1.失意のどん底で旧友に再会

「田島さん、もうカンバンですから……」
「……あ、ああ……すみません」

 行き付けのスタンドバーでママに起こされた俺は、自分がぐでんぐでんに酔い潰れていたことに、なかなか気付かなかった。

「珍しいですね。何かおありになったんですか?」
「……まあね……」

 身長180センチ、体重100キロを超える巨漢の俺は、少々の酒で乱れることは、まずない。この店でこんな醜態を見せたのも初めてのことだ。だからママも心配してくれたのだが……

ーーヤケ酒を呷ってる場合じゃねえのに、何やってるんだ、俺……

 ズキズキと痛む頭で、改めて今日の出来事を思い返すと、目の前が真っ暗になる思いだった。職を失って、まずは明日からどう食い繋いでいけば良いのか算段が必要だ。確かに飲み屋で大酒を呷って酔い潰れてる場合ではないのだ。ママに今日の勘定を尋ねて、財布の中の持ち合わせでは間に合わなかったのでツケにしてもらったが、それを払うアテすらない。次の給料日が来ても、俺には何の支払いもない。クビになったのだから当然だ。それもただのクビではなく、俺が雇われていた高校の理事長の逆鱗に触れ、追い払われるように厄介箱になったのだ。退職金のような気の利いたお金もあるわけがない。正にお先真っ暗と言って良い状況だった。

ーー愛華さん……くそう! くそう!

 だが失職しただけならまだ良かった。俺にとってより深刻なダメージだったのは、恋人の女性まで失ってしまったことだ。そう、恋人だ。その女性、木村愛華さんは俺が体育教師として雇われていた山川女子高校の国語の教師だ。女性との付き合いの苦手な俺が、40歳を過ぎて初めて真剣に交際していたと言うのに。実際俺は、近い将来プロポーズしようと心に決めていたのだ。愛華さんも30台半ばで、恐らく受け入れてくれるに違いないと、俺は勝手ながら思い込んでいた。

 だが、俺のはかない夢は、今日はっきりとついえてしまった。それはもう完膚なきまで無残に。山川理事長の、最後の言葉が脳裏に浮かんだが、当分俺の頭から消えてくれることはないだろう。もしかしたら一生トラウマのように痕跡として残るのではなかろうか。

「……と言うわけで、君との契約は本日を持って打ち切りとする。全く見損なったよ、田島君。我々の前から一刻も早く姿を消し、二度と愛華に近寄らんでくれたまえ」

ーーうう……一体俺がどんな悪いことをしたと言うのだ? ただの平教師が、理事長の義理の妹と付き合うのは許されないことなのか? そんな、そんな……

 俺はその時、愛華さんとの交際を知って激怒する理事長に何も言い返すことが出来なかった。同席していて、いつものクールな眼鏡の下の無表情な美貌で俺を見ていた愛華さんの姉に当たる木村校長は、一体どんな目で俺を見ていたのだろう? 理不尽(と俺には思われた)な言いがかりを付ける、彼女の夫である山川理事長の権力におもねって、ただ一言の抵抗も口に出来ない虫けらのように情けない俺のことを、やはり妹の結婚相手にはふさわしくないと見切りをつけただけのことだったろうか?

 確かに俺は柔道しか取り柄のない役立たずな人間だ。小学校の頃から続けた柔道に打ち込み、国体で入賞するまで上り詰めた。だが、それは何の役にも立たない肩書きで、内向的で人付き合いが苦手な俺は、極度の口下手も災いして40歳まで定職にも就けず、親元で暮らして時々日雇いの肉体労働をやる程度だったボンクラだ。そこを柔道部の強化を狙った山川理事長に拾われ、体育教師として雇われたのだ。もちろん教員免状も持たず、経験もなかったが、この高校の権限一切を取り仕切っている理事長が、強権を発動して採用してくれたもので、俺が理事長に頭が上がらないのも当然だろう。

 だから今日突然、理事長の妻である校長と共に理事長室に呼び出され、愛華さんと真剣な交際をしていることを認めた途端理事長に激怒され、いきなり解雇処分を申し渡されたのは、天国から地獄に突き落とされたような悪夢の出来事だったのだ。

「タクシー呼びましょうか?」
「ああ……い、いや、今日はいい……」

 タクシー代すら持っていないのだ。俺は残酷な現実の前に、ますます胸ふさがれるような辛い思いを噛み締め、俺がいるために店をお開きに出来ないママに申し訳ない、と下らないことを考えていた。その時だった。俺1人しかいないと思っていた店内で、もう1人チビチビとグラスを傾けながら様子を伺っていた男が、声を掛けて来たのは。

「なあお前、信一じゃないのか?」

ーーえ!?

