよ。あれは、みんな売られて借金の棒引きになるの」 「そんな酷い。昔の思いでだってあるのよ。服だって、思い出が…」声をあげて泣きだした。
「泣いてもダメよ。それより、体を調べるから来なさい!」毛布を捲り上げた。 「いや、いやです!」それと同時に久美の手が恵の顔を打つ。 「いい加減にしなさい。あなたは借金が返せないから、ここで暮らす事にしたんでしょう。イヤなら、今すぐ返しなさい!」
「無理です、返せたらこんな所まで来ません…」 「だったら、素直にしなさい。そして、ここで教育されれ一人前になるのよ」 「クラブで働くのに、教育なんて必要ないはずよ!」
「あら、それは違うわ。一人前って大変な事なのよ。そう簡単にはなれないの」八重は目を輝かせて恵の乳房を撫でていく。 (もしかして、八重さんはレズでは?)慌てて手を押さえて立ち上がった。
「あら、ヘアは大目なのね。羨ましいわ」今度は絨毛を触りだす。 「お嬢様、そこまでです。後は私と治郎兵衛がやります」 「久美。見ているだけならいいでしょう?」
「でも、お嬢様が見る物ではありませんから…」 「邪魔しないから見せて!」八重は久美を口説き落とし「来なさい」恵は八重に連れられ、更に奥の地下へと向かった。 次頁
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