|
第1話「下着を盗まれたの」
「あれ……?」
洗濯物を取り込もうとした静は怪訝そうに首をかしげた。
「パンツがない……」
昨夜帰ってから洗濯をして干したはずのショーツが見当たらない。
ブラジャーやキャミソールは干されているのに、ショーツだけが姿を消していた。
もしかしたら洗濯機に残っているかもしれないと思いもう一度洗濯機を覗いてみたが、やはりない。
干したはずのショーツが忽然と消えてしまったのだ。
「干したパンツがないと言うことは、盗まれたと言うこと!? 冗談じゃないよ! まだ新しいしお気に入りだったのに~! く、くっそ~! 下着泥棒め! むかつく~~~!」
静は実家を出て一人暮らしをしている。
住まいはマンションの一階だ。
もしかしたら外部からベランダに侵入されたのかもしれない。
「どうすればいいだろう……? 警察に通報? そうだ、俊介に相談しよう!」
◇◇◇
『俊介、大変なの~! 下着を盗まれたの!』
静からのメールが俊介の携帯に飛び込んできたのは金曜日の昼食であった。
俊介はちょうどそのとき、施主と建設会社を交えてマンション建設の打ち合わせを行なっていたため、すぐに返信ができなかったが、打ち合わせ終了後すぐに電話をかけた。
「下着を盗まれたって?」
「うん、そうなの! 今朝ベランダに干した洗濯物をとりこもうとしたら、パンツがなくなってたのよ! すごく高かったのに~! 腹が立つ~~~! もう~~~!」
「まあまあまあ、落ち着いて。で、盗まれたのはパンツだけなの?」
「うん、ブラやキャミは干してあったの」
「であればきっと変質者だね。静のことだからかなりセクシーな下着だったんじゃないの?」
「アハ、ピンク色のTバック」
「刺激的すぎて犯人がムラムラと来たのかも」
「もう、どこの変態なの~? は~~~! もうふざけるなよ! あれ買ったばかりのお気に入りだったのに、ふっざけんなよてか、下着って高いのよ! わたしの金を返せ~~~!」
「まあまあまあ、冷静に」
「うん、ごめん」
変質者のなかでも最も一般的で古典的なのが下着泥棒だ。
下着泥棒には大きく二つのパターンが考えられる。
女性用の下着なら見境なく入手を試みるタイプと、好みの女性の下着のみを求めるタイプである。
残念ながら静の証言だけでは、どちらのタイプかは判断できないわけだが……。
「静、最近誰かに後をつけられたりしていない?」
なにしろトップ人気のネットアイドルなので、熱狂的なファンからのストーカー行為には注意しておかなければならない。
「ストーカーってこと? う~ん、よく分かんない……。でも盗まれたのがこれで二回目なの」
「えっ!? 前にもやられたの? いつ頃?」
「二週間ほど前かな」
「警察に被害届は出さなかったの?」
「うん、出してない」
「今回2回目なら出しておいた方がいいと思うよ」
「うん、でも、警察が来て根掘り葉掘り聞かれるのもきついし……」
「ふむ、たしかに嫌だと思うけど、周辺のパトロールを強化してくれると思うし、できたら出しておいた方がいいと思うよ」
「うん……」
静の返事は重かった。
警察に通報した方が今後の安全のために好ましいのだが、どうも気が進まないようだ。
「俊介?」
「なに?」
「たしか俊介は柔道の有段者だったよね」
「いちおう三段だけど」
「じゃあ、下着泥棒をつかまえてよ」
「そんな無茶な」
「だって強いんでしょう?」
「柔道は攻撃するためのものじゃないよ」
「じゃあ、私を守ってよ」
「うん、それならできるよ」
「まあ、うれしい! ねえ、明日の土曜日は休み?」
「うん、休みだよ」
「じゃあ、今夜、来てくれない?」
「えっ? 気軽にいうけど、静は名古屋で僕は大阪に住んでいるんだよ」
「それは分かってる。でもいますごく不安なの……」
静の切実さが俊介に伝わってきた。
「うん、分かった。じゃあ、仕事が終わったら新幹線で行くよ」
「遠いのにごめんね」
「新大阪と名古屋間って50分かからないんだよ」
「俊介、ありがとう。すごく心強いよ」
「たぶん8時頃には着くと思う。新幹線に乗る前にメール入れるよ」
「じゃあ、ご飯作っておくよ。何食べたい?」
「何でもできるの?」
「できない」
「ははははは~、じゃあ何を作るかは任せるよ」
「うん、分かった。でも上手じゃないよ」
「いいや、静が作るものなら何でも美味しい」
「俊介ったら……」
「じゃあね」
「うん、待ってる」
◇◇◇
午後5時、終業時刻が訪れた。
俊介は仕事を済ませるとあわただしくバッグに着替え等のお泊りセットを詰め込んだ。
繁忙時には徹夜で設計図面を仕上げることもあるので、お泊りセットは常備している。
俊介が経営する設計事務所は所員が5人程のこぢんまりしたもので、主にマンションや小規模な商業施設を手掛けている。
「所長、珍しく今日は早帰りなんですね」
「うん、ちょっと急用ができたので先に帰らせてもらうよ。皆も早く帰れよ」
まだ若いが積算を任されている智絵里がにこりと微笑む。
「あれ~? もしかしたらデートですか?」
「まあ、そんなところかな~?」
「いいな~。ゆっくりと楽しんできてくださいね」
「うん、ありがとう。じゃあね」
「失礼します」
俊介はタクシーを拾い新大阪駅へと向かった。