ホラーミステリー官能小説

『 球 ~鏡~ 』

Shyrock 作



 
球(モデル時名 川崎優)



第9話「塚野の証言」

 契約調印時もそうだったが、スッキリしない態度はその後も変わらない。
 とにかく煮え切らないのだ。
 話したそうなのになかなか話さない塚野のことを、吉野はじれったく思ったが、そこは持ち前の営業力でニッコリと微笑みを浮かべて塚野にやさしく語りかけた。

「塚野さん、何か言いにくいことがお有りのようですね。もしよろしければ、お気軽にお話くださいませんか?」
「うん……やはり話しておいた方がいいかなあ……実はですね……」

 塚野がやっと重い口を開いた。

「ええ、どうぞ」

 吉野と花山は塚野の話に聞き入った。

「実はあの屋敷は祖父の亮一が数十年前に建てたものでして……」
「はい、そのようにお伺いしております」

 相槌を打ったのは花山であった。

「当時あの屋敷には祖父の亮一と祖母の峰子、そして二人の息子が暮らしていました……その長男が私の父なんです……。他に家政婦が二人いて家族の身の回りの世話をしていたと聞いています……」
「なるほど」
「恥をさらすようでお話しするのも大変恥ずかしいのですが……祖父の亮一というのが大変な好色家でして、若い頃から愛人を何人も作っては祖母とよく喧嘩をしていたそうです」
「愛人ですか……財産家には有り勝ちなお話ですね」

 花山は真顔で相槌を打った。
 塚野は表情を変えることなく話を続けた。

「祖父亮一の精力は年老いてからもまったく衰えることはなく、六十過ぎになってから家政婦の一人に手をつけてしまい、ついには子供まで作ってしまいました」
「なるほど、家政婦との間に子供を……? で、出産されたのですか?」
「はい、産みました。ただし当時の祖父は経済界でも名の通った人物でしたので、世間体を考えて、家政婦との間にできた子供ということではなく、あくまで私の母の子供ということにしました」
「つまり塚野さんとは異母兄妹ということですね?」
「そういうことになりますね。母は優しい女性でしたから分け隔てなく我が子のように可愛がったと聞いています」
「じゃあ、丸く収まったということですね」
「いいえ、ところがそううまくは行きませんでした。最初の頃は穏やかな日々が続いていたのですが、ある転機が訪れてから、その状況がガラリと一変してしまいました。それは家政婦の出産という出来事があってから約一年後のことでした。私の両親は結婚当初から親をあてにしないで自分達の力だけでマイホームを建てることを夢に描いていました。その念願がやっと叶ったのが一年後だったのです。両親は私達子供を連れて引越しをして行きました。その際、家政婦が産んだ子供をいっしょに連れていく話もあったようですが、その家政婦は子供を手放そうとはしませんでした」
「ふむ、なるほど。つまりその時点で、邸宅にはお爺様とお婆様、それに二人のメイドと赤ちゃんが残ったわけですね」
「はい、そういうことになりますね」
「では、その後なにが……?」
「はい、祖母峰子というのは実は異常なほど嫉妬深い女性でして……。祖父が若い頃、芸者を愛人として囲っていた時などは、その芸者の家まで押しかけて、驚いたことに芸者の髪を鋏でバッサリと切り落としたという逸話まで残っています」
「えっ、鋏で髪をバッサリと……?」

 塚野の会話を静かに聞いていた吉野であったが、思わず驚きの声をあげてしまった。
 その時、塚野はチラリと吉野の方に目をやったが、彼自身特に表情の変化はなかった。
 塚野は元々感情を表に出さない性格のようだ。

「そんな祖母峰子も両親や私がいた頃は大変柔和に見えていましたが、私達が引越しをしたのを契機に、まるで人が変わったかのように、急にその家政婦を苛めだしたのです。それも最初のうちは『こんな不味い料理は食べられません!』と彼女を叱りつけたりする程度だったのですが、祖母の行動は次第にエスカレートしていき、ついには彼女を拘束して折檻するようになりました」
「えっ! 折檻を……!?」
「はい。私も後になって父から聞いて知ったのですが、聞くに堪えないような仕打ちを受けたようです……」
「しかしお爺様やもう一人の家政婦もいっしょに暮らしておられたわけでしょう?」
「はい、確かに祖父ももう一人の家政婦もいっしょに暮らしていました。おっしゃるとおり祖母も祖父がいる時はさすがに彼女には手を出さなかったようです。むしろ気持ちが悪いくらいやさしかったとか……。ところが当時祖父はまだまだ壮気盛んでしたから、貿易業の関係でよく海外に出掛けていて、留守勝ちだったようです。それからもう一人の家政婦というのは、非常に大人しく気弱な娘で、ほとんど祖母の言いなりだったようです。おそらく見て見ぬ振りをしていたのではないかと思います」

 吉野は話を聞いているうちに、祖父と家政婦との間に産まれた赤ん坊のことが気になって仕方がなかった。

「塚野さん、お話の腰を折るようで申し訳ないのですが、赤ちゃんは無事だったのですか? やはりお婆様に何か……?」

 もしかしたら祖母はいたいけな赤ん坊にまで酷いことをしたのだろうか。
 吉野は聞くのが恐ろしかったが、そのことが気掛かりで仕方がなかった。
 しかし吉野の心配は杞憂に過ぎなかった。
 塚野から返ってきた答は吉野を十分に安心させるものであった。

「いいえ、家政婦には酷い仕打ちをする祖母でしたが、赤ん坊は目の中に入れても痛くないほどの可愛がりようだったように聞いています。やはり自分の夫の血が通っているわけですから、そうそう粗末にはできなかったのではないでしょうか」
「そうでしたか。赤ちゃんが酷いことをされなかったことはせめてもの救いですね」



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