第27話「一平のマンション」
「本当はスキンなんて着けたくないんだけど、もえもえから『着けて』と頼まれたら着けないわけにはいかないからな。今回は初めてなので彼女に従っておいた方が無難だからね。でも慣れてくればガンガンと中出ししてやるからな。わっはっはっは~」
初めのうちは紳士に徹し、相手のことを気遣っているように見せておく。
そしてこちらの手中に落ちれば、おもむろに本性を剥き出しにしていく。
その頃は相手も自分に夢中になっているはずだから、こちらの注文も聞いてくれる。
一平もすでに29才。
それなりに女性との経験も重ねてきた。
人並みに女遊びもしてきた。
一平が過去の恋愛から培って来た恋愛哲学とは、そう言った一種の『順応性蟻地獄学』であった。
つまり、好きな女性と付合っていく間に、相手の異性に対する好みを理解して行き、相手の理想とする男性を演じ切る、そして手中に落ちた後は自身の本性を徐々に出して行く。
相手が「こんな人ではなかったはず」と自分が落とし穴に落ちたと気付いたときには、すでに穴から這い上がれなくなってしまっている……と言ったプレイボーイがときおり使う一種の高等テクニックであった。
まだまだ人生経験の浅いもえもえが、そんな男の術中に落ちたとしても何ら不思議ではなかった。
ましてや寂しさが募る日々を過ごしていればなおさらに。
◇◇◇
一平が約束の場所に到着したとき、すでにもえもえは来ていた。
ダーク系のキャミソールの上に薄手のニットを羽織り、下は同じくダーク系のパンツという装いであった。
もえもえを乗せたワゴンは扉が閉まるとすぐに走り出した。
「待った?」
「ううん、私も今来たところよ」
「もう4時だしあまり遠くには行けないね。近くをドライブしようと思うんだけどいいかな?」
「任すわ」
「この近くでお茶する?」
「今はいいわ。出る前にコーヒーを飲んできたの」
「あ、そうなんだ。じゃあ東平山公園辺りまで走るね」
そのとき、もえもえはハンドルを握る一平をじっと見つめポツリとつぶやいた。
「一平……?」
「ん? なに?」
「私のこと好き?」
「もちろんだよ。大好きだよ」
一平から満足のいく返事を得られたもえもえはにっこり微笑んだ。
「もえもえ?」
「ん?」
「もし良かったら今からオレの家に来ないか?」
「え? 一平の家に?」
一人暮らしの男性が女性を誘う。
それがどのような意味を持つのか、もえもえは十分に理解していた。
もえもえは即座に返事をした。
「一平の家、ぜひ見てみたいわ」
「狭いところだけどいいか?」
「いいよ」
「掃除もあまりできてないよ」
「もしかして洗濯ものが一週間分溜まってるとか?」
「一週間分? そんなに甘くないよ。一か月分!」
「うそ! 1か月分溜めるなんて!?」
「ははは~、冗談だよ。そんなに溜めるわけないじゃないか。家にカビが生えてしまうよ~」
「あぁ、びっくりした……」
「驚かせてごめんね。もえもえが来るかも知れないと思って、一応掃除はしておいたから」
「そうなんだ。ありがとう」
「あ、そうそう、途中、おやつを買っていこうか? 何か食べたいものある?」
「うん、ヨーグルトが食べたいな~」
会ってすぐに家に誘ってきた一平、それは直球の誘いと言えた。
通常、男性の気持ちがいくら昂ぶっていても、一応体裁を整えるため、ワンクッションどこかへ遊びに行き、その帰りにさりげなくホテルに誘うというのが常套手段と言えるだろう。
ところが二人には昨夜からの伏線があった。
車内で愛撫まで発展し、もしも警備員がやって来なければ、おそらく二人は結ばれていただろう。
言うならば一触即発の間柄と言っても過言ではなかった。
とは言え、いくら直球勝負の一平であっても、まさか会って直ぐに「ホテルに行こう」とは言えないので、体よく自宅に誘ったというのが真実であった。
『ホテルへ行く=セックスをする』の法則は成立するが、『家へ行く=セックスをする』の法則は成立しない。
つまり『家』に遊びに行くことが、『セックスをするために訪問する』とは限らないということだ。
二人の現在の状況から考えれば大差ないのだが、対外的には「家には行ったがセックスはしていない。たまたま家に行っただけ」と言い逃れができる。
すなわちもえもえは『家』という免罪符に誘われて一平の家に行こうとしているのだ。
◇◇◇
途中立ち寄ったコンビニから一平が住むマンションまではわずかな距離であった。
マンションは会社が単身者用に借上げていて間取りは1DKであった。