Shyrock 作

官能小説『零 貴船川』








 9月下旬ともなれば、貴船川は日中でも肌寒い風が川面を渡り、京都市内よりもいち早く秋から冬の訪れを告げていた。
 ここは、京の奥座敷と言われている貴船。
 郊外とは言っても京都市左京区の一角に位置し、叡山電鉄貴船口駅より北へ徒歩1時間くらい歩いたところにあり、クルマでなければ少々行きにくい。
 貴船川は鴨川の源流のひとつで、川沿いは清流と森林が心を和ませてくれる。
 ちょっと歩けば貴船神社があり恋の願掛け神社としても有名だ。
 川床には昔ながらの店が立ち並び、貴船川のせせらぎを間近にして鮎料理や流しそうめんが楽しめる。
 しかしそれは納涼の7月~8月のことであり、9月ともなるとガタッと客足が落ちる。

 そんな9月のある土曜日の昼下がり、零(Rei 23才)は、俊介(35才)とともに貴船を訪れていた。

「まぁ、冷たいわぁ。ねぇ、俊介、手をつけてみて?」
「どれ……ひぇ~!冷たい!!」
「うふ、えらいオーバーやわぁ。うふふ……」
「だって、これじゃまるで氷水だよ。ああ、参った参った」

 俊介はチノパンツのポケットからハンカチを取り出し、先に零に拭かせてから自らの手を拭った。

「ここが貴船なんやぁ、ええとこやねぇ」
「え?零は京都の人なのにここ初めてなの?」
「うん、そう。初めて。小学校の時、遠足で隣の鞍馬は行ったことあるけどね」
「そうなんだ。それじゃ今日はゆっくりと貴船の秋を満喫しようね」
「そうやねぇ……あ、ほら、見て」
「ん?」
「あれが川床なんやぁ。お店が川の中まで張り出してるぅ」
「本当だね。行ってみようか?」
「せやけど、もうお昼済ませたし……」
「あ、そうだったね。じゃあ、明日のお昼に行こうか」
「そやね。ねぇ、俊介さん、貴船神社に行かへん?」
「うん、行こう」

 ふたりは水辺を離れ、平安時代から水と恋愛にゆかりのあることで有名な貴船神社に向かった。
 鳥居を潜ると長い石段がぐねぐねと続く。
 零は俊介に手を副えてもらい、ゆっくりと一段ずつ登っていく。

「あぁ、もうちょっと低いヒールにしたら良かったぁ」
「足、痛いの?」
「ううん、大丈夫。登りはええんやけど、下りが辛いかも」
「帰りはおぶってあげるよ」

 俊介は真顔でつぶやいた。

「そ、そんな恥ずかしいことでけへんわぁ」
「はっはっは~、じゃあ、僕が先に帰るから君は後からゆっくりと戻っておいで」
「もう、俊介の意地悪ぅ~」

 ふたりは息を切らしながら石段を登り切りようやく境内に辿り着いた。
 貴船神社の正確な創建時期は不明だが、平安時代には平安京の水源地に当たるため、雨乞いなどが行われ、水を司る神社として信仰を集めてきた。
 鴨川の源流・貴船川の源に当たり、酒造業者や菓子業者などの商人が足しげく参詣する。
 また、歌人・和泉式部がここで祈願し、冷めた夫の愛を取り戻したエピソードから、『縁結び、縁切り』の杜として知られる。




 霊泉に浮かべると本文が浮かび、恋の行方が占える『水占みくじ』は若いカップルにかなりの人気を集めてる。
 社殿はもともと、境内を流れる貴船川の上流の奥宮にあり、この奥宮には神武天皇の母・玉依姫が淀川をさかのぼりこの地にやって来たとき乗ってきた黄船を囲った「船形石」がある。
 毎年3月9日に雨乞祭、6月1日に貴船祭、7月7日に水祭が催され賑わいを見せる。
 朱塗りの灯籠が並ぶ参道も趣深いものがある。

