第2話「静のマンション」

 新大阪駅午後6時45分発の『のぞみ』に乗車した俊介は座席に着くと車内販売を待った。
 駅の売店か自動販売機で缶コーヒーを買えば済むのだが、俊介にはこだわりがあった。
 車内販売でポットから注ぐ熱いコーヒーが飲みたいのだ。

 名古屋駅には午後7時34分到着の予定だ。
 静が待つマンションには8時30分頃到着できるだろう。
 静が下着を盗まれたことに不安を感じ俊介を『用心棒』として頼ってきたので、俊介としては行きがかり上承諾したが、はたして犯人が二晩つづけて盗みに来るだろうか。
 俊介が思考に耽っていると、またたく間に京都駅に到着した。

 静とは大阪や名古屋で何度か会っているが、彼女の家を訪問するのは初めてであった。
 まさか初めての訪問が彼女の護衛になるとは。
 いかなる理由であろうとも、俊介は静と会えることが嬉しかった。

◇◇◇

 ちょうどその頃、静は調理に余念がなかった。
 元々料理が得意とは言えない静だが、今日は俊介が来るというので、レシピを広げ手間暇かけてカレー作りに励んでいた。

「ん? いまさらだけど俊介って牛肉派?豚肉派? どっちだろう? 大阪の人だから牛肉かな? でも東京にも長いこと住んでいたと言ってたからやっぱり豚肉? 困ったなぁ~どっちだろう? まぁ私が牛肉派だから牛肉にしちゃおう~。いちいちメールで聞くのも大袈裟だし」

 静はぶつぶつと独り言をつぶやきながら、煮込んだ具材と水の火を止め、鍋の中にカレールーを入れた。
 掛け時計を見上げる。
 午後8時だ。まもなく俊介がやって来る。
 静の胸が高鳴った。
 今日俊介が来る目的は『下着泥棒退治』である。いや、実際に退治までは無理かもしれないが、『静の護衛』であることは間違いない。
 彼氏に護衛をしてもらえる。女性にとってこれほど彼氏がたくましくもあり蠱惑的なことはないだろう。
 よしんば下着泥棒が現れないとしても、俊介とともに過ごすことができる。
 おそらく二日続けて下着泥棒が現れる可能性は少ないだろう。
 だけど俊介をはるか大阪から呼び寄せる十分な理由になる。
 いそがしい俊介は滅多に会ってくれない。
 つまり静がひらめいた一種の作戦であり口実といえるかもしれない。

◇◇◇

 午後8時15分、インターホンが鳴る。
 モニターに俊介の姿が映し出された。
 黒のテーラードジャケットに白のシャツ、ベージュのチノパンツはベーシックだが洗練された着こなしだ。

「すぐ開けるね~」

 静はモニター向こうの俊介に語りかけると、小走りで玄関ドアへと向かった。
 ドアを開けると俊介がにっこりと微笑んだ。

「用心棒が来たよ~!」
「アハ、遠いところまで守りに来てくれてありがとう~!」
「相変わらず美人だね~」
「相変わらず口が上手いね~」
「いや、お世辞じゃなくて、マジでそう思う」
「アハ、嬉しい~、さあ上がって~」
「うん、上がらせてもらうよ。すてきなマンションに住んでいるね」
「建築士の俊介に言われたらマジで嬉しい~。でも部屋はぜんぜん可愛くないでしょう? 女の子らしくピンク色とか想像してたんじゃないかな~って思って」
「いやいや、内装は人それぞれ好みがあるからね。落ち着いた良い部屋だと思うよ」
「ありがとう~。ねえ、おなか空いたでしょう? ご飯すぐ食べるよね?」
「うん、いただくよ。でもその前にベランダを見せてくれるかな」
「そうだね。こっちだよ」

 俊介は静に案内されてベランダに出た。
 幅員6メートルの道路を隔てて向かい側には戸建て住宅が見える。周辺は閑静な住宅街だ。 
 ベランダにはひさしが付いており、横幅が6メートルで奥行きが1.5メートルとごく一般的だ。
 また地面からベランダまでの高さは0.6メートル、ステンレス製手摺の高さは1.1メートルあるが、外部の者が侵入しようと思えば決してよじ登れない高さではないだろう。

「静?」
「なに?」
「大きな道路から一つ入って住宅地としては最適なんだけど、気になるのは街灯が少ないせいか、少し暗いことだね」
「うん……確かにちょっと暗いねぇ」
「役所にお願いして街灯を点けてもらうのが良いと思うんだけど時間がかかるなら、何か自衛した方が早いかもしれないね」
「例えばどんなことをするの?」
「うん、犯人がベランダによじ登るとセンサーが働いてライトを照らすとか、あるいは監視カメラを取り付けるとか、方法はいろいろあるよ」
「うん、なるほど~」
「もっとアナログな方法なら手摺に鳥よけシートを付ける方法があるよ。一種の忍び返しみたいなものかな」
「ふう~ん。ねえ、俊介、先にご飯食べようか?」
「うん、いただくよ~」
「カレーなんだけど」
「うん、カレー大好き!」
「ねえ、俊介はカレーのお肉は牛肉派?豚肉派?」
「どっちも好きだけど、しいていうと牛肉派かな」
「ああ、よかったぁ~」
「ん?」
「実はね、作りながら、俊介はどっちだろう?って思って」
「名古屋だとやや豚が多いのかな?三重県より西は牛が多くて、東は豚が多いと聞いたことがあるよ」
「ふうん、でも俊介はどちらも食べられるから便利だね」
「うん、好き嫌いはあんまりないからね」



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