第五話 しずか姫は和紙に描かれた自身の秘所を食い入るように見つめた。 「ほほう、わらわのここはこのような形をしておるのか……。初めて見たぞ。おのれのものを眺めるのは恥ずかしいものじゃのう。おほほほほほ~」 「さようでござりますか?姫ご自身が恥ずかしいと仰せであるなら、それがしはそれ以上に恥ずかしい思いがしまする」 「ほほほ、さようか?車井、礼じゃ!この姫の形取りをそなたに授ける」 「な、何と!?それはそれはおそれ多きこと。ありがたき幸せにござりまする~」 車井は深々と頭を垂れて、姫の形取りをうやうやしく受け取った。 「して、正式にはわらわの形取りのことを何と申す?」 「はは~。ちまたでは『女拓(にょたく)』もしくは『まん拓』と申します。いやいや、姫が言葉にされる場合は『形取り』と呼ぶ方がよろしいかと存じます」 「ほっほっほ、わらわは『まん拓』と言う言い方が気に入ったぞ。これからそう呼ぼうぞ」 「それはなりませぬ。それがしが姫にお教えしたことが分かれば親方様からお咎めを受けまする」 「それは拙いのう。ではそう呼ぶのはやめておこう。また機会をみてまん拓を取ってくれるか?」 「やめようと仰せの尻から早速その言葉を……あぁ、嘆かわしや……」 「まあそう嘆くな」 その時、襖の向うから女官ありさの声がした。 「しずか姫様、中老の広岡行長殿がお見えでござります」 「ん?何のようじゃ?まあ、良い。広岡、苦しゅうない。さあさ、入れ」 「姫、ご無礼つかまつります」 襖が静かに開き、歳は三十過ぎであろうか精悍な面構えの武将が深々と頭を下げた。 国学を学びその優れた才知は城内に響き渡っていた。 「しずか姫様、おめでとうございます。隣国の織田家からご縁談がまいりました。使者の方が親方様とお会いになりさきほどお帰りになられました」 「な、なんじゃと?めでとうなどないわ!嫌じゃ、わらわは嫁ぎ気はない。な、何と!?父上は承諾をされたと言うのか……あぁ、嘆かわしや……」 「……」 「分かった、広岡、ご苦労であった。下がって良いぞ」 広岡行長が退室すると、突然しずか姫は泣き崩れた。 車井は掛ける言葉もなくただ見守るしかなかった。 これでは祝辞を述べるわけには行かない。 しかし自身の立場からすれば祝いの一言は述べるべきだ。 「ご婚約おめでとうございます」 「車井、そなたがその言葉を述べるか?聞きとうないわ……」 「姫、そうは申されても、祝言は世の習い、世のさだめにござります」 「分かっておる。じゃが、悲しいのじゃ……訳は……」 言いかけてしずか姫の言葉は途切れた。 しずか姫と車井は庭を眺めた。無言のままで。 「車井、どこぞ見知らぬ国へわらわといっしょに落ちる気はないか……」 「な、何を仰せか……そんなことは叶いませぬ」 「好きな男と自由気ままに暮らせる国へ行きたいものだ」 「そんな国はございませぬ」 「なければそなたが作ればよい」 「そんな荒唐な……」 車井は開いた口が塞がらなかった。 そしてしずか姫を窘めるように静かにささやいた。 「そのような言葉を二度と口にしてはなりませぬ」 「おほほほ、夢じゃ。わらわの夢を言ったまでじゃ。忘れよ」 庭にはさきほどから降り始めた雪がすでに石灯籠や木立に積もっていた。 しずか姫の心にも雪は積もり始めていた。 決して解けることのない雪が。 完 前頁 |