第4話“衣擦れの音”

 まさか漏水が原因で美大生の描いた絵を濡らしてしまい、その代償としてヌードモデルを引き受けなければならなくなるとは、果たして誰が想像しただろうか。
 でも仕方がない。自分が撒いた種は、自分で摘み取る以外にないのだから。
 自分にそう言い聞かせてはみるのだが、まもなくいまだ経験したことのないヌードモデルにならないといけないと思うと、胸の鼓動が激しく高鳴った。

(コンコン・・・)

「おじゃまします、山川です」
「ドア開いてるから、どうぞ入って」

 昨日とはかなり違ったぶっきらぼうな返答が返って来た。
 いささか不快に感じたが、今は我慢だと自分に言い聞かせ冷静さを保つよう努めた。

「失礼します」
「奥の方へ入ってきて」

 声はするのだが小野原の姿は見えない。
 脱いだサンダルを揃えて玄関から廊下へと入った。
 少し廊下を進むと昨日話し合いを行なったリビングが視野に入ったが、そこには小野原の姿はなかった。
 まもなく背後から少しかすれたような声が聞こえてきた。

「こっちだよ」

 振り返ってみると向かい側の部屋で、小野原が気だるそうな表情でこちらを見つめている。
 部屋には日用品等が散乱していてお世辞にも綺麗とはいえなかったが、部屋全体のインテリアコーディネートを白でまとめているところは、さすがに美大生の片鱗をうかがわせた。
 画家の卵らしくキャンバスと向かい合ってはいたが、筆を走らせている様子はなかった。

「よく来たね」
「はい・・・」

(だってあなたが半ば強制的に来るように言ったじゃないの)

 と心の中ではつぶやいてはみたが口には出さなかった。

「じゃあ、早速服を脱いでくれる?」
「・・・・・・」

 覚悟はしていたものの、あまりに突然の要求に思わず戸惑ってしまった。
 すると小野原は、

「どうしたの?『絵の償いをしたい』と言い出したのは奥さんじゃなかったの?」
「それはそうですけど・・・」
「なんだよ。今になって怖気づいたの?」
「そうじゃないですけど・・・。絶対に変なことしないって約束してくれますか?」
「何だよ。俺を信用できないってわけか?」

 小野原は不機嫌な表情に変わり、少し語気を荒げた。

「いいえ、そんなことはないです。信用しています」
「じゃあ、早く脱いでモデルになってくれよ」

 一度は覚悟を決めて家を出てきたはずなのに、小野原を前にして急にためらいが生じてしまったようだ。
 いくら自分が原因者だとしても、どうして見知らぬ男性の前で裸にならなければならないのか、と口惜しくもあったからだ。
 でもここまで着たらもう後戻りが困難であることはよく分かっている。

 私は覚悟を決めてカットソーに手をかけた。
 小野原はじっとこちらを見つめている。

「すみませんが、脱ぐ間向うを向いててもらえませんか」
「えっ?ヌードモデルになるというのに、どうして?」
「脱ぐところを見られるのってすごく恥ずかしいんです・・・」
「そういうものなの?うん、分かった」

 小野原は意外にも素直に私の頼みを聞き入れ、すぐに顔を背けてくれた。

 静かな室内できぬずれの音とともに衣服はゆっくりと身体から離れていった。
 ブラジャーを外し終わったあと、私はためらいながらも白いショーツに指をかけた。


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