敦子






第4話「マジックミラー」

 第一会議室では、午後六時を廻っても、商品企画のための熱い議論が重ねられていた。
 テーマが「セクシーと快適さが共存できるブラジャー」とあって、出席者15名のうち男性社員が3名、女性社員が12名と、当然ながら女性社員を中心に議事は進行していた。
 そもそも商品の主導を握るのは「女性」なので、女性視点からとらえることこそ、売上向上につながる最短の道であった。
 女性の意見が圧倒的に多い中、敦子の夫である課長代理加藤一輝は自身の意見を述べた。

「日本の店頭には、締めつけないワイヤレスブラの存在感が高まっています。いま求められる下着のキーワードは『柔らかさ』です。ブラジャーは約30のパーツから作られていますが、それぞれの素材が進化しています。大きなトレンドではストラップが非常に柔らかいものに変わっていること。また、自然なノンワイヤの三角ブラであるブラレットも人気です。背中のホックをなくしたものなどナチュラルブラがマーケットに十分浸透しています。これからは、セクシーさとイノベーションを駆使した快適さを共存させた商品が求められると思います」
「さすがです。加藤課長代理の女性下着に対する知識と先見性には、いつも舌を巻いてしまいますわ」
「新しい切り口って大事ですよね」
「セクシーさとイノベーション、この線で行きましょう!」

◇◇◇

 第一会議室と第二会議室の間に、『社長用書庫』という室名プレートが取り付けられた部屋があった。社長用書庫へは、その名のとおり社長である大輔以外誰も立ち入ることができず、秘書の敦子ですら一度も足を踏み入れたことがなかった。

 午前11時50分、敦子はパソコンと向き合って、真剣な表情で文字を打っていた。秘書は、社長に代わり文書を代筆することも多々ある。パソコンを使う作業は意外に多く、メールの返信なども随時必要となる。
 そのとき、テーブルの隅のスマートフォンが振動した。
 それは大輔からのLINEであった。

「社長……?」

『今日の午後六時、社長用倉庫まで来てくれないか』
『承知しました』と打ち、送信した。

(社長用倉庫って……第一会議室と第二会議室の間にある倉庫だわ……いったい何の用だろう……?)

 敦子は大輔から昨日3件の書類作成を指示された。全社員への周知文、A社への礼状、そしてB社会長の入院にともなう見舞状……現在作成中だが、もしかしたらそのことで指示の追加があるのかも知れない。
 
(いや……それであれば……)

 追加の指示があるのなら、内線電話か社内メールで事足りるはずだ。打ち合わせがしたいなら社長室でもできるはずだ。わざわざ社長用倉庫に呼びつけるとは、どのような用だろうか。
 大輔がわざわざLINEで連絡してきたことに、なにやら胸騒ぎを禁じえなかった。

◇◇◇

 午後六時、敦子は二分前にやってきて社長用倉庫の前に立った。
 人差し指の第二関節を使ってやさしくノックする敦子。
 ノックするそのしぐさも実に優雅だ。
「コン、コン、コン」と三回ノックする。
「どうぞ、入って」と大輔の声がした。

 敦子がドアを開けると密閉されていた部屋の空気がふっと動いた。
 驚いたことに部屋の中は電気を点けていないようでかなり暗い。
 豆球の弱々しい明かりだけが、かろうじて倉庫内を照らしている。
 右側を見るとガラスパーテーションを境にして、第一会議室における会議の光景が丸見えになっている。  
 呆然として眺めていると、暗がりの向こうから大輔の声がした。

「こっちに来て」
「社長、どうして電気を消しているのですか? 点けてもいいですね」

 敦子がスイッチのそばに歩み寄ると、大輔がそれを制した。

「点けないで」
「……?」

 敦子が怪訝に思っていると、大輔が驚くべきことを語りはじめた。

「この倉庫と隣の第一会議室とは、1枚のガラスパーテーションで仕切られている。実はこのガラスパーテーションはマジックミラーになってるんだ」
「えっ?……まさか……っ!?」
「マジックミラーを知ってるか? すごく面白いぞ。マジックミラーとは、明るい部屋からはただの鏡にしか見えず、暗い部屋からはミラーの先が丸見えになる仕組みになっている特殊ガラスのことをいうんだ。つまり、明るい部屋を暗くして、暗い部屋を明るくすると、見え方が反対になるというわけだ」
「だから、こちらの電気を点けるなとおっしゃったのですね」
「そのとおり」
「会議の様子を私に見せるために、ここに私を誘ったのですか?」
「まさか。そんなことで忙しい君をわざわざ呼び出さないよ」
「ではどうしてですか?」
「それはね、君とこうするためだよ」

 大輔はそうつぶやくと、突然敦子を抱き寄せ唇を奪った。
 大輔に抱きしめられながらのキス。敦子としては戸惑うばかりだ。
 
「社長、ダメです。見られます、向こうから見られます」
「ははははは、こちらが暗いから向こうからは見えないんだよ。それはそうと一輝君、よくがんばってるね。会議の様子を見ていたら、彼の仕事っぷりがよく分かるよ」
「えっ!?会議に夫がいるのですか?」
「なんだ、気づいてなかったのか。君が入ってきたとき、彼は右端でパワーポイントを使って説明中だったから、いることに気づかなかったようだね。心配しなくても、ほら、右から二番目を見てごらん」

 会議のメンバーに夫がいることを確認した敦子は愕然とした。
 いくらマジックミラーがあって、明るい向こう側からこちら側が見えないとしても、まさか夫がいる隣の部屋で、あられもない痴態を晒している自分の姿を想像した敦子は、恥かしさで顔が真っ赤になってしまった。



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