 俺はそのでっぷりと太った小柄な男に見覚えはなかった。なのになぜ俺の名前を知っているのだ? 俺がいぶかしんでいると、その男は名前を名乗った。

「貫太だよ、黒岩貫太。小学校で一緒だっただろ?」
「貫太か……」

 俺は思い出したが、残念ながら気持ちが沈んでいるので声は弾まない。それどころか、昔仲の良かった黒岩貫太に再会してもほとんど何の感慨もわかなかった。だが、貫太の方はニコニコと上機嫌で俺のそばにやって来る。小柄だが肥満体で腹がぽっこりと突き出ている様子は、布袋様のようだと思った。コイツ昔はやせていたから、初めなかなか気付かなかったのだ。実の所コイツに会うのは小学校以来だと思うが、その頃はとても仲が良かった。貫太は俺に、せっかくだからこの後付き合え、と言う。俺は正直億劫だったが、もう明日から仕事に行くわけじゃなし、昔の親友に付き合ってやることにした。が、問題は財布の中身だ。

「悪いけど、金は持ってないぞ」
「何、心配するな」
「実は、リストラされちまってな」
「よくあることさ、ハッ、ハッ、ハッ……」

 俺は半ば自棄になっていて、失職してしまったことを思い切って打ち明けたのだが、貫太はその言葉通り、そんなことどうってことないさ、と言わんばかりに笑い飛ばしやがった。コイツは昔からそうだ。小学校ですでに人より頭1つ高い巨体だった俺は、性格的には内向的で神経質。貫太は反対にひょろっとしたチビだったが、明るく社交的なやつだった。要するに見た目も性格も対照的だったのだが、なぜかとても良くウマが合い、一番の親友だったのだ。

 時刻はまだ12時を少し回ったくらいで、次に行った居酒屋で俺たちはこれまでの互いの人生を語り合った。正確にはよくしゃべる貫太の方が、まず一方的に自分の身の上を話したのだが、それは凡人の俺には思いも付かない驚くべきものだった。

「俺の親父ヤクザだろ。だからさ……」

 そうか。小学校の頃はさほど気にしていなかったが、俺たちの住む町は暴力団関係者が多く、貫太の親もそうだと言う噂だったな。何度か家に遊びに行ったことがあるが、割と大きな一軒家だったからチンピラでなくそれなりの地位だったのではなかろうか。別に変わった家ではなかったが、お母さんが着物でケーキを持って来てくれたのでビックリした記憶がある。

「実は中学校もまともに行ってないんだ……」

 仲が良かったくせに、コイツとの思い出が小学校までで途切れているのは、そう言う事情だったのか。貫太は将来親の跡を継ぐべく、中学もロクに行かず修行させられたのだと言う。ヤクザの修行がどんな代物なのかわからないが、同年代の友人と遊べず、次第に嫌気がさして来た貫太は親に逆らい家出する。

「まあ、後から思えば、親父は俺の反抗もお見通しで、ずっと手下に見晴らせて遊ばされてたんだよな。でなきゃのたれ死んでたかも知れねえよ……」

 その後の話が凄い。家出しても生活する術を持たない貫太は、何と自分から売り込んでホストになったと言うのだ。

「ホストって……本当か?……」

 俺がヤツの太鼓腹をまじまじと見つめながらそう反応すると、貫太は笑いながら答えた。

「その頃はやせてたんだよ!」

 ううむ。確かに昔と体型は違うのだろうが、俺の頭にある「イケ面」と言うホストのイメージと貫太はどうしても重ならない。明るく面白いキャラだから女子にも人気があったが、顔はどう見てもお笑い系で、まだ俺の方がマシだと思ってたくらいだ。するとそんな俺の気持ちを見透かしたように貫太は言う。

「あのなあ、ホストと言ったって皆が皆イケ面じゃねえんだよ。俺は若さと明るさでお笑い系のホストとして売り出したのさ……ま、わかるだろ、親父の差し金だったんだ。ああ言う業界とか風俗関係なんかは、全部ヤクザと繋がってるんだ。だけど、おかげでずいぶん女とヤラせてもらって、いい思いをしたよ。親父の思惑通りとも知らず、毎日女の歓ばせ方を研究して、修行した」

