第24話「白黒つけないと気がすまない執着男」
すらすらと答え始めたもえもえ。
俊介が質問の矛先を変えたことが功を奏したようで、もえもえはすらすらと答え始めた。
「そうなんだ、彼のクルマでね……」
まるで警察の尋問のようにもえもえを問い詰めることに、俊介は自身に嫌気がさしたが、今さら途中でやめるわけにはいかない。
(最後まで聞くしかない……たとえ耳を塞ぎたくなるような話が飛び出しても……)
「ずばり聞くけど」
「……?」
「彼と……エッチしたんだろう?」
「してないよ」
もえもは即座に否定した。
「本当に?」
「本当よ」
「信じていいの?」
「うん、本当にしてないよ」
「一線を越えてないって言うんだね?」
「うん」
「プラトニックラブだって言うんだね?」
「うん」
「じゃあ、彼を忘れてよ」
「……」
「肉体的な繋がりがなければ別れるのは難しくないだろう? 彼のことを忘れて」
「それは、無理かも……」
「どうして?」
会話は堂々巡りとなってしまい、俊介のがんばりも空しくまったく進展はみられなかった。
重苦しい空気のまま時間は流れ、二人とも疲労の色は隠し切れなかった。
「これだけ説得してももう戻れないって言うなら別れるしかないね。これでもうさよならだね」
「うん……ごめん……」
「で、今度の連休のことだけど、予定どおりこちらに来るんだろう? もう一度最後に笑顔を見せてくれるんだろう?」
「うん……行くよ」
「そうか、来てくれるのか。じゃあその時、ゆっくりと話をしよう」
「うん、そうね」
「じゃあね」
「うん……」
電話を切って時計を見るとすでに1時を廻っていたが、俊介はとても眠る気になれなかった。
(もえもえから別れを切り出されたのに、どうして僕はもっと粘らなかったのだろうか? 彼女のことを本当に好きじゃないのか? 彼女が好きなら明朝一番の列車に乗ってでも彼女に会いに行っても良いものを……。彼女は僕と会うことを拒まないだろうし、熱意を込めて語れば元に戻ってきてくれるかもしれない。なのに、どうして僕はそうしなかったのだろうか……)
俊介は分かっていた。
この恋を無理して続けたとしても、いつかはきっと破局が訪れるであろうことを……
人はせっぱ詰まったときこそ、真の姿を曝け出すものだから。
今もえもえは真の姿を隠そうとしても隠し切れなくて、俊介の前にすべての事実が明かされようとしていた。
もえもえは一平に抱かれたことを懸命に包み隠そうとしている。
もえもえが嘘をついていることを俊介はすでに見抜いており、それゆえに最後の最後まで潔く真実を語らないもえもえに対して歯痒さを覚えていた。
今年社会人になったばかりの世間知らずなもえもえが、社会人として経験豊富な俊介を欺くにはかなりの無理があった。
社会を渡るということは多くの人々と接するということである。
もえもえの嘘を看破することはさほど困難なことではなかった。
もえもえに好きな男性ができてしまったことは俊介にとっては口惜しいが仕方のないことだ。
きっと自分に欠けているものを彼が持っていたわけだから。
新しい恋をして前彼と別れを告げようとするのならば、嘘偽りなくすべてを語り「今までありがとう」と礼を述べるのがスマートな別れ方ではないだろうか。、
そうすれば別れを告げられた相手も、口惜しくはあるが納得するだろう。
もえもえにはそれができなかった。
俊介はとても眠れそうになかった。
のそりとベッドから這いだし台所に行った。
バーボンウィスキーをロックで飲もうと思った。
(どうせ眠れそうもないし……)
バーボンウィスキーのかぐわしい香りが胸に染み渡る。
冷凍室の氷を入れてそっと部屋まで運んだ。
一口傾けると氷の音がした。
脳裏にもえもえの姿が浮かぶ。
見知らぬ男に抱かれ歓喜の声をあげているもえもえのあられもない姿が……
(もえもえは嘘を言っている。彼に抱かれていないと……。嘘に決まってる。くそ、絶対に真実を語らせてみせるぞ……)
俊介の感情は再び高ぶりだした。
(もう一度、もう一度だけ一度聞いてみよう。真実を知ることでショックを受けるかも知れないしもっと苦しむかも知れない。でもいいんだ、どうしても本当のことが知りたいから)
自身の女々しさにあきれながら、俊介は携帯をにぎった。
もえもえから嫌われることを承知のうえであえて電話をかけている自分がいた。
コール音が鳴り響いている。
(うん? 今度は話し中じゃなかったか……)
4回コールしてもえもえが出た。
「はい……」
「もえもえ、お願いだ。本当のことを言ってくれ」
「本当のことって?」
「日曜日のことだ。彼と会ったその後のことだ」
「……」
「ずばり聞くよ。彼とエッチしたんだろう?」
「してないって言ってるでしょう」
人は自信のないときや嘘をついているときは無意識に声が小さくなる傾向がある。
もえもえの声は聞き取れないほど小さかった。
「よく聞こえないよ。もう一度話してくれないか」
「してないって……」
かなり不機嫌だ。
深夜に語りたくもない話題を何度もぶつけられて、不機嫌にならない女性なんてどこにもいないだろう。