もえもえ 発火点

Shyrock作



第2話「一平からの電話」

「はい、いいですよ」
「え?いいの?ありがとう~」

 もえもえは二つ返事で承諾した。
 QRコードに携帯のカメラをかざした。
 お互いのアドレスが記される。
 操作をしながら一平はもえもえに笑顔を送った。
 もえもえも一平の笑顔に応えるようににっこりと微笑んだ。
 一平は凛々しい眉に鼻筋の通った 美しい顔立ちをしている。
 男性的で精悍な顔つきの俊介とは対照的かも知れない。

「連絡先を教えてくれてありがとう」

 一平はピョコンと頭を下げた。
 もえもえも会釈で応える。

「ありがとう。それじゃ近いうち連絡させてもらうよ」
「は、はい……」

 もえもえは一平の穏やかな笑顔を見つめながら小さくうなずいた。

◇◇◇

 その夜、一同は“雑魚寝”をすることになったが、さすがに男女が同部屋で寝るのはまずかろうということになり、
結局、君子の2DKをすべて占領し別々に寝ることになった。
 床に就いたもえもえは静かに瞼を閉じた。

(あぁ、花火、きれいだったなぁ……俊介と花火がしたいな~……俊介に会いたいなあ……)

 川原での花火の光景が目に浮かび、なぜかその場所にいるはずのない俊介の顔が浮かんだ。
 そして脳裏に大好きなaikoの『花火』のフレーズが流れた。

『夏の星座にぶら下がって 上から花火を見下ろして 
こんなに好きなんです しかたないんです♪
 夏の星座にぶら下がって 上から花火を見下ろして 
涙を落して火を消した♪』

 何度も何度もリフレイン……
 もえもえは遥か遠くで暮らす俊介に想いを馳せた。

(俊介……逢いたいよぅ……俊介ぇ……)

 昼間はまだ夏の陽射しが厳しいが、夜が更けるとさすがに郊外は凌ぎやすくなる。
 もえもえはいつしか深い眠りに落ちていた。

◇◇◇

8月26日(月)

 もえもえの仕事は月末になると、廻って来る伝票が山のように増える。
 月曜日の朝、もえもえはいつもより少し早めに出社した。
 タイムカードを通して職場へと向かう途中、廊下で一人の男性社員とすれ違った。
 それは君子宅の花火会に来ていた一平であった。
 もえもえは笑顔で元気よく挨拶した。
 すぐに一平から挨拶が返ってきた。

「おはようございます」
「おはようございます。土日はおつかれさま。楽しかったね」
「はい、すごく楽しかったです」
「若葉さん、朝が早いんだね」
「はい、でも早いのは月末と毎週月曜日だけなんですよ。書類が多いので」
「確かに月曜日は仕事が忙しいものね。じゃあ、がんばってね」
「はい、じゃあ」

 二人は二言三言会話を交わすとそれぞれの職場へと向かっていった。

◇◇◇

 その夜、自宅で読書をしていたもえもえの携帯に着信音が流れた。
 それは恋人の俊介ではなかった。
 彼からの電話であればサザンの曲が流れるはずだ。

(誰だろう?)

 携帯を覗いた。
 それは一平であった。

「はい」
「こんばんは、福田です」
「あ、福田さん……こんばんは~」
「特に用事があった訳じゃないんだけど、一度電話してみたかったもので」
「あ、そうなんですか……それはどうも……」
「今、だいじょうぶ? 忙しければ後にするけど」
「いいえ、だいじょうぶです」
「仕事はどう? 入社して4カ月経ったけど少しは慣れた?」
「そうですね、だいぶ慣れましたね」

 二人の会話は弾み、30分という時間がまたたく間に過ぎた。

◇◇◇

 ちょうどその頃、もえもえが一平と通話をしているとも知らない俊介は繰り返し連絡を試みた。
 何度かけても通話中を告げるビジートーンが流れるばかり。

「う~ん……長い電話だなぁ……」

 ブーブーブーという音に苛立ちを覚える俊介。

「誰と話をしてるんだろう……。仕方がないか。じゃあ先に風呂に入ろう」

◇◇◇

8月30日(金)

 その日は折りからの台風で天候がかなり悪かった。
 九州を直撃したが幸いにももえもえの家には被害がなかった。
 もえもえは月末の多忙な1日を終えて、暴風雨の中、家路を急いだ。
 傘が折れ曲がるほどの風ではなかったが、膝丈のスカートがぼとぼとに濡れるほど雨は激しかった。
 帰宅するとすぐに風呂に入り、Tシャツとショートパンツに着替えた。
 ソファに腰を掛けカルピスを飲みながら読みかけの本を開いた。

 深夜の12時頃、俊介から電話があった。
 9月中旬もえもえは俊介が住む関西へ遊びに行くことになっている。
 神戸で1泊し、2日目以降はUSJのオフィシャルホテルに連泊予定である。
 往復切符も既に購入済だ。
 久しぶりの逢う瀬をお互いに心待ちにしていたから、行先やショッピングの話題で大いに盛り上がった。
 セックスの話題に及んだ頃、もえもえのショーツの中はグッショリと濡れていた。
 遠距離恋愛のため頻繁に愛し合えないことから、若いもえもえが欲求不満になるのは至極当然のことであった。




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