チル 流れ星



Shyrock作










2 流れ星

「私はこの城から出たことがない。いいえ、領地内は馬で駆け巡ったけど、他の国を知らない。嫁ぐまでに少しでもいい、世の中がどんなものかこの目で見てみたい。この目で確かめてみたい」

 そんな想いが胸の中に溢れ、居ても立ってもいられなくなった。
 思い立てば行動が早いのもチルの特徴であった。
 とはいってもこの服装のままでは、姫であることは丸分かりである。
 チルは早速、クローゼットから比較的普段着ぽいものを出した。
 真っ白なワンピースであった。
 それと髪に白いカチューシャをつけた。
 衣裳を整えて姿見の前に立つ姫。

「うん、これなら街の女に見えるはずじゃ。よし、これで良い」

 自分の姿が少しでも目立たないようにと考えたまでは良かったのだが、その姿は誰がどう見ても高貴な子女にしか映らなかった。
 そしてバルコニーから一本のロープを垂らした。
 一歩一歩、ゆっくりと降りる。
 細い腕に力がこもる。
 やっとの思いで地上に降立ったチルは、すでに自由を得た歓びに溢れていた。

 だがすでに陽は暮れている。
 漆黒の闇の中を歩き始めたチルは、不安を隠し切れない。
 木々のざわめきすらも何か魔物の出現に思えて、サッシュベルトに結わえた短刀に手を添える。
 チルは満天の星空を見上げてささやいた。

「ねぇ、お星さま、私は一体どこにいけばいいのでしょうか。どうかお導きください」

 チルは星に祈りを捧げた。
 その時であった。
 東の空から西の空に流れていく一閃の煌きがあった。
 それは流れ星であった。

「あっ!流れ星だ。婆やが私の幼い頃によく話してくれたわ。流れ星の落ちるところに幸せが住むという…。私の行く道は決まったわ」

 たしかトゥルース城のずっと西にはラ・ムーという街があるはず。
 チルは西の方向に歩を進めた。
 暗い夜道をひたすら歩いた。
 かれこれ二時間は歩いただろうか。
 ふだん乗馬などの運動をしてはいるが、これほどの距離を歩くのは初めてであった。
 足が痛む。
 しかし暗くて不気味な夜道を早く抜けて、明るい所にたどり着きたい。
 そんな一途な気持ちが姫の休息を許さなかった。

 やがて、ラ・ムーの街の灯りが遠くに見えて来た時、チルはほっと安堵のため息をついた。
 途中、山賊に襲われなかったことは、よほど運が良かったと言える。
 最近、婦女を狙った物取りが出没するという噂は、街の者なら誰でも知っている。



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