 ふたりは社で手を2回叩いた後、水占みくじの前に行った。

「零、おみくじをするかい?」
「んん……やめとくよ……」
「どうして?」
「だって……」
「……」
「『凶』とか出たら嫌やし……」
「うん?そうか、分かった。それじゃやめておこう」
「俊介……」
「なに?」
「私のこと好き?」
「え?おいおい、周りに聞こえるじゃないか、全く~。ほら、巫女さんが笑ってるよ」

 俊介は零の腕を引き、人気のない所まで歩いた。

「零、どうしたの?急に」
「うん……何だか急に寂しくなってしまって……」
「そんなぁ。僕がここにいるじゃないか。それとも僕じゃ不服なの?」
「違う違う、そうやあらへん。私が大好きなんは俊介だけや……」
「それじゃどうして?」
「ふたりがこうしておおてる(逢ってる)時はそら楽しいわ」
「うん、で?」
「せやけど、俊介といくらその1日を楽しく過ごせてもやっぱりお家に帰るやないの。奥さんのいてはるお家に……」
「うん……ごめんね……」
「私ね、俊介を私だけのものにしたいんや……」
「……」

 境内に重い空気が漂い交す言葉も途切れ、ただ立ち尽くすだけであった。
 周りの参拝客などもう目に入らない。
 そんな空気を打ち破るように零がポツリと囁いた。

「俊介、変なこと言うてかんにんやで」
「いいよ、君の気持ちが痛いほど解るから……」
「もう無理なこと言わへん。私かて俊介に奥さんがいたはること知ってて好きになったんやもん」
「辛い想いをさせてごめんね」
「ええんや。俊介が私のこと好いてくれるだけで私嬉しいねん」
「零……」
「俊介……」

 ここが境内ではなく人通りのない場所であったなら、おそらく二人はくちづけを交していただろう。
 だが繁忙期を過ぎたとは言って参拝客が絶えることのない貴船神社。
 二人は心を引き摺るように石段を下り旅館に戻って行った。

「こんにちは」
「お越しやすぅ~」
「あのぅ、予約していた車山なんだけど」
「あぁ、車山はんどすか。え~と、お二人さんどしたなぁ?」
「うん、そうだよ」
「それはそれは、よう来てくれはりましたなぁ~。お疲れさんどすぅ。まぁ、靴はよ脱いで上がっておくれやすなぁ」
「ありがとう。じゃあ」




 俊介と零が靴を脱ぎ、零が二人の靴を揃えようとした時、空かさず仲居が声を掛けて来た。

「あ、奥さん、靴、放っといてくれはったらよろしおすぇ~。こっちで揃えますよってに」
「あぁ、すみません……ほな、頼みますぅ」

 二人は仲居の案内で階段を登り、二階の一番奥にある部屋に通された。
 仲居が襖を開けると10畳ぐらいの和室が広がり、窓の向こうから川のせせらぎが聞こえて来た。
 梁や天袋等には細やかな彫り模様が施されており、床の間には鮎を描いた掛け軸が垂れ下がっている。
 建物はかなり古いようだが、それら造作のひとつひとつがこの料理旅館の風格と歴史を感じさせた。

 二人は座椅子に腰を掛け、仲居が煎れた茶で喉を潤した。

「いい部屋だね」
「ありがとうさんどすぅ~。さすがにお目がたこ(高いの意)おすなぁ~。この旅館で一番ええ部屋なんどすぇ」
「そうなんだ。それは嬉しいね。それじゃゆっくりと寛がないと勿体ないね」
「そうどすぇ。初秋の貴船の味わいをこの部屋でゆ~っくりと寛いで行っておくれやすやぁ~」
「貴船って本当に情緒のあるいい所だね」
「そうどすなぁ~。ほんま、ええとこどすなぁ~」
「あ、そうだ。仲居さん、これを……」

