第1話「三人の林間学校」

 夏休みに入ってすぐに、もえもえに悲しい出来事が相次いだ。
 以前から別居状態だった両親がついに離婚をしてしまったのだ。
 多感な年頃のもえもえの心に大きな衝撃を与えた。
 また、時を同じくして当時交際していたボーイフレンドから突然別れを言い出され、さらにもえもえの心に追い討ちをかけた。
 そのため、もえもえは楽しみにしていた林間学校への参加を取りやめにせざるを得なかった。
 そればかりか、夏休み中部活動にも行かずずっと自宅にこもりがちになっていた。

 おおよその事情を掴んでいた担任の車野俊介は、落胆しているもえもえを励ましてやりたいと思った。
 そこで思い付いたのが、『プライベート林間学校』であった。
 そうはいっても、生徒のもえもえと二人だけで行くわけにはいかない。
 俊介は恋人であり保健室教諭でもある早乙女イヴに同行を依頼した。
 そんな俊介の依頼をイヴは快く引き受けた。
 以前からもえもえはイヴを信頼しており、生理のことや身の上話をたびたび相談していたこともあって、イヴとしてももえもえのことを気にかけていた。

 三人が目指した先は霊験あらたかな神隠山(かみかくしやま)であった。

「あと一時間ほど歩けば山頂に着くけど、ちょっと疲れたので休憩して行こうか」

 俊介はにじむ汗をタオルで拭いながらイヴともえもえに声をかけた。

「そうね。もう二時間ずっと歩き詰めだものね。喉も渇いたしちょっとばかし休憩しましょうか。ねえ、もえもえちゃん?」
「あ、そうですね。ちょっと休みましょうか」

 三人は手頃な岩を見つけそれぞれ腰をかけた。
 俊介は肩からリュックを下ろして水筒を傾ける。
 イヴはタオルで首筋を拭きながら、ペットボトルに口をつけた。
 もえもえは地図をうちわ替わりにパタパタと扇ぎながら水筒を取りだす。

 突然もえもえが神妙な表情になり二人に礼を言った。

「車野先生、早乙女先生、この度はありがとうございます。貴重な時間を私のために割いてくださって、何とお礼を言ったらいいのか……」
「もえもえちゃん、そんな堅苦しいことは言わないで」
「そうだよ。礼なんて言わなくていいよ。僕も早乙女先生も君を林間学校に連れて行きたかったんだ。残念ながらそれは実現しなかったけど、せめて雰囲気だけでも味わって欲しくてね」
「クスン……本当に嬉しいです……」

 もえもえは俊介やイヴのやさしさに触れて胸が熱くなった。

 突然遠くで雷鳴が轟いた。
 さきほどまで広がっていた青空がいつのまにか厚い灰色の雲で覆われる。
 俊介が眉をひそめた。

「これはまずい、一雨来るかも知れないね。天気予報は晴れだったのにな。さあ、先を急ごう」
「ええ、急ぎましょう」
「もえもえは早く着いて山菜料理を食べたいなあ」
「こんなときに悠長な子だなあ、ははははは」
「あははは」

 俊介たちは急ぎ足で目的地まで向かうことにしたのだが、時すでに遅く雨は三人を待ってはくれなかった。
 稲妻が紫いろに閃き、雷鳴が頭のすぐ上で轟くように鳴り渡る空から、一粒二粒と大粒の雨が降り出した。
 雨脚は早くざ~っと大粒の雨が三人の頭上に降り注ぐ。

「うわ~っ、すごい雨だ! ひとまずどこかで雨宿りしないと、みんなずぶ濡れになってしまうぞ」
「そうだですね。どこか雨宿りをさせてくれるお家が無いかなあ……」
「こんな山中にそんな気の利いたお家があるかしら。とにかく急ぎましょう」

 一散に雨宿りの場所を探して駈け出す三人。
 雨の中をひたすら歩き続けた。
 持っていたタオルを頭に乗せてみたが、大して役に立ちそうもなかった。

⛰⛰⛰

 山中を10分ほど歩いただろうか。右側の木立の中に煙が立ち昇る小屋が見えてきた。

「おおっ! これはしめた。小屋があるぞ。頼んで雨宿りをさせてもらおう」
「ええ、そうしましょう」
「もえもえ、完全に濡れちゃいましたあ。ブラもボトボトだなあ。あ、そうだ。早乙女先生のブラカップは何ですか? BかCぐらいですか?」
「この忙しいときに何を言ってるのよ、もえもえちゃん。しょうがないんだから~。ちなみにCだけど……それがどうしたの?」
「わあ! 勝ったあ~! もえもえはEカップなの~!」
「うっ……もえもえちゃん、可愛くない……」

 俊介たちは林を駆け抜けようやく小屋にたどり着いた。
 小屋の周囲には伐採したと思われる木材が井桁に積まれている。

「うん? ここは木こりさんの小屋かな? ごめんください! 雨宿りをさせてくれませんか?」
「返事がないね」
「誰もいないみたいですね」


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