 お笑い芸人は女性にとてもモテるらしいから、案外「お笑い系ホスト」と言うのも通用するのかも知れない。その通りだとすれば実に羨ましい話だ。それに比べて、40を過ぎても童貞と言う俺の人生は、何と悲惨なのだろう。俺はヤツのホスト話を聞いて、嫌な表情をしていたらしい。貫太はここで俺の肩をいきなり叩いて言った。

「どうした、そんな暗い顔をして……ははん、女か? リストラされただけじゃなくて、女のことでも悩んでるんだろ。後で聞いてやるよ。お前どうせ独り身だろ?」

 貫太は実に鋭かった。やはりホストをやっていたと言うだけあって、万事鈍感な俺と違い人間観察に長けているのだろう。俺が、ああ、と生返事を返すと、ヤツはさらに自分の身の上話を続けた。若い頃は大人気だったらしい貫太だが、30歳を過ぎた頃から次第に通用しなくなり、お払い箱になる。そこでずっと「遊ばせて」いた暴力団から再び声が掛かり、結局親父さんが幹部を務める組の「調教師」として収まり今に至るのだと言う。俺は情けない童貞だが、女性への興味は人一倍強い方だと思う。いつの間にか大いにヤツの話に引き込まれていた俺は質問した。

「調教師って、何をやるんだ?」
「そりゃお前、ワケあり女の調教さ。例えば、旦那が借金でクビの回らなくなった奥さんを、金を作るために風俗で働かせるとする。だが変に貞操観念を持ってたりすると使い物にならない。すると組に連れて来られて、俺がこってりかわいがり、セックスが大好きなスケベ女に調教してやるんだ」
「なるほど」
「興味あるだろ? 実は今も調教してる女がいるんだ。良かったら、見に来てくれよ」
「いいのか?」
「ああ。実はそうしてもらうと俺も助かる。女ってのは、えっちしてる所を別の男に見られると、より一層興奮するもんだからな」

 泥酔していたにも関わらず、ヤツの話を聞きながら俺はズボンの前をはっきりと膨らませていた。貫太はそれを観察して俺を誘ったのかも知れない。酔い醒ましにゆっくり歩いて行き、その道すがら今度は俺の話を聞かせることになった。貫太は店の支払いをしてくれたのだが、その時出した札入れは随分分厚かったので、暴力団の調教師と言うのは羽振りが良いらしい。

 貫太から突っ込んだ身の上話を聞かされ、今から調教師としての仕事現場まで見せてくれることになって、俺も昔のようにコイツに心を開く気になり、情けない人生と今置かれた状況を包み隠さず語っていった。貫太も相槌を打ちながら熱心に聞いてくれ、一通りのことを聞き終えると言った。

「そうか。エライ目に遭ったわけだ。で、その女とよりを戻したいんだな? 俺が手伝ってやるよ」
「いや、そこまで考えちゃいないよ」
「どうして? このままじゃお前、ただの負け犬だぞ」
「別に彼女と婚約してたわけじゃない」
「プロポーズするつもりだったんだろ?」
「受けてくれるかどうか、わからないし」
「煮え切らないヤツだな! 悔しくないのか、寝取られたようなもんじゃないか」
「い、いや、その……」

 寝取られ、という言葉に俺は動揺を隠せなかった。頭の中の妄想では幾度となく愛華さんを犯しているが、現実にはキスをしたことすらないのだ。なのに俺は、何度かデートを重ねただけで、愛華さんも俺を愛しているに違いないし、プロポーズすれば受け入れてくれるだろうと勝手に考えていたのだ。はたから冷静な目で見れば、とんだピエロではないか。

「まさか、その女を抱いてもない、と言うんじゃないだろうな?」
「いや、そのまさかだ。笑うなよ、俺は童貞だからな」
「そうか……」

 俺は自己嫌悪に陥って、童貞だと言う恥まで告白したのだが、意外にも貫太は笑ったりせず、逆に真剣な表情になった。俺は昔の親友が、俺のことを思いやって傷付けないようそういう態度を取ってくれたのを感じ、胸が熱くなる。やっぱり持つべき物は親友だ。

「じゃあ、俺がお前にその女を抱かせてやるよ。晴れて童貞卒業だ」
「……無理だろ」
「任せなよ。ダテにこんな仕事やってるわけじゃない」

 そこまで話したところで、ヤツの仕事場だと言う、老朽化したアパートにたどり着いた。



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作者二次元世界の調教師さんのブログ

女子校生を羞恥や快楽で調教するソフトSM小説が多数掲載。
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