第一話 「ええい!遅い!車井家老はまだか!?」 しずか姫は目を吊り上げてお付きの者達を叱り飛ばしていた。 朱色地に桃色と黄色の大きな花模様がしずか姫の美しさをより一層引立たせている。 しずか姫はすでに二十歳。当時だとほとんどの女性がすでに嫁いでいた。 が、女ばかりの三人姉妹の末っ子であり、上の二人が嫁いでしまった今、婿養子を取るしか方法がなかった。 すでに近隣諸国から数回に及ぶ縁談の話はあったが、しずか姫はことごとく断った。 絵から抜け出たような美しい姿は、隣国織田家のお市の方と並び称せられるほどであったが、何故か婚姻を拒み続けたのであった。 理由は簡単であった。 ありさ姫は居合家の筆頭家老車井政之進に密かに心を惹かれていたのであった。 車井は独身の三十六歳としずか姫より十六歳も年上であったが、年齢のことよりも姫と家臣という身分の隔たりが結婚への大きな障害となっていた。 車井家老がようやくしずか姫の部屋に到着した。 「姫、お待たせ申しました。やっと見つけて参りました」 しずか姫は歳の暮れとなったため、遠く離れた叔母上に賀状をしたためようとしていた。 賀状をしたためるには筆とすずりがあれば事足りるのだが、しずか姫はあえて当家に伝わる幻の筆『不死鳥の羽根』を取ってくるよう車井に命じた。 『不死鳥の羽根』は極楽に住む伝説の鳳凰の羽根でできていると言い伝えられており、当家では平安の御代より大切に保管されており、いかに姫の頼みでも簡単に持参できる代物ではなかった。 そこで車井は城主居合瀬戸丸の元に、了解を求めに足を運んだため持参が遅れたのだった。 「車井~!遅いっ!わらわはもう疲れてしもうたわ!」 「それはそれは、誠に申し訳ございませぬ」 「車井、文は後じゃ。それより先に肩を揉め。皆のもの、人払いいたせ!」 お付きの腰元たちは慌てて部屋を退出した。 「車井、早く揉め。この当たりがひどく凝っておる」 しずか姫は右肩を指し示した。 「姫、では失礼いたします」 車井はすぐさま着物の上から肩を揉んだ。 「車井、そちは存外力が弱いのぅ。それともわらわに気を遣っておるのか?全然効かぬわ。これならどうじゃ?」 何と、姫は片袖を下げ、右肩が完全に露出してしまった。 車井は透き通るほど白い肌のしずか姫の、もう未通女(おぼこ)とは言えない大人の女の色香に一瞬たじろいだ。 彼が小姓の頃しずか姫はまだ幼かった。 それがいつのまにか思わず見入ってしまうほど美しい女性に変貌を遂げている。 車井は時の流れを実感するのであった。 しずか姫の幼い頃を想い出し回想に浸っていると、突然しずか姫の白い手は肩を揉んでいる車井の手を握り自らの胸元に誘導した。 ◇ 話が少し脇道に逸れるが、車井家老について些かの説明を加えておこう。 彼は城主・居合瀬戸丸からの信頼も厚く、太平時は君主の知恵袋となり内政に力を注ぎ、戦闘時は知略に富んだ軍師であった。 南には尾張の覇王織田信長、東には甲斐の龍武田信玄、北には越後の虎上杉謙信、西には乱世の梟雄斎藤道三などの列強が控えていたが、その中央にあって列強と互角に競い合う居合瀬戸丸は『飛騨の夜叉丸』と恐れられていた。 話を戻そう。 しずか姫の大胆な行動に車井は困惑した。 しずか姫は当家御大の息女である。 すぐに手を振り解きながら、 「姫、それはなりませぬ」 と拒もうとしたが、しずか姫は眉を吊り上げて、 「いいのじゃ!車井はわらわのいうとおり従えばいいのじゃ!」 「ははあ」 「揉め。揉めというに」 「よ、よろしいので?」 「いいのじゃ、揉め」 車井はためらいながらも、しずか姫のふくよかな乳房を傷つけぬように優しく揉んだ。 次頁 |