 俊介は予め用意をしていたのだろう、ポケットから小さな紙包を取りだし仲居に手渡した。
 中には僅かばかりの心づけ(チップ)が入っている。

「え?これはこれは。お気遣い戴いてすんまへんなぁ~。ほな遠慮のう頂戴しときますぅ~。ほんまにおおきに~」

 仲居は慇懃に挨拶をし紙包を受取り懐にそっと仕舞いこんだ。

「夕飯どすけど何時頃がよろしおすやろか?」
「そうだね。食事は6時頃にしてもらおうか」

「お風呂はいつでも入れますよってなぁ。手拭だけ忘れはらんようになぁ~。ほな、ごゆるりと~」

 仲居は襖をそっと閉めて部屋を出ていった。

 零と俊介はテーブルを囲んで向かい合って座っている。

「零、風呂に入ろうか?今5時だから夕飯まで少し時間があるよ」
「そうやね……どうしようかなぁ?」

 零は湯呑を持ったまま、窓の方をぼんやりと見ていた。

「俊介、さっきね、凄う嬉しかったんや……」
「先ほどっていつのこと?」
「ここに着いて靴を脱いだ後、私が靴を揃えようとしたでしょ?」
「あぁ、分かった。あの時仲居さんが零のことを『奥さん』って呼んでたね。あの時のことだね?」
「そう、あの時のこと。私ね、俊介といっしょにいてて『奥さん』と呼ばれたん初めてやね」
「うん、初めてだね。でもあの場面では仲居さんもそう呼ぶしか無かったんじゃないかな?二人の関係が分からないわけだし、宿泊するカップルは一応夫婦って思わなきゃ仕方がないんじゃないかな?」

 俊介がそう言った時、零の表情が急に曇りはじめた。



「もう、俊介の意地悪……嫌いや……」
「あぁ、零、ごめん。そんなつもりで言ったんじゃないんだ」
「ええんや。どうせ私は『奥さん』には見えへんわね。そらぁ、私は奥さんとちゃうんやもん……」
「零、すまない。僕の心配りが足りなかったよ。君が『奥さん』と呼ばれて喜んでいた気持ちも察してあげないで……」

 零は見る見る間に涙顔に変わった。

「俊介ぇ……」
「零……」

 俊介はすっと立ち上がりテーブルの向い側に歩み寄った。
 そして零の肩に手を差し伸べそっとささやいた。

「零、悲しい想いをさせてごめんね……」
「かめへんねん、私、俊介のこと好きやよって……」
「零……」

 俊介は零の背中に手を廻し強く抱き寄せた。
 零の目頭からは熱いしずくが零れ落ち、きめ細やかな美しい頬を濡らしていく。

「俊介ぇ……私、無理はいわへん……奥さんにしてなんてゆうたら俊介が困るのん分かってるぅ。せやけど、せやけど……私、俊介が好きなんや……誰よりも誰よりも一番俊介のこと好きなんやぁ……」

 俊介に寄せる熱い想いがまるで堰を切ったかのように溢れ出した零は、俊介にすがりついた泣きじゃくった。

「零……僕が好きなのは君だけだ」
「俊介、嬉しい……」
「零……」

 俊介は零の濡れた頬を指で拭いてやり、そっと唇を重ねた。

「あぁ……俊介ぇ……」
「零……愛してる……」

 唇を重ね合った二人は抱き合ったまま床に沈んでいった。
 重なり合い、もつれ合っても重ねた唇だけは放そうとしない。

 零が下になった時、俊介の手がカットソーの胸の辺りに触れた。

「あっ……」

 弾力性のある感触が布越しではあったが俊介の指に伝わる。
 指は円を描くように零の胸を這い回った。
 円は、大きいもの、小さいもの、少しずつ場所を変えて描かれた。
 零の口から微かな喘ぎのような声が漏れる。

