ホラーミステリー官能小説

『 球 ~鏡~ 』

Shyrock 作



 
球(モデル時名 川崎優)



第11話「家政婦のゆくえ」

 花山が確認する。

「それでつまり、家政婦が日記に記していたとおり、本人が消えてしまったと言うわけですね」
「はい、消えてしまう前日まで日記は綴られていました」
「なんと! 前日まで日記が綴られていたのですか? で、前日には何と?」
「はい、『鏡の向こうで私を呼んでいる。苦しみのない世界が私を呼んでいる』と、記されていました」
「何ですって!? 鏡の向こうなんて……そんな……」
「驚かれるのは当然だと思います。私もそんなとりとめもない話は信じられませんでした。その後、彼女の捜索願を出したようですが彼女は見つかりませんでした。ですから信じたくはありませんが、本当に鏡の中に消えたとしか思えないのです」
「まさか、そんな……」

 かつてこの屋敷にいた家政婦にまつわる奇想天外な話を聞いた花山は唖然としている。
 先程までとは打って変わって、塚野がなめらかな口調で話しつづけた。

「はい、荒唐無稽な話であることは決して否定しません。ところがその家政婦が屋敷から外出していない証拠がもう一つあるんですよ」
「それは何でしょうか?」
「靴なんです」
「え? 靴……?」
「彼女の靴は全て靴箱に残っていました。裸足で外出したとは考えにくいですからね……」
「確かにそのとおりですね」
「捜査願いを出しても見つからないことから、警察は祖母に疑いの目を向けました。そりゃあそうですよね、ずっと家政婦を苛めていた訳ですから当然のことだと思います。ところがいくら調べても祖母が犯人であるというような証拠が見つからず、またアリバイも揃っていました。当時、祖父は出張中でしたから全く論外でしたし、もう一人の家政婦も警察から取調べを受けましたが、完全に白だったそうです」
「ふうむ、なるほど。つまり屋敷内の誰かが家政婦に危害を加えたとは考えられなかったということですね」
「はい、そういうことです。捜査願いを出しても見つからない、屋敷内にも疑わしい者はいない、それに身の回り品は全て残されている。それらの状況から考えて、やはり蒸発したとしか考えられないわけですよ。しかも日記のとおりだとすると鏡の中に吸い込まれたことになる。でもあまりにも馬鹿げた話ですよね、それって」
「はい、でもそうとしか考えられないですよね」
「その後、私はあの鏡がどうも気になったので、専門家を呼んで調べてみたんですよ」
「ほほう」
「で、その結果意外なことが分かったんです。実はあの鏡は十八世紀のフランス革命前に、当時の国の財務総監だったネッケルという貴族が使っていたことが判明しました」
「つまりルイ十六世やマリー・アントワネットがいた時代ですね」
「はい、そうです。で、そのネッケルという男は祖父と同様に女癖がとても悪く、何人もの愛人を囲っていたと言われています。あまりにも不貞節な夫ネッケルの生き様に嘆き悲しんだ夫人は、我慢しきれずに彼を激しく罵りました。ネッケルという男は非常に気の短い男だったようです。罵られたことで逆上してしまい、ついには夫人の胸に剣を突き刺してしまいました。夫人の殺害後、我に返ったネッケルは狼狽しました。いくら当時の権力者とは言っても夫人殺害は大罪です。彼は夫人殺害を隠そうと考えました。しかし屋敷から運び出すことは外部の者に目撃される惧れがあるためできません。ネッケルは思案のすえ、妃の遺体を壁の中に隠すことを思いつきました。そうは言っても頑丈な煉瓦の壁は彼のような軟弱な男の腕では容易に崩せません。夫人の部屋を見廻すと一枚の大きな姿見鏡がありました。鏡を取り外してみると何とそこは空洞になっていました。以前暖炉があったため偶然にも空洞になっていたのです。ネッケルは妃の遺体を空洞に収め、壁に煉瓦を積み上げたあと、鏡を元通り取り付けました。説明が長くなりましたが、その逸話が専門家の鑑定の結果、明らかになりました。祖父は骨董品を買い漁るのが好きでしたから、おそらくどこかの古物商から購入したものではないかと思います」

 塚野の話を聞き終えた吉野と花山は大きなため息をついた。
 そして花山がぽろりとつぶやいた。

「なるほど、そんないわくつきの鏡だったのですか……」

 吉野も神妙な顔つきに変わっている。

「つまりその鏡は呪われている……と言うことですね? あくまで推測ですが……」
「はい、信じたくはありませんがその可能性はあると思います。それで私も気になっていたものですから、今回売却するに当たって私の方で取り外そうとしました。しかしよくよく考えてみると、フランス革命と言えばあまりにも古い話ですし、家政婦の失踪だって本当に鏡の向こうに消えたのかどうか分からないじゃないですか。だからわざわざ外すことが少し大袈裟であるように思えたので、結局そのままにさせてもらったのです。あの鏡を取り外すかどうかは、御社にお任せしたいと思いますがよろしいでしょうか?」

「結構ですとも」

 花山は塚野からの依頼を快く受諾した。
 売り主からの屋敷のまつわる過去のエピソードは内容によっては重要事項に該当するため、花山は真剣に耳を傾けていたが、聞いてみればまるでミステリー小説にでも出てきそうな超現実的な話と言うこともあって、鏡については特に気に留める様子はなかった。
 しかし吉野は花山とは異なり、塚野が語った家政婦の一連の話にどこか引っかかりを感じていた。



前頁/次頁














































当作品表紙

自作官能小説バックナンバー

トップページ


inserted by FC2 system