第13話「ゼブラ柄のショーツ」
返事は返ってこない。
吉野は強い不安と背筋が凍りつくような緊張感に包まれた。
ドアを開けることをためらう吉野。
だけど勇気をふりしぼり、ゆっくりとハンドルレバーを回した。
ドアがゆっくりと開く。
「……」
いない。
部屋には誰もいなかった。
球たちは靴も履かずに裸足でこの屋敷から出ていったと言うのだろうか。
それともこの部屋が異次元に繋がっていて、そこから立ち去ってしまったのか。
吉野は恐る恐る部屋の中を見渡した。
なぜかこの部屋だけ空気が凛として、とても冷ややかに感じられた。
壁際にはベッドが置かれていて壁には姿見鏡が設置されている。
吉野はゆっくりと近づいた。
(これが例の鏡だわ……まさかこの鏡の中に吸い込まれていったなんて……)
吉野はじっと鏡を見つめた。どう見てもごくふつうの鏡だ。
そしてふとベッドに目を移した。
「えっ……!?」
シーツが異様に乱れているではないか。
吉野はシーツの上に顔を近づけた。
「あ、やっぱり……」
吉野が発見したものは、シーツに落ちていた一本の陰毛であった。
毛の太さから考えて、おそらく女性のものだろう。
(あの二人はきっとここで愛し合ったんだわ……)
吉野は愕然とした。
(どうして? どうして消えちゃったの……?)
吉野はもう一度鏡を見た。
ふと鏡に触れてみたい衝動が沸き上がった。
吉野は手を伸ばしかけたが、すぐに引っ込めてしまった。
「だめだわ、できない。鏡の向こうに消えてしまいそうで怖い」
しかし球たちが消えてしまったのは自分のせいだと、吉野は自責の念に駆られていた。
販売方針に逆らってでも鏡を撤去していればこんなことにはならなかったのにと。
だが今となってはもうあとの祭りだ。
「ごめんなさい……私のせいで別世界に連れて行かれてしまったのね……」
吉野は思いつめたような表情で、まるで吸い寄せられるように鏡に手を伸ばした。
鏡に触れる。
硬いガラスの感触が指に伝わった。
「……」
しかし何も起こらない。
「どうして? 私だと何も起こらないの?」
吉野は鏡に触れたまま呆然としていた。
「もしかしたら鏡の向こうで幽霊が嫉妬してたとか? 以前家政婦が消えたことと、雪柳夫妻が消えたこと、二つの共通点は鏡の前でセックスしてた……」
吉野は顎に手をあて考えた。
「つまりこの鏡の前でセックスをすると中に吸い込まれるんだわ。でもそんな非現実的なことを誰が信じるかしら?」
吉野はさっそく警察と自社に連絡し事情を話した。
まもなくパトカーが到着し、スターハウスの社員たち数名が現場に到着した。
吉野は一連の経緯を一部始終包み隠さず警察に話した。
だが予想したとおり警察は信じられないといった表情で現場検証を開始した。
その後、球たちの身元が判明したが、自宅へは帰っていないことが確認された。
また例の塚野も参考人として任意出頭を求められた。
球たちの両親への聞き込みや交友関係も調べられたが、これと言って失踪するような要因は思いつかなかった。
その後も、吉野は警察署における取調べで鏡の一件を語ったが、あまり真剣に取り合おうとはしなかった。
それから数日が経ち、例の鏡は撤去されることになった。
このままだと妙な噂が立って住宅販売に影響を及ぼすと言うのが撤去の理由であった。
吉野は憤慨した。
「そんな……今になって撤去するなんて。どうして私が頼んだときに撤去してくれなかったのよ」
吉野は鏡の撤去作業に立ち合った。
いきさつを知らない職人たちは、何食わぬ顔で鏡の取り外し作業を行なった。
「ん? 何だ? こりゃ?」
「あれれ? それって女のパンティじゃん?」
鏡を外すと壁に二十センチメートルほどの窪みがあり、そこから女性用のショーツが出てきたのだった。
「何で鏡の裏側にパンティがあるんだよ」
「わっはっは~! こりゃぶったまげたな~! 守り神として貰っとこうかな?」
「ばかやろう! そんな気味の悪いものなんて捨てちまえ! それにしても奇妙だなあ……」
「前の住人がマニアだったんじゃないか? はっはっは~」
「建物の管理者として私が預かっておくわ」
吉野は壁の窪みから出てきたショーツを職人から受けとった。
ショーツは派手なゼブラ柄で、よく観察してみるとまだ穿き下ろしたばかりの真新しいものであった。
完
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