Shyrock作
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未来は家に帰ってからずっとソファにもたれCDを聴きながら想いに耽っていた。
真っ暗なのに電気も点けていない。
音楽を聴きながら、初めて彼の部屋に訪れた夜を思い出していた。
あの夜ふたりが初めて結ばれた時に流れていたのがこの曲だった。
エリック・サティのジムノペティ第1番。
それからのちも彼の部屋で抱かれる時、彼は決まったようにこの曲をかけてくれた。
未来も何度か聴いているうちに、いつしかこの曲を好きになってしまった。
彼のことが好きであるのと同じように。
窓から差し込む月明かりの中でネックレスが光ってる。
彼からもらった大切な宝物。
他にもあるのだが、未来はこのネックレスが一番好きでよく着けている。
未来は数時間前までの彼との情事を思い出していた。
瞳を閉じると彼がいた。
いや、いるような気がした。
自然と彼の肌の熱い感触が身体中によみがえってくる。
まるで彼に包まれているような錯覚を起こす。
部屋に入って最初はキスから始まった。
小鳥がくちばしを寄せ合うように優しく唇を寄せ合う。
彼の匂いがほのかに香る。
男性的でそれでいてどこか切なく甘い香り。
軽いキスから気持ちの高揚とともに次第に熱いキスへと移行していく。
ルージュの真紅が彼の唇に着いた。
未来は指で彼に着いた紅を拭おうとするが、彼がそれを拒んだ。
唇のぬくもりが彼の温かさを伝えてくれる。
未来は思った。
“ずっとこのままでいたい”
“彼の中に溶け込んでしまいたい”
“時間なんていらない。できることならこのまま止まって欲しい”
ジムノペティが終わらない間に彼は急に求めてくる。
甘い唇のふれあいが、急に深いキスへと変わる。
息ができなくなるくらい激しく唇を吸ってくる。
彼の熱い体温が、甘く切ない香りが、未来に伝わって胸がキュッと締めつけられるような想いがした。
彼の唇の求愛に答えるように、未来から彼の口の中を探った。
彼の熱い舌が未来を歓待してくれる。
彼の方から未来の中へも入ってくる。
ふたりの舌が絡み合う。
舌と舌との抱擁が、ふたりの気持ちを高め、心をひとつにしていく。
言葉などいらない。
お互いが“愛してる”ということを、無言のままで、唇と舌が教えてくれる。
舌だけがまるで別の生き物のように、絡み合いそしてほどける。
しじまの中で、ジムノペティとふたりの吐息だけが響いている。
でも次第に聞こえなくなっていく。
未来がふと気がつくと、彼の舌が片方の耳を探っていた。
くすぐったいような、それでいて切ないような不思議な感覚が未来の身体の中を駆け抜ける。
深い吐息が漏れる。
求めているものが充足されていく歓び。
否、真実は、いくら得ても与えられても、完全に満たされることはなく、永遠に渇望し、求め続けるのが人の性(さが)なのかも知れない。
彼の身体の一部が未来の中に入ってきた。
それは熱くて、硬い生き物のよう。
もう一度深い吐息が漏れる。
彼のシルエットが小刻みに揺れている。
「あぁ・・・すごぃ・・・はぁ~・・・いやぁ・・・」
言葉とは裏腹に快感で身がよじれそうになる未来の耳には、もうジムノペティは聴こえなくなっていた。
彼に包まれて何度もいってしまった未来。
「あぁ~ん!いやぁ~~~!あぁ、もうだめぇ~~~!!」
混乱する感覚の中、真っ黒な闇に身体はどんどんと宙に浮き、そして今度は底知れない谷底へと落ちていく。
果てる時の未来の最後の声が小さく響く。
小刻みに震える身体。
傾く肩と頭。ふわっと髪が宙に舞う。
その頃、ジムノペティは未来たちよりも早く終わっていた。
彼のメロディだけが、未来の中で大きく響き渡った。
完
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