第13話

 身体の中心をきり揉みされるような快感がまりあの下半身に巻き起こった。
 やがてその快感は渦を巻いて頭まで昇り詰めていった。
 皮肉なことに、結婚後、夫との営みでは味わうことのできなかった鮮烈な快感が、車本との融合の中でまりあを襲った。
 それは素晴らしい音楽と同じように心を慰撫し、肉を優しくほぐし、時の感覚を麻痺させた。
 夫が極端に下手というわけではないのだが、いつも疲れ果てていてまりあとのひとときに情熱が感じられなかった。
 絶頂感……それは絶対に不可欠なものではないが、すさまじいまでの絶頂感と果てない快感の渦は女性にとって最高の悦楽といえるだろう。
『性の歓び』とはある意味、文字は異なるが『生の歓び』でもある。
 生きていることの実感、確証、それは愛に溢れたセックスからも体験することができるのだ。

 まりあはクライマックスに達した後、車本に抱かれながら余韻の時を噛み締めていた。
 抱かれているうちに涙がこぼれ落ちた。
 愛することの喜びからか……それとも愛されることの喜びのせいか……
 それがたとえ禁断の恋であっても、刹那的な愛であっても、まりあにとっては至福のひとときであった。

「光一さん……」
「ん?なに?」
「光一さんのこと大好き……」
「僕だって、まりあが大好きさ」
「いつのまにか、まりあって呼んでくれてるね」
「まりあだって、今日会った時はまだ敬称で呼んでいたじゃないか」
「まあ、そうだったかしら」
「もう忘れたのかい?」
「過ぎたことは忘れるようにしているの」
「じゃあ、明日になれば、今日のことも忘れてしまうの?」
「そんなぁ……意地悪言うのね。忘れるわけないでしょ」
「明日になれば、ケロリとして『車本先生』って呼ぶのかと思ったよ」
「うふっ、そんなわけないでしょ。でもゴルフ練習場では今までどおり呼ばなきゃね」
「うん、他の生徒さんの手前もあるしね。ところで……」
「え……?」
「これからも、光一、まりあ、って呼び合える機会があるってことだね?」
「え~?そんな機会を作ってくださらないの?」
「もちろん作りたいけど……いいの?」
「うん……」

 まりあは小さくうなずいた。

「光一さん?」
「ん?」
「18ホール廻った後の19番ホール……最高だったわ」
「それは僕がいうセリフだよ」
「あら、どうして?」
「だって19番ホールに入れるのは男の役目じゃないか」
「うふ、それもそうね。で、スコアはどうだったの?ロングホールで3オン2パットのパープレイってとこかな?」
「とんでもない!パーなんて。2オンでそのままカップインのアルバトロスだよ~」
「ええ~?アルバトロス?あのホールインワンより難しいと言われてるアルバトロス?」

 ショートホールにおけるホールインワンよりも、ロングホールのアルバトロスの方が成功しにくいとされている。
 ショートホールの場合距離が229メートル以下と短く、グリーンにオンすればまぐれでも成功する確率は意外と高いからだ。
 ところがロングホールだと距離が431メートル以上あるから、グリーンオンまで打数を要し飛距離の出ない選手の場合いっそうその確率が低くなってしまうわけだ。
 過去のデータから見ても、アルバトロスの出る確率は100万回から200万回に1回ということで、ホールインワンの4万回と比較してもその難しさが一目瞭然だろう。
 そんなところから、アルバトロスは奇跡に近いとも言われている。

 ベッドとゴルフを比較するのはいささか不謹慎だが、まりあとしてはプレーする上で最も栄誉あるアルバトロスと例えられたことがとても嬉しかった。
 まりあは素直に喜びを表した。

「光一さん、ありがとう……」


◇◇◇

「じゃあ、またね」
「それじゃ……」

 まりあは朝待ち合わせをした場所まで光一に送ってもらった。
 朝会ってからまだ8時間しか経っていない。
 わずか8時間しか経っていないが、会った時と今では状況が大きく変わってしまった。

 恋愛には3つの段階がある。
 心だけのプラトニックな段階……
 1つ階段を登って肉体が初めて結合する段階……
 さらに会う瀬を重ねて心身ともに深く融合する段階……
 まりあと光一は、今日、2つ目の段階に脚を踏み入れたのだった。
 男と女が肉体的に結ばれた場合、今までそのふたりには無かった親密感が生まれる。
 他人とは思えなくなってしまう。

 まりあはゆっくりとした足取りで家路に向かった。
 つい今しがたまで光一と愛し合った官能の余韻からまだ身体が醒め切らないが、その一方でどこか虚無感があった。
 それは夫を裏切ったことによるうしろめたさから来るのだろうか。
 それとも、この先光一といくら愛し合っても、おそらく結ばれることが無いであろう寂しさから去来するものなのだろうか。


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