短編/惠 早春の宵

Shyrock作


Version.1


 桜がまだ咲かない早春の夜、惠と肩を並べて歩く。
 昼間はめっきりと春らしくなったが、夜はまだ肌寒い。

「ねえ」
「なに?」

 惠がこちらを向く。

「キスしようか」
「だめ。恋人でもないのに」

 単なる会社の先輩後輩?
 でも、惠を誘って過去に2度ふられてる。

「じゃあ、抱きしめてもいいか?」
「なぜ?私は別に抱きしめて欲しくないんだけど」
「うん?いいじゃないの。オレは今、無性に惠を抱きしめたいんだから」

 惠が立ち止ってこちらを向く。

「俊介がそんな風にいうの初めてね」
「なにが?」
「なんか、いつも遠回しなんだもの」

 そういうと、惠はすっと俺に近づき、胸に顔を押し当てて、オレの背中に手を廻してきた。

 惠のやわらかい髪が頬に触れくすぐったい。
 あんずの花のような甘い香りがした。


  「いいよ、抱きしめても」
「どうしたんだい?」
「いいじゃない、急にだきしめられたくなったんだから」
「・・・・・・」
「俊介に」

 少しだけ周りに目を配ってから、ゆっくりと惠を抱きしめた。

 見上げると空にきらめく星々。
 やさしくオレたちを見つめていた。





Version.2

 桜がまだ咲かない早春の夜、惠と肩を並べて歩く。
 昼間はめっきりと春らしくなったが、夜はまだ肌寒い。

「ねえ」
「なに?」

 惠がこちらを向く。

「ラブホいこうか」
「だめ。今日は女の子の日だから」

 以前、アノ日でもエッチしたことあったのに。
 でも、女の子ってアノ日はいやなものなんだろうなあ・・・。

「じゃあ、ここでキスしてもいいか?」
「え?ここでキスするの?」
「うん?いいじゃないの。オレは今、無性に惠とキスしたいんだもの」

 惠が立ち止ってこちらを向く。

「なんかそんな風にいわれるの、うれしい」
「なんで?」
「なんでも・・・」

 そう囁くと惠はすっと俺に近づき、瞳を閉じて顔を寄せてきた。

 オレは惠の細い肩先を抱きしめ唇を重ねた。
 ライラックのような甘い香りがした。


「ねえ、俊介」
「なに?」
「ちょっとだけ行こうか?」
「どこへ?」
「ラブホ」

 惠にもう一度、軽くキスをした。

 遥か遠くにはきらきらと繁華街の灯り。
 オレの足どりはいつしか軽くなっていた。














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