もえもえ 発火点

Shyrock作



第39話「蠱惑的な光を灯す女」

 このまま安穏ともえもえを一平と過ごさせてよいものだろうか。
 何らかの報復をして、もえもえに思い知らせるべきか。
 則子の言葉に便乗してみたい衝動が俊介の心の中に沸々と沸き起こった。
 俊介は則子が提案するリベンジに大きく心が揺れた。
 頭の中で天使と悪魔が争っていて錯乱しそうになっていた。

(あぁ、これじゃ仕事が手につかないや……。いや、私事を仕事に持ち込んではならない。仕事が終わってからゆっくりと考えることにしよう……)

 仕事に没頭することで、一時的に気持ちを切り替えることに成功した。
 仕事の帰り、俊介は一人でカフェに立ち寄ることにした。
 注文した飲み物はいつもと違ってカフェラテであった。
 今日は何故かブラックコーヒーを飲みたくなかった。
 まろやかな味わいのカフェラテを飲みながら一人想いに耽った。

(報復なんて馬鹿げたことはやっぱり止めよう。もえもえの打ちひしがれている姿を想像するのはやっぱり辛いもの。仮に報復が成功したとしても後味が悪いからな。今はすごく憎いけど、一頃は僕を真剣に愛してくれていたことは紛れもない事実だ。そんな女性に報復なんてしてはいけないよ……)

◇◇◇

 もえもえは俊介と別れたことを一平に伝えた。
 俊介が「別れることを了解してくれた。後々尾を引くことはない」とも付け加え、一平を安心させることに努めた。

(俊介と別れたんだから、一平とデートすることに気兼ねをする必要がなくなったわ)

 最近ずっとドロドロとした俊介との別れ話で神経をすり減らしていたもえもえは、まるで水を得た魚のように一平との放蕩に明け暮れた。
 外でデートを楽しんだ後、彼のマンションに寄り身体を重ね合うという日々が定着しつつあった。
 残業等で帰りが遅くなった場合は、会社からそのまま彼のマンションに直行することもあった。
 元々もえもえは『セックスは自宅のみ』というケチ臭い男性を好まなかった。
 ただし今は付き合い始めてあまり日が経っていないこともあり、愛し合えるなら場所はどこでもよく、現時点でもえもえが不満を募らせることはなかった。
 確かに頻繁にラブホ通いしていると一平の給料では厳しいものがあり、自宅セックスは事情やむを得なかった。
 
 もえもえは一平と会うたびにセックスに没頭した。
 その激しさは一平をして驚嘆させるほどの凄まじいものであった。
 まるで遠距離恋愛で溜まっていた憤懣やるかたない気持ちをぶちまけるかのように、昼夜問わずセックスに明け暮れることもあった。
 元々人一倍女好きの一平としても、そんなもえもえに不満を抱くわけがなく、むしろ自分への激しい愛の表現と解し、一層もえもえへの情を深めていった。
 男というものは誠に勝手な生き物で、大好きな女性が相手なら自分に対してはいくら淫乱になっても構わないと思うものである。
 遊び人の一平ではあったが、俊介という一人の男に目を向けているもえもえを、自分の方に振り向かせることが大きな目的であったが、自分の方へ振り向かせた後も、彼女をぞんざいにすることもなくひたすら愛した。
 不純な動機から始まった恋であっても、純粋なものに変化するということもあるのだ。
 言い換えれば、遊び人の一平を変貌させてしまうほど、もえもえが類まれな蠱惑的な光を灯す女ということになる。
 ただその魅力は、真の女としての魅力とは少し異なり、『男への媚び』から生まれた妖しき幻影ともいえた。
 もえもえは自身を時々『小悪魔』と称していたように、危険な魅力を持ち併せた女であることを自覚していたといえるだろう。

◇◇◇

 社内恋愛は社内では露見しないことが望ましい。
 社内恋愛禁止という規則を設けている企業はむしろ珍しいといえるだろう。
 ただし企業というものは公私の分別を重要視する傾向がある。社内恋愛をしてはいけないという規則はないが、社内の風紀を乱すような行為を極端に嫌う。
 愛し合う二人が結婚まで至ればよいが、別れた場合に気まずさが残り仕事に支障をきたすこともあり得る。
 それに日本の企業には社員同士で結婚した場合、女性が退職することが不文律になっている企業がまだまだ多く存在する。
 もえもえたちが勤める福博ホールディングスも例外ではなかった。
 そんな会社の不文律を知っているもえもえと一平はできる限り目立たないように行動した。
 とりわけ職場では二人が恋人同士であることをおくびにも出さないように努めた。
 飲み会に参加する機会があって「恋人はいるの?」と問われても「いない」と答えるようにしていた。
 仮に「いる」と答えた場合、「それは誰なの?」とさらに追及される可能性もあり、それが原因でボロを出す事も考えられたので、もえもえは一平のことをひた隠しにした。
 その甲斐あって、社内では親密にしている一部の女子社員を除いては、もえもえと一平の交際が漏れることはなかった。




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