わたしはあや18歳。彼氏の名前はヒデ25歳。
その日、ヒデにはサッカーの試合があった。
午前10時からキックオフだ。
ヒデは眼を真っ赤に充血させて試合に臨んだ。
どことなく足が地に着かず、腰がふらついているように思える。
昨夜お泊りしてしまって、彼は一睡もしてなかったから当然かもしれない。
全部わたしのせいだ。
泊まる前に「エッチは1回だけにして、早めに休もうね」って約束をしたのに、結局守れなかった。
エッチし始めるとエンジンが掛かってしまって、1回終わってからシャワーを浴びたまでは良かったんだけど、二人してベッドに潜るとまたその気になっちゃって……
じゃあ、と1回だけの約束が、2回になり、3回になり、回数が分からなくなり……気がついたら窓から朝の光が射していた。
しばらく会ってなくて久しぶりのエッチだったから余計に燃えちゃったのかも知れないけど、ダメだなあ。
で、結局徹夜してしまって、二人ともふらふらになっちゃった……
わたしのことはどうでもいいんだけど、彼には大事な試合があったのに。
あ~あ……
「ごめんね、ヒデ。試合があるって分かっていたのに、ついその気になっちゃって……」
「謝るなよ、あや。オレだってその気になってしまったんだから、五分五分ってことで。ははははは~」
ヒデはまだ少し時間があるからと言って、わたしを最寄り駅まで見送ってくれた。
「じゃあな」
わたしは手を振って立ち去ろうとする彼につぶやいた。
「わたしも試合に連れてって……応援したいから……」
「え?でも今日は早く帰って寝なきゃ、明後日から試験だろう?」
「うん…でも……」
「それに目が真っ赤になってて、美人が台無しだよ」
「あはは……ヒデったらぁ……。でもやっぱり行きたいなあ。ちょっと離れたところで見てるから……試合の邪魔にならないようにするから……ねぇ、お願い……」
「う~ん……」
結局ヒデはわたしに根負けし、わたしが観戦することを渋々了解してくれた。
◇◇◇
そして試合が始まった。
彼のポジションはミッドフィルダーだ。フォワードとディフェンダーの間に位置し攻撃と守備の両方を担う。同じミッドフィルダーでも攻撃タイプと防御タイプがあって、彼は攻撃タイプらしい。フォワードのちょっと後ろにいていつでも攻撃に参加できるポジションだと、以前ヒデから教えてもらったことがある。
いつもなら彼のところにボールが行くたびに両手を振って歓声を上げていたのに、今日はボールが行くたびにハラハラし通しだ。
うまくパスが廻せた時は思わず安堵のため息をついてしまう。
ヒデがパスを受けてドリブルで敵陣に切り込んでいくと、思わず「がんばれ~っ!」って声を張り上げちゃったぁ……
でも相手の選手に足を引っ掛けられて、こけちゃった時はすごく悲しかった。
その時、彼が「今日は来なくていいよ」と言った意味がなにか分かったような気がした。
全く眠っていないからやっぱり身体にキレがないみたいだし、敵の選手にタックルされるといつもより簡単に倒れてしまう感じがする。
ヒデはそんな不甲斐ない姿をわたしに見られるのがきっと嫌だったんだ。
前半45分終了のホイッスルが鳴ってハーフタイムに入った。
45分という時間がいつもよりすごく長く感じられた。
(ヒデ、きっとキツイだろうなぁ……)
◇◇◇
後半の始まりを告げるホイッスルが鳴ったが、フィールドにヒデの姿がなかった。
もしかしたら調子が悪いと判断されて、交代させられてしまったのかもしれない。
観客席からは確認できないけど、きっと今頃はベンチを暖めているのだろう。
(ヒデ、辛いだろうなぁ……)
わたしが悪いんだ。寝かせてあげなかったわたしが……
結局試合は「1対2」で負けてしまった。
わたしはとても口惜しかった。
いいえ、わたしよりもヒデの方がずっと口惜しかったはずだ。
「ごめんね、ヒデ……」
「なんであやが謝るんだよ。あやが謝ることなんて何もないよ」
「だって……」
しょげこんでいるわたしにヒデはやさしく微笑んでくれた。
「あやが来てくれてオレすごく嬉しかったよ。試合は負けたけど気分は最高さ」
本当は疲労と睡眠不足と悔しさで気持ちも身体もガタガタのはず。
だけどヒデは辛い顔一つ見せなかった。
わたしに精一杯笑顔を見せてくれた。
もしかしたらそれは作り笑顔だったかも知れない。
でもヒデのそんな思いやりがわたしはすごく嬉しかった。
彼とはもう会うことはないだろうけど、あの時の笑顔はいつまでも忘れない。
完