第1話“14階と13階”

 私は美穂、28歳で既婚、でもまだ子供はいない。
 夫には特にこれといって不満はない。
 仕事は真面目だし、ギャンブルもしないし、浮気だっておそらくしたことがないと思う。
 むしろとても良く出来た夫だと思ってる。
 でも私はそんな良人ともいえる夫を裏切ってしまった。
 それはあの思いがけない出来事から始まった。

 それはちょうど1年前までさかのぼる。
 私は今、眺望の良いマンションの最上階14階に住んでいる。
 その日私は洗濯機を掛けたまま、近所のスーパーへ買い物に出かけた。
 洗濯機は全自動なのですすぎ終わると勝手に止まってくれる。
 天気も良いので、帰ってからベランダに洗濯物を干すつもりだった。

 買い物を済ませた後、スーパー近くのカフェでカフェラテを飲んでひとときを過ごした。
 買い物に出かけてから帰宅まで凡そ3時間ぐらい過ぎただろうか。

 マンションに戻ってみると、私の部屋の玄関前で人がたむろしていて何やら騒がしい。
 3人の男性が部屋のチャイムを押したり、ドアをノックしたりを繰り返している。

(どうしたのかな?何の用事だろう……)

 よく見ると1人は初老のマンションの管理人だったが、他の2人は見慣れない顔だ。
 そのうちの1人は40才前後でどこかの業者なのか青い作業服を着ており、もう1人は20才ぐらいの長身の男性でカジュアルなシャツにジーンズ姿であった。
 私は訝しげに思いながら、唯一顔見知りの管理人に尋ねてみた。

「どうしたのですか?」

 私が声を掛けるのと、管理人はまるで堰を切ったように話しはじめた。

「あっ、山川さん、よく帰ってきてくれた!」
「何かあったんですか?」
「大変なことになったんですよ!実は山川さんの部屋から階下に水漏れしてまして、階下に被害が出てるんですよ!」
「え?水漏れ?私の……部屋からですか?」
「はい、先ず間違いないと思います。我々は階下の小野原さんからの通報で駆けつけたんですが、小野原さんの天井から水が滝のように零れていますので、とにかく至急山川さんのお宅を調査させて欲しいのです!」

 管理人はまくし立てた。

(もしかしたら!?)

 私はとっさに洗濯機をかけたまま出かけたことを思い出した。

「もしかしたら洗濯機かも知れません!」

 私は急いでシリンダーに鍵を差し込んだ。

「どうぞ、入ってください!」

 私はあわただしく買物袋を玄関先に置き、部屋内へと駆け込んだ。
 管理人たちも私の後に続いた。
 驚いたことに廊下にまで水が溢れている。

「きゃっ!」

 水は洗濯機の置いてある洗面所の横から溢れ出ているようだ。
 すごい量の水が流れていて一面が水浸しになっている。
 洗濯機置場を覗いてみると、洗濯パンの排水ホースが排水口から外れてしまっている。
 私は頭が真っ白になってしまった。
 水は自動的に止まっていたが、既に溢れ出た相当な量の水が階下へ漏れたのだろう。
 ここは素直に謝るより他にない。

「すみません!」
「原因はやはり洗濯機ホースの外れでしたか。とにかく出来るだけ沢山のタオルを当てて水を吸い取ってください!」
「は、はい!」

 私はありったけのタオルとバスタオルを収納ボックスから取り出し、すぐに溢れた水を吸い取ることにした。
 管理人もいっしょに手伝ってくれた。

 階下の住民小野原と修理業者は原因が洗濯機ホースの外れであることを確認すると、そそくさと立ち去ろうとしたが去り際に、

「奥さん!そっちが片付いたら下に来てください!水漏れの被害を確認してもらわないといけないので!すみませんが管理人さんも立会いを頼みます!」

 修理業者は慣れた口調で私にそう告げると、小野原とともに急ぎ足で立ち去っていった。


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