第7話

 車本は返事が返って来なかったことに不満を感じたのか、そっとまりあに尋ねた。

「僕のこと好きじゃないのかな?」

 それはいささか意地悪な質問だった。
 じっと見つめられてそのように尋ねられたら、嘘はつけなくなってしまうものだ。
 まりあは包み隠さず本心を伝えた。

「いいえ、そんなぁ……先生のこと大好きですよ……」

 まりあははにかみながらつぶやいた。
 男に告白するときの女の瞳は、まるで綺羅星のように美しく輝いている。
 そしてしっとりと潤っている。

「阿部さん……」

 車本の心に堆積していたまりあへの熱い想いが激流のように流れ出た。

「阿部さん、君が大好きだ」

 車本はそう告げると、強引にまりあを抱きしめベッドへと押し倒してしまった。
 絡み合い、もつれ合い、激しい口づけを交わすふたり。

「阿部さん……」
「あぁ、車本先生……大好き……」
「以前から君のことが好きだった。でも君は人妻だしどうにもならないと諦めていた。でも、でも、もう止まらないんだ。阿部さん……」
「『まりあ』と呼んで……」
「いいの?じゃあ、まりあ……君も先生って呼ぶのはゴルフの時だけにして」
「どう呼べばいいの?車本さん?それとも光一さん?」
「ちゃんと名前も覚えてくれてるんだね」
「当たり前でしょう。好きな人の名前は忘れろと言われても忘れられないわ」
「可愛いことを言って。この~」

 車本はまりあの額を軽く指で突っついた。
 いたずらっぽく笑うまりあ。
 その仕草は人妻なのに少女のそれを思わせた。

「じゃあ、光一さんと呼ばせてもらうわ」
「うん」

 二言三言会話を交わした後、ふたりは一旦ベッドから降りて衣服を脱ぎ始めた。

「シャワー浴びなくてもいい?」
「いいよ。先程ゴルフの後入ったばかりじゃないか」

 まりあがタイトスカートのホックを外そうとした時、突然照明が薄暗くなった。
 車本がベッドの枕元にある電気のスイッチを調節したのだった。

「光一さんって気が利くのね」
「どうして?」
「だって女性が好きな人の前で初めて衣服を脱ぐ時って恥ずかしいじゃないですか。そんな女性の気持ちをちゃんと汲んでくださっている」
「ははは~、そんなたいそうな」


 まりあが車本に背を向けてキャミソールを脱ぐ。
 洋服の場合は、和服を脱ぐときのような『衣擦れ(きぬずれ)』の音はしないが、キャミソールのストラップが肩から落ちる様は実に艶やかなものだ。
 まりあの脱衣に歩調を合わせるように車本も衣服を脱いでいく。
 
 キャミソールが床に落ち、薄暗い灯りの中でまりあの美しいシルエットが揺れている。
 華奢な身体に少し不似合いなふくよかな乳房がなまめかしい。
 ブラジャーとショーツだけを残したまま、まりあはゆっくりとベッドに潜り込んだ。
 
(素晴らしい……。眺めているだけでも十分に価値がある……)

 車本は心の中でそう呟いた。
 良い女というのはそういうものだ。
 眺めているだけでも男の心は満たされていく。
 しかし欲望というものは際限がないものだ。
 さらに上の段階を求めてしまう。

 少し遅れて車本がまりあの横に滑り込んだ。
 むっと来るような甘い香りが車本の心を刺激する。
 次の瞬間、車本はまりあを抱き寄せた。
 そして激しく唇を求める。

「まりあさん……何て素晴らしいんだ……」
「まぁ、そんな……でも嬉しい……光一さん……」

 一言交わし終えた後、ふたりはお互いを求め合う。
 貪るような激しいキスの連続にまりあも次第に酔いしれていく。
 次第に押し寄せてくる官能のさざなみ。
 相手が人妻であるがゆえに車本はひときわ燃えるのか。
 いや、そうではない。
 人妻であるまりあの夫から片時でも奪い取るという罪悪感は、確かにベッドに入る直前までは車本の意識下にあった。
 しかし唇を合わせた瞬間から、車本の脳裏から罪意識は吹き飛んでしまった。
 熱い吐息がまりあの首筋に吹きかかる。

「あぁ……光一さん……」
「まりあさん……」

 喉元への熱いキス。

「あっ……」

 執拗なまでにまりあの首筋に唇が這う。

「ああっ……そんなに吸うとキスマークがついちゃうから……」


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