もえもえ 発火点

Shyrock作



第23話「もえもえ沈黙を破る」

9月10日(火)

 翌朝、俊介は眠い目を擦りながらようやく出社した。
 時を同じくして、もえもえもまた頭痛に苛まれながらいつもどおり出社した。

 もえもえはパソコンに向かい表計算をこなしているように思われたが、俊介と一平のことばかり考えていた。
 二人の顔が浮かんできて頭から離れないのだ。

(困ったなぁ……どうすればいいのかなあ……?)

 完成した書類を別の部署に届けることになっていたため、席を離れ廊下に出たとき一平と偶然すれ違った。
 二人は目を合わせたが会話を交わすこともなく、まもなく通り過ぎていった。

(私を見つめる彼の突き刺すような眼差し……私を見る目が今までとはまるで変わった。あんなことがあったから当然かも知れないけど……)

 もえもえは一平とすれ違って彼の眼光を目にしたあと、次第に一つの決断が固まっていった。

◇◇◇

 夜が訪れた。
 午後8時、もえもえは俊介に電話をかけた。

「あれからよく考えたんだけど、やっぱり俊介とはやっていけそうにないの。だから……」
「そ、そんな……昨夜もう一度やり直そうって話をしたばかりじゃないか。どうして? どうしてなの……? それでやっぱり別れよう……って言うんだね……?」

 もえもえは少し間を開けてから返事をした。

「うん……ごめん……」
「そうか……やっぱり無理か……」
「ごめん……」
「そう……」
「……」

「もう一度聞くけど、彼とはすでに付合ってるんだろう? デートもしたんだろう?」

 もえもえは言葉選びに窮しているのか、すぐに返事をしなかった。
 だが、まもなく、

「してないわ」
「本当に?」
「……」
「ねえ、どうせ別れるって言うんだったら最後ぐらいありのままを正直に話したらどうなの? 隠し通すなんてずるいよ。教えて……本当は日曜日に会ったんだろう?」
「……」

 相変わらず口が重いもえもえ。
 この場面での沈黙は肯定しているのも同然だろう。
 本当に会っていないならば敢然と否定すればよいのだから。

 俊介はこのときすでに自失気味になっていた。
 もえもえを問いただして真実を知ったところで、もえもえとの関係を修復できると言う見込みは乏しい。
 だけど俊介は真実を知りたかった。
 真実を知ることでもっと自身に傷がつくかも知れないが、それでも構わないと思っていた。
 もえもえを失うならばそれ自体が大きき傷なのだから。

(ここまで来たら同じだ。もえもえから嫌われても構わない。真実を知りたい。彼女のとった行動を……そして彼女が何故そうなってしまったのかを……)

 何が何でも絶対に真実を語らせてみせる、という鬼気せまる気迫。
 まるで刑事が被疑者を追求するときのように。
 俊介は自分自身が嫌な人間だと感じていた。だけどどうにも止められなかった。

 はたしてもえもえが真実を語りたがらない理由は何だろうか。
 俊介はそれには三つの理由があると考えた。
 一つは、真実を語ることで今以上に俊介を傷つけることになるから。
 二つめは、真実を語ることによって、自分自身の『ふしだらさ』が明らかになってしまい自身の立場が悪くなること。
 三つめは、現実に彼とは会っていなかったから。

 ただし現状から三つめ考えにくく、俊介は一つめと二つめが入り混ざったものと仮説を立てた。

「お願いだから真相を語って」
「……」
「黙っていても何も分からないじゃないか」

 どんよりと重い空気が二人の間に流れた。

 長い沈黙のあと、ようやく閉ざしていたもえもえの口が開いた。

「うん……会ったよ……」

 確信を持って尋ねた質問の答えは悲しいけど正解であった。
 矛盾はしているが、心のどこかで「会っていない」と語ってくれることを期待していたのかもしれない。
 だがほのかな期待は、もえもえの口から零れ出た一言で全てが露と消えてしまった。

「やっぱり……」
「ごめん……」
「友達に会いに行くって僕に言ってたけど、やっぱり嘘だったんだ」
「ごめん……」
「で、あの日曜日、夕方出かけて8時頃に帰ったって言ってたけど、帰宅したのは本当はもっと遅かったんだろう?」
「8時頃、帰ってたよ」
「その件に関しては納得しかねるね。僕の態度にいくら腹を立ててたと言っても、8時から12時までの4時間、電話がコールしているのに一度も取らなかったってやっぱり君らしくないと思うよ。本来の君なら仮に怒っていたとしても、途中で電話を取っていたはずだ」
「……」
「ねえ、本当のことを言ってよ。本当はもっと帰りが遅かったんだろう? 12時頃……だったんだろう?」

 俊介の執拗な問い詰めに、もえもえはついに諦めたようにポツリと漏らした。

「11時頃だったよ……」
「やっぱり」
「……」
「じゃあ彼と会ってどこに行ってたの? 4時頃に会ってたと仮定しても7時間も彼とともに過ごしていたことになるね」
「……」
「答えて、真実を。全てを正直に話してよ」
「……」

 電話の向こうから息遣いは聞こえるが相変らず言葉が返ってこない。
 まるで黙秘権を行使するかのようなもえもえに、俊介は同じ質問を呪文のように繰返した。
 いくら尋ねてみても沈黙を続けるので、諦めた俊介は質問の矛先を変えてみることにした。

「それじゃ聞くけど、君はクルマで出かけたの?」
「彼のクルマだった……」




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