「あぁ……」

 俊介の指は器用にカットソーのボタンを外しブラジャーに掛かった。

「あぁ、あかん……仲居さんいつ来はるか分かれへんしぃ……」
「大丈夫だよ。食事の支度までは来ないよ」

 一瞬動きの止まった俊介の指はそう囁いた後、再び活動を開始した。
 ピッタリと肌にフィットしたブラジャーの中に指が潜り込んできた。
 ストラップが肩から外れてブラジャーが緩んだ瞬間、空かさずてのひらが乳房を掴んだ。
 なおもブラジャーをたくし上げ、俊介の指と舌がミルクを待ってた小猫のように這い回る。

(ピチャピチャピチャ……)

「ああぁ……俊介ぇ……」
「零……素敵だよ」

 突然、俊介のもう片方の手が零のスカートの中に滑り込んだ。




「あ……あかん……」

 零は俊介の手を押さえて拒もうとした。
 それでも俊介は脚をよじって逃れようとする零のスカートの奥に手を伸ばした。
 性急な指がパンスト越しではあったが零の秘所に触れた。

「あぁ……」

 小高い丘陵の中央には柔らかな窪みがある。
 俊介はギュッと指を押し込んだ。

「あん……」

(ギュッギュッギュッ)

「はぁ……」

 指は軽い指圧を終え、摩擦運動へと移行した。
 溝を指でなぞる。
 愛らしい女の源をなぞる。
 さらに乳房への愛撫も怠らない。
 まるでギターを演奏するように左右の指は違う動きを示す。

 パンスト越しではあっても、零の溝が確実に潤って来ているのが分かる。
 まもなくスカ-トを腰までまくりあげ、パンストに手を掛ける。
 そしてゆっくりとパンティとともにずらしていく。

 俊介も痛々しいほどにズボンの前面が膨れ上がっている。
 ずらしたパンストとパンティは膝のあたりで止まった。
 剥き出しにされた白い肌と黒い茂みが俊介の目に眩しく映る。

(ゴクリ)

 俊介は思わず唾を飲み込む。
 そして自身のジッパーに指を掛けた次の瞬間、非情な声が耳に飛び込んで来た。

「すんまへんけど、もう、夕飯の支度させてもろてよろしおすやろかぁ~」

「!!」
「!!」

 突然の仲居の声に二人は驚いた。
 時計を見れば、もう5時50分になっているではないか。
『男女の睦み』の時間と言うのは何と早く過ぎるものであろうか。

 俊介は襖越しに仲居に言った。

「ちょっと待ってね……」
「あっ……ちょっと、はやおしたかいなぁ?すんまへんどしたなぁ~。待たしてもらいますよってに、ゆっくりしてくださいなぁ~」

 二人は慌しく身形を整えた。
 とは言っても俊介に乱れなく零だけであった。

「仲居さん、ごめんね~。もういいよ~」
「あ、よろしおすか?急かせてしもて、えらいすまんことどすなぁ~」

 仲居は襖を開け、準備した膳を運び込んできた。
 零はあえて仲居の顔を見ようとはしなかった。
 いや、何となく顔を合わすのが気恥ずかしかった。

 零の髪が少し乱れていた。
 仲居は見ない振りをして忙しそうに準備に取りかかっている。

「なんか用事お有りどしたらそこのボタンを押しておくれやっしゃぁ。ほな、ごゆるりと~」

 配膳を終えた仲居は最後に熱燗を二人に注いで部屋から出て行った。

 仲居が出ていった後、零はくすくすと笑った。

「あぁ、びっくりしたねぇ」
「ははは~、全くだね。せっかくいいところだったのに」

 先ほどべそをかいていた零の顔はすっかりと元に戻っている。

「零、ちょっと機嫌が戻ったみたいだね」
「うふ、さっきは拗ねてしもて堪忍なぁ」
「いいんだよ。それより先ほどの続き……」
「え?」
「楽しみだね」
「いやぁん……恥かしい……」

 零はまだ酒を一献傾けたわけでもないのに、顔が真っ赤になっていた。

 窓辺から貴船川のせせらぎが聞こえて来た。
 そして美しい月が顔を覗かせ二人を照らした。












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