第17話「長電話」
さらには『寝バック』に歓喜し、『対面座位』に腰を激しく回転させ、『スクリューエレベーター』で感涙に咽んだ。
再会を1週間後に控えた俊介は、もえもえのあられもない姿を想像し一人妄想に浸っていた。
◇◇◇
9月8日(日)
(もう、起きているかな?)
午前9時、俊介はもえもえの声が無性に聞きたかった。
携帯電話をかけた。
コールしている。
7回コールして留守番電話に切り替わったので、俊介はやむを得ず携帯電話を置いた。
(もう少し後からかけてみよう)
午前11時30分、俊介はふたたび電話をかけた。
鳴っている。
もえもえが電話に出た。
「はぃ……ムニャムニャムニャ……」
「あれ? まだ寝てたのか。起こしてしまってごめんね。でももう11時30分だよ」
「えっ? もうそんな時間なの? ……ムニャムニャムニャ…… うわぁ~、よく寝たあ~~~」
「ははははは~、まだ寝起きのようだし、またかけるよ」
「にゃぁ……」
寝起きでまともに話ができないだろう、と判断した俊介はあとからかけ直そうと考えた。
BGMを聴きながら部屋のかたづけを済ました頃、ふと時計を見た。
いつのまにか午後1時になっている。
いつもならもえもえから電話があってもよい頃だ。
だがこの日は依然電話がかかってこない。
(どうしたんだろう? 変だな……)
携帯電話をかけた。
今度は通話中だ。
(誰と電話をしてるんだろう……?)
その後、幾度となく電話をかけてみたがずっと通話中であった。
時計の針はすでに午後2時を指している。
(まいったなあ、電話をかけ始めてからからかれこれ1時間経っている。一体誰と話をしてるんだろう……)
以前にも通話中はあった。
だけどほとんど短い時間で終わる場合が多かったし、その後は必ずもえもえから電話がある。
しかし今日は様子が違う。
どうも変だ。
俊介は妙な胸騒ぎを覚えた。
(どうしたのだろう? 朝からこの時間まで彼氏に一度も電話をしないで誰かと長話するとは……。友達から深刻な相談でも持ちかけられているのだろうか。女性同士の電話って長いと言うし。うん? 女性同士……だよな? もしもこの長電話の相手が男だとしたら……)
不吉な予感が俊介の心をよぎった。
だが、わずかでももえもえを疑った自身を恥じ、すぐにその気持ちを打ち消そうとした。
付合い始めて数か月になるが、俊介を慕うもえもえの一途さは生半可なものではない。
いくら忙しくても連絡を欠かすことはなかった。
仮に電話ができない状況だとしても必ずメールはする。
遠く離れているからこそ、いつも連絡をとり相手を安心させることに努めていた。
そんな信頼度抜群のもえもえであったが、3日前の彼女の一言が俊介の心をわずかに引っかかっていた。
**********
「一つだけ聞いていい?」
「うん」
「男性社員から誘われたりしない?」
「そうね……」
「誘われてるの?」
「うん……でも断ったよ」
「じゃあ、聞くけどいい感じの人とかはいる?」
「うん……そうね……」
「え? いるの?」
「うん、気になる人ならね」
「気になる人? それって誰なの? もしかしてこの前花火に行った時男性社員が数名いるって言ってたけどそのうちの一人?」
「そう……」
「その人が誘って来てるの?」
「うん、でも断ったから……」
「あ、そうか。ごめんね、変なことを聞いて。いや、ちょっと気になったもので」
「……」
**********
その時、俊介は考えた。
(やっぱり誘われてたんだ。もえもえは男性から持てるからなあ。就職したときからある程度は覚悟していたけど。でも正直に誘われたことを言ってくれたし、誘いを断ったと言ってるんだから、信じないといけないよなあ)
俊介の心をわずかに曇らせたもえもえの言動であったが、「誘われたけど断った」と言う彼女の言葉にすがろうとした。
午後3時になっても、もえもえは依然通話中であった。
俊介は次第に心が波立ち騒いで落ち着かなくなっていた。
昨日は家族旅行で不在だったこともあり、まったく話をしていない。
(彼女はいったい何を考えているのだろうか……)
今まで俊介への連絡を最優先してくれていたもえもえだけにやはり気になる。
(妙だ。どうしてそんなに長話をしてるんだ。まさか相手は男ではないだろうか……? いや、彼女をもっと信用してやらなくては。それにしても長い電話だなあ……)
次第に苛立ちを募らせる俊介。
ガラガラガラ……!
荒々しくクーラーを切り、窓を激しく叩きつけるように開けた。
「ちぇっ! いつまで電話をしてるんだ。もう2時間だぞ!」
壊れるのではないかと思うほど強く携帯を握り締める俊介。かなり頭に血が上っているようだ。
俊介はもえもえ以外の誰かに電話をかけて気持ちを紛らわせようと考えた。