第35話「幻の関西旅行」
『君は8月26日にこんなメールを僕に送って来た。一度読み返してほしい。
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俊介~ こんばんわんわん♪
今度はわんわんスタイルが良いなあ~(ってなんの話だ~?)
今日、会社がえりに切符、取ってきたよー!
9/15 福博発ひかり362号 8時39分→11時22分新逢坂
4号車 2-D
9/18 新逢坂発ひかり389号 17時58分→20時45分福博
ってなかんじ♪
最終日、意外と早かったなあ…
もうちょっと遅くしても良いかも
次の日お休みなので♪
とうとう、目前って感じ~
早くあって、かおを見て、お話したいな☆
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こんなメールを僕に出してから、その2週間後に君は彼に抱かれた。
どうして短期間でそんなに変われるの?
君が僕に送ったこのメールは一体何だったんだ?
悪ふざけか?
君の人間性を疑わざるを得なくなったし、
また今回の件で、僕は人と言うものを信じられなくなってしまった。』
このメールに対してもえもえは返事をしなかった。
いや、できなかった。
俊介の語る言葉に偽りはなくもえもえに弁解の余地がなかったから。
その後も俊介の憤りは治まることなく、幾度となく電話をかけた。
だけどもえもえが電話に出ることはなかった。
(もえもえ、もう君に戻ってきてくれなんて言わない。いや、もう戻らなくてもよい。しかし最後ぐらいきっちりと僕に説明をしてから別れを告げて欲しかった。それが人としての誠意と言うものではないのか。もえもえ、君には優しさと言うものが欠片ほどもないのか……)
9月14日の土曜日、本来ならもえもえが俊介に会うために関西を訪れていた日であった。
まさかこんな状況で訪れることになろうとは。
(本当は今頃もえもえと会っていたはずなんだけどなあ。僕と会う必要がなくなったのでたぶん彼と会っていると思う。ああ、悔しいなあ……)
一旦は携帯を握った俊介だったが、電話を掛けずに立ち尽くした。
いくら掛けてももえもえは電話に出てくれないのだから。
掛けるたびに聞こえて来る機械的なアナウンス。
俊介は自分がどんどん惨めになって行くような気がした。
(でももう一度だけメールしてみよう。どうせ返事は来ないだろうけど)
昼頃、俊介はもえもえにメールを書いた。
『Subject: 君に人間としての誇りがあるなら
君に僅かでも人間としての誇りがあるなら、
人間としての心があるなら、
もう一度、僕に自分から電話をして、
きっちりと説明をしたうえ、気持ちを込めて謝るべきだと思う。
自分のとった行動の無責任さ、ふしだらさを……
でなければ、この8ヵ月、僕たちは無駄に過ごしたことになる。
最後にもう一度、誠意をみせてくれ。
俊介』
電話には出ないもえもえだが、同日昼頃、俊介の元へ1通のメールが届いた。
『Subject: あるよ。
あるけど、あるからなおさら
中途半端なやさしさはなげかけたくないだけ。
お互い辛いだけでしょう?
それでもいいというなら今夜お話しましょう。
もえもえ』
「今夜お話しましょう」ということは、午後もえもえには約束があるという意味でもあった。
このタイミングならばおそらく相手は一平であろう。
だが俊介はいまさらそれを聞く気になれなかった。
夜になってももえもえからの連絡はなかった。
俊介は気を紛らわせるために詩を書いた。
そしてもえもえに送った。
『“バーバリー手帳”
就職祝にプレゼントしたバーバリー手帳に
君はこれから 何を綴っていくのだろうか
彼との約束時刻や待合わせ場所を
血の色シャーペンで記していくの?
薄氷のような愛と淫らな性の記録を
小悪魔色に染めていくの?
‘こころ’を持たない君ならば
悠然と綴っていけるだろうね 』
このような嫌味たっぷりの詩への返事は当然なかった。
夜更けになって俊介はまたメールを書いた。
『Subject: 前日の甘い言葉の心のうち
ひとつ聞きたい。
彼に抱かれたのは9月8日。
その前の日、そして2日前の日。
僕にどうして甘えた言葉を発することができたのか?
「しゅんすけ~」……
それから、寝る前に電話キスができたのか?
君は心と態度と違うことができるのか?
その時、すでに彼のことを想っていたなら
2人の男に媚びていたことになる。
その辺りをきっちりと説明して欲しい 』
おそらく返事は来ないだろうとたかをくくっていたが、意外なことに直ぐにもえもえから返事があった。
『Subject: 二人の男に媚びてた。
そうね。媚びていたかもしれないね。
でも、前から彼の事は先輩として良く思ってたし、そこにきて友達に対しての俊介との意見の食い違いにあって、よりいっそう彼に心が傾いた。
俊介のこと嫌いじゃなかったけど、かれの事のほうがもっと好きになったの。
本当にごめんなさい。
もえもえ』
短くはあったが、もえもえが自分の行為を初めて認めた内容のメールであった。
俊介は「彼のほうが好きになった」と改めてもえもえから告げられたことに落胆の色は隠しきれなかったが、彼女が自身の所業を嘘偽りなく語ってくれたことによって一応留飲を下げることができた。