第1話 「花火」
8月21日(水)
「もえもえちゃん、今度の土曜日、私の家に遊びに来ない? 他にも会社の人達が5~6人来るの」
「わあ、吉野先輩のお家におじゃましていいんですか~?」
「ちょっと郊外だけどとても静かなところよ。花火大会をしようと思っているのよ」
「花火大会ですか!? 私もぜひ参加させてください~」
「もし遅くなったら泊まって行ってね」
「え? 泊めていただけるんですか? わ~、楽しみだな~。よろしくお願いします~!」
会社の上司吉野君子から花火大会に誘われたもえもえは、週末の土曜日に遊びに行くことになった。
その日の夜更け、もえもえは遠距離の恋人である俊介に花火大会のことを伝えた。
「俊介、今度の土曜日なんだけど会社の先輩に家に誘われてるの~。花火大会をするんだって。遅くなると泊まって来るかも知れないけど心配しないでね。必ず電話するからね」
「え?泊まりで……?」
「あはっ、俊介、先輩って女性の先輩だよ」
「でも男子も来るんだろう?」
「女の子だけよ」
「あぁ、そうか。分かった。じゃあ、気をつけてね」
「うん、ありがとう……ねぇ……?」
「ん……?」
「……」
「あ、お休みのキスをするよ。3カウント数えるからね」
「……」
「3……2……1……(チュッ……)」
「(チュッ……)」
「じゃあね」
「じゃあ」
◇◇◇
8月24日(土)
そしていよいよ花火大会の当日がやって来た。
集まったメンバーは主催者の君子をはじめとして女性が5名、それに加えて若い男性も3人参加していた。
先ずは腹ごしらえだ。
メンバー数名で買出しに行き、君子が調理の腕をふるい、女性数人も手伝った。
もえもえもその中に混じって手慣れた包丁さばきを披露する。
料理ができあがり賑やかなホームパーティーが始まった。
自分たちが作った料理に舌づつみを打ちながら、もえもえたちはワイングラスを傾けた。
パーティーは大いに盛り上がり、そのまま花火大会へと移行した。
すぐ近くに川があるので、川原で花火をすることになった。
もえもえがしゃがみこんで花火を楽しんでいると、メンバーの1人の男性が近寄ってきた。
もえもえと同じフロアにある営業課の福田一平だ。
「どう? 若葉さん、楽しんでる?」
「はい、花火をするのが久しぶりなので、すごく楽しいです~」
「花火は楽しいね。僕にも1本くれる?」
一平はもえもえから花火を1本受けとった。
「火を点けましょうか?」
「うん、ありがとう」
一平がしゃがみこむと、ぐっと目線がもえもえに近づいた。
今までしっかりと見たことはなかったが端正な顔立ちの良い男だともえもえは思った。
一平が差し出す花火に、もえもえがマッチをこすって火を点けてやる。
もえもえの心に少し緊張が走った。
ぱちぱちぱち……
火花が小気味よく踊り、特有の火薬の匂いが鼻孔をかすめる。
「若葉さんって今年入社したんだよね?」
「はい、そうですけど」
「その中で一番美人だね~」
「まあ、お上手を」
「いやいや、本音だよ」
一平と会話をしているところへ、もえもえと同僚の二人の女性がやってきた。
「ねえ、若葉さん、この花火もきれいよ、一度点けてみて。よかったら福田さんも1本どうですか?」
「ありがとう。やってみるよ」
全員が花火で楽しんだ後、君子の家に戻って再度飲み会が始まった。
言わば二次会といったところだ。
もえもえは表に出ると俊介に電話を掛けた。
「俊介?、まだ起きてた?」
「うん、起きてるよ。どう? 花火は盛り上がってる?」
「うん、盛り上がってるよ」
「それはよかった」
「あのね、かなり遅くなっちゃったので、今夜やっぱり泊まることにするわ」
「そうか……分かった。じゃあまた明日ね」
「うん、じゃあね。おやすみ~」
「おやすみ」
もえもえは電話を切ると、君子たちが集まっている部屋に戻った。
飲み会の続きということもあって、みんなかなりテンションが上がっているようだ。
もえもえは自分が座れるスペースを探した。
「若葉さん、お帰り~」
「若葉さん、ここ開いているよ」
もえもえに空席を教えてくれたのは先程の一平であった。
一平の右隣りが空いているようだ。
もえもえが一平の隣に座ろうとすると、一平がゆがんだ座布団を整えてくれた。
席に座ったもえもえに早速一平がビールを注ぐ。
「若葉さん、どこに行ってたの?」
「あ、はい、ちょっと電話を……」
その時、もえもえの右隣に座っていた同僚の女性が言葉を挟んだ。
「福田さん、そんなことを聞いてはだめですよ。彼氏に決まってるじゃないですか」
同僚の女性はそうつぶやくと携帯を持つ仕草をした。
「あ、そうか。オレとしたことが野暮なことを聞いてしまったね」
「……」
もえもえは少し照れくさそうにうつむいた。
11時を廻っても話は弾むばかりで、誰一人としてお開きを唱える者がいない。
もえもえもかなりアルコール量が入り、心地よさも手伝って上機嫌だ。
いつしか話題が携帯の機種のことに転じていた。
そのとき一平がもえもえにそっとささやいた。
「若葉さん、もし良かったら連絡先を交